2.道連れ
「私達は旅の者です。私はシフォー。彼がディオ。」
目が覚めて、慌てる少女を落ちつかせるように、シフォーは微笑んで言った。
「私、マーリンといいます。助けて下さってありがとうございます。」
耳つきの毛糸の帽子を目深にかぶった金色の巻き毛の少女は、まだぎこちなくではあるが、少しは警戒心を解いてくれたようだ。シフォーの勧める暖かいお茶の入ったカップを、大事そうに両手で持っている。
街道の外れ広い湖を見下ろす高台。三人が輪になって座っている真ん中には、焚き火が消え入りそうに小さい炎をちらつかせていた。
「大した怪我もなくて良かったです。・・・ところで、あなたは何故魔物に襲われていたのでしょう。」
シフォーの問いかけに、少女は力なく首を横に振った。
「わかりません。・・・いつものように羊を追っていたらいきなり連れ去られてしまって。でも、気がついたら、さっきの茂みの中に・・・」
シフォーとディオはちらりと視線を合わせた。
「私達は魔物の扱いには慣れてるから。大丈夫。私達があなたの家まで送っていってあげましょう。」
「でも・・・。」
少女はまだ彼らの申し出に応じていいものかどうか、思案しているようだった。確かに、見ず知らずの男二人連れを安易に信用してくれとも言えない。
さてどうしたものかとシフォーが考えを巡らせ始めた時、不意にディオが立ち上がった。
「どうしました・・・?」
「何か来る。」
言うが早いか、ディオは足早に街道に飛び出して行った。しばらくすると、馬のヒヅメの音と荷馬車の軋む音が聞こえてきた。
その干草を山ほど摘んだ荷馬車が街道を外れて高台の近くに来ると、何故か御者席に乗せてもらってご機嫌のディオが手を振っていた。
「隣町の食堂のおじさんだった!乗せてくれるって!」
彼の隣にはいかつい顔をしたおやじが座っていた。
「おや・・・。何時ぞやはおいしいパンをありがとうございました。」
丁寧に頭を下げるシフォーの横で、少女は目を丸くして彼らの様子を見ていた。
「この道を途中まででいいんだろう?さぁ、決まったら早く乗った乗った。」
促されて、少女も慌ててディオの後を追うように荷台に飛び乗ったのである。
ゴトゴトと荷馬車が街道をゆく。後ろには溢れんばかりの干し草と、狭そうにくっついて座っている三人の姿があった。
「こんなにいい天気なのに、じっとしてなきゃならないなんて。」
しばらく経つともう飽きたのか、ディオがぶつぶつと一人でつぶやいていた。シフォーは彼に気付かれないように口の端で笑った。
「仕方ないでしょう?歩いて行くには次の村は遠すぎですからね。もしあなたが一人で歩くといっても止めやしませんけど。」
「そこは止めようぜ」
小さくため息をつくとディオは干草にもたれた。
「あ~俺昼寝しよ。」
言うが早いかディオは軽く寝息をたてて眠りに落ちたようである。
「あなたもしばらく眠ったらいい。起きた頃にはあなたの家についているでしょう。」
やさしく言われてうなずくと、少女もディオの横に寝転んだ。
あたたかい日差しと軽い寝息に、彼女もすぐに夢の世界に引き込まれていく。
………………………………………
「そろそろ分かれ道だぞ。」
声がして、シフォーは慌てて目を開けた。
何時の間にか自分も眠ってしまっていたのに苦笑しながら彼は身を起こした。傍らには二人が額をくっつけて、まるで実の兄弟のようにして眠っている。
「起きて下さい。着きましたよ。」
まだ寝ぼけまなこの二人を促して、シフォーは身支度を整える。
そして、食堂のおやじに礼を言って三人は別れ道に降り立った。
「最近また魔物の動きが活発になってきてるから、あんたたちも気をつけな。」
おやじはそういうと分かれ道の右側をゆっくりと荷馬車を引いて行く。後には土ぼこりと、荷馬車の軋む音が続いた。
「この先だと思います。このあたり、何度か市場まで行くのに通ったことがあります。」
マーリンはやっと見慣れた場所に来て安堵の表情を浮かべた。
「わかりました。荷馬車で一時間くらいだと仮定して、まぁ夕刻くらいには村に着いているでしょう。」
「夕刻?晩飯に間に合うのか?」
「・・・さっきお昼にパンを山ほど食べていたのは、どこの誰だったですかねぇ?」
ディオがちぇっと呟くのを見て、マーリンは可笑しそうに微笑んでいた。
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