幸福の居場所

はくのすけ

第1話

 懐かしい海の香り。


 心を洗い流すような香りに彼女はそっと空を見上げる。


 ひつじ雲がふわふわと気持ちよさそうに泳いでいる。


 彼女はずっと探していた。


 子供の頃からずっとずっと探していた。


 それは自分には絶対に手に入れれない物だと分かっていても。


 探し続けた。


 子供の頃、裕福な家庭の友達はいつも持っていて、自分は持っていなかった。


 少し大人になって、会社に入り、美人な同僚は持っていて、私は持っていない。


 そう神様は不公平だとずっとずっと思っていた。


 いつか私にも白馬の王子様がやってきて、それを持ってきてくれると信じていた。


 しかし、そんな奇跡など起きる筈など無かった。


 いつの日も人の為に色々尽くしてきたつもりだった。


 それはおそらく自己満足だったのだろう。


 秋の風が少し肌寒く、彼女は少し震える。


 それでもなおその場所から動かない。


 ただ海を眺め、じっとその時を待つ。


 彼女は思う。


 もうそろそろ時が来るだろう。


 私の全てを奪いに。


 最期の時を一人で過ごしたいと言う我儘を医師は認めてくれた。


 すぐ後ろには担当医が控えている。


 一人寂しく死んでいく私に世間はどう思うだろうか?


 何も感じないだろう。


 彼女は自問自答した。


 やがて目の前が薄れてきた。意識もうっすらとしてきた。


 その時、彼女を呼ぶ声が。


 それも大勢の人だ。


 次第に彼女の周りを囲む。


 何が起きているのか理解できない彼女はそっと彼らを見渡す。


 彼らの目には涙が。


 彼女は「どうして泣いているの?」


 今にも消えそうな声で聞いた。


 彼らは「だって君が居なくなるって聞いたから」と悲しそうに答える。


「私なんかの為に涙してくれるの?」


「僕たちはみんな君の事が大好きだったんだ」


 彼女は驚いた。


 こんなにもたくさんの人に愛されていたことに今まで気づかなかった事に。


 そう彼女は最期の時の中で、探し求めていた物を見つけた。


 彼女が最期に目に映した物は秋空のひつじ雲と青い鳥。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幸福の居場所 はくのすけ @moyuha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ