みんなは知ってるかな?じゃがバターの豆知識!
@mrnnnkwrkisrj
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じゃがバターは、元はジャガイモとして生まれた。 イモと言ってもサツマイモや長芋でもなく、まるくゴツゴツとした男爵芋である。
男爵芋。「インカのめざめ」「マチルダ」「はるか」などと煌びやかなブランドと比較すればやや即物的で味気ないかも知れないが、しかしそれは皇貴な響きを持つ誇らしい名称ではないかと、 ジャガイモ―――この頃はまだ葉も見せていない芋の前駆体に過ぎなかったが―――は考えていた。
生まれた地は、北のだだっぴろい平野の、分厚い掛け布団のようなジャガイモ畑であった。
植えられる前、幼少の頃から、自分はじゃがバターになるのだと、それは一種の何か信仰めいたものを持っていた。じゃがバター以外の使われ方は、決して自分はしないだろうと。肉じゃがでもポテトサラダでもポテトチップスでもコロッケでもない。ましてふかし芋でもない。じゃがバター。
その野望はそして、現実のものとなった。掘り出され、根からちぎられ詰められて。出荷された先は、ある商店街の八百屋だった。
平野から出た事の無かったジャガイモにとっては、一連の行程は無限に向かって舟を漕ぐような気の遠くなる旅のように感ぜられた。しかもそれは多数の同志たちと、暗い牢に閉じ込められての旅路である。
暗闇というものは方向感覚を奪う。それはジャガイモにとっても同じだった。自分たちがその北の平野からどこへ向かって進んでいるのか、ジャガイモたちには見当もつかなかった。寒い北の大地を出てきたのだから、或いは南へ向かっているのかも知れない。しかし閉暗所に詰められての移動。その感覚も失われていた。
やがて到着したその八百屋には、毎日のように買われていく野菜たちや、それを誇らしく並び待っている野菜たちがいた。買われる先によって、自分の夢が叶うか否かはほぼ決まる。
聞けば、数日後に近所で大きな花火大会が開かれるらしい。ジャガイモは高揚した。何もなければ希望の薄い夢だが、祭りがあるのならば話が違う。可能性は大いにある。芽を長くして(ジャガイモにおける比喩表現)待つこと数日、とうとう一人の頑固そうな親父が自分を、感触を確かめるような手付きで手に取り、買い取った。
「今年も孫が楽しみにしてますよ、吉岳さんのじゃがバター」
店の老婆が言った。幼少の頃からの確信めいた何かが、この親父の出現によって裏打ちされるのを感じた。
翌日の朝、ジャガイモは親父の屋台へ運ばれ、そこに聳える蒸し器の中で蒸されるのを待っていた。 今は朝の9時。店が開き、同時に蒸し器の最上階の屋根が開かれた。見ると親父はメークインのように繊細な仕事をする。 この親父ならば自分を立派なじゃがバターにしてくれる。男爵よろしく型崩れのない強固な確信を持った。
先に到着していたジャガイモの諸先輩が、順に加工されていく。しかし、その姿はジャガイモをひどく混乱させた。ここまで来て、とジャガイモは声に出して静止した。じゃがバターの屋台へ来たのだ。じゃがバターになるしかない。そう思っていたのだ。しかしどうだ。先んじて加工されていくジャガイモ諸先輩の姿は。 フライドポテトに、スライスポテトに。じゃがバターになれても中にはバターでなく味噌や明太マヨをつけられる者、バター塗られずにその身を着飾る事なく売られていく者すらいた。その事実に気づいた時、ジャガイモは戦慄した。ジャガイモの根のような数多の分岐の中で、進むべき道を進んできたし、辿り着いた場所だって辿り着くべくして辿り着いた。目的を明確にし、それに向って邁進してきた。はずだった。
それでも尚、ここまで来て更なる枝分かれを迫られるのか。しかもここからは自助ではどうにもならない。親父がどの商品の仕込みをどのタイミングでするのか、その時、買い手はバターを欲しているか。不確定要素が多すぎた。後は祈るしか出来なかった。 ただひた向きに数時間の間祈り続けた。どうか、親父がじゃがバターを作る時、その大芋の塔の最上階にいますように。買い手が、バターを塗りつけてくれますように。ジャガイモにはそれしか出来なかった。無力感と寄る辺なさ。これまで自分を支えてきた確信が、思い込みでしかなかったのではないのかと、弱音だって吐いた。魂までもがメラニンに染め上げられるかのようだった。もはや自分に張り付いた水滴が蒸し器によるものか、緊張からくる汗なのかどうかすら分からなかった。
その時は唐突にやってきた。親父がスッと、音もなく、自分の緊迫に強ばった身体を掴む。 ここからだった。ここからどうなるか、ひとつひとつ枝分かれし、決定されていく。親父の一挙手一投足をとうに亡き離別した芽で凝視しながら、自らに敷かれたレールを慮った。
ほどなくして――そのように省略しなければ、その大いなる苦痛は表現の仕様が無いだろう――ジャガイモの頭頂に金属のヘラで十字架が刻まれた。それはまるでジャガイモの祈りの象徴のように大きく開いた。
第一の祈りは叶った。少なくとも、フライドポテトやスライスポテトになる未来は無くなったのだ。 だが、歓喜と重なり更なる緊張が沸き上がる。 まだ、じゃがバターになれると決まったわけではない。先の道はまだ別れている。ジャガイモは今の状況と、畑の下に埋まり枝分かれの末に存在していた自分の姿を重ねた。 ヘラに付着した自分の欠片がヘラから落ちていく。ポテッと落ちる、不意に思いついてふふっと笑った。熱い身も冷めるような冗談であったが、そうでもしなければ耐えられなかった。
ひと時の永遠の後、ジャガイモは簡素な紙皿に乗せられ青年の手へと渡った。 文字通り身を裂かれるような痛みを、ジャガイモという一つの生命全てで受け止める。 青年がバターという着物を塗る用のヘラを手にした時、ジャガイモの全身から立ち昇る湯気の量が増えたのは、青年の見間違えではあるまい。 塗られる、塗られるぞと、あまりに多量な歓喜の湯気は、不安のあまりに放出された、言わばジャガイモが発する、見える叫び声であった。
そして塗り付けられる、バターを。 じゃがバターだ。 ここから明太マヨを足される様子もなく、青年の歩みによる振動を心地良い揺りかごのように感じながら、屋台が遠ざかってゆく。夢のようだった。物心ついた頃からの確信が、現実のものとなった。ここまで枝分かれしてきた同志の姿を思うと、それは寧ろ奇跡的なことではないかと、今になって身震いがした。
青年と、その彼女(だろうか?)の会話が聞こえる。彼がじゃがバターとして初めて聞く人の声が。全てを赦すことができる、そんな心持ちだった。ここまで、じゃがバターというたった一つの可能性に向けて進んできた。もういい。これからは、どんな食べられ方でも満足だ。全てに身を委ねよう。そう思った。 そして、食べられるまで買い手2人の会話を聞くことにする。
「私、お祭り来たら絶対じゃがバター探しちゃうんだよね〜。」
「わかり。俺も大好きなんだよねー、じゃがバター。」
じゃがバター冥利に尽きる会話だ。全身を耳にして聞き入る。
「でもさ、なんでじゃがバターってマーガリンつけてるのにじゃがバターなんだろうね」
「そり!w。言うならじゃがマガでは?🤔🤔🤔」
じゃがバターの開いた皮から水滴が一筋、人知れず皿を濡らした。 青年が口にしたじゃがバターは、考えられない程に冷め、塩辛かった。
咀嚼され、狭い食道を通る。雑踏が遠ざかり、ボヤける。ここは酷く静かだ。
青年の鼓動が、温度が。まるで自身の鼓動かのように落ちていく身体に響く。
終わりの海に溶けゆく中で「じゃがバター」は聞いた。
かつての夢と共に弾けた、夜を啄む花火の音を。
みんなは知ってるかな?じゃがバターの豆知識! @mrnnnkwrkisrj
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