第10話 私の妹
パトリス・ボードレール摘発から数日後。ゼナイドの姿はボードレール領にあった。
パトリスの失脚に伴い、ボードレール家による統治は事実上の崩壊。混乱を最小限に抑えるため、フィエルテ王子が信頼のおける人間を派遣し、領の統治体制の再編が進められている。新体制への移行を円滑に進めるため、かつてボードレール家に仕えていたゼナイドも相談役として同行していた。これはあくまでも一時的なもので、数日後には別の者へ役割を引き継ぎ、その後は再び王都のソレイユの下へと戻る。相談役というのはあくまで建前。今回のゼナイドのボードレール領入りは、「事件の顛末について、報告したい相手もいるでしょう」との、ソレイユの気遣いによるところが大きい。
「久しぶりだね、オドレイ」
仕事を終えたゼナイドは、領境に近い深い森の中を訪れていた。木々が開けた一角には、三年前にゼナイドが建てたオドレイの墓が存在する。領家の子息三人を殺害したオドレイは当然、非難の対象であり、領の墓所に弔ってやることは叶わなかった。身寄りがなく、戻れる場所のないオドレイを不憫に思ったゼナイドが、人が立ち入らないこの深い森の中にひっそりとオドレイの墓を建てたのだ。この場所を知るのはゼナイドただ一人だけである。
「話さないといけないことたくさんあるんだ」
この墓を訪れるのは領を離れて以来、実に三年ぶりだ。積もる話はあるが、先ずはやはり、一連の事件の顛末について語らねばなるまい。それがオドレイの救いになるとは思わない。彼女自身が大罪を犯した事実は変わらない。それでも、当事者だからこそ、オドレイは真実を知らなくてはいけない。それを伝えることもまた、姉代わりだったゼナイドにしか出来ぬ使命だ。
「……三年前、どうして私に何も相談してくれなかったかな」
事件の顛末については終始冷静に語ったゼナイドであったが、不意に感情が漏れ、悲しみと苛立ちに声を震わせる。
凶行に走る前、どうして恋仲のルイゾンから犯行計画を持ちかけられていると相談してくれなかったのだろう。そのことがゼナイドは今でも悔しくてならない。仮にオドレイが相談してくれていたら、ルイゾンを殴り飛ばし、責任を取ってオドレイを連れて領を離れるぐらいのことはした。
それが分かっていたからこそオドレイは、ゼナイドに何も悟らせぬまま、愛する男の意のままに動くことを決意したのだろう。結局オドレイが選んだのは姉代わりのゼナイドではなく、どんなに愚かでも愛してやまない、ルイゾンの方だったということだ。大罪を犯すと決めた以上、破滅だって覚悟の上だったはずだ。ゼナイドがどんなに悔やもうとも、あの結末は変えようのない運命だったのだろう。
「オドレイの馬鹿! お前は男を見る目がないのか! 惚れた方の負けとはいうけど、何も死ぬことはないじゃない!」
目まぐるしく変化する状況に黙殺され、三年前は終ぞ吐き出せなかった感情をゼナイドはぶちまける。本当は、生前のオドレイとももっと感情的にぶつかるべきだったのだろう。ゼナイドはオドレイに対して、良き姉で有り過ぎたのかもしれない。
「……最期の
絞り出すように言うと、ゼナイドは涙を堪えて天を仰いだ。
事件の顛末を伝え、オドレイの愚かな行為を思いっきり叱ってやった。一方的に思いの丈をぶつけただけ。そんなことは分かっている。それでも、もう一度オドレイと向き合ったことで、ゼナイドは再び前へ進むことが出来る。
「もう一つ、大事な話があるんだ」
事件のことだけじゃない。もう一つ、オドレイには報告しておきたいことがある。
「私はね、今はルミエール家にお世話になっているの。そこにはリスちゃんっていう読書好きの女の子がいてね。勝手に妹みたいに思っているの。私の妹分だから、オドレイにとっても妹分だね。
最初は少し距離があったけど、最近ようやく打ち解けてきた。だけど、そんな矢先に悲しい事件があって、リスちゃんは目の前で
強い覚悟を宿した瞳で、ゼナイドはオドレイの墓石に手を置いた。
「次にお墓参りに来る時には、リスちゃんも一緒に連れてくる。妹分同士として、オドレイにはリスちゃんを、リスちゃんにはオドレイを紹介する。だから、リスちゃんを絶対に助けるんだって、あなたの墓前に誓わせて」
不意に背後から吹き付けた風が墓石とゼナイドとの距離を縮める。偶然だとは分かっていても、オドレイが決意を後押ししてくれているのだとゼナイドは感じていた。
「その時まで、ばいばい、オドレイ」
幕間 ゼナイドの章 了
英雄殺しの灰髪アサシン ~いつでも私の命を狙ってください~ 湖城マコト @makoto3
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