ルウたんとモフモフ探偵団

来冬 邦子

消えた眼鏡の巻

「やれやれ。こまった。こまった」


 朝日が差しこむキッチンの窓辺には、真っ白なレースのカーテンが揺れています。窓越しに見える花盛りの庭では、ヤマガラやメジロたちがさえずっています。


「あっちにもないし。こっちにもないし」


 さっきからブツブツと一人言をつぶやきながら、キッチンのあちこちを突きまわしているのは、ウズラによく似た小柄なおばあさんでした。短めのボブヘアは真白で桃色の頬はふっくらと柔らかそう。黒目がちの瞳は子供のように輝いています。ゆったりした紺紬のパンツと長袖の花柄のシャツの上から赤いエプロンをつけていました。


 黒い毛のフサフサした猫が仰向けに寝ている座布団の端をめくってみたり(そんなことをされたって、猫は起きる気配もありませんでしたが)食器棚のラーメンどんぶりの下をさぐってみたりしています。


 キッチンの入り口には、ベネチアングラスのたま暖簾のれんが下がっていて、朝日をふくんだ色とりどりのビーズが、磨きこまれた木の床に虹色の光を投げかけていました。


「おはよう。おばあちゃん。ご機嫌いかが」


 玉暖簾を軽やかに鳴らしてキッチンに入ってきたのは、青いパジャマの男の子。

 片手には茶色いぬいぐるみを引きずっています。

 すると、おばあちゃんの瞳が輝いて、花が咲いたように微笑みました。


「おはよう。ルウちゃん。すぐにトーストが焼けますよ」


「はあい」


 ルウちゃんはもうすぐ五歳になる男の子です。優しいおばあちゃんと二人で暮らしています。柔らかな毛がもしゃもしゃした子犬のぬいぐるみは親友のミステイクです。ルウちゃんのパパとママのはなしは長くなるので、また今度。


 ルウちゃんはカウンターに備え付けの高い椅子によじ登ると、隣に子犬を坐らせました。キッチンに向かい合ったリビングには卵形の素敵なテーブルがあるのですが、調理台を前にして坐れる幅の狭いカウンターが、ルウちゃんのお気に入りなのです。

 だってここからなら、おばあちゃんが美味しいものをこしらえるところも、お皿に盛りつけるところもよく見えるし、お味見するにも便利ですからね。


「まずは、パン!」


 そう言うと、おばあちゃんは素焼きの四角い箱から、焼きたてのふかふかの食パンを取り出してパンナイフで厚めに二枚切りました。


「それから、バターとチーズ!」


 冷蔵庫から出した白い壺にはバターが、青い壺にはチーズが入っていました。

 それぞれを二枚のパンにたっぷりと塗りつけると、使いこんだオーブンの蓋を開けて二つ並べ、パタンと閉めて焼きはじめました。


「そして、卵!」


 おばあちゃんはガスコンロに向かうと、小鍋に牛乳を注いで温めながら、小さな鉄のフライパンに溶き卵を流し込んで、ふわふわのスクランブルエッグを焼きました。


 パンもチーズもバターもおばあちゃんの手作りでした。卵は庭の雌鶏が産んだばかりです。ほどなくしてパンとチーズの焼ける香ばしい匂いが鼻をくすぐります。

 ルウちゃんのおなかが、くうと鳴りました。


「さあ、召し上がれ」


 焼き立てのチーズトーストが、白いお皿にのって登場しました。

 黄色いスクランブルエッグには、ケチャップでお花が描いてありました。庭でたくさん育っているトマトとグリンピースも添えてあります。

 そしてルウちゃんにはハニーホットミルク。おばあちゃんは熱いミルクティーです。


「いただきます」


 カウンターに並んで坐った二人は、美味しい朝御飯を食べはじめました。


「それで、今日はどうしたの? おばあちゃん」


 トーストの耳をカリカリとかじりながら、ルウちゃんがおもむろに訊きました。


「あら、なにが?」


 おばあちゃんはフォークを握ったまま目を瞠りました。


「おばあちゃん、いま、なにか困ってるでしょう?」


 両手でミルクのカップを持ちあげながら、ルウちゃんが首を傾げたので、おばあちゃんは、まぶたをパチクリさせました。


「どうして分かったの?」


「簡単なことですよ。なあ、ミステイク?」


 ハニーホットミルクを一口すすって、ルウちゃんが言いました。


 ミステイクは、ほわほわした和毛にこげのかぶさった片目を思わせぶりにつむって見せましたが、本当のところは(どうして分かるんだろう。不思議だなあ)と思っていました。


「だってね」とルウちゃんは言いました。「僕のタマゴにケチャップじゃなくてお好み焼きソースがかかってるもの」 


「あらいやだ!」


 おばあちゃんは情けない眼差しで、ルウちゃんのスクランブルエッグを見つめました。


「ごめんね。ルウちゃん。すぐ取り替えるわね」


「ううん。これでいいの。ぼく、お好み焼きソース、大好き」


 ルウちゃんはお好み焼きソースのスクランブルエッグをスプーンですくって美味しそうに頬張りました。ミステイクが羨ましそうな顔をしています。


「それで、どうしたの?」


 ルウちゃんは、片方の眉をあげて微笑みました。ダンディーな仕草は大好きなマンガの影響でした。主人公の名探偵がどんな難事件でも鋭い推理で謎を解き「今回も最後は僕の勝ちですね」と言うのがお約束の決めゼリフでした。


「ルウちゃんにはお見通しね」


 目を細めたおばあちゃんは困りごとを打ち明けました。


「それがね。おばあちゃんのメガネがどこかに消えちゃったのよ」


「ええ? メガネが?」


「そうなの。困ったわ」


「それでケチャップとお好み焼きソースを間違えたんだね」


「きっとそうね。ああ、どこに行っちゃったのかしら。あのメガネが無いとスーパーの特売に行けないわ。今日はキャベツが安い日なのに」


 すると、ルウちゃんは右の拳で左胸をポンと叩きました。


「安心して下さい。おばあちゃんのメガネは、ぼくが必ず探し出して見せますよ」


「まあ、ほんとう? ルウちゃん!」


 おばあちゃんは椅子から身を乗り出して、ルウちゃんをぎゅっと抱きしめました。


「なんて頼もしいんでしょう。探偵さん、よろしくお願いします」


 そんなわけで、ルウちゃんは今日から探偵になりました。略して<ルウたん>。

 助手は子犬のミステイクと、ねぼすけの猫のワオ(まだ寝ています)です。

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