第385話 スサーナ、むぎーっとなる。
スサーナは這いつくばった姿勢で少し首を上げたまま、動けないでいる。
謀反人たちが降りてくるまではまだ少しの猶予がある。他の面々がおりてくる前に事情を問いたださなくては。もしくは、なんとか協力を求めなければ。多少なりとも情状酌量してくれる可能性があるかどうか試してみるべきだ。僅かでも状況を好転できる可能性があるのなら、試さない手はない。そう考えたのに、事前からそう考えていたはずなのに、スサーナの声は喉に張り付いてしまったらしく、自分が喋る時に舌をどうやって動かしていたのかもよくわからない。
その原因は、夢を見てからこっち、ずっと頭の隅で最悪の可能性について考えていたからかもしれないし、もっと別の理由なのかもしれない。
こわい。
怖い。
容姿を偽っているためだろうか。見慣れないためだろうか。浮かべていた表情が、これまで見てきたと、知っていると思っていたものでは少しもイメージ出来なかったもので、鮮烈で雄弁で、それがとても恐ろしくてたまらない。
――このひとがこんな目を出来るのだということを知らなかった。
学院で見た魔術師達の、転がる小石を見るような物を見る目とも違う、凍えるような冷たい目。
不興と冷たい怒りの気配の混ざった表情は、スサーナの内側に残っていた柔らかい期待をこれまでになく打ちのめした。
体が我知らず震える。怖い。怖くて、怖くて、
――こわい。
働きかけてしまえば、それがはっきりしてしまう。
――どうして? 敵なら、敵になったものなら、それは仕方ないのでは? そうでないかもしれないなんて、あまりに虫がいい。
――だから、それは当然のことだし、どうあれ、驚くようなことではないのに?
別にそれは馴染んだことがないものではないはずで、ショックを受けるほど初心ではないだろう。現況に比べればあまりにも些細な取るに足らない事象に違いない。
そう考えても、何故かやはり、それはひどく心を引き裂くのだ。
ふっと魔術師の表情から凄絶さが沈められ、魔術師らしい冷ややかな余所余所しさにすり替わる。
ほんの一瞬、その視線が自分の上で揺れた気がしてスサーナは身を固くしたが、温度がないままそれは滑って、そのまま門の方に逸らされていったようだった。
「おお、先に着いておられましたか。残りの方々は」
「――…… 別行動だ。彼らは彼らの興味を果たしに行った。この分では合流はないだろう」
門から降り立ったコルネリオの声に彼が応え、スサーナに一瞥も向けずにその横を通って彼らを出迎えに門の方に歩いていく。
焦げ茶の底厚のブーツが――笑えてしまうことに、ここまで何もかもが違うようなのに、これがどうにもやはり見覚えがある様式のものなのだ――かつりと石床を鳴らして目線の先を通り過ぎていった。
一拍動くのが遅れたスサーナは、結局、彼に声を掛けそびれた。
本格的に、なんの反応もないことを体感して
――ううむ、これは、間違いなく関係者、ですねえ……。
鎖を絡めた魔術師……つまるところ第三塔さんが近づいても、彼らは慌てること無く会話しているし、彼に対して警戒しているという雰囲気はあまり強くない。ないわけではないが通常の魔術師を前にした常民の範疇だ。明らかに相互に面識がある状態であるのは間違いなく、彼自身も後からやってきた
スサーナはむぬーんとなりつつ、ここから巻き返す手段を真剣に考えたほうがいいな、という事実に嫌々ながら焦点を合わせた。
魔術師が敵方にいて、しかも合流しているという事実はだいぶ色々といかんともしがたい。これは先程却下した、レオくんの手を掴んで門に飛び込んでダッシュ行為をしておいたほうが生還率が高かった可能性がある。
――いえ、無理か……。出た先で待ってた? ってことですもん、どちらにせよ捕まっていた可能性が高い……。しかし、この後……うまいこと妨害を……出来るとでも思うてか!……というやつですよねこれ。私になんとか出来るやつとは思えないし、これは本気で、知り合いを殺すのに一拍ためらってもらえる間に撹乱するとかそういう期待をするしか無いやつ!
やぶれかぶれでそう思考してみれば、それはまあ滑らかに思考に載せられたので、急な出会い頭に動揺したのでもなければ対処する冷静さぐらい自分にだってあるのだとスサーナはちょっと安堵しつつ、最終的な暴れるリミットを考える材料をとりあえずひとつでも多く確保しておこうと考えた。
なお、その際には第三塔さんの両手を引っ掴んでぶら下がりつつレオくんの近くにいる謀反人を狙って排除してレオくんにダッシュしてもらうというのが最適であろうか。
見た目が非常に間抜けそうなのは、この際考えないでおく。
謀反人たちはおそるおそる門を構成する石段から降りてきて、階段下の空間でまとまり、そこで隊列を組み直すことにしたようだった。
「白亜の建物……おお、ではこここそが春の園。
「ナウス王の御代の様式のようだが……確かに年代記に改修の故事があったはず。間違いありますまい」
「これで、あの化け物のようなものと行き合う心配はなくなったということですな? まさか后妃を置く宮殿の内側にあのようなものはもういまい……。一安心でございますな」
「ははは、過ぎてみればあれも良い語り草になろうというもの……」
レオくんにはとても苦手意識を誘う場所であった春の園という単語も、謀反人の皆様にとっては――普通に考えると非常に逆のような気がするのだが――なんらかの誇らしいイメージを伴うものであったらしい。どこかおどおどとした雰囲気で門から出た直後には周囲を見回していたのが、誰かが呟いたその単語で急に顔色を取り戻したようで、急に威勢よく会話しだす。
スサーナとしては、このまま心的限界を迎えて同士討ちでもしだしてくれれば第三塔さんもそれにかかりきりになってくれて隙ができやしないだろうかとそこそこ暗い期待をしていたので、だいぶチッという気持ちで一杯である。
魔術師が合流したために護符を掲げる役目はそこまでで要らなくなったらしい。スサーナは下に降りてきた謀反人達に指示されて捕虜の集まりの中に合流させられた。
門を抜ける瞬間、蹴転がされた時にあっと悲鳴が後ろで上がったので気にしていたのだが、数歩駆け寄ってきたレオくんがすごく気をもんだような顔をしていたので、特に怪我もしていませんよの気持ちで大丈夫大丈夫とまず胸を張ってみせる。
鎖を巻いた魔術師は、悲壮な顔をする王子と、彼に向けて気丈に笑いかける少女を僅かに横目で眺め、それから首謀者たちに向き直ると、今後の行動の確認をはじめるようだった。
「さて、施設内部には入れたが、コルネリオ卿、そちらはどの程度「引き継ぎ」を受けている?」
「ある程度は、としか申し上げようはありませんな。何か?」
「そうか。……原因は不明だが、内部機構の警戒の段階がだいぶ上昇している。内部の仕組みへの干渉が必要とされる可能性が高い」
「然様でございますか。……対応策として、「乙女」のご令嬢たちにもご同行いただきました。彼女たちにも役立って貰えばよろしいのでは? 后妃の命令順位は高いものだとネーファドは言っていたものです」
彼らの会話にレオくんがはっと全身を強張らせる。
「お前たち、まさか……!」
「ええ、殿下。……貴方を殿下とお呼びするのも癪なものではありますが、わたくしの殿下はこちらの承認を得ていない身。……貴方と、貴方のご令嬢たちにも役目を果たして頂きましょう」
コルネリオの言葉に反射的に掴みかかろうとした、というふうに一歩前に飛び出そうとしたレオくんをスサーナは慌てて腕を掴んで止める。急な激昂に側にいたサラが動揺した気配がした。
――ああっ、これは……もしかしてレオくんの地雷!
今の会話を完全に理解できたわけではないものの、多分春の園の指揮権を得るのに妃の類が必要、ということで、この場所には妃殿下たちはおらず、今の会話の感じからすれば、つまりご令嬢達をレオくんの妃として何らかの仮承認をしよう、という感じであるのだろう。
つまりそれは、レオくんのトラウマど真ん中の行いのはずだ。
「そんなことが許されるとでも? 恥を知れ!」
「おや、おかしなことをおっしゃいますな。それまで命を取るような真似はいたしませんよ。そう思えば御身にも良い提案でございますでしょう?」
「殿下……今は抑えて……!」
周りの謀反人達が剣を抜きかける気配にスサーナは必死にレオくんを抑える。それが功を奏したのか、それともそんな反応をしているところではないと彼も感じたのか、涙さえ浮かべた目でぎりぎりとコルネリオを睨みつけながらもレオくんは体の力を緩める。
「……「妃」を登録する必要が出るかどうかはともかく、干渉の「穴」を見つける必要がある。……そこまではこの娘達を損なわず連れて行く必要はあるだろうな。その上で、コルネリオ卿、そちらにも尽力してもらう必要があるだろう。移動の支度を」
今の一幕を見てもなんの動揺もないという風に平坦なままの魔術師の声が彼らの間を割るように響き、レオくんが暗い目をする。
――ああ、これは危うい……。
心的外傷をかき混ぜられている人間が冷静に行動できるかというと、多く否だろう。
「春の園」がレオくんのトラウマだと知る人が誰もいないのは、よくないことだったのか、それとも良いことなのか。
スサーナは静かにハラハラし、そして腹をくくった。
――レオくんだけはなんとしても守らなきゃ。いえ、これまでも当然のことだったけど、それでも。
第三塔さんも、味方ではないのだから。
塔の諸島の糸織り乙女 ~転生チートはないけど刺繍魔法でスローライフします!~ 渡来みずね @nezumi
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