第13話 運命の双極の道のり~国王の誕生~
「春一番の日、命の種を運ぶ風と共にまた会えたことに感謝いたします。」
「命芽吹くころ、再び集いしこの命、別れの日まで大事にいたします。」
リンとリルトアは抱き合ってそういった。
リルトアは俺達を見て、リンを見、こういった。
「リン、お前、変わったね。」
リンは分からない、という顔をしている。
「あはは、お前自身には分からないだろう変化さ。素敵になったよ、リン。愛を知ったんだね?」
リンは頷いた。
「ああ、ああ、ピアユ様が見たらどれだけお喜びになるだろうなあ。おめでとうリン。
…あーあ、でも僕は失恋かあ。」
「何を言ってるんだリルトア。」
「へっ?でもだって、リンとラーナは、その、お付き合いを始めたんだろ?」
「!?!?!?」
「!?!?!?!?!?!?」
俺とリンは顔を見合わせて驚いた。
「待て待て!俺もリンも、男だぞ!」
俺がそういうと、今度こそその場にいた全員が再会のよろこびもそこそこにひっくり返った。
エアーチェなどは気絶しそうにふらあっと後ろに倒れた。
俺は姫を受け止めながらどうしてみんながそんに驚くのか分からず、リンを見る。
リンは大層赤い顔を黒装束で隠し、こういった。
後に俺は、これがまさに今世紀最大級の驚きだったと語る。
「ラーナ…非常に申し上げにくいのだがその…俺の性別は女だ…。」
俺は飛び上がる。
「どうしてそれを早く言わない!?」
「どうして気付かない!?」
何故か非難は俺に殺到した。
ライが心底あきれ顔で言う。
「あーあ、出たよラーナの天然ボケ。戦のこと以外なーんにも分かんないんだから!」
ファカティーは、腹が攀じきれるほど笑っている。
「ああ、アンタ最高だわ。100年も前から何にも変わってやいやしない。ああ、ああ、今日は愉快ねえ。」
俺はむっとして反論する。
「俺は愛を知っているぞ。それにこの愛は、お前達や国や、エアルリエ姫に向けるものとさえ、違うんだ。」
ガユは両手を広げてリルトアと向き合った。
「こりゃあ、自覚のない重症者だぜ。暑苦しくて、目も当てられねえ。」
「なんだ、ガユまで。」
リンは相変わらず黒装束の中に隠れている。灰色の眼は、もう寂しそうではない。俺はそれがひどく嬉しかった。
リルトアがあきれ顔で手を何度か打ち、注目を集める。
「もう、そこまで!ほんとに、ラーナって残念なイケメンだね。僕もそれでこそ諦めがつくってものさ。二人は二人でちゃんと自分の気持ちについて会話をするようにね。
さ、ここからどうするか決めようよ。もう時間はあまりないんだろう?」
俺は思わずリルトアを見やった。
「リルトア…お前、成長したなあ。」
「人の気持ちの機微に関しては100年近くも壊滅的なラーナに言われたくないよ。」
「アタシの教育の賜物ね。」
ファカティーがふん、と鼻を鳴らす。
「冬の間みっちり姐さんに仕込んでもらったのさ!」
リルトアは胸を張る。ここではいつの間にか舎弟関係が出来たらしい。リルトアも、随分と生き生きとした表情をするようになった。高飛車な顔をくっつけているより、不細工な顔をしているときのほうが彼は素敵なのだ。
「みんなのこの冬の事、全部聞きたいわ。あとで聞かせて頂戴ね。」
エアーチェが笑顔で言う。
俺も頷くと、
「さて。」
と切り出す。
エアーチェの顔がきりっと引き締まり、俺は話し始める。
「無事に全員合流できたこと、まずは喜ぼう。そして、不穏な点としては一度たりとも追手がかけられなかったという事だ。それは南組も一緒のようだな?」
「ああ。物取りみたいなカスは何度かやってきたけどよ、それらしい追手なんて一度も匂いすら嗅いじゃいねえ。」
「本当に変だよね。お姫様のこと、あきらめてくれたのかなあ?」
ライが首を捻るが、俺は首を横に振った。
「それはないな。エアルリエ姫が生きている限り、先王が定めた王位継承者はエアルリエ王女ただ一人。マーガリア女王、その息子アリアル皇太子の王位継承は認められない。死んだなんて言う情報を鵜呑みにしているのであれば別だが、それにしたって偵察くらいよこすだろう。何せ死んだという報告をしたのはこの王国では禁忌とされる魔導士達だ。何故だ…?」
「その答えは」
「私達が持っているよ」
聞きなれた同じ質量の、同じリズムを刻む揃った言葉。
「「私達が何もせず君たちを待っているだけだと思ったかい?」」
俺が後ろを振り向くと、そろいの蒼い髪が陽にあてられていた。ああ、何故この運命の双極はいつも陽に背を向けているのだろうか。白い服から覗く片足はひどい火傷の跡が対になっている。
四対の蒼い瞳が、真っすぐに俺を射抜いた。
まるで曲芸のように歩幅を合わせて、一歩を踏み出したその姿。
「サシャ、カシャ…!」
俺達の司令塔、双子のサシャとカシャだった。
「「久しいね、愛しの仲間達」」
「いつからここに?」
俺がそう尋ねると、同じ声は答えた。
「「そこの魔導士が抱き合ったところから」」
「最初からじゃないか…。」
「もちろん」
「ラーナの天然ボケも」
「「しっかりみていたさ」」
「変わらないね」
「変われないのか」
「「よく分からない男だ」」
俺は思わずだんまりを決め込む。
エアーチェは一歩踏み出すと、小さき双子の前に膝を折った。
「私はエアルリエ・ローチェ。お会いしたかったわ、森の頭脳たち。」
双子はしばらくエアーチェの瞳を覗き込んでいたが、ふい、と顔を上げた。
「これが運命か」
「これは運命か」
「「私達は常にどちらかを司る。初めまして、私達の女王様」」
そして双子のみ、双剣の形をとる大剣を深々と交差して、突き刺した。
「私は森の頭脳。夜の闇を羽ばたく死角のなきもの、サシャ・カーヴァリオフ」
「私は森の頭脳。再び目にすることはできぬ地を這うもの、カシャ・カーヴァリオフ」
「「“Blood vessel”が双子、
“Brain of the owl&snake”のサシャとカシャ。
全てを統べる者、全ての血管の意志を汲み取る者。その行く末を、共に考えましょう。
“We give one’s blood for one’s country.”」
差し出された二つの小さな手を、エアーチェはしっかりと握った。一瞬の間のあとに、その両手順に口づける。
「共に考えてください。この国の最大幸福の未来を。
“I believe my knight.
I expect that you will do your best.”」
西の山の、北にも南にもよっていない森で、俺達は野営を始めた。
木陰に座る双子を囲うように俺達は順に座った。
サシャとカシャは、リンとリルトアをゆっくりと見た。二人はどこか居心地が悪そうにしている。
「はじめまして」
「魔導士たち」
「いや」
「お前はこの世界に居て居ない者」
リンを指さし、カシャは言う。
「カシャ、魔導士が分かるのか。」
俺が声を上げると、カシャは頷いた。
「私達は、君たちと離れてから各地を流転した」
「そしてそのうちに気が付いた」
「「私達には魔の素質があるとね」」
「ピアユに昔言われたことがある」
「“その魔を無視するのか”と」
「当時は何を言っているのか分からなかったのだが」
「当時は分からないように生きていただけだったのだ」
「世界から遠ざけられ、私達は会話をすることにした」
「そのうちに、世界が重なることに気が付いた」
「それは、とてもとても幼いころの記憶とよく似ていた」
「「私達が、まだ養育施設という名の人身売買組織や、見世物小屋にいた時の話だ」」
俺はおそらく、仲間たちのうちでも間違いなく一番付き合いが長いが、彼らの詳しい過去は知らない。
「サシャ、カシャ。君たちの…昔の話。聞かせてくれないか?」
双子はふい、と俺を見て互いを見た。
「私達の過去は」
「私達のものだ」
「「私達は生まれる前から、常に共にあった」」
二人は手を重ねた。すると、視界が急にぐにゃりと曲がる。
何が起こっているのか分からず、思わず俺は剣を抜いて立ち上がる。
「落ち着いて」
「これは幻影だ」
「「100年も前のね」」
横を見ると皆が立っていた。しかし、その姿は透けている。自分を見やると、やはり俺も透けていた。
「なんだこれ…」
ガユが驚いたように自分の体を触っている。
地面も、先ほどまでいた地ではなかった。硬く乾いた石畳の上。その日は健やかな夏の日らしかった。
「ようこそ」
「私達の記憶のなかへ」
リルトアが驚いていう。
「自らの記憶の中に誰かを招く魔法…!?」
「それって、すごい魔法なのー?」
ライが無邪気に言うと、魔導士三人は一様に激しく首を縦に振った。
「ものすごく難しい術式が必要になるわよね。」
「記憶を取り出して相手に見せる方法なら簡単なものがいくつかあるが脳内に直接招くことが出来るというのは…。」
「「君たち魔導士にとって、いささか気持ちが悪い、かな?」」
リンはばつが悪そうに頷いた。
俺には訳が分からず首を捻る。
「どういう意味だ?」
「俺達魔導士は、魔気を集めてそれを魔力と呼び、<魔道に生きるもの>にそれに見合う量の魔力を与えて会話をしたり、力を貸してもらったり、常に相助関係にあるものだ。」
「相対して、サシャとカシャは…魔気そのものだね。原始の流れをそのままに使える存在…天使や悪魔、死神、そういった存在に近い。」
「天使や悪魔や死神は、<魔道に生きるもの>には分類されないのか?」
「また違うものね。属する分類でいえば<魔道に生きるもの>だけれど、彼らは人間の魔力を必要とせず、こちらの世界に存在することも出来る。とても魔力が強く、魔気原始の存在に近いの。契約すれば、契約者本人に雨のように魔力をあたえ、力を貸してくれるわ。その対価として、魔気の源である魂を差し出すの。」
「つまり、彼ら魔力を使うものと」
「我ら原始の存在は」
「「最初の分かれ道で喧嘩別れした者たちだ」」
「…うーん、頭がパンクしそうだわ。アタシ、この手の話は苦手。」
「そうだな、魔法というものにも進化の過程があったってこと…かな?」
「要約すれば」
「そういうことさ」
「紐を編んで縄を作り、人を殺すものと」
「紐のままを操って人をころすものと」
「「そういう違いだ」」
「しかし」
「私達は」
「「天使でも悪魔でも死神でもない」」
「ただ私達という存在だ」
「元・人間のね。」
「魔導士達には居心地が悪いもしれないが」
「私達自身は君たちに害なすものじゃない」
「「安心して、私達の記憶につかるといい」」
とある修道院のような場所の入り口の石畳に、小さなカゴが二つあった。その中には、赤ん坊が眠っていた。
一つは、蒼い髪の少女。
一つは、蒼い髪の少年。
夏の日、出てきた修道女は二人を見つけ、すぐに保護した。
双子は、その修道院で修道女に育てられた。双子は、名前を付けられたが、その名前は憶えていない。言葉を覚えたのち、双子は互いをサシャとカシャ、そう呼びあい、それがいつしか名前となった。
双子を拾った修道院にはサシャとカシャのように変わった子供が何人もいた。
蒼い髪に蒼い瞳。そっくりそのまま生き写しの二人。だけれど、二人はばらばらだった。
サシャは、とにかく活発でいつも外に出て友達と夕暮れまで遊んでいた。
カシャは、内向的で人見知り。本を読むことが好きで、友達はと言えばその教会にいた8つ上の少年だけだった。
それでも二人はとても仲が良かった。サシャはカシャの読む本によく興味を持ったし、文字の読み書きなどは全てカシャに教えてもらった。カシャは寝る前にサシャが話してくれる今日の外での出来事を聞くのが大好きだった。
まるで一人の人間が二つに分離したように、お互いの足りないところを埋めあえる二人であったのだ。
ある星が瞬く日、サシャはカシャに尋ねた。
「私達は、どこから来たの?」
カシャは首を捻る。
「修道女様が、僕たちはこの修道院の前に捨てられていた、と言っていたよ。」
「まあ!私達は捨てられていないわ。私たちが、親を捨ててきたのよ。」
「そうかもしれないね。でも僕は思うんだけど、僕たちには親はいないと思うんだ。」
「どうして?ここにいるみんな、おかあさまやおとうさまから生まれてきたのよ。」
「そうだけど、なんか、なんだか…ずっと、生まれる前からずっと僕の中にはサシャが居たよ。サシャ以外の人は僕の中にはいない。僕は、僕たちをうみあったんじゃないかって、思うのだけれど。」
「まーたカシャは難しいことを考えるのねえ。私達がずうっと一緒だってことは、何も知らなくても分かることじゃない。」
「そうかなあ。」
「そうよ。」
「そうかも!」
「じゃあ、今日はもう寝ましょう。」
「そうだね。おやすみ、サシャ。」
「おやすみ!カシャ。」
寝静まった部屋の中で、透けているほうの双子は言った。
「私達は」
「どこからきたのか」
「「それを問うた。」」
「だけれどもそれは不要なことだった」
「必要だったのはどこへ向かうのかだったのだ」
双子の視線は双子に向けられていた。
ある日突然、カシャの8つ上の友達がいなくなった。8つ上の友達には、色がなかった。
白い彫刻のようなはだに紅い目。肌も、髪も、睫毛も、眼以外のところはすべて白かった。
双子は、それを特別なこととは思わなかった。なぜなら、双子が住んでいた修道院にはそういった子供たちが多くいたからだ。
腕が足りない少年。満月の夜にいなくなる少女。とにかく毛の生えるのが早く、一日3度はひげと眉毛をそらないと顔が見えなくなる少女。少年の体に少女の性を持つ子供。燃えるような髪色の、口がきけない女の子。全身に墨が入った体のありとあらゆる関節を動かしたり外したり、戻したりができる浅黒い肌の少年。けらけらといつも笑いがとまらない少年は、いつもご飯を撒き散らかしていたのでやせっぽっちだった。カシャの友達は真っ白な少年だったが、その逆に真っ黒の少女もいた。サシャとカシャと同じく双子も居た。彼らは首から下で繋がっていたが。背丈がずっと伸びない少年、伸び続ける少女。目が一つ足りなかったり手足が曲がっていたり、いつも空に向かって話し続ける子もいた。手を使わずにほうきを動かせる子もいれば、毎日若返っていく子もいた。サシャはやってみたことがあるが、胃を口から出せる子もいた。(サシャはその日一日寝込むことになった)
そんな風に本当に特徴のある子しかいなかったから、特別ではなくともいなくなれば、すぐに気が付いた。
彼らは定期的に無作為にいなくなった。そしてそれはいつも、いつの間にかの別れだった。
カシャは修道女に聞いた。自分の友達はどこへ行ったのかと。
修道女は答えた。
「彼を引き取りたいという、とても良いお家が見つかったのよ。彼は幸せになるため、ここから出ていったの。」
カシャはそれを聞いてとても不思議であった。
僕たちは、引き取られなくてはいけない存在だろうか?
僕たちは、捨てられたのではない。選んで、ここへやってきたのだ。幸せになるために、良い家に引き取られなくてはいけないのだろうか?そうであるなら、今確かにここに感じている幸せは偽物だろうか?
だが、この修道女はどの質問にも答えてはくれなかった。
彼女はすぐに耳の聞こえなくなる人だった。カシャはそう理解していた。
いつも同じ笑顔を張り付けている修道女だった。同じ時間に起きて、かみさまに祈りをささげる。子供たちを起こして、ご飯を与え、その日に決められた仕事を割り振る。夕方にはまたお祈りを捧げ、同じ時間に眠る。その間、彼女は一度たりとも表情を変えたことはなかった。
その日の夜、床に就いたが眠れずにいるカシャにサシャが話しかけた。
「眠れないの?」
「うん。××が、いなくなったんだ。」
「あら、そうなの。しかるべき時が来たのね。」
「ううん、彼はここにいたがっていたよ。それなのに、よそのおうちに出すなんて、××が幸せになることじゃないと思わない?」
「たしかに、そうね。あら?なんで私達にはしかるべき時があるの?私達はここにずっといてもいいじゃない。だって、私達は貰われるために生まれてきたんじゃないわ。」
「気づいちゃったね。」
「気づいちゃったら、言わなくちゃだね。」
そう話しているうちに双子は眠っていた。
次の日の朝、修道女は肩をゆすぶられた。修道女にとってそれは、輪から外れた行動であったので、起きなかった。
同じ時刻に目を覚ますと、蒼い髪の双子がこちらを見ていた。
「おはようございます。」
「おはようございます!」
双子は声をそろえて朝のご挨拶をした。
「おはようございます」
修道女もそう返した。
「あのね、あの、あの、僕たちはここにいます!」
修道女は何を言っているのか分からず首を傾げた。
サシャが言う。
「私達は、××みたいによその家に行かないわ!ここで二人でいられればそれが私達の幸せなの。」
修道女の顔から笑みが消えた。二人はその冷たい視線に震えた。
「いいえ。あなた方はいずれここを去る運命です。その行き先を決めるのは私の仕事ではないわ。」
「何故?どうして?」
「私はここに居たいわ!」
しがみついて質問をしてくる双子を、修道女は殴り飛ばした。二人は、大人から初めて殴られた。
修道女はまた笑顔に戻っていた。
「さあ、朝餉の支度をしなくては。」
まるで二人のことなど見えないかのように、修道女は部屋を出ていった。
二人は茫然としたまま、話し始めた。
「どうして私は殴られたのかしら?」
「どうしてだろう?分からない。ここにいてはいけない理由も。」
「おかしいわ。私達はこの家の外にも一歩も出たことがないわ。どうしてそれに気が付かなかったのかしら。」
「おかしい。おかしいよ。」
「ええ、おかしいわ。」
「××に聞いてみようよ!」
「えっ?」
「だから、××に聞くんだ。ここを出て幸せかとね。もしそれが僕たちの想像をはるかに超える、良いものだったら僕たちも言うことを聞いて、出ていけばいいのさ。」
「まあ、とっても素敵ね!カシャはとっても頭がいいわ。でも、××はどこへ行ったのかしら。」
「任せてよ!前に本を借りにいくのに迷ってこの部屋に着いたとき、居なくなった子たちの名前と住所が書いてある紙を見つけたんだ。それを借りていこう!大丈夫、地図の読み方は知っているよ。あとは、外の人に聞いてみようよ。」
「カシャ、あなたって天才ね!」
二人できちんと整理整頓された部屋を荒らし、それらしき紙を見つけた。二人は朝餉の匂いを通り過ぎて、表門から出ようとした。しかし、表には大きな南京錠が取り付けてあり、鍵がかかっていた。
「困ったなあ。これじゃあ出られないよ。」
「大丈夫!裏庭で遊んでいるときに、外に出られる小道を見つけたわ。そこから出ましょう。」
「サシャ、君は最高だね!」
二人は子供の体でやっとすり抜けられる小道を通り、外に出た。
サシャとカシャにとって、初めての外の世界だった。
「わあ…。」
人と人がすれ違う街。犬がうろついて、何か分からない大きな台が連なっている。
後ろをふと振り返ると、柵に囲まれた暗い大きな建物が目に映った。
「これが、僕たちが住んでるところ…。」
「そしてこれが、他の人が住むおうちね!」
外の世界は、修道女のような人がたくさんいた。
双子にとって普通の人間は、彼女一人だった。
そして外の人間は一様に皆、サシャとカシャを見て物珍しそうな顔をしたり、あからさまに嫌な顔をしたりした。
二人は緊張の汗をかきながら、これまた修道女の部屋から拝借してきた地図を広げる。
「えーっと…この記号は何だろう?」
「これ、いつも牛乳を配達してくれる人が付けているのとおんなじだわ!」
「牛乳屋さんの記号かあ!ここを目印に、××のところへ行けそうだ。」
「行きましょう!」
二人は手をつないで走り出した。
「私達は」
「無知だった」
「囲われて生きていた」
「囲われていることすら知らず」
「「私達は運命にふれてしまった」」
透けている双子は懐かしそうに目を細めている。
双子は、がたがたと震えていた。
何時間もかけてたどり着いたそのお屋敷。
門から尋ねようにも、誰にも取り合ってもらえなかった二人は庭から侵入し、窓に顔をくっつけて彼を探した。ようやく見つけた××は、箱に入っていた。
透明ガラスの向こうで紅い瞳だけが色づいて、こちらを見ていた。
二人は嬉しくなって重たい窓を持ち上げて部屋に入った。
「どうして××は箱に入っているの?」
「さあ…。やあ!××!カシャだよ。会いに来たんだ、君が幸せなのか聞きたくって。」
××は答えなかった。瞬きすら、しなかった。
「××?もしかして僕のことを忘れてしまったのかな?」
「うーん…とりあえず、箱から出て着て頂戴よ。」
二人が盛んに話しかけても、××はうんともすんとも言わない。
サシャが改めて部屋を見渡すと、その部屋は白いもので埋め尽くされていた。
××とおんなじ、真っ白に赤い瞳を持つ動植物、昆虫までもが同じく箱に入って鎮座していた。
「白いお部屋だわ。」
「本当だね。どうしてこんなに集まっているのかな。」
すると、ぎい、と音がして、部屋の扉が開いた。そこには、真っ白の毛並みを持った猫を抱いた男が立っていた。男は修道女と同じ普通の人間だった。
「何をしているんだい?」
男は優しい声色だった。
二人は笑顔で言った。
「私達、××に会いに来たの!」
男は頷いた。
「そうか、そうか。私の××に会いに来てくれたんだな。」
男はそういうと××の箱に近づき、鍵を回す。
ガラスが空いたその向こうから、嫌なにおいがした。
「なあに、この匂い?」
「ああ、嫌な臭いだ。」
二人が顔を顰めると、男の顔に影が出来た。
「どうして?こんなにもいい匂いじゃないか。ああ、でもそろそろ防腐剤をいれなくちゃなあ。」
「ぼう…ふざい…?」
「ああ、そうだよ。××は僕のコレクションの一つになったんだ。」
双子は、がたがたと震えていた。
この男のいう事が、全くもって理解不能だった。
「美しいだろう?この種類を集めるには、時間も金もかかる。それでも生きがいとして集めてきて、ひょんなことからこれを買うことが出来たんだ。ああ、まさかこの街で人間の個体が手に入るなんて…。全財産をなげうったかいがある。」
「どうして?××は生き物だわ。命はあなたのものじゃないのに!」
「生き物?何を言っているんだい、もうこれはただの死体…僕のコレクションだ。」
「死体…?××は死んだの…?」
「そうさ、僕の手で殺した。家に来た××のお茶に、筋弛緩剤を入れて、生きたまま血を抜いたんだ。血は汚いよね。白を汚す色だ。そんな色、××には似合わないんだよ…。その時の××の顔と言ったら、僕の人生最高の瞬間だった。ああ、ああ、興奮したんだ。とてもね。流れた涙も、とてもきれいでね。思わず全て飲んでしまったよ…。そして綺麗になった××の為に作ったこのベッドに運んだんだ。ほうら、君たちも良く見なさい。これこそが人間の最高峰の芸術品だよ。」
サシャは、こらえきれずに白い床に嘔吐した。
男は、不意に双子に目をむけた。
「蒼い…?蒼い…白くない…汚い…あれ…なんで僕の部屋に、白以外がある…?」
男の眼が不意にぐるぐると周りだした。空いた口からは言葉とよだれが垂れている。
二人は恐怖のあまりへたり込んでいたが、立ち上がった。
“ここにいてはいけない“
その本能だけで二人は走り出した。その後ろでは、どこから出てきたのか縄をもって追いかけてくる男が怒鳴っていた。
「白じゃない!しろじゃない!しろくない!だめだだめだだめだ!!!!」
入ってきた窓から一目散に逃げだした二人は、そのまま来た道を走った。
「なんで!?どうして!?」
サシャはぐちゃぐちゃの顔を拭いながら叫んだ。
「分からない!ここは怖いよ、サシャ、早く帰ろう!」
そう叫んだカシャははっと足を止めた。
もう男は追ってきていない。
「帰る…あそこに…?」
そうつぶやくと、サシャも足を止めた。
「××は幸せになるために、あそこを出たんだろう?もし、もしもだよ。僕たちが、僕たちが他と違う存在だったとしたら…?僕たちの未来って…。」
さあっとサシャの顔から血の気が引いた。
「予定調和の未来について語る言葉を持つ必要はありません。」
泣き震える双子の上に、影が差した。
それはいつも見ている修道女の顔。だけれど今日は、人間の顔をしていた。
手には二つの注射器を持っていた。
尻もちをついた二人は後ずさる。
「これだからちょっと知恵のついた餓鬼は困るのよ…値が付かなくなったら大変なことになるところだった。さあ、いきますよ。」
「い、嫌だ!!僕は、僕は死にたくないよ!!」
「お黙り。」
修道女は、とても想像できないスピードで双子の怯える首元に、注射を打ち込んだ。
涙を流しながらふっと意識を失った双子を両手で抱え、修道女は修道院に戻った。そして、すぐさま地下室の牢屋に二人を入れた。
景色がぼんやりしてきたのを感じ、双子を見る。
双子は、こちらを見返した。
「ここからの記憶はあいまいでね」
「おそらく意識がはっきりしない薬を打たれていたのだろう」
「私達の養育施設は、奇妙で希少な子供達の人身売買の現場そのものだったのだ」
「私達は、不意に消えた子供の仲間入りをした」
「「次の記憶は、私達が見世物小屋に売り飛ばされてからの記憶だ。」」
二人は、広くない牢屋に入れられていた。目隠しをされ、手錠をされたまま何日もすごし、二人の精神は壊滅に近くなっていた。それでもその心を保ち続けることが出来たのは、互いの心音を聞くことが出来たからであった。そのうち、二人の精神は統一を図り始めた。そうすることで、二人を一つで護れると、そう思った。
揺れる道を牢に入ったまま長いこと移動し、着いたそこは、見世物小屋だった。
ぼろい看板に、ステージが組み立て式になっている。いくつかの天幕に双子のように見世物として働かされる人間たちがいた。目隠しを取られた双子は、手を握り合った。
「今日から俺がお前らのご主人様だ。そう呼ぶように。」
汚らしいひげ面の男がそう話しかけてきた。
久しぶりの光の眩しさに呆けていた二人は、鞭うたれた。
「返事をしろ!この愚図!」
双子はそうして、見世物小屋の商品になった。
見世物小屋で働く人間は、人間ではない。
あくまで商品であり、代替がきくものでもあった。
サシャとカシャが売られた見世物小屋には肉食の動物や危険な動物、それと修道院でも見ていたような、所謂普通の人とは違う人々が繋がれていた。
夜の見世物までは、野ざらしの牢屋の中に閉じ込められ、見世物の前に少しのパンとスープが与えられた。そうして、何度も鞭で教え込まれた双子芸をやって見せた。
火を噴く男のぎりぎりを空中ブランコで交差しながら飛び回る。
精神の統一が始まっていた二人にとって、息を合わせるという事は造作もないことだった。
人間らしい生活を奪われ、卑しいものとして毎日人の奇怪な目にさらされ、嗤われる毎日は、二人から思考を奪った。
そんな毎日でも、仲間が出来た。ピエロの入れ墨を入れた男。どんなものでも持てる怪力だ。炎を操れる獣使い。サシャとカシャは、その獣とも意思の疎通が出来るようになっていった。甲高い声のリコリス色の乙女。彼女は見世物小屋の歌姫だった。仲間は、よく死んだ。そうすると、主人が新しい商品を仕入れて、見世物小屋は続いた。
とある夏の日。不注意から、見世物小屋で火事が起きた。
主人は、一番先に逃げた。商品をすべて置いて。
牢屋に閉じ込められた商品たちは、なすすべもなく死んでいった。
双子は、ただ座っていた、火は、足元まで迫っていた。
「この世は不条理だ」
「私達が私達として生まれてきただけで」
「私達は私達として生きることを奪われた」
「命の重みは等しく同じではない」
「気づいてしまった」
「気づいてしまった」
「「気づいてしまったなら、抗うべきだ」」
サシャとカシャは、怒っていた。
この世界に。身勝手な、この大人の世界に。
サシャとカシャの精神は、この時をもって同一となった。
双子は、足でまとめて縛られている縄を、足元の火にかけた。
それは、激痛だった。
地獄の苦しみの果て、二人は、自由になった。
大きな大きな傷跡を二人に刻み込んで。
でも、この世界への復讐の誓いは痛みを勝った。傷跡は、虐げられ続けた二人の証だった。
二人は大地に降り立った。
「「行こう」」
またもぐにゃりと視界が曲がり、俺達は元居る場所へ戻ってきたようだった。
エアーチェの瞳からは絶えず涙が流れ続けている。
皆が皆、痛みに触発されて涙を流していた。
「サシャ、カシャ…。」
俺はどうにも言葉が出ずにただ名前を呼んだ。
サシャとカシャはいつも通り涼しい顔をしている。
「これは私達の記憶」
「君たちの記憶ではない」
「「ひっぱられてはいけないよ」」
「どうして、見せてくれたんだ?」
「こういった世界があることを、知ってもらう必要があった」
「それに、昔は私達も若くてね」
「話そうにも話したくないこともあったのさ」
「特に、リーダーだなんだと騒がれ始めてからは特にね」
「…そうか…。」
双子はエアーチェに向き直った。姫は自身を喪失したかのように泣いている。
「エアルリエ姫」
「どうか泣かないで」
エアーチェもまた双子を見た。
「あなた方は、何も事情を知らないはずなのにどうして、私に力を貸してくれると決めたの?私には、私には何もないのに。あなた方の復讐に力を貸せるほど強くもない。」
双子はからからと笑った。
「あれは古い記憶」
「復讐の気はもうない」
「「今はただ身にあるいくつもの呪いに従うのみ」」
「エアルリエ姫に力を貸す理由をしいて言うなら、理由はないよ」
「ラーナが決めた道の先頭は私達が歩きたい」
「「いつもそう思って生きてきたのさ」」
「森の力は私達を同じ呪いで縛ってくれた」
「私達は、いつでも二人で一つだった」
「そんな私達と、運命をともにするものが出来たんだ」
「エルを失って、得た呪いに喜ぶなんて随分と最低だろう?」
「運命を共にするものを全力で目的に向かって導くことでしか」
「私達にはその罪を償えない」
「何かを、それが例え呪いでも、得るためには」
「何かを失う、得る、そのエネルギーが必要になる」
「エアルリエ姫、あなたは帰る家と父を失った」
「そのエネルギーを、国を立て直すために使おうとしている」
「私は森の動物たちの脳」
「私は森の植物たちの脳」
「「私達は全てを知っている」」
「私達のこの命は、歴史の為にある」
「私達のこの命は、平穏の為にある」
「「エルと仲間たちが愛するこの国を護ることに異存はない」」
カシャとサシャは力を使って事情を知り、道中を護ってくれていたらしい。
「しかし気配はずっと動いていなかった。どういうことだ?」
「なあに」
「体はそこにあったからね」
サシャとカシャは俺に向き直る。
「ラーナ、君はへんなところで律儀な男だ」
「我々はいつだって自由だった」
「「君に決められた運命なんて一つもないさ」」
「だから、ありもしない罪を背負うのはやめなさい」
「優しい鳥の子、君がやりたいことをやればいい」
「「私達はそのために出来ることを考えよう」」
本当に全てがこの双子にはお見通しらしい。
俺は頭を垂れた。
「追手の話に戻るがね」
「北と南、どちらにもかけられていたよ」
「数はそう多くないが」
「魔の者はいなかった」
「少しばかり行動している動物たちに足を攪乱してもらって、君達を無事にここまで運んでもらったんだよ」
「そういうことでしたか…。」
エアーチェは大きく深呼吸をした。
「私、私は、この国の民全員が幸せと思える国を作りたい!」
澄んだ大きな声が、山間に響いた。
「この国を恨んだり、呪いに身をやつす子供が一人もいない国を作りたい。皆が豊穣を喜んで、お腹いっぱい食べられる国にしたい。身寄りのない子供に行き場所を作りたい。力を持つ人を正しい道に導ける教育がしたい。助け合い手を取り合うことの大切さを噛み締められる人で溢れさせたい。身分の差をなくしたい。人を愛することの垣根を低くしたい。自分で選択した生きることの楽しさ、素晴らしさだけ感じて生きて、生きて、生きて、愛して、いつか死ぬその日まで、この人生を選んだことを後悔しない国を作りたい!」
とどめなくエアーチェから涙があふれる。
「…ちょっと、贅沢すぎ?」
泣きながら笑うエアーチェをみんなで囲む。
「いいえ、いいえ。姫。」
「勘違いお姫様も成長したなあ。」
「ま、そのためにアタシたちはいるしね。」
「ライはエアーチェ好き!」
「「<魔道に生きるもの>の祝福あらんことを。」」
「森の血管の血は赤い色」
「森の血管の血は人の色」
「「森は女王陛下に力を貸そう」」
俺達はそれぞれ言葉をかけて、生まれたカッノーリア王国の王、エアルリエ・ローチェを祝福した。
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