5.白魔法

 二人が消えた崖の上からシフォーとトビィが覗き込む。


「大丈夫ですか!ディオ、マーリン!」


 返事はなかった。胸騒ぎがして、いつもならば決して危険な真似をしないシフォーがそのまま崖を滑り降りて行く。

 崖は思いの外低くて下に洞窟のようになっている窪みがあり、そこにマーリンと横たわったまま意識のないディオがいた。

 ディオは頭を打った為か意識が朦朧としている。右の二の腕の服が切り裂かれてそこからの出血が酷かった。


 シフォーは素早くマーリンに指示を出し、トビィと馬と荷物を下に持って来させた。

 彼は慣れた手つきで傷の手当てをし、子供達にスープを食べさせ近くの湖から水を汲んで来てろ過して飲み水を作った。

 今夜は野宿するしかない。ディオが意識を取り戻さない限り彼を動かすのは危険だ。

 ましてや、子供を二人連れて。


「シフォー」


 獣避けの焚き火の前に座り考え込んでいると、マーリンが側に寄ってきていた。トビィはディオの横で熟睡しているようである。


「眠れませんか?」


 うなずくマーリンを招きよせてマントの中に包んでやる。仕方ない。今日はいろんな事があった。


「ディオは・・・大丈夫でしょうか・・・」


 しかし、マーリンの心配はディオのことだった。シフォーは少し驚いたが彼女を安心させるように言った。


「彼は大丈夫ですよ。彼の生命力は私たちよりも強い」


 シフォーが自分の心を落ち着けるように言った。彼がこんなことくらいで命を失うわけがないと。

 明日になれば、明日には何もかも良くなるに違いない。



*****



 焚き火はすでに火が消え、その前にシフォーとマーリンが肩を寄せ合って眠ってしまっていた。まだ朝靄が立ちこめる頃。

 あたりから狼の遠吠えのような唸り声が近づいてきた。

 すぐにシフォーは目を覚ましてあたりをうかがう。


「これはやっかいなことになりそうですね・・・」


 彼はマーリンを起こすと洞窟の奥にまだ眠っている二人の側にいるように言って一人洞窟の入り口に待機した。

 こだまするような遠吠えが周りから聞こえ始め、シフォーは風がどこからか吹き込んでくるのを感じた。

 彼は杖を地面にさし、風を押しとどめようとする。


『災いをなす者。消え去れ!』


 一段と激しい風と共に声が聞こえ、マーリンの悲鳴と共に彼女の腕を掴んだディオの姿が洞窟から引きずり出されていくのがシフォーにも見えた。

 風は彼らを巻き込んで一度空中に高く上がりそのまま地面に叩きつける。


 二人は身動きする力さえ残っていないようで地面に倒れこんでいたが、周りの木々からつたのツルがするすると伸びてきて二人に絡みつき、首を締め上げながら宙吊りにしようとする。


「・・・!」


 ディオはすでに力尽きてされるがままで、マーリンも意識を失いかけていた。その時、突然二人の身体を光が包み込んだ。

 正確に言えばその光はマーリンの額から発せられていた。

 光の輝きとともに、ツタはみるみる勢いを失い二人は地面に下ろされる。


「これは・・・」


 シフォーは目を疑ったが、頭上を鳥が舞い始めたのに合わせて、意識を失ったマーリンの体が、本人の意識とは裏腹にすっくと立ち上がった。目を閉じたままのマーリンの額からはまだ光があふれ出ている。

 そしてマーリンのものではない声が響いた。

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緋色の目 間柴隆之 @mashiba_T

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