春はまだ青いか

佐賀瀬 智

加川誠の場合

 オレの名前は加川誠。

 ミュージシャンになるため、ギター1本だけ持って退屈な田舎を19のときに離れ、都会の小さな路地でバスキングから始めた。


 1年半たってやっと、ごきげんなバンドメンバーに巡りあえて、バンドを結成、ちまたじゃ、知るひとぞ知るバンド「オーガナイズカオス」のギターボーカル。ちょっとした有名なバンドのオープニングアクトもつとめたりして、結構ファンもついている。ギグのあとは、メンバー全員ファンの女の子からプレゼントをもらったりして、あ、一番多くもらうのはこのオレ。


 小さなライブハウスで定期的にやってる。小さいながらもいつも満員さ。小規模ながら地方にもちょくちょくツアーでまわっている。

 まあ、ランクで言えばセミプロってところかな。このバンドでもう13年やっている。もうそろそろ、大きな話がきてもおかしくないのだけれど、なんせ、バンドなんて掃いて捨てるほど存在するからね。けれど、いつかビッグになってやる。


 それは、ある日のバンドの練習が終わって、ミーテイングのときのことだった。リードギターの秋吉が話を切り出した。


「俺、実は引き抜きの話がきてるんだ」


 どうやら、ある有名アイドル歌手がロックスタイルに路線変更するらしく、そのバックバンドのギターリストを探していて、秋吉に話が来たらしい。


「アイドルのバックだぜ。笑っちゃうよな。きっとおまえら、俺を軽蔑するだろうな。けど、俺にとってはチャンスなんだよ」


 オレは、一瞬とまどった。


 もちろん、秋吉にバンドに残ってほしい。オレたちと一緒に音楽を奏ってほしい。音楽の方向性に一番うるさかった秋吉がチャラチャラしたアイドルのバックバンドだってえ? 笑わせるぜ。けれど、オレたちに秋吉を止める権利はないし、秋吉を攻めることも誰も出来ない。なぜなら、もし、かりにそれがオレだったらオレは迷わずオファーを受ける。他のメンバーもそうだと思う。


「すごいじゃないか。受けるべきだよそのオファー」


 とオレは言った。


 ドラムの佐野、ベースの山崎もオレとおなじ複雑な気分だったに違いない。羨ましく思うのと、ジェラシーと、アイドルのバックバンドかよ、魂を売りやがって。と思うのと、心から、がんばれよ。と応援する気持ちと。


そして、秋吉は去った。


 オレたちは新しいリードギターを募集するも、なかなかフィーリングの合うギタリストがいない。リードギターが抜けたということで、ライブにくる客もだんだん減っていった。


 秋吉が抜けて8ヶ月がたったある日のバンドミーテイングのとき、ベースの山崎が言った。


「リードギターやっぱ、秋吉じゃないとダメだな...。実は、オレの彼女、妊娠したんだ。オレ、もうこんなお遊び卒業してちゃんとしないとね。今まで多目にみてくれてた仕事先にフルではいることにするよ。バンドは辞める」


 突然の山崎の告白にオレは耳を疑った。続けて佐野が言う。


「山ちゃんともはなしたんだけど、僕たち13年やってきたけど、秋吉くんが抜けた今、もう潮時じゃないかなと思ってるんだ。僕、田舎にかえって果樹園を継ぐ話が前々からあってね、そうしようかなと思ってる」


 メンバー2人から告げられたバンド脱退の話にオレは、だんだん胸糞が悪くなってきて、


「なんだよ、おまえら、示し会わせたように、それに、山崎!!お遊びってなんだよ。お遊びって。オレは真剣にやってきた。お前は、お前は真剣じゃなかったのかよ!」


「お遊びとか真剣とかじゃなくて、誠、現実を見ろよ。オレたち三十半ば、四捨五入したら四十だぜ。無理だよ。もう。それに、オレは、オレの彼女に優子のような思いはさせたくない」


「何だとぉっ。優子は関係ねーじゃねえか!」


 気がつけばオレは山崎の胸ぐらをつかんでいて、山崎もオレの胸ぐらをつかんだ。


「おまえ、やる気かよ」


「誠、山ちゃん、二人ともやめなよ」


 佐野がオレたちの間に割って入った。佐野がとめなければ一発山崎を殴っていたか、山崎がオレを一発殴っていたかもしれない。


 2か月後、ベースの山崎は家庭を持つために普通のサラリーマンになるべくバンドを去った。その1か月後、ドラムの佐野は実家の果樹園を継ぐために田舎に帰った。こうしてオーガナイズカオスは解散してしまった。


 秋吉が去り、山崎も佐野も辞めてしまった。また一から、メンバー探しから始めなければならないのか。

オレは今年で36になる。辞めていったメンバーのように軌道修正するなら今が最後のチャンスかも知れない。バイト2つ掛け持ちで出来ているのも、バンドがあるから、ステージでギターを弾いて歌うことができるから。今、そのバンドを失ってオレは、オレは何をしているのだろう。この13年はなんだったんだろう。楽しかった思い出?ちがうだろう? オレは楽しい思い出作りのためにバンドをやってる訳じゃないんだ。


 オレは、はじめてバイトを無断で休んだ。ワンルームの部屋で悶々としていた。山崎や佐野が言ったことを思い出していた。そして、優子のことも。


 オレには優子という彼女がいた。19のときに田舎から出てきたときオレの後を追って優子も上京してきた。優子は名前の通り優しい子で、オレの活動を100%サポートしてくれた。バンドの人気が出てくると、調子に乘ったオレはとっかえひっかえ違う女と遊んだ。そんなオレにとうとう愛想をつかして、優子はオレが27のときに田舎に帰った。オレはひどい男だったな。山崎の言い分もわかる。あの取っ組み合いの喧嘩のとき、オレは山崎に殴られるべきだったのかもしれない。


 そうだな。山崎や佐野が正しいのかもしれない。山崎の言うように、もう若くもないし、無理なのか? そしてオレも田舎に帰るのか? 潮時か。そうかもな。


 オレはアンプにギターを繋ぎ、音量をマキシマムにしてギターをかき鳴らした。大音量のギターは隣近所に響き渡り、やがて数人の住人と管理人が部屋にやって来てオレは注意をされた。まだ夕方の5時だろうゴタゴタいうなよ。くそったれが、fーオフ! とは言えずに 「すみません」と頭をさげた。オレはこの部屋にいたくなくて飛び出した。あてもなく歩いた。


 気がつくと、オレはどこかの駅前を歩いていた。ラッシュ時で無表情な人々が忙しく行き交う。肩が当たっても何も言わずさっさと通りすぎる。


 どこからともなくギターの音が聴こえてきた。見ると、駅前の広場で、ギターを引きながら"レットイットビー"を歌っている若い女の子がいた。ギターも歌もすごくうまいわけじゃないけど、オレは立ち止まって聴きいった。一番最初にバスキングで歌ったのはこの曲だったなと。遠い昔、若くて何も怖くなかった頃のオレをこの女の子に重ね合わせていた。曲が終わってポケットの中の小銭を集めたけれど、48円しかなかった。


「とても心に響いたよ。ありがとう。もっと多く入れたいのだけど、ごめんね」 


 と麦わら帽子の中にチャリンと入れた。


「そんな、金額なんてどうでもいいのです。立ち止まって最後まで聴いてくれただけで嬉しいです。ありがとうございます」


 とキラキラした目で言ったこの女の子の名前はリカという。去年田舎から出てきてここの公園で定期的にバスキングをやっているらしい。オレが上京して一番最初にバスキングした曲が"レットイットビー"だよと、告げると、


「えっ、そうなんですか? じゃあ、先輩ですね。お願いします。聴きたいです。先輩の"レットイットビー"」


 リカは目をキラキラ輝かせてぐいぐいとギターを押し付けてきた。


「ええっ、オレが奏るの?」


 ギターを半ば無理矢理受け取ったとき、何だろう。オレも一瞬キラキラしたように感じた。なつかしいこの感じ。長いこと忘れていたような何か、青臭い、照れ臭い何か...


 オレは、ギターのチューニングを合わせて、歌い始めた。


 家路に急ぐサラリーマン、学生がひとり、ふたりと足を止めてくれる。5人が10人が15人。


「あれ、オーガナイズカオスの誠じゃね?」 「誰?それ。知らなーい。でも、超かっこよくない?」


 そんな会話が聞こえてきた。


 そうだ。オレが誰だっていい。ただ歌声を、ギターを聴いてくれ。そこには聴きたいと思ってくれる人はいるのか? オレはまだやりたいのか? オレは、オレはまだやれるのか? オレの青春は終わってないか? 

答えは...


 いつのまにかオーディエンスは増えていてオレたちを取り囲んでいた。演奏し終えて拍手の中、


「ごめんな。横取りしちゃって」


 オレはギターをリカに返そうとすると、リカは


「先輩、もっと聴きたいです! もう一曲お願いします」


 と言い、そしてオーディエンスに向かって大きな声で言った。


「みなさんも聴きたいですよね~」


「イエーイ! もう一曲っ もう一曲っ もう一曲っ......」


 オーディエンスがコールし始めた。


 オレは、まだ奏れるのか。その答えは......


 ――――感じろ!


 そうだ! 答えは感じろ!感じることなんだ。


 そして、その答えは、オレはもう十分に感じている。


 拍手と声援の中、オレは、リカからもう一度ギターを受け取って、こう叫んだ。


「おまえらの春はまだ青いか!!」


「オレの春はまだ青いか!!」






おわり

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春はまだ青いか 佐賀瀬 智 @tomo-s

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