3.遠い村
「私は幼い頃拾われて、養父母の元で育てられてきました。」
土ぼこりの舞う街道を三人が歩き出してまもなく、マーリンが身の上話を始めた。
……………………………………
マーリンの住む村ウィンクスは、街道筋の何処にでもあるような十軒たらずのちっぽけな村だった。村の人々は畑と畜産を
初老の羊飼いのビルもその中の一人で、ある寒い冬の日、いつものように隣町の市場で羊を売ろうとしていると、市場の店が並ぶ壁際にたった一人でポツンと立っている小さな小さな女の子を見つけた。
歩き始めたばかりくらいのその子は親とはぐれでもしたのか、市場の喧騒の中、黙って人々が通り過ぎて行くのを見ていた。
ビルが連れてきた羊達が全て引き取り手に渡り、彼が店を畳む時には立ち疲れたのか座り込んでしまっていた。
気のいい婦人達が声をかけたり食べ物を与えたりしていたが、いかんせん誰でもが家族を養うことに精一杯で、その子に手を差し伸べようとする者はいなかった。
ビルが一回り市場を回って帰って来た時、少女は座り込んだまま目を閉じていた。疲れて眠ってしまったのか、目元に涙が浮かんだその少女の金髪の巻き毛を、ビルは優しくなでた。
いつもより帰りの遅い夫を待って、妻のエリナは家の前の道を行ったり来たりしていた。彼女は夫が心配でたまらなかった。何より、こんなに帰りが遅くなることなど今までなかったからである。
風に雪が舞い上がる中、荷馬車が軋む音が聞こえたのは夕飯の時刻だった。
あわてて駆け寄る妻の目の前で、ビルは服の前を少しあけて、可愛い金髪の巻き毛を見せた。
「まぁ、天使なの?」
エリナは、驚いて少女の頬に触れたのだった。
夫婦には子供がいなかったので、少女を家に引き取り自分達の子供として育て始めたのである。
それから10年程経つ頃には、少女は年取って体が自由にならないビルの代わりに、一人で羊の世話をすることが出来るようになったのだった。
一人とは言っても、大抵はお隣に住む共同経営者である親戚の息子トビィと一緒に羊達を任されていたのだが。
……………………………………
「そういえばトビィはどうしただろう・・・。」
マーリンは、いきなり現実に戻ってきた。
魔物に連れ去られたまでは覚えているものの、それ以降の記憶はなかったからだ。
「心配しているかも知れませんね。急ぎましょう。」
三人は暮れかけた街道筋を足早に歩いていった。
日も暮れかかった頃、ようやく遠くに村のシルエットが見えてきた。
薄もやがかかったような
「どうしました?」
「ひづめの音が・・・!」
言うが早いかディオは飛び出して行き、狂ったように駆け抜けようとした馬の手綱を取った。
「どう、どう、落ち着け、落ち着けって!・・・いい子だから。」
首を振って威嚇しようとする馬に対してディオが声をかけると、馬は上半身をのけ反らせて一声いななくと、急に大人しくなった。
手綱をシフォーに手渡した後、ディオが馬の背中から何かを下ろそうとするのにマーリンはいち早く気付く。
小柄な少年が意識を失ったままディオの腕に抱き抱えられていたのである。
「トビィ!!」
地面に横たえられた少年に駆け寄ってマーリンは叫んだ。
「あ・・マーリン・・!?」
ディオから手荒く頬を叩かれて、ようやく目を開けた少年は、顔中すすだらけで咳込みながら、彼女に支えられて半身を起こした。
「大丈夫?トビィ、どうしてこんなことに・・・。」
「魔獣が・・・魔獣が襲ってきたんだ。」
三人はお互いに顔を見合わせた。
……………………………………
今朝早く、マーリンとトビィは二人で羊を連れて、放牧する山の谷間に差し掛かっていた。いつも通りマーリンが先頭に、トビィが最後尾をあるいていたが、途中で何故か竜巻のような風が吹き込み、気がつくとマーリンの姿がなかった。
散り散りになった羊をなんとかまとめて家に帰り家族総出で山道を探したが彼女の姿は見つからず、応援を頼むために一度引き返した時には、既に村は魔獣に襲われた後だった。
建物は壊されて村人達は突然の魔獣の襲撃に怯えて山に逃げ込んでいたらしく、トビィ達が村に戻ると次々に姿を現した。
『大変だ、動物達が魔獣化している。近くに凶悪な魔物がいるに違いない!』
『この村は終わりだ。隣町に逃げ込むしかないぞ!』
村人達は我先に荷馬車や馬にのって隣町に避難して行った。
村に残されたのはマーリンの両親と彼女を心配して立ち去れなかったトビィだけだった。
そして夕刻になって、再び魔獣が現れたのである。
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