名探偵ルウたん の巻

「まずはじめにうかがいますが。無くしたのは、どんなメガネですか」


 きちんと食後の歯磨きをすませてから、みんなでリビングの丸テーブルに移動すると、ルウたんは青い手帳を手にして質問を始めました。その手帳はクリスマスにサンタさんから貰った手帳でした。マンガの名探偵がポケットにいれているのと同じデザインで同じ色のボールペンもついていました。もっともルウちゃんはまだ字が書けないので、二つの丸を短い線でつないでメガネの絵を描きました。 


「おばあちゃんの赤いメガネでしょ? ルウちゃん、よく知ってるじゃないか」


 横からミステイクが口をはさみます。


「知ってるけどさ。探偵はこういう時は何も知らない人みたいに聞くものなんだよ」


「ふうん。そうなの」


 ミステイクがうなずくと、モシャモシャの毛並みの奧の瞳がいつもよりキラキラと光りました。


「赤い丸い縁のメガネです。首から提げられるように金色の鎖が付けてあります」


 おばあちゃんがよそゆきの声で答えました。


「昨日の夜はあったんですね」


「ええ。間違いありません。あれを掛けないとテレビが観られませんからね。昨日は『すっとこドッコイほいさっさ』という時代劇を見てから寝ました」


「なに、それ? ぼくが寝た後で、なに見てるのさ?」


 ルウたんは少し気を悪くしました。

 爆笑人情時代劇『すっとこドッコイほいさっさ』の粗筋をおばあちゃんが説明しようとしていると、さっきまでニャムニャムと寝言をつぶやいていた黒猫のワオが急に起きてきて、おばあちゃんの足に体を擦りつけはじめました。


 これは「お腹が空いたから、ご飯を下さい」という猫語です。

 ただし、これは猫から人間に話し掛けるときの言葉なので、あなたが猫の足にどんなに体を擦りつけても、猫は何もくれません。


 猫語に堪能なおばあちゃんは、すぐに焼きジャケと刻んだ小松菜の混ざった「特製猫まんま」をワオのお皿によそってやりました。


 いつもは澄ました顔をしているワオですが、御飯を食べるときだけはライオンのように猛々しく唸ったり何かつぶやいたりします。ルウたんとおばあちゃんはワオが気を悪くしないように、少し離れて眺めました。


 朝ご飯が済むと、ワオは猫ハミングしながらお気に入りの窓敷居に身を落ち着けて、おもむろに伸びをしました。庭の小鳥たちがパタパタと逃げてゆきます。


「ねえ、ワオ、大変なんだ。大事件が起きたんだよ」


 ルウたんが説明しようとすると、ワオは話を遮るように尻尾を上げました。


「少し待ってて」


 猫にとって食後の毛づくろいは大事な仕事です。ワオはまず前足の先を舐めて、それで顔を洗って耳をこすって、それから首を回して肩を舐めて、お腹を舐めて、腰から後足を舐めて、後足をピンと立てて、お尻を舐めて、長い尻尾を舐めました。

 そして白いヒゲと眉毛をピンと放射状に立てて、みんなを見下ろし、古い水晶のような瞳を細めてふふんと笑いました。


「もう、いい?」


 ルウたんが尋ねると、猫はふあんとあくびをしました。


「いいとも。大事件だって?」


「おばあちゃんのメガネがなくなっちゃったんだ」


「いつのはなし?」


「昨日の夜だよ。この家に泥棒が入ったのかも知れない」


「泥棒ですって?」


 おばあちゃんはオロオロと、ミステイクを胸に抱きしめました。


「なるほど。ところで、ミステイク。君はいつから目が悪くなったんだい」


 おかしなことを訊くワオですよね。ミステイクもルウたんも首を傾げました。


「なんともないよ。どうしてそんなこと言うの?」


 おばあちゃんの腕から、ミステイクが不思議そうに訊きました。


「だってメガネなんか掛けてるからさ」


「ええっ?」


 ルウたんがミステイクの顔を覗き込むと、フワフワの和毛にこげの奧に埋もれた赤い眼鏡が朝日にピカピカと光りました。


「おばあちゃん、メガネがありました!」


 ルウたんがミステイクの顔からメガネを外すと、つるから下がった細い鎖が涼やかな音色を立てました。


「お探しのメガネはこちらですね? マダム」


 カッコいい声でルウたんが言いました。


「ああ、良かった。探偵さん。ありがとう」


 おばあちゃんは嬉しそうにメガネを自分の鼻の上に載せました。


「なんでこんなとこにあったんだろう?」


「ほんとうにねえ?」


 ルウたんとおばあちゃんは首をひねりました。すると――。


「なるほど。犯人はミステイクってわけか」


 そう言って、ワオがゲラゲラ笑い出しました。


「僕じゃないもの!」


ミステイクは泣き出しそうな顔でさけびました。


「そうだわ!」


 おばあちゃんがパンと手を打ちました。


「昨日、寝る前にミステイクにメガネを掛けてみたんだったわ」


「なんで!」


 今度はルウたんが驚く番でした。


「だって似合いそうだと思ったのよ」


 おばあちゃんはくすくす笑いだしました。


「そしたら、思った通りにとても良く似合ったから、これはルウちゃんに見せなくちゃと思って、そのままにして寝ちゃったら、今朝にはすっかり忘れてたのよ」


「確かによく似合ってたね」とワオが笑いました。


「あんまり似合い過ぎて、誰も気づかないくらいにね」


「なんということだ」


 ルウたんは立ち上がると、マンガの名探偵のように腕組みをして言いました。


「犯人はおばあちゃんだったとは!」


 ルウたんとモフモフ探偵団のみんなは、お腹を抱えて笑いました。


「ごめんなさいね。ルウちゃん」


 おばあちゃんが、ぎゅうっとルウたんを抱きしめました。


「今日はケーキを焼いてお祝いをしなくちゃね。名探偵ルウたんが、見事事件を解決したんですもの」


「やったあ! 最後は絶対僕の勝ちだ!」


 ルウたんもおばあちゃんをぎゅうっと抱っこしました。

 

                          (了)

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ルウたんとモフモフ探偵団 来冬 邦子 @pippiteepa

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