第2話 幹事の特権

仕事と会合はどのようにしても切ることの出来ない腐れ縁のようなもの。

年の終わり、新年の挨拶、そして、新たなる若人の歓迎。


仕事で疲弊した身体に、活気と覇気を戻すために、あらゆる趣向を沿えて盛り上がるようにしなければならない。

そんな催しの幹事に何故か俺は選ばれて、仕事の合間に飲み屋の確保に苦労することになった。



『…新社員の歓迎会だから、あまり俺達が飲むこともなく、かつ若いもんが喜ぶような店を頼むぞ』


上司からの依頼に頭を悩ませながら、俺は休憩室にて、スマホを使い場所を探す。


俺が新社員のころは何が食べたかっただろうか…と、数年前の自分を思い返すが、基本ラーメンやうどん食えたら幸せと感じる俺の舌には、やはり美味しいうどんとラーメンの記憶しか残っていない。


「はぁ…思いきって焼き肉とかでもいいかな…?」


口に出して呟くが、その選択は絶対にしない。

肉が焼けるまでの待ち時間が絶えず発生する焼き肉では、新社員が遠慮し満足に食べることが出来ず、逆に先輩方は油が多く早々に食べ疲れを起こしてしまう。そうなった時の可愛そうな肉の光景が容易に見えるので、候補に上げても絶対に認可しない。


似たような理由で、鍋もダメだし、飲みをセーブするなら酒のレパートリーに困らない居酒屋も控える必要がある。


「…いやきつい、どこがいいんだ…?」


イタリアンやスペイン料理も考えた。だが新社員は喜びそうな反面、ある程度はいつものメニューを食べたいであろう先輩方から、店のチョイスに対して冷ややかな視線を浴びそうなので却下。

中華、洋食、和食。

思い付く料理の度、状況を考えたあと、やっぱりダメだと振り出しに戻る。


「もう各自に缶ビール配って、コンビニで飯買って帰るとか…」


なかば諦めて吐いた独り言。

そのまま、学生の頃は買い食いしてたな、とひたすら思い出に浸っていたとき、唐突にある発想が頭をつんざいた。


「酒に合い…肉もあり…気まずい待ち時間も発生しにくい…」


呟きながらスマホで近くに店がないかを調査。時間、コース、席の数。どれも不備が無いことを入念に確認したあと、ふう、と一息ついて画面をみる。


「…事前調査はしとかないとな」


食べごたえある肉とソーセージ、ビールの写真が食欲をそそるドイツ料理。


表示された店の場所等の情報をスクリーンショットし、事前調査の名目で定時退社することを上司へ伝えようと思いながら休憩室を出る。


単純に学生のころ買い食いしてたフライドポテトとフランクフルトを思い出して、食べたくなっただけではあるが。



定時とほぼ同時に会社を出、目的の店まで約25分。

飲み会の場所としても悪くないなと思いつつ、店の扉を開け中に入る。


「いらっしゃいませー!」


異国情緒溢れるBGMと木目調の味がある店内。日本語が飛び交うことに少し安心感を覚えつつ、店員さんに一人であることを告げてカウンターへ案内される。


「お決まりになられましたらおよびくださいね」


メニューを手渡され、店員さんは他のお客へ応対に向かう。渡されたメニューの確認し、一際目を引く大きさで掲載されたドイツソーセージが目に留まる。


「やはり…ソーセージだな、あとはビールか」


店員さんを呼び、注文を伝える。気持ちの良い返事を返してもらいつつ、カウンター越しに移る厨房を眺めた。


「お待たせしました、お先にビールになりますね」


思いのほか背丈のがあり、手で持つ場所が少しくびれいているビールジョッキに並々と注がれた、黄金色の液体。雲のように白くきめ細かい泡が蓋をしており、飲む前から喉がうなる。


「ヘーフェ・ヴァイスビールになります。ヴルストはもう少しお待ちください」


そう言えばドイツではソーセージをそう呼ぶんだったな。

メニューを見て、再度呼称を確認しつつ、初体験のドイツビールを口へと運んだ。


「…これは…」


まるでフルーツを啄むかの如く、ふわりと口内に甘みが広がる。きめ細やかな泡クリーミーかつ程よい苦みを醸し、柔らかく爽やかな酸味が後を引く。


言葉を零すことなく、もう一口、さらに一口。本場の味を胃に届けるかの如く、喉を鳴らして送り込む。


「…はぁぁ…っ」


旨い。普段あまりビールは飲まないが、このドイツビールはとてもうまい。

これならいくらでも飲んでしまいそうだ。そう確信が持てるほど、一口で虜になる味。


これでソーセージ、いや、ヴルストをつまみに飲めると…考えただけで幸福が脳内を満たしていく。


「お待たせいたしました」


幸福感に満ち満ちている中、目の前に置かれる6本のヴルスト。スパイシーかつ食欲をそそる肉の香りが鼻腔を刺激する。


「お好みでこちらのザワークラウトと合わせて、お召し上がりください」


ザワークラウトと呼ばれる品が入っているであろう小瓶を目の前に置き、店員さんは離れる。


「さて…ではでは…」


ビールはフライングしてしまったが、箸を手に取り改めて。


本日のメニュー

―本場ドイツの肉&ビール―


とにもかくにも腹が鳴る。焼きたてのヴルストを箸で掴み、そのまま噛り付き口内へ運ぶ。


カリカリに焼けた皮の心地いい食感と共に、濃厚な肉汁が後から後から広がっていく。よく効いたスパイスが舌を刺激しつつ、肉の香りが鼻に抜けた。


「………」


言葉を零すより先に、手がビールへと伸びる。

金色の液体を口に含めると、大自然が生み出した自然の甘み、そして後に残る酸味が、肉のうま味を極めて増幅し、喉の奥へと洗い流した。


「…っ…っ…うまい…」


芸術的な組み合わせに思わず肩が震えるほど、肉と酒が生み出すハーモニーに酔いしれてしまう。脳内では感動と称賛の拍手が鳴り響き、手は休むことなく食物と飲料へと、忙しなく動いていく。


手に持つ箸はまるで指揮棒。体内で巻き起こる幸福の演奏を指揮するかの如く、本場の味に夢中になった。


「…これは、やばいな…」


目の前には空になった皿を見て、少し笑みを浮かべつつ呟く。

歓迎会はここで決まりだな、と思いつつ、箸を皿に置いた。


「ありがとうございましたー」


会計を済ませ、店を出る。

少し夜が深くなった、明りの灯るビル街にあった異国情緒あふれる料理店。

予想をはるかに超えた料理に酔いしれた体に、ビル風が冷たく当たる。


「ここは、今度また個人的に来よう」


旨かった料理を思い返しつつ、少しふらつく足取りと共に帰路へとつくのだった。






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仕事終わりの一人飯 ひらしゃいん @999kurain

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