4.鎮魂歌
「魔物は動物すべてを操ることが出来る、人間でもそれには抗えない。・・・わかっていた筈なんだけど、伯父さんも伯母さんも自分とこの羊だけは大丈夫だと思ってて、三人で立て篭もっていた納屋に毛に火の付いた羊がなだれ込んで来て慌てて手当てしようとしてて・・・。」
嗚咽するトビィをマーリンは抱きしめるしかなかった。
「わかっていたんだと思いますよ。」
シフォーの声にマーリンは今にも涙が溢れそうな目をして彼を見た。
「わかっていても、自分達が大事に育ててきた羊たちを手にかけるなんて彼等には出来なかったんです。」
魔物によって魔獣にされた動物達は、死ぬ事によってしかその呪縛を解くことは出来ない。納屋に火が回った時にまだ正気を保っていたビルは、逃げ遅れた馬にトビィを乗せて言った。
『マーリンを頼む!あの子はこの世でたった一人ぼっちになってしまうんだ!』
馬のたてがみにしがみついたトビィが見た二人の姿は、火の海にのまれそれでも羊の群れと共にあった。
「こうしちゃいられない!村に急がなくちゃ!」
手綱を取ろうとするディオの手をシフォーが掴んだ。
「待って下さい。とりあえず今はここから離れるのが・・・。」
不意に突風が吹き、シフォーの頬に枯れ草が当たった。小石がぱらぱらと降りかかってくると思うまもなく、村の方から火の粉をともなった巨大な竜巻のような物が彼らの方に向かってきた。
「森に逃げ込め!」
ディオは叫ぶやトビィを肩に担いで、街道脇の木立の中に逃げ込んだ。シフォーとマーリンも後に続く。
だが、竜巻は彼らを囲み、激しく吹きつける。みな必死に木にしがみついていたが、あっという間にマーリンが手を離して風に飲み込まれた。
「シフォー!!」
ディオの叫びより早くシフォーは呪文を唱え始め、マーリンを取り込んだ一筋の流れを除いて竜巻はかき消すように消えた。
間髪いれずディオが馬に飛び乗る。
「行けーっ!」
馬は軽快に森の木立の中で、マーリンを追いかける。右に左にと周りの木の枝をなぎ倒して行く竜巻の後を、ディオを乗せた馬は軽々と飛び越えてその距離を縮める。
急に目の前が開けて切り立った崖の頂に躍り出た時には、ディオは馬上で剣を抜いていた。幅が広く三日月のように弧を描くその剣は、月の光を受けて重厚な輝きを放つ。
「逃がすかっ!!」
馬の背に乗って、高く飛んだディオは剣を両手に持ってマーリン目掛けて振り下ろした。
「きゃ・・・!」
途端にマーリンの身体を取り巻いていた風は消え去り、後には森の木のような形をしたモンスターが現れた。
体の表面から異臭を放つどろどろの液体をしたたらせたそのモンスターはなおもマーリンの身体を小脇に抱えて離さない。
「またお前か!」
ディオは手にした剣の切っ先をモンスターに向けて構えた。細かな細工の施された刀身は古の風格を与えている。
『これは我等に害をなす者。消し去らなければならぬ。』
モンスターはいきなり狼の遠吠えのようなオォーンという声を上げた。それは遠くに山びこのように響き渡る。
「気をつけて下さい!」
やっと辿り着いたシフォーが声をかけた。
「今のは魔獣寄せの呪文のようですよ!」
モンスターはマーリンを抱えたまま崖から飛び降りようとし、ディオはその直前で剣を振り下ろす。
「・・・!」
深々と突き刺された剣の回りから光が溢れ出し、モンスターの体が光に切り裂かれるように細かく掻き消えた。そして足場のないマーリンの身体は空に浮き、ディオはすぐさま自らも闇の中に飛び込んだ。
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