第14話 鹿の番人

かくして旅の始まりに買ったマントの数は、二つ増やして残すところ二つになった。

俺はエアーチェに会った時、これはこの国を再び立ち上がらせる、復讐の旅だと思った。

でも旅を初めて、自分の様々な気持ちに向き合うにつれ、これは成長の旅だと思い知った。

この年になっても、人は進化を続けることが出来る。

哀しみを背負い、俺は再び剣を取った。

森の力を、呪いだと泣いたこの力を、嬉しく思った。

戦争のむなしさ、痛みを思い出すことが出来た。

ひたむきな愛を知り、人を愛する気持ちを知った。

たった一人だった少女を、王たる心にもっていくことが出来た。

俺は随分とこの旅を通して、明るく前向きな考え方になった。いや、出会った人、再会した人、全ての人にしてもらったのだ。

恩返しを、始めよう。


ライの住んでいた森に雰囲気の近い、それでいて岩場の多い西の山。

足場が悪いところは、彼女の絶好の生活場所だ。

岩場を9人でパルティのいるほうへ進んでいると、上からぱら、ぱらと細かい岩が落ちてきた。俺が上を見ると、そこには美しい雌鹿が立っていた。

「パルティ…?」

思わず声を出すと、雌鹿は蹄をひっかいた。

そしてくるりと向きを変えると岩場を飛び跳ねるように去っていく。

「あれは」

「彼女の眷属かな」

双子の声にはっとなり、俺達は急いで後を追った。

岩場の影に、ぽっかりとあいた穴があった。

そこには、草が敷き詰められ、明らかに何かの生活痕が見える。

「パルティ?」

俺は声を掛けた。声は、奥のほうまで反響した。思っているより広い空間であるらしい。

「どうぞ」

あまり抑揚のない声が返ってきた。パルティだ。

俺達が洞窟の中に進むと、そこにはひときわ大きく美しい雌鹿が座っていた。大きな腹を抱えて、こちらを威嚇している。

「いま ちょっと 手が離せなくて」

その腹の影から、長い黒髪を腰の下で切りそろえ、月桂樹の冠を戴くパルティが出てきた。

「パルティ…!」

俺が一歩歩み寄ると、気が立ったかのように雌鹿が威嚇の声を上げた。

「大丈夫 大丈夫 この人は私の味方」

小さな声でお腹を撫でながらパルティが言うと、雌鹿はおとなしくなった。

俺達はそろそろと鹿に歩み寄り、それぞれ挨拶をした。

その地に住まう者に、挨拶はとても重要だ。普段がやがやとうるさいガユでさえ、神妙な面持ちだった。

全員が挨拶を終えると、パルティは俺を手招き、雌鹿の腹に触らせた。

「もうすぐ 出会える 今年の命」

そうして微笑むパルティは随分と大人びた。

「ああ。今年も春が来たよ、パルティ。久しぶりだね。」

「ええ」

「パルティは、何してたんだ?」

ガユが聞く。

「私は 鹿と共に 季節を追って くらしていたわ

 鹿は 何よりも早く 行動するいきもの 神様たちの遣い 処女神の僕 だから」

パルティのモチーフは鹿。

「じゃあ、一度も人とは関わってないんだね!」

ライが言った。

「ええ 私と 人は 交わらないもの」

パルティは、信仰が嫌いだ。

パルティは、ぐぎぎ、という動きでエアーチェを見て、息をのんだ。

「エ エル?」

エアーチェは首を横に振った。

「私は、この国の王。エアルリエ・ローチェ。あなたに、力を貸してもらいたくて来ました。」

パルティは、長い髪を揺らして首を振った。

「ごめんなさい 力は貸せません」

「パルティ」

「ラーナ ごめんなさい もしラーナに 説得されたとしても 私は もう 戻らない」

その意志は固かった。紫の瞳は揺らがない。パルティはエアーチェに向き直った。

「これがどんな運命であれ 私はもう 人間世界には戻りません 私はもう 誰一人として殺めません 鹿と共に旅をして 留まる地を浄化して回る 神聖なる鹿達の処女の番人となる そういう生き方を 私は望みます」

パルティは、特に望んで戦をしたくない少女だった。

人と人が命を奪い合う行為の悲しみを、受けやすい少女だった。

速足の鹿の蹄で戦場を駆け、決め手となる大弓で一発、頭を打ち抜き戦意喪失を狙い、根こそぎ仲間に加えていく、そういう戦い方をする少女だった。

双子が口を開く。

「パルティ」

「久しぶりだね」

「「私達はパルティの意志を最優先する。まずは語らいでもしようじゃないか。」」

俺達はひんやりとした洞窟の中に座って食事をした。

リルトアはパルティのきれいな髪が気に入ったらしく、結んでみたり編み込んでたり、いじくりまわしている。

パルティはこれまでの話を聞いてくすくすと笑ったり、驚いたり、悲しんだり、とても受動性豊かに話を聞いてくれた。この暮らしは、よほど彼女の心にとって良いものなのだろう。俺は後ろにたたずむ雌鹿にお礼を伝えた。

「ラーナ 愛することができたのね おめでとう」

「ああ、ありがとう。もちろん、俺はパルティのことも愛しているんだよ。」

「ええ そうね そうともいえるし そうじゃないともいえる 自発呼吸をするものと 人工呼吸をさせられるものの違いなのよ」

俺にはピンとこない話であったが、リンはその話を聞いてああ、と頷いた。

「ラーナのことは俺に任せておけ。こいつの眼を白黒させてやるのが今の俺の楽しみだからな。」

リンは随分変わった。俺が成長したように、リンも成長する。

ライは鹿の腹の赤子の音を聞いているうちに眠ってしまったようだ。

「みんな 成長しているのね すすんでいくのね」

パルティが言う。

「俺はさ、この年になってまた進化することができたよ。」

エアーチェは言う。

「私は、決意と志を持てました。」

パルティは嬉しそうに頷いた。

「いつの世も 人の成長は嬉しいものです 私は番人 流れゆくもの 時代の流れは常に感じていました 私と 私の愛した人間たちが作った世の中を 流れて次の世代が受け継いだ あなたは良い世を 作ってください」

エアーチェは何度も頷いた。

そうしてその夜まで続いた再会も、月が出る頃別れが来た。

パルティは、最後の最後まで人の世に戻ることを拒んだ。それは、悪いことではない。俺達は仲間であっても一個人。生きたいように、生きればいい。

「さようなら 私の愛する人たち 処女神 戦いの女神の祝福が あなた達を包みますように」

そうパルティは笑顔で告げた。俺達は手を握り合って、分かれた。


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ー小さな英雄達の話ー @ruuyakureaharu

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