改造ヤマトナデシコ計画

水澤 風音

改造ヤマトナデシコ計画

 教室に入ると、うしろの方がさわがしかった。

 複数の生徒たちが、今は空であるはずの水槽にむらがっている。


「今日、学校くるとき男子が拾ったんだって」


 との報告に、のぞきにいくと……

 水の入っていない水槽のなかで、軟体的な何かがうごめいている。


 手の平サイズの、まるで白いナマコのようだ。

 しかし、体表には赤い斑点が散っており、なんとなく生理的にイヤなカンジ。


 長い楕円の身をくねらせ、たまに異様に細くなったり、またもどったりの伸縮を繰り返している。前後に移動するのでどちらが頭かはわからない。


 とりあえず場をしずめ、朝のホームルームをはじめたが、その日生とたちは「謎の生物」への興味で教室はうわつきっぱなしだった。



 その日帰宅すると、時刻は午後十時をまわっていた。

 アパートには恋人の遥香はるかがきていて、食卓にはすでに、彼女の開けたビールの缶が散乱している。


「なにそれ? うえェ」


 遥香は僕の抱えてきた水槽の中身に、素直な反応をしめした。


「生徒がひろってきた。で、明日から連休だから『死なないように先生が見てて』っておねがいされた」

「なにそれ、そんな気持ち悪いもの……バカみたい。すみっこにやっといてよ」


 酒くさい声でいうと、ぷいと向きなおりスマホをいじりだす。


 僕はそっとタメイキをつき、水槽を部屋の角へおくと、二人分の夕飯のしたくにとりかかった。


 夕食後、片づけておきたい書類作業のまえに、ネットでざっと”謎の生物”について調べてみた。

 適当にあたりをつけて閲覧していき、写真をとって画像検索もしてみたが、結局これといったものは見つからなかった。


 翌朝、目をさますと遥香がふきげんそうに、


「なんか……頭イタいんだけど」


 酒豪の彼女にしてはめずらしいなと、二日酔いの薬を渡したが、治まる気配がない。風邪薬もためしたが、効き目が出ないでいると、彼女は片手を頭へやりながら、


「ああもう、使……」


 こちらを責めるようににらんだ。


 その態度にもう――さすがに限界だと思った。


 大学で知り合い、気弱な自分とはちがう気丈な性格に魅力を感じていた。

 しかし、付き合うほどに彼女の人を見下す、トゲトゲしい態度ばかりが目立つようになり、関係はすでに惰性のものとなっていたのだ。


 機会をみて別れ話を切り出そう――。


 ふと、部屋のすみへ目をやると、水槽が空になっていた。

「あっ」と思い、みると水槽のフタが少し浮いている。

 遥香にたずねても「知るわけない」と一蹴。


 あんなものに部屋をうろつかれてはたまらず、さんざん探したが、見つからない。

 いっそ殺虫剤でもまこうかと考えていると、遥香が帰り支度をはじめた。


 一応、近場の休日診療所まで送ろうかと言ってみたが、


「は? とっくに治ってるけど?」


 彼女はそっけなく返し、出ていった。



 それから半年後、僕は遥香と結婚した。


 いつごろからか、何がきっかけかも不明だが、彼女にある変化がおきたのだ。

 一体どこにそのような一面がひそんでいたのだろう……と思うほど、あのキツい性格がやわらぎ、やさしくなったのだ。


 そして二人の関係も、自然と向かうべきほうへ向かった。

 常に他者への気づかいを忘れない、愛情にみちた素晴らしい妻をもち、僕はしあわせな夫となった。


 夫婦としての年月を重ねるなか、やがて娘もできた。

 だが、この幸せの象徴が、後には一番の悲しみを生むことになるとは。


 思春期をむかえた娘は、悪い仲間とつきあうようになり、夜遊びまでするようになったのだ。

 たびたび警察沙汰にまきこまれ、その何度目かの補導で、近くの交番に妻とむかえにいった帰り道でのこと。


 道路わきを歩いていた親子三人へ、酩酊したドライバーの車がつっこんできた。


 僕はその瞬間、妻がとっさに娘をかばい、そのせいで自分がはねられたのを見た。

 地面へたたきつけられた妻に、叫びながらかけよる……と、彼女の右耳から、ズルリとなにか白いものが出てきた。


 細長いそれは、赤い斑点のある体をよじるようにすると、アスファルトの上にボトリと落ちる。


 気がついた妻は眼を見ひらくと、


「なによ……体が動かないじゃない……ねえボーっとみてないで……早くなんとかしなさいよ……ほんとあんた……は……」


 苦しげながらも、こちらを冷たく、強く責めるような視線と口調。


 ふと、イヤな懐かしさがこみあげる。


 結局これが妻の最期の言葉となった。



 母親を亡くしてしばらくはおとなしかったが、それでも娘は変わらなかった。

 高校にもいかず、家に帰ること自体少なくなり、彼氏だという男に僕が殴られたときも、ただ罵倒しせせら笑っているだけだった。


 しかしいまは、僕の足もと、居間の床に娘はしずかに横たわっている。

 帰宅時に使うであろう彼女のグラスに睡眠薬をぬっておいたのだ。


 安らかな寝息を立てている顔みつめ、少しほつれた髪を整えてやる。

 そして、自室から円筒形のプラスチック容器をもってくると、固いフタを開けてさかさにふった。


 容器からボトリと白いそれが落ちる。

 弱々しくもゆっくり娘の頭へ近づいていく。


 僕はその様子を静かに見守った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

改造ヤマトナデシコ計画 水澤 風音 @sphericalsea

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ