友達

 お前と会わなくなって9年。10年って言うとデカイ単位になるから、今年はお前に会いたいって思ってる。でもとりあえずどこにいるか分かんないからさ、とりあえず手紙を書くわ。お前のママに渡しておくから、読んだら返信くれ。手紙に電話番号と俺のアパートのアドレスと、ついでにLineのIDも書いといたから。


 まずは9年前に実家を出たんだってな。お前のママから聞いたよ。30手前で家を出て、どっか違う街で頑張るんだって言ってたらしいじゃねぇか。 引っ越し祝いをやるよ。何がいい? お前が良く吸っていたタバコがいいか? あれだ、確かママからくすねて吸ってたら好きになったって言ってたよな。大事に吸うんだって言ってさ、長くて細いタバコを半分くらいまで吸って途中で消してシケモクにしてさ、そいつを根元まで吸って気持ち悪くなって……その度に、俺は「本当にダセェよ。タバコくらい働いて自分で買えよ」って言ってた。お前はふざけた顔でごまかしてたよな。あの時は金持ちのボンボンがって呆れるだけで、本当に面白くなかったよ。 でも良いんだ。タバコくらい好きなだけ買ってやるよ。実はさ、あのときのタバコは大体検討が付いてるんだ。セーラムかピアニッシモだよな? たださ、両方ともいろんな種類があるからさ、全種類を2カートンずつ買ったんだ。俺はマルボロのブラメンしか吸わないからさ、全部やるよ。


 そもそも何で会わなくなったんだっけ? あぁ、俺が東京を離れたからか。親父の実家の家業を継ぐって、東京を出たのは大きかったよな。あんときのお前はちょっとイカれてたから、俺が東京を出るって言ったら「医者もそろそろ大丈夫って言ったから、薬を辞めたんだ」って言ったよな。そん時に俺はこう言ったんだ。「8年も引きこもってんだから、まともに就職するのは無理だろ。だから、何年かかっても治ったら俺のとこに来いよ。お前ひとりくらい一生養ってやるくらいデキる奴になってるから」って。お前は「嘘つけ」って言ったけどさ、小学校からの腐れ縁のツレいずっとたらさ、俺だって幸せだって思ったよ。だから頑張ったんだ。頑張って、頑張って、体壊すまで頑張って……それでもお前との約束があるから大丈夫だったんだ。なのにさ。なぁ、なんでまた薬を飲んだんだよ?


 9年前、小学校を卒業してから会ってない幼馴染から聞いたよ。お前がバスタブを棺桶にしたって。浴槽には睡眠薬とニッカウヰスキーの小瓶が転がってたってさ。なぁ、ママを泣かすなよ。あの小太りでコロコロ笑って、美味しいコロッケが自慢のママを泣かすなよ。お前言ってたじゃねぇか。頭おかしくなる前に言ってたじゃねぇか。ヒップホップはファミリーを大事にするって。大事にしてねぇじゃん。お前のママ、すげぇ痩せててさ、お前がいなくなって一か月しか経ってなかったんだぜ? 普通、人間ってあんなに痩せねぇよ。お前のママが言ってたよ。お前、俺との約束があるから頑張って治すんだって言ってたらしいじゃねぇか。俺が勉強して助けてくれって言ったインターネットの勉強も頑張ってたらしいじゃねぇか。頑張ってさ、それで嫌になって薬に逃げたら元も子もねぇよ。お前のママに「来てくれてありがとう、ずっと友達でいてくれてありがとう」って言われた俺の気持ち分かるか? 気が付いたら手土産で持ってきた萩の月の包み落としてて、何も言えなくなった俺の姿を想像できるかよ? そんな俺に、お前のママが「びっくりさせてゴメンね」って頭下げたんだ。そりゃ俺も泣くよ。ふざけんなって、ごめんなって、泣くよ。


 お前が何も言わねぇからさ、まだ話すわ。散々ボロクソったけどさ、なんで今更お前に会いたいかって言ったらさ、お前に謝りたかったんだよ。俺はお前がいたから頑張れた。頑張って頑張って……ダメだった。親父の実家、潰しちまったんだ。ダメだったわ。俺一人まともに食うことが出来なかったよ。お前が治ってきてもさ、俺、何もしてやることが出来なかった。期待持たせるようなこと言って、お前に無理させて、ゴメンな。多分お前は許してくれないんだろうけど、ゴメンって言いたいんだ。そんなことをお前がいなくなったときからずっと考えてた。どれくらい言えばお前に伝わるかな? 一日に一回はお前に謝っててさ、それが3000日は超えたよ。15,000回以上はゴメンなって言ったんじゃねぇかな。でもさ、気が付いたんだよ。それじゃダメだって。いなくなった奴にいくら言ったって伝わんねぇわって。


 だからさ、会う日が来たら直接言うよ。それまではお前に「くどいよ! いい加減聞き飽きた!」って言われたと思ってさ、もう一回頑張ってみるよ。お前みたいな奴を増やさないような手伝いが出来る仕事に就こうと思う。だから、次に会う時まで「またな」って言いに来たんだ。お前は何も言わねぇ石になっちまったけど、名前書いてあるからお前だろ? とりあえず持ってきたセーラムとピアニッシモ、ここに置いとくわ。もう吸いすぎに気を付けることもねぇだろうし、こんだけありゃシケモクもいらねぇだろ。それが切れたら言ってくれ。また持ってきてやるから。


 じゃあ、またな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パレット~短編集~ 波図さとし @pazzotusuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ