変わらないはずだった、日常

この仕事は俺には荷が重い。

そう気づいたのはつい最近だった。



いつものように空を飛び、ターゲットを視察しに行く。



今までは寿命の来たじいさん、動けない地縛霊など、もう亡くなったり、亡くなる寸前だったりした。


だが、俺のランクが上がってしまったので、仕事のレベルが上がってしまった。



…何の話してるかわからない?



俺の仕事は、亡くなった人、亡くなる寸前の人を天へ帰す、死神なのだ。


死神といったら骸骨が大きな釜を持っている、というイメージが湧くだろう。

だが実際は、釜なんぞ持っていないのだ。釜は危ないし、人に当たったら大変なことになるだろう。人間と死神はそう変わらないが、死神は空を飛べるのだ。


青い空、白い雲。


いつもだったら全てが清々しいはずだ。


ふと、下を見るとルンルン笑顔で歩く少年が見えた。


俺はそれを鼻で嗤う。


(…どうせ、彼女とデート、とかだろ?)


俺の心は雨雲に閉ざされているようだ。


なぜ、俺がこの仕事をしないといけないのか。


なぜ、この担当が俺になってしまったのか。


神を恨むしかなかった。



風に吹かれながら、地面に足をつける。


乱れた死神専用の衣装である、黒いポンチョのようなコートを、片手で直した。


いまいちこの衣装が気に入らない。

だが、着なければターゲット以外にも自分の姿が見えてしまうから仕方がない。


コートを頭まですっぽりと被り、目的地へと向かった。


歩いて数分経った所で、足を止める。


「…確か、ここら辺じゃないか?」

ぶつぶつ独り言を漏らし、ポケットから一枚の紙を取り出した。


四つ折りになっている紙を、乱暴に広げる。


しわくちゃになった紙には、一人の女の子の写真が撮されていた。



艶やかなストレートの髪を肩下まで伸ばした、古風のセーラー服を来た子だ。


(…師匠によると、女子高生のようだな。)


俺が憂鬱な理由はこれだ。


生きている人間。しかも、若い。女子高生とな。


「俺よりずっと年下じゃねえか…」

柚斗は、死神年齢でいう200歳を超えている。死神界は人間界より月日が経つのが早いため、人間界でいう23歳だ。


(ターゲットは、17歳…か。高校2年生、つうところだろうか。)

なぜ、俺が選ばれてしまったのか。


再びモヤモヤが出てきたので、無理矢理振り切った。


「余命1ヶ月…か。」

死因は交通事故。

横断中に居眠り運転の車に轢かれる…と。


ああ、荷が重い。


こんな大役、俺には無理だ。


死神の仕事はあの世に連れていくだけではない。

死ぬ前に、人間が安心して逝けるようにサポートしないといけないのだ。


「よりによってのJKかよ…」


まあ、これが終わったらボーナスが貰えるって聞いたし、たかが1ヶ月だ。

さっさと浄霊しよう。


「まずはターゲットを探す…と」


死神の仕事でめんどくさいこと①


『ターゲットを探さないといけない』


JKとは、どこに行くのだろう。

死神界だと、上品な女が多いから花とか…ピアノとか…、だろう。


人間界は女が女らしくない、と思う。




柚斗は歩きながら周りを見渡した。


人気のファーストフード店が目に入る。

学校帰りか、女子高生と男子高生がたむろっていた。


女子高生はというと、なんと男子高生と同じ体勢である。

股は開き、足は組み。


(…何て下品なんだ。)


爪のネイルや、髪形、化粧までもが気になって仕方ない。


(…じゃあ、ターゲットは上品な方だな。)

写真と見比べ、頷いた。


更に数十分歩いた所でため息をついた。


(どこにいるんだよ…)

師匠が教えてくれればいいのに、修行の一貫とか意味わからんこと言い出すし…。


高校の周りも全て捜索したが、どこにもいない。


「めんどくせえけど、聞くか」

俺は深く被ていたコートを脱ぎ、腕に掛けた。


チェック柄の長袖シャツに、ジーパンといういつものスタイルだ。


柚斗は時間を気にしながらも、近くの女子高生に声をかけた。


写真と見比べると、同じ制服のようだ。


「ちょっといいですか?」

柚斗が声をかけると、二人の女子生徒は慌ててスマホをカバンにしまった。

そして柚斗の顔を見て、頬を赤らめる。


「ど、どうしました?」

声が上ずっている。

二人いる一人の、ショートカットが反応した。


「つか、お兄さんめちゃイケメンじゃね?」

もう一人のチャラい女の子が、しまったはずのスマホを取り出し、写真を撮ろうとしたので、オブラートに包むのを意識し、止めた。


「ありがとう。でも、写真は苦手なんだ」

(…写真とか撮るなよ。もし俺の給料が減ったらどうするんだ)


もちろん、口には出さない。

チャラい女子高生は、顔を赤らめ、素直にスマホを直した。


柚斗は、満足そうに頷いている所、本題を忘れそうになり、慌てて写真を見せた。


「この子に見覚えない?君たちと同じ高校なんだけど」

名前も知らない彼女の写真を見せると、二人は顔を見合わせた。


チャラい方が髪を気にしているようで、片手で直しながら呟く。

「これ、弥生じゃね?」


「弥生?」


「そう。月城弥生」


月城弥生…か。

名前からしても、上品そうだ。


俺が写真を眺めていると、ショートカットの方がチャラい子の腕を掴んだ。

そして、俺を睨むように見つめる。


「ちょ、蒼。どうした?」

この状況にわからない、とあたふたしているチャラ子。


当然、俺にもわからない。


「えっと…。どうしたのかな?」

なるべく相手の逆鱗に触れないように、優しく問う。

これも今までの修行のテクニックだ。


「あなた、弥生の事を聞いて、どうするんですか?」

その言葉を聞いて、ハッとした。


この子は誤解している。

完全に不審者と間違えられている。


(…これはマズイなあ)


これはめんどくさいタイプだ。

隣のチャラ子だけだったら、情報だけ掴めていただろう。

だが、このショートカットは用心深いようだ。


仕方がないから俺はとびきりの営業スマイルをした。

「俺はこの子の家庭教師をしているんだ。弥生ちゃんが家にいなくて、お母さんに見つけてもらうようにお願いされたんだ」


さて、この嘘はどうだろうか。

いつもの癖で、スラスラと嘘が出てしまった。


「ほへー。そうだったんすか。弥生、こんなカッコイイ人にカテキョやってもらってただなんて、羨ましい」


チャラ子は、あっさりと信じてしまった。

(おい、コイツ。この程度の嘘で騙されて大丈夫か?いや、今はそれはどうでもいい。チャラ子、お前が説得してくれよ)


と、内心思うが、現実はそう簡単にいかない。


「…へえ。弥生、カテキョしてたなんて初耳だなあ」

蒼、という彼女は真っ黒でさらさらな髪を耳の後ろにかけながら、冷たく言い放った。


ぎくり、となるが、ここはひけない。

彼女たちは、多分、弥生と友達か何かだろう。


「はは。そんなに冷たくしないでくれよ。いくら友達でも1つや2つ、嘘をつくことくらい、あるだろう?」

うーん、イマイチだ。

しっくりこないこの嘘。


チャラ子は、俺よりも蒼に不審そうな目を向けている。

「蒼、そうだよ。このお兄さん、多分本当の事、言ってるよ」


(だから、お前大丈夫かよ!まじで心配になってきた)


でも、ありがたい。もう一押しだ…と、思う。


俺は静かに蒼の次の言葉を待った。


「ちょっときらら、黙ってて」

チャラ子にも冷たく言い放した。

構ってもらえない子犬のように、しゅんとなるチャラ子。


(…つーか、蒼って子。警戒してる割には、この場に居る奴の名前、全部出したよな?)

恐るべし、JK。


「そんなに警戒しなくても。事実を述べているだけなんだよ、俺は」

更なる営業スマイルで攻めると、蒼も引き気味になった。


だが、コイツは油断ならない。次はどんな質問が来るのか正直怖い。

あと、少し。あと少しで弥生の情報が聞ける。


「なら何で弥生の写真持ってるんですか?」


ため息が出そう。

「だから、お母さんに頼まれたんだよ」

イライラするのを必死に堪える。


(手強い…。手強すぎるぞ。)

頬から汗が垂れるのがわかった。

柚斗特製営業スマイルが崩れかけている。


「なら、何で写真がこっち向いてないですか?隠し撮り、ですよね」

彼女は俺から写真を勢いよく取り上げると、突きつけるように見せつけてきた。


俺はごくり、と生唾を飲んだ。


まあ、隠し撮りだろう。でも俺が撮ったのではない。師匠が撮ったのだ。これは言い訳にしか聞こえない。


(…さて。どうするか)


柚斗の表情に影が差したのを確認すると、蒼はきららの腕を握り、1歩下がった。

そして、バッグからスマホを取り出す。


「警察に通報しますから」

彼女は手際よくスマホを動かすと、あっという間に電話画面を見せた。

さすがJK。現代に生きてやがる。


まあ、捕まることはないけど、ターゲットとの接触も難しくなるな。

しかも友達なら、弥生の周りを警戒するだろう。

それだけで迷惑だ。このミッションに失敗したら、俺のボーナスはさようなら、ということなのだ。


(…それだけは回避したい。)


さて、次はどんな嘘をつこうと口を開けたところ、遠くから声が聞こえた。


「おーい。蒼ー、きららー」


「弥生!?」

その言葉に、俺は勢いよく振り返った。


ナイスタイミングだ。睨みを利かしていた蒼の表情に焦りが滲み出ている。

彼女の瞳が歪んだ。


「弥生、来ちゃ駄目ー!」

瞬時、蒼は弥生に向かって走り出した。

きららも柚斗もぎょっと目を見張り、弥生の元へと走る蒼を目で追う。

すると、蒼は元気よく弥生に抱きついた。


「ちょ、蒼!?」

弥生本人も訳がわからない、と抱きついてきた蒼に目を白黒させている。

明らかに行き場の無い手がわかる。


数十秒後、やっと蒼は手を離すと、俺の方をキッと睨んだ。

つられたのか、ターゲットと目が合った。


「弥生ってカテキョしてた?」

腕を広げ、俺に近づくなとでも言うように両腕を大きく広げた。


(…ッチ。JKめ。しつこいぞ)

俺は負けじと睨み返した。


「え?カテキョ?してないけど」

頭にハテナマークが浮かんだ状態で、弥生は首を傾げた。

その言葉を聞いた途端に、蒼の表情が軽くなった、と思うのは気のせいだろうか。

いや、気のせいじゃないだろう。


「あの人さ、弥生のカテキョしてるんだって」

俺を指さして、説明するような口調で言う。


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視える俺と、生きたい彼女。 一期あんず @kag6963

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