第20話 レイトサマーブルース
「な、なんなんだこのレイアウトはっ」
入り口のドアをくぐった途端、俺は思わず声を上げていた。
俺の目の前に広がっていたのは、見慣れたマニアックな商品の数々ではなく、古着をまとったマネキンやぬいぐるみたちだった。
「おい、いくら何でもやりすぎじゃあないのか、お嬢さん」
俺はファンシーショップと見まがうようなフロアを突っ切り、カウンターの中で音楽に乗せて身体を揺すっている少女に近づいた。
「俺が頼んだのはお留守番だぜ。誰が「おいた」をしろと言った?」
俺がヘッドフォンをむしり取って睨みつけると、少女――涼歌は頬を膨らませて睨み返してきた。
「あらあ、リニューアルを頼んだのはどこのご主人?せっかく古臭いマニア向けのお店から生まれ変わったことをアピールしたのに」
「古臭くて悪かったな。勝手に生まれ変わらせなくてもいいんだよ、この店は」
「なによ、せっかく若返らせてあげたのに。この石頭、オタクジジイ!」
俺は座敷犬よろしく吠えかかってきた少女の頭に手を置くと、ぽんと叩いた。
「……若いのが嫌いなわけじゃない。ただ、これだとお客が離れちまうんだ」
俺は涼歌が据わっているキャスター付きの椅子をくるりと回転させると、わざと声を低めて見せた。
「俺の大事なお宝を、どこに隠した?あれじゃなきゃ嫌だっているお得意さんがわんさといるんだ」
俺が猫なで声で尋ねると、涼歌は再び頬をぷっと膨らませた。
「あっち」
涼歌がしぶしぶ指さして見せたのは、俺の書斎とも言うべき工房だった。
「……なるほど。まあ、ゴミ扱いしなかっただけ、よしとするかな」
俺は工房に足を向けると、扉を開け放った。俺の目の前には懐かしいお宝の数々が、慌てて放りこんだように無造作に積み上げられていた。
「さあ、店内を元に戻すぞ。ぼおっとしてないで、運びだすのを手伝ってくれ」
俺が発破をかけると、涼歌がげんなりした表情で「マジ?」と呟いた。
「そういやそうな顔をするな。早く片付いたら、花火を買ってやる」
俺が背を向けたまま告げると、涼歌は一瞬、意表をつかれたように黙り込み、それから少しだけ嬉しそうな口調で「花火って……子供かよ」と返してきた。
※
「あー、落ちちゃう。何とかして、柳原さん」
近くの公園から漏れてくる虫の声を破って、涼歌が叫んだ。
「無茶言うな。そんだけ火の玉がでかくなったらもう、寿命だ。あきらめな」
柳原は打ち上げ花火の準備をしながら、突き放すように言った。
「冷たいなあ。……ねえ
「そうねえ。……子供に甘い顔をしないところは、悪くないと思うけど」
問いを投げかけられた千草は、涼歌の前にしゃがみこんで答えた。浴衣姿の二人に挟まれて、ちりちりと音を立てている火の玉がふっと持ち手から離れた。
「そっか、いくら少年課でも、女子高生の心理はわからないか。じゃあしょうがないね。うちの店主もそうだし。……ね、ゾンディ―?」
いきなり声をかけられ、俺は思わず火のついた花火を取り落としそうになった。
「ああ、わからないよ。子供は子供、大人は大人さ」
俺が言うと、涼歌はくすくすと笑い始めた。俺が訝っていると、どういうわけか柳原までが忍び笑いを漏らし始めた。
「ねえ、どう思う?この発言。……だってさっき、暗黒何とかのグッズが手に入ったって飛び回っていたのよ、このおじさん。これのいったいどこが大人なのよ」
痛いところを突かれ閉口した俺に、涼歌がさらに畳みかけてきた。
「柳原さん、これからは少年課のほかに「子供な大人課」を用意しないと駄目ね」
「駄目だな。そんな物を作ったらみんな犯人に共感して仕事中に遊び出すからな」
涼歌の軽口に、柳原は笑いながら応じた。俺は深く同意すると、噴き出し花火に三本、立て続けに火をつけた。
「ようし、行くぞ。みんな、離れてろ」
柳原が打ち上げ花火の箱に点火し、素早く後ずさった。しゅう、という音がして青白い炎が箱を舐めたかと思うと、ぽんという破裂音と共に火の玉が頭上高く上がった。やがて夜空に赤と青の小さな光がはじけ、火の粉があたりに舞った。
「さあて、餓鬼どもの夏は終わりだ」
俺が言うと、涼歌が恨めしそうな目で俺を見た。
「大人に二学期はないの?」
「あるさ。やっと夏の悪夢から解放されたこれからが、俺にとっての稼ぎ時だ」
俺はため息交じりにそう呟くと、バケツの中に火の消えた花火を放りこんだ。
「さて、店の前を片付けて、元の健全なリサイクル店に戻すとしますか」
俺はバケツを持ち上げると、噎せかえるような熱気を孕んだ闇に背を向けた。
〈了〉
生きぞこない☠ゾンディー EXTRA SEASON#1レイトサマーブルース 五速 梁 @run_doc
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