第29話 日常
レイスによるマナ暴走テロ未遂騒事件から数日後。
繁華街は週末ということもあり、私服姿の学生や家族連れなどを中心に賑わいを見せていた。
そんな繁華街の中、時計台が設置されている中央広場の一角に
「そろそろかな」
沙羅は左腕の腕時計に視線を落とす。現在の時刻は午前10時53分。待ち合わせの11時まであと少しだ。
「お~い、沙羅ちゃん」
駅の方から肩を並べて歩いてきた
二人の私服は、楽人が黒いシングルのライダースジャケットに白いカットソー、ダメージデニムという出で立ち。舞花はネイビーのロング丈のカーディガンに白いブラウス、ダークグレイのアンクルパンツというコーディネートだ。
沙羅が転校してきてから初めての週末のため、二人の私服姿は沙羅の目にはとても新鮮に映っていた。
「こんにちわ。楽人くん、舞花ちゃん」
「早いね、沙羅ちゃん。もしかしてけっこう待った?」
「ううん、私も今さっき着いたばかりだよ」
「そっか、なら良かった」
楽人がほっと息を撫で下ろす。相変わらず配慮の人である。
「……やっぱり、
姿の見えないもう一人の名前を、舞花は不満気に呟く。待ち合わせの時間まではまだ五分くらいあるので遅刻すると確定したわけでは無いが、マイペースな灯夜が時間に間に合う確率は限りなく低いだろうという確信が舞花の中にはあった。
「そのことだけど、
騒動後、灯夜は一度も学校に顔を出さなかった。表向きは風邪で欠席という扱いになっていたが、原因があの一件で負った怪我のせいなのは間違いない。事の真相を知る沙羅からしたら、灯夜が今日の約束に来られるかよりも、純粋に灯夜の体調そのものが心配だった。
「それは無いと思うよ。昨日電話で話した時はピンピンしてたし」
「えっ、そうなの?」
「灯夜の回復力は驚異的よ。
「でも、ずっと学校を休んでたんだし、それなりに重症なんじゃ……」
「いや、これまでの経験上あのレベルの怪我なら、治癒魔術との併用で、少なくとも金曜までには回復出来たんじゃないかな。というか、金曜の放課後に見かけたし」
「じゃあ、何で学校を休んだんだろう?」
「十中八九サボりだと思うよ。『どうせ金曜だから休んじまえ!』くらいの感じだろうな、灯夜のことだから」
「間違いないわね」
「……一応聞いてみるけど、警備部関連の仕事で忙しかった可能性は?」
希望的観測を込め、自分の想像していた理由を沙羅は口にしてみる。
「無いな」
「無いわね」
まるで打ち合わせでもしていたかのように、楽人と舞花は声を揃えた。
「だって、事件が解決した後にそんな面倒な真似、あいつがするはずないもん」
「確かに、久世くんならそうかも」
これ以上ない程に説得力のある楽人の意見に沙羅も首を縦に振る。残念ながら擁護のしようが無い。
「灯夜が来るのを待つしかないわね」
舞花が柱時計を見やると、時刻は午前11時2分を示していた。
「それにしても、数日前にあんな騒ぎがあったなんて嘘みたいだよね」
騒動の翌日。レイスの企てた計画やセントラルビルの被害、空中での爆発などに関する情報が行政から市民へと報告された。情報を可能な限りオープンにするという市長の意向らしく、灯夜や
沙羅が何よりも驚いたのは、それらの事実を知った市民達の間でほとんど混乱が起こらなかったことだ。
無事に事件は解決したとはいえ、一歩間違えれば
真名仮市はその性質上、不穏分子に狙われることも多い。市民もそれを理解したうえで生活しているため多少のことでは動じない。多かれ少なかれ、この街の全ての人間がそれなりの覚悟を持って生活しているのだ。だからこそ何も起こらなかったと分かれば大きな混乱も起こることは無く、平和な日常へ一瞬でと戻ることが出来る。こういった住民一人一人の意志は、真名仮市の持つ大きな財産であると言っても過言ではない。
「確かに流石は真名仮市民ってところだよな。大した混乱も起きなかったおかげで、沙羅ちゃんの歓迎会も予定通り行えることになったわけだけど」
今日沙羅達が繁華街へとやってきたのは他でも無い。沙羅の転校初日から企画されていたカラオケ店での歓迎会のためだ。正午に現地へ集合する予定になっているのだが、沙羅は引っ越してきたばかりで集合場所であるカラオケ店の場所を知らないため、楽人達とこの広場で待ち合わせてから案内してもらう予定となっていた。
「沙羅さんの歌が聞けるなんて楽しみね」
「あれからAMOURの曲を何曲か聞いてみたけど、沙羅ちゃんの歌が生で聞けるなんて楽しみ過ぎる」
楽人は今にも走り出しそうな程に興奮している。楽人は本来アイドルグループというものにそこまで興味を抱いていなかったのだが、沙羅が所属していたということで〈AMOUR〉の過去の曲を試聴してみたところ、見事に虜になった様子だ。まだ
「引退した今となっては、ちょっと歌に自信があるだけの高校生だよ。あまり過度な期待はしないでね」
沙羅は謙遜して首を横に振る。沙羅は〈AMOUR〉の中でも特に歌唱力に定評のあるメンバーとして有名だった。あくまでも学生達のカラオケではあるが、沙羅がマイクの握った瞬間、そこは一つのステージと化すだろう。
「テンション上がって来た! 舞花、抱き付いてもいいか?」
「社会的に抹殺される覚悟があるなら好きにしなさい。この変態」
M気質が喜びそうな視線と台詞が楽人へとぶつけられる。もちろんご褒美で言っているわけではなし、舞花の人脈を駆使すれば実際に可能だろう。それが分かっているからこそ、楽人は目に見えてガクガクと恐怖に震えていた。
「相変わらず仲が良いな、楽人と舞花は」
「この権力乱用女と俺の、どこが仲良く見えるんだよ」
「そうよ、この何をやっても恰好がつかない変態と私のどこが仲良しに見えるの?」
突如飛び込んできた言葉に、楽人と舞花は互いを指差し、全力で否定した。
「ほら、今のだって息ピッタリじゃんか」
「いい加減なこと言うなよ、灯夜」
「これ以上言うと私の権力が火を噴くわよ、灯夜」
「冗談だって冗談。楽人はともかく舞花の脅しは洒落にならんから怖い」
先程よりもさらに息ピッタリの否定コメントが、声の主である灯夜へと飛ぶ。
「あっ、久世くんだ」
あまりにも自然なやり取りだったため、沙羅はこの時初めて灯夜がこの場にやってきていたことに気が付いた。楽人と舞花の夫婦漫才? を楽しく眺めていたため、灯夜の存在にはまったく意識が向いていなかった。
例に漏れず灯夜も私服姿だ。ボトムスはベージュのチノパンで、インナーにはカットソーを着ているが、トレードマークのスタジャンは休日でも健在だ。
「本当だ、灯夜だ」
「いったい何時からいたのかしら?」
沙羅の言葉で我に帰り、楽人と舞花も灯夜の存在を認識した。
「お前らはさっき俺の名前を呼んでただろうが」
「あんなことを突然言ってくるような不届き者は灯夜くらいしかいないだろうと思って、反射的に名前を言ったんだよ。まさか本当に灯夜だったとは」
「私も同じよ。あんなことを言う愚か者は灯夜くらいしかいないもの。やっぱり権力を行使してお仕置きしてあげましょうかしら」
「えっ、何? お前らの中での俺って、不届き者で愚か者なの?」
複雑そうな表情で問い掛ける灯夜に対して、二人は冷めた目のまま無言で頷いた。
「……どうせ俺は不届き者で愚か者ですよ」
しょぼくれた様子で灯夜はぼそぼそと呟く。
「まあまあ二人とも、確かに久世くんはマイペースで何考えてるか分からなくて、いつも人のことを振り回すし、私の名前だっていつまでも皿と間違えたままでいい加減ムカつくけど、流石にそこまで言うのはかわいそうだよ」
沙羅からは擁護と見せかけて大してフォローになっていない意見が飛ぶ。
「いや待て、あいつらもそこまでは言ってないから! 俺ってそんなに駄目な奴?」
沙羅の追い打ちで灯夜の精神はズタボロだ。当たり前のことではあるが、物理的なダメージとは違い、銀狼の右腕の治癒力も、賢者の左腕の魔術も、心の傷には作用しない。
「軽いジョークだ。許せよ灯夜」
「意外とからかい甲斐があるのよね」
「ごめんね、久世くん。面白かったから私もつい乗っかっちゃった」
「まあ、いいけどさ。というか息ピッタリだな、お前ら」
「久世くんが休んでる間も学校で一緒だったんだもの。コミュニケーションはばっちりだよ」
学校を休んでいた灯夜は知る由も無いが、この数日の間にも沙羅、楽人、舞花の三人は学校はもちろんのこと、放課後に街巡りなどをしたりもしていたのだ。この程度のコンビネーションはお手の物だ。
「珍しく灯夜がそこそこ早めに到着したことだし、カラオケ店に向かいましょうよ」
「そうだな。少し距離もあるし、そろそろ行くか」
楽人の言葉に全員が頷いた。集合時間まではまだ余裕があるが、早目に着いておくにこしたことはないし、着いたら近場で時間を潰していればいい。
楽人と舞花が先導する形で広場からカラオケ店へと向かうことになり、沙羅と灯夜はそれに続く。地理に疎い沙羅はもちろんだが、灯夜も普段はカラオケに行く機会がほとんどないらしく、沙羅と同じく道案内が必要だった。
「こう言ったら失礼だけど、久世くんが私の歓迎会に来てくれたのは少し意外だった。『面倒だからパス』って断られるんじゃなかと思ってたよ」
「暇だったからな」
「うん、ありがとう」
ぶっきらぼうな物言いの灯夜に対して、沙羅は嬉しそうに笑顔を見せた。
「よし、今日は歌うぞ~」
「歌うの、好きなのか?」
「これでも元アイドルだしね」
「誰が?」
言葉の意味が理解出来ていないらしく、灯夜は目を丸くして聞き返した。
「私が」
「そうなのか?」
「私が転校してきた日に、クラスでちょっとした騒ぎになったんだけど」
「ああ、俺が寝てた時のことか。どうりで記憶に無いわけだ」
「そういえば……」
転校初日のことを思い出し、沙羅は目を細めた。あの時の灯夜は沙羅が声がかけるまで眠っていて、転校生の存在すらもいまいち理解出来ていない様子だった。その直前の騒ぎが記憶に無くとも不思議ではない。
「しょうがないな」
少しだけむくれた顔を見せた後、沙羅は転校初日の再現のように自己紹介を始めた。
「東京から転校してきました、
「詩月皿?」
「またそれ? 皿じゃなくて沙羅」
「分かったよ、皿」
「だから沙羅だってば」
「了解した、沙羅だな」
「だから皿って……今ので正解だよ!」
「お、おい、どうした?」
驚きのあまりテンション上がった様子の沙羅に、マイペースな灯夜も流石に困惑していた。
「……久世くんが何度も私の名前のアクセントを間違えるからでしょう」
「じゃあ、ややこしいから詩月って呼ぶよ」
「ここまで来て名字で呼ばれるのは、何だか負けた気がするから駄目! 沙羅って呼んで」
「分かったよ……沙羅」
「よく出来ました」
笑顔の沙羅から灯夜へと、ささやかな拍手が送られる。
「この程度で褒めるなよ」
沙羅の笑顔に釣られたのだろうか、灯夜は恥ずかしそうにしながらも、普段はあまり見せることの無い微笑みを浮かべていた。
「おーい、二人とも。そろそろ店に着くぜ」
「次の角を曲がればすぐよ。早く行きましょう」
「行こうか久世くん」
「そうだな」
沙羅と灯夜は駆け足で二人に合流。横並びとなった四人は、カラオケ店へと向かって歩き出した。
了
ウィザード&ワーウルフ 二つの最強を宿す者 湖城マコト @makoto3
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