6 さようなら!

 翌日、東宮寺心愛の誕生パーティに行った人間が誰も帰ってこないことを不審に思った人々によって、パーティに参加したすべての人間が消失したという奇妙な事件が明るみに出た。


 だが、それはとても些細なことだった。


 人類は、世界から突如として急激に人間が減っていくという、謎の現象に直面していた。

 ある日忽然と、家族や友人、隣人たちが消えていくのだ。

 先ほどまで隣にいたはずの人々が消えていく。

 その現象は、人々を恐怖のどん底へ叩き落した。


 その現象が、インターネット上で急速に拡散され、果ては愚かにもテレビ放映までされてしまった、パーティで撮影された1枚のもふもふしたものの画像によるものだと気付いたころには、地球上から実に37%以上の人間が消え去ってしまっていた。


 そこへ至ってようやく、もふもふしたものが写った画像を見てはならないという警告、およびインターネット上に拡散された当該画像の入念な削除計画が実施され、人々を恐怖のどん底に陥れた人間の消失事件は収まった。


 ――かに見えた。


 しばらくして『見ただけで、確実に相手を消滅させることが出来る画像』に興味を抱いた者が、研究によってもふもふしたものの画像は目を通さなくとも、直接脳の中視覚を司る部位に像を作り出すことさえ出来れば、相手を消滅させることが出来るということを突き止めた。

 その技術はやがて、地上へ人類消滅電波を送信する衛星兵器を生み出す。

 地上のいかなる場所へ隠れようとも、容赦なく視覚上にもふもふしたものの画像を映し出し消滅させる兵器。

 各国がその兵器を空へ打ち上げ、敵対する国へ矛先を向けた。

『万が一、相手が兵器を使うことがあれば、報復に自分が使い返す』

 兵器を用いた世界の均衡は、無言のうちに構築された。

 

 しかし、そんな危うい均衡が、長く保つはずもなかった。


 そうして人類は消えてなくなった。


――

―――


 廃墟と化した東宮寺の館の、広間の真ん中に、もふもふとしたものは在った。

 もふもふとしたものから生えていた腕の姿は、いくら探しても見つからない。

 なぜなら、腕はもう、腕ではなく、ただの長い毛と成り果てているからだ。

 ただ、無数の長い長い、よりもふもふとした毛が、生えているだけだった。

 何億、何十億という長い毛が、生えているだけだった。

 それはとてももふもふとしていて、触るときっと幸せなのだろうが、もう触る人間はいなかった。せっかくこんなにも、たっぷりともふもふとしているのに、誰も触ってはくれなかった。

 だから、もふもふとしたものは、またどこかで、誰かが呼んでくれないかな、と、ぼんやり思った。

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