第2話 宗像・沖ノ島不可侵の謎
障害者支援団体「あすなろ」でアルバイトしている蛇目美穂から小鳥遊へ"ライン"が届いた。
「今日、撮影商品を持ってお伺いしていいですか」その文章のあと、ペコリと頭を下げているアイコンが現れた。
小鳥遊は思わずニッコリする。あの3年前の交通事故で半身不随となった小鳥遊 翔 (たかなし しょう)にとって、だいぶ年下の大学生の蛇目美穂 (じゃのめ みほ)の女子大生らしさをとても好ましいと思っている。
「いいよ。待ってます」ラインで返事を出す。
小鳥遊はカメラマンである。車椅子になり絶望の中にいた小鳥遊は、病院で知り合った障害者支援団体「あすなろ」のスタッフ佐藤 実君とアルバイトスタッフの女子大生、蛇目美穂によって絶望から救われた。
二度と撮影の仕事ができないと絶望していたが、佐藤君の尽力のお陰でネット商品撮影の仕事ができるようになった。もちろん動き回っての撮影は無理だが、動かない商品撮影はできる。
今はネット通販全盛で、商品撮影の需要は多くなっている。その需要を佐藤君は掘り起こしてくれた。そして定期的に仕事を持ってきてくれるようになった。料金は安いが小鳥遊にとってとてもありがたかった。今回もその定期的な仕事の商品をアシスタント役を買ってくれた美穂ちゃんが持ってきてくれるという内容だった。
ピンポーン・・
「こんにちは」
小鳥遊は国分寺市の姉夫婦と同居している。小鳥遊の住宅兼スタジオのドアチャイムがなった。
「どうぞ入って下さい」
手元のスイッチで電子ロックを解除し答える。
「おじゃましまーす」そう言いながら美穂が入ってきた。化粧っ気のないロングヘアーとジーパンの美穂は大きな紙袋を持ってきた。
「その商品は何だい?」
ゴソゴソと商品を取り出して、撮影台の上においた。
「はい、スチール製のコップです。今回は3点だけですが、切り抜き用の写真です」そう言いながら商品を取り出した。
小鳥遊はちらりと見て、うーんと考え込んだ。光り物である。
「美穂ちゃん、こいつは難しいぞ」
「えー、どうしてですか」
「こいつは光り物と言って、撮すのが難しいんだ。ほら、このステンレスに全てが映り込むんだ。カメラマンやスタジオが全部写真に写ってしまうから」
「えーっ、そうなんですか」
小鳥遊は少し考えて、美穂に指図をする。
「トレーシングペーパーで商品を囲い込むよ。こうすると映り込みをなくせる。光は少し離して柔らかく全体を照らそう」
小鳥遊の指示で美穂は悪戦苦闘している。手首に白い養生テープを通し小型ポールを使いなんとか商品をトレーシングペーパーで囲んだ。
「美穂ちゃん、後は黒いボードを2つ用意して下さい」
「えっ黒いボードですか?」
「ああ、まあ見てて」
小鳥遊は商品の正面に当たるトレーシングペーパーに穴を開けて、レンズだけを突っ込んだ。
「なるほどね~。そうしないと、カメラが写ってしまいますよね」
「美穂ちゃん、モニターを見てご覧」
美穂が、カメラのファインダーに直結したモニターを覗き込む。モニターには、表面に真っ白なトレーシングペーパーが写り込んだ、ステンレスのコップが写っていた。
「あー、ちゃんと写ってますね。こうやって撮影するんですね」
「うん、光り物は色んな物を撮してしまうので、小さくても大変なんだよ。しかしこれだけでは駄目なんだ。ここで大事な工夫が必ず必要になる。美穂ちゃん、このモニターに写っているコップはステンレス製に見えるかい?」
「ええ、そういえば、写り込んでるトレーシングペーパーのせいで、白いコップになっています」
「そう、このままでは表面がピカピカのステンレスの雰囲気がわからないんだ。そこでこの黒のボードをコップのそばに置く」
「あっ、すご~い。スレンレスのコップに見えますよ」
「うん。光るものは必ず周りを写し込む。だからわざと写し込ませて、商品をそれらしく見せるんだ。スプーンや時計、車なんかも同じやり方をするんだよ」
「なるほどですねー。ガッテンしました。だけどコップは良いけど車もやるんですね」
「そう、パンフレットを見ればいかに大掛かりな撮影だという事がわかるよ」
「物撮りって大変ですね。わかりました。こんどから光り物の場合、撮影料金の交渉をします」
「うん、頼むね」
物撮りの解説をし終わり、小鳥遊は撮影モードに入った。美穂ちゃんに黒いボードの位置を指示しながら撮影を続ける。こんな時はアシスタントのほうが大変である。二人は撮影に没頭した。
やっと撮影が終了した。
「たいへーん」美穂は、本当に疲れたようだった。
「だけど、光り物を撮すのが、こんなに大変なんて知りませんでした」
「そうだね。何気なく見ている写真にも工夫があるという事かな」
「あっ、そうだ。小鳥遊さんは沖ノ島って知ってます?」
「沖ノ島? ああ今話題の世界遺産になったところだね」
「そうです。私の実家は福岡なんですけど、地元では大騒ぎなんです。神宿る島 沖ノ島って神秘的ですよね。絶対不可侵っていわれていて、神主さんが一人で住んでいるんです。誰も入れないので、国宝級の宝がゴロゴロしているんですって」
「ふーん。宗像神社の事だよね。事故に遭う前に一度行ったことがあるよ」
「絶対不可侵っていうのが神秘的ですよね。小鳥遊さん、なぜ国宝級の宝がゴロゴロ地表にあるのか、その謎を解いて下さい。わかったら、ブログにアップしますから。この間のダビ手像の瞳のハート型の謎が結構アクセス数があったんですよ」
「美穂ちゃんの時間探偵というブログかい。そいつぁ良かった。それじゃ、考えてみるよ」
美穂ちゃんが帰った後、パソコンの前に車椅子を寄せ、モニターの前に移動した。
革のポーチからパイプを取り出して、葉を詰める。ジッポーのライターで火をつける。
ゆっくりとふかす。人前では吸わないのだが、考え事をする時にパイプをふかす。
グーグルの検索ワードに沖ノ島と入れるとすぐに様々なページが出てきた。
「沖ノ島、世界遺産に 勧告を覆し、8資産の一括登録決定 2017/7/9
沖ノ島(おきのしま)は、福岡県宗像市に属する、九州本土から約60キロメートル離れた玄界灘の真っ只中に浮かぶ周囲4キロメートルの孤島。宗像大社の神領(御神体島)で、沖津宮(おきつぐう)が鎮座する。
2017年(平成29年)、「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群の構成資産の一つとして、ユネスコにより世界遺産に登録された。ウィキペディア」
日本の歴史遺産が世界から認定を受けるのは嬉しいことだ。2018年現在日本の世界文化遺産は16件となり、4件の自然遺産と合わせ日本の世界遺産登録は合計20件と書いている。
さて沖ノ島だが、福岡県宗像市にある宗像大社のご神体が祀られている島である。この島が神秘的だといわれている要因をあげてみる。
1.今でも女人禁制。
2.現地大祭以外は上陸を基本的に禁止されている。さらに島内の「一草一木一石」たりとも持ち帰ることも許されない。
3.海の正倉院といわれるほど重要文化財があり、23の古代祭祀跡から約8万点の祭祀遺物が出土しており、それ以外調査されていない文化財が7割ほど残っている事。
女人禁制に関しては、宗教施設なので伝統として残っているのは理解できる。
2の立入禁止も神域なので特別謎ではない。
問題は3の重要文化財が、地表に散逸しているということだと感じた。
日本人は信心深い国民である。他国と比べて盗難も少なく、規律正しいと言われている。
しかし、孤島に財宝があるとすれば、盗賊団や海賊が餌食にしても不思議ではないと思う。
それが盗難という記録は残っておらず、地表に財宝が散乱し続けたままだという。
財宝と一言にいうが、現在でも価値がある金や小判、宝石のたぐいではないので、学術的に価値があるものでも、一般から見ればガラクタかもしれない。しかし沖ノ島で発掘されたものには金の指輪や金の装飾品も多い。
それでは本当に不可侵だったのかを調べてみる。
この島は、出土した土器を調査した結果、縄文時代前期には漁民らが漁業の基地として使用していたらしい、という事は、後年おきた宗教上としてのタブーという事だと推測できる。
しかし、「お言わずさま」とか「一草一木一石」たりとも持ち帰ることも許されないとか、上陸禁止といわれているが、江戸時代以降、そのタブーが絶対的ではなく、結構タブーを無視したことが記録に多く残っている。
「沖ノ島には江戸時代を通して福岡藩が防人をおいていたことや、貝原益軒は防人を務めた者からの聞き取りを行っており、『筑前国続風土記』に島の詳細な様子を記している事など、一般の人たちは、それほど厳格にタブーを守ってはいなかった。また、日露戦争時には陸軍の防衛基地が設置されているなど、島のタブーより、本土の防衛のほうが優先されていたことも事実である。ウィキペディアより」
うーん
確かにある程度の畏敬の念はあったと思われるが、絶対的なタブーは江戸時代以降、それほどでもなかったらしい。
まー、一般的な神社もタブーの対象なので、その最上級といったところかもしれない。
だけど「筑前の大名黒田長政は祭祀遺物の金銅製織機などを家臣に命じ取り寄せさせており、その後黒田家で不幸が相次いだのはこの件に関わるとして遺物は島に戻された」という記述もあるので、それなりの権威はあったと思われる。
しかし、絶対不可侵というタブーが存在している理由はなんだろうか。
すこしこんがらがったので最初に戻ってみることにした。
世界遺産になった理由は
「神の島」と呼ばれ、島全体が御神体で、今でも女人禁制の伝統を守っていて、2016年現在「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」として正式版推薦書がフランス・パリのユネスコ世界遺産センターに提出し、受理されている。
宗像神社は日本各地に七千余ある宗像神社、厳島神社、および宗像三女神を祀る神社の総本社である。
あらゆる道の神としての最高神、貴(むち)の称号を伊勢神宮、出雲大社に並び持ち、道主貴(みちぬしのむち)と称す。神宝として古代祭祀の国宝を多数有し、裏伊勢とも称される。この解説を読めば、かなり重要な神社である。
御神体は田心姫神(沖津宮)、湍津姫神(中津宮)、市杵島姫神(辺津宮)という。いわゆる宗像三女神である。この宗像三女神の父親は素戔嗚尊(すさのうのみこと)ということになっている。さらに宗像神社は裏伊勢と呼ばれている。つまり大和にとって重要な場所だった。そんな神社が管理する島だこそ、これほどまでに絶対不可侵の島だといわれたのだろう。
だけど、だけどである。
国宝級の宝物が、地面にゴロゴロ存在するという事実が単なるタブーではないと思えるのだ。
黒田長政がとってきた宝物を、不幸があったから返したという事実。これから導き出されるのは、祟り神だったと事である。これだったら、誰も近づかない。だが、宗像三神の長女の田心姫神に祟り神の要素はない。
うーん。これはどうゆうことだろう。
宗教的な要素だけでは、絶対不可侵な伝説は生まれにくい。建前上タブーだったとしても、地面に宝物が散逸しているという事実の説明にしては弱すぎると思ったのだ。
小鳥遊は、パソコンの前から離れて窓際に車椅子を移動した。パイプをふかすためである
。パイプというのは基本的に煙を吸うタバコとは違い、煙を肺に入れない。口の中に煙を入れ鼻から煙を出し、その香りを楽しむものである。だからゆっくりとふかす。少しの量で長い時間楽しめるのだが、ふかし終われば灰がたまる。それを掃除するのだが、その道具をコンパニオンという。いろいろ形はあるのだが、中指ほどの長さで、着火時盛り上がったたばこを押さえるタンパー。喫煙後のたばこのカスを取り出すピック。喫煙後のカスをすくいだすスプーン、固まったカーボンを削り取るナイフなどの道具が十徳ナイフのように折り畳まれている道具である。
小鳥遊もコンパニオンはいくつか持っているのだが、兵庫県出身の大学の先輩田村さんからもらったコンパニオンを愛用していて、吸い終わった後のパイプの火皿をコンパニオンのナイフで灰皿の上で削り落としていく。
パイプは吸い終わるとパイプ自体が熱くなる。熱くなったパイプで吸うとあまり美味しい香りにならないので冷やす。だからパイプをふかす趣味の人は何本かパイプを持っているのだ。
吸い終わったら、パイプをばらして掃除をする。コンパニオンでカスを取った後はモールという煙突掃除のような短い毛羽付きの針金棒で煙の通り道を掃除する。つまりパイプに葉を詰めふかす。更かし終わったらパイプを掃除する。そんな作業がワンセットだ。この作業をめんどくさいと思う人も多いのだが、小鳥遊は特別苦にならない。
ゴリゴリとコンパニオンナイフでパイプを掃除していた時、ふとひらめいた。
「ああ、もしかして」
小鳥遊はパソコンの所へ車椅子を動かし、キーボードで検索ワードを打ち込み調べ始める。
「沖ノ島海底遺跡」というのがあるという。沖ノ島の北東部の海底にラセン階段のような物が存在しているのをテレビ局が放映したというHPがある。その内容を確認する。
「やはりそうか」小鳥遊は確信した。
「地震だ。沖ノ島が祟りの島である理由は島が沈むほどの地震が過去起こったからだ」
福岡県宗像市沖ノ島付近から朝倉市にかけて分布する西山(にしやま)断層帯がある。
ネットでは最新活動時期は約1万3千年前以後、概ね2千年前以前であったと推定されている。地震があったという記録はない。しかし無人の島なので記録なんかあるはずが無いのだ。
過去九州には地震が多発している。記録に残っているのは西暦679年の筑紫地震がある。
「巾2丈(約6m)、長さ3000丈余(約10km)の地割れが生成し村々の民家が多数破壊され、また丘が崩れ、その上にあった家は移動したが破壊されることなく家人は丘の崩壊に気付かず、夜明後に知り驚いたという。ウィキペディア」
最近では、2016年の熊本地震があった。
沖ノ島は西山断層帯の上にある。
地震があったと考えたほうが、科学的である。
沖ノ島で祭祀が始まったとされる4世紀以降に、何度か地震が起き、島が少し沈んだと推測される。謎の海底遺跡はその証拠である。
想像する。
古代宗像族は沖ノ島を海上の拠点として活用、その為の祭祀をはじめた。何度か地震が起こり、地殻変動がおき何メートルか島が沈んでいったに違いない。宗像族は、それ以上の地震がきて、沖ノ島が沈んでしまうことを恐れ、一般人の上陸を禁止し盛大な祭祀を始めた。
それが、絶対不可侵の神宿る島の誕生である。
沖ノ島に宝物が地面の上に散乱しているのは、地震被害の結果だ。
貢物や宝物を神殿に捧げている最中に地震が起きれば、放ったらかしにして一目散に逃げるはずである。宝物が島にあるとわかっていても、盗ると地震が起こり島が沈んでしまう迷信があれば、さすがの泥棒も手は出さないだろう。
小鳥遊はやっと納得した。
「地震か。田村先輩は阪神・淡路大震災で実家と親戚の人たちを亡くしたと言っていたな。日本に住んでいる以上、だれでも覚悟しなければならない事の一つだ」
パイプ用のコンパニオンを片付けながらつぶやいた。
二日後に蛇目美穂がやって来た。
「光り物の撮影の評判がよかったですよ。さすがプロだってみんな感心していました」
小鳥遊は照れくさそうにうなずいた。
照れ隠しに、美穂に沖ノ島の謎解きの事を話した。
「なるほど。単に信仰のタブーに加えて、地震の恐怖があったということですね。これなら誰一人近づかないはずです」美穂は大きくうなずいた。
「だけど、何故記録や言い伝えに残っていないんでしょうね」
「うん。学者の間では4世紀ころから祭祀を行っていたとある。日本に漢字が導入されて、一般に普及するのは6世紀以降だと言われている。だから記録がないのはしょうがない。あと、言霊という考え方があって、言葉は実現するという呪いみたいな思いがあったと思われるんだ。だから言い伝えには残さなかった」
「なるほど、お言わずさまという言い伝えは其の為だったんですね」
「地震は局部的に起こったりもするので、海底地震が沖ノ島あたりだけに起こった可能性もあると思う」
「そうですね」
美穂は急に笑顔になった。
「この説も書きます。いいでしょう?」
「ああいいよ。だけど記録にも残っていないし、誰も信じないかも」
「良いんです。載せます。だって真実かもしれないですから」
小鳥遊は、又照れた。
車椅子写真家 小鳥遊翔の推理 海 潤航 @artworks
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