夕闇より、朝焼け
あお
プロローグ
からん、からんとドアのベルが鳴る。薄暗くまだ喧噪が鳴り響く前の早朝、駅前の喫茶室『フラッシュ』来店第一号はいつもその男。身長の低さ故か、青年とも少年とも取れるような年齢が読み取れない容姿。しかしその目にはいつも大きな隈が落ちている。
「おはようございます。いつもの、ウインナーコーヒーで」
目元が隠れるほどの長さの前髪に、丸メガネ。さも慣れたようにカウンターに腰を掛けながら注文をする。澄んだように白い頭髪を湛えたマスターは何も言わず豆を挽き始める。ほどなくして芳しい香りが店内を包み込み、それとほぼ同時にどこかにあるスピーカーからジャズが流れ始める。
男はこの時間が好きだった。ここからならどんなことを始めても上手くいく気がする。どんな一日を過ごそうとも肯定してくれそうな、そんな雰囲気。
「少年。夜と朝、どっちが好きだ」
唐突な質問とともにコーヒーカップが目の前に置かれる。添えて出されるフィンガーチョコはサービスなのか、それとも料金に含まれているのかはずっとわからない。前者であると思っていた方が、なんとなく嬉しいな、男はそんなことを二日に一回は考える。考えながら、コーヒーを堪能する。
「だから少年って年齢じゃないって、いつも言っているじゃないですか。コーヒー、ありがとうございました」
カップをマスターの前に置きカウンター横の扉を開ける、木造の階段が上に続いている。ぎしぎし、と歴史を感じさせるために発しているのではないか、と思える音を聞きながら登る。
建物の屋上に出るとちょうど太陽が昇りかけているところだった。転落防止の柵が設置されているが、東側の一画にちょうど人ひとり分が通れるくらいの幅で壊れている。
男はその一画の、建物の際に足を掛ける。徐々に前傾になっていく。建物からはみ出ている。男と触れているのはスニーカー越しの建物の際、数センチのみ。そして落ちていく。
男が落ちたが、駅前は依然として静寂のまま。そして男が落ちる筈だったであろう場所には、何も、ない。
どう形容すべきかは困難であるが、敢えて言葉にするのであれば、跳んだ。
なんで、マスターは夜を先に持ってきたのかな、なんてことを思いながら。
男は。
跳んだ。
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