第19話 破滅の前夜


「ブラックゾンビの支援はしないのか、だと?随分と奇妙な質問をしてきたな」


「フェニックス・タワー」と言う名の高層ビルの最上階、壁一面の窓を背にゾンビの互助組織「環人協会かんじんきょうかい」会長、星谷守ほしやまもるは言った。


「ええ。最近、俺が関わった連中の話からすると、ブラックゾンビ社会全体で「食料」の供給が滞っているようです。ブラックゾンビ自体がじわじわ増え始めているのに、彼らの命綱である「生者」または「ゾンビ」の身体が圧倒的に不足している。そこに危機感を覚えているブラックゾンビも少なくないようです」


「それで我々にどのような支援をすべきだと?亡くなった同胞の身体をブラック側に提供しろとでも言うのかね?」


 星谷は威厳のある顔を俺に向け、静かに問いを放った。


「そうは言いません。少し前に連中が試みた「サイレント・グリーン計画」はご存じですよね?あれはうまく行かず途中で頓挫したようですが、ブラックと環人協会が力を合わせれば、代替食料のようなものを開発することもできるんじゃないですか」


 俺は自分でもどこか、現実実に乏しいと思いつつ提案を口にした。


「できればとっくにやっているよ、泉下君。わかっていると思うが、我々と設楽しだら君たちとの間に敵対関係はない。彼らに滅びて欲しいと願ったこともない」


 ブラックゾンビの現状が明るくないことを指摘されても、星谷は超全とした態度を崩さなかった。


「ですが、彼らの総数に対して生命を維持できるだけの食料が絶対的に不足しているというのは、動かしがたい事実なのではないでしょうか」


「彼らがこの世界で種として必要とされていないとでも?」


「いえ。ただ私が恐れているのは、彼らが犯罪などの行為で強引に食料を調達しようとした時、我々と生者たちとの溝は決定的なものになるということです」


「……だろうね。我々が決して生きている人間は襲わないと明言しても、隣に死者がいれば、それだけで生者に取ってある種の脅威となりかねない」


「生者とゾンビの共存は無理だと?」


「それは誰にもわからない。生者とゾンビに距離があるように、ブラックゾンビと我々との間にもまた、距離がある。我々は三者三様の常識の中でそれぞれ、生きる場所を見出してゆかねばならない」


「軋轢が起きても、見なかったふりをしろと?」


「いずれ互いに折り合う時が来る。その時、誰が優位に立つのかはこの星にしかわからない。もしかしたらブラックゾンビこそが新しい支配者なのかもしれない」


「栄えるも滅びるも、すべては神様次第というわけですか」


「必要以上に物事を考えても、必ずしもいい結果とはならないということだよ、泉下君。我々はそれぞれ、自分の生きる社会の中で努力していれば、それでいい」


 俺は押し黙った。星谷の言葉は逃げでもあったが、何かを変えようとしてさらに多くの不幸を呼ぶ場合があることを思うと、あながち否定もできないのだった。


「泉下君、君がそれほどブラックゾンビにシンパシィを感じているとは思わなかった。よくよく見て見ぬふりをすることができない性分だな、君は」


「星谷さん、たまたま今は人を食せずに済んでいるだけで、俺だってブラックゾンビになっていたかもしれないんです。他人事とは思えません」


「わからないものはわからない。それではいけないのかね」


「…………」


 俺は礼を述べると、会長室を辞した。フェニックス・ビルを出て往来を歩き出すと、晩夏の日差しがアスファルトの上に濃い影を作った。


 ――内倉彩花……彼女はどう生きるべきだったのだろう。そして、彼女を理解できなかった人々は、無力だったのか?俺にはわからない。きっとこれからも。


 俺は強烈な午後の陽差しの下を、答えのない問いを抱えたまま帰途についた。


              〈最終回に続く〉

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