学園マギアメイル!

鰹 あるすとろ

「転校初日 - Student life begins -」


 ―――4月1日。


「…はぁ、はぁ……!」


 学生服を着た一人の少年が、人々の合間を縫って町中を疾走する。


 彼の名は「フィアー」。春からこの地方都市、「水晶ヶ丘すいしょうがおか」に引っ越してきた少年だ。


 彼が着ている制服はこの街の高校、「水晶ヶ丘高等学校」のものだ。

 そして今日は、その高校の入学式の日でもあった。


 4月1日に入学式を行う学校など、国内でも他にないだろう。かくいうフィアーも、それを最初に聞いた時は大いに驚いたものだ。


 ―――なにせ、そのことを伝達されたのはその前日、3月31日だったのだから。


「間に合うか―――?」


 腕時計を見ると、時計の針は8時15分を射している。全速力で走り抜け、道に迷うことがなければギリギリ登校時間には間に合うかどうかといったところだ。


 今日彼は夜行バスでこの街へと始めてやってきて、駅から直接学校に向かっていた。


 それだけなら、もう少し時間に余裕があったかもしれない。


 だがこの日、向かってくる途中の高速道路にて運悪く人型ロボット「マギアメイル」同士の玉突き事故が発生。

 警官隊が出動する騒ぎとなり、フィアーが乗っていたバスも必然的に大渋滞に巻き込まれてしまった。


 そのことで、駅に到着したのだってつい数十分前だったのだ。


(むしろもっと遅れてくれたなら言い訳にもできたけれども)


 フィアーは内心で噛み締めるように後悔する。

 渋滞はともかく、日程を一切把握していなかったのは一重に自分側の問題だ。


 連絡が滞った理由は、災害により発生した磁気嵐だった。

 日程は学校からのメールと、自宅への書類の郵送によって伝達されていたのだが、通信障害の影響でメールが受信できていなかった。


 ―――今や天涯孤独。自身を引き取ってくれた夫妻の家にすらまだご挨拶が出来ていない中、こんなことで余計な迷惑をかけるわけにはいかない。


「そこを曲がれば―――!?」


 そしてフィアーがT字路を曲がろうとした、その時、


「きゃっ!?」


 ―――一人の少女と、ぶつかりそうになった。


 その事に瞬時に気付いたフィアーは反射的に身をそらし、少女との激突を避けようとする。


「―――!」


 だがその反動で体制を崩してしまい、盛大に地面に激突する。


 ―――頭部に尋常ではない鈍痛が響く。


「な、なにが……」


 その声に顔をあげると、相手の少女には怪我はないようだった。

 そして倒れ込んだフィアーを視界に認めると、非常に心配そうな顔で駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫、君!?」


 相手は小柄で、美しい白金色のツインテールが特徴的な少女だった。

 その服は学生服のようで、年の頃も近いように見受けられる。


「だい、じょうぶ……ごめんなさい、危ない目に合わせてしまった」


 頭を抑えながら、フィアーはゆらりと起き上がる。

 抑えた手を見るが、特に血などは着いていない。これならば一旦は問題なく登校できるだろう。


「あ、その制服……」


 そこで少女は、何か気付いたような態度になる。

 その視線の先はフィアーの服だ。


「貴方、水晶ヶ丘高校の人だよね!もしかして新入生?」


「あ、うん」


 それを受けて少女の服を見てみる。

 確かにフィアーが今着ているものと意匠が似通った女子制服だ。


「そっか、そしたらわたしと一瞬だ!」


 フィアーが自身と同じ学校、学年だと知るや否や、少女の目は輝く。


「私はリア、君と一緒で今日入学組なんだ!……実は友達がみんな別の学校に行っちゃってて、少し心細かったんだよね」


「そうだったのか……実はボクもこの街にきたばっかりなんだ、よろしくね」


 ―――どうやら、彼女もこれから行く学校に友人がいなく、心細い思いをしていたらしい。


 それは自分も同じだ。

 なにせつい今さっき到着したばかりの新天地だ、不安も人一倍強かった。


 そしてなにより、自分がこれから向かう学校には「姉」がいる、らしい。


 ―――そう、災害によって家族全員を一度に喪った彼は、天涯孤独の身だった。

 当然未成年故、身元を引き受けてくれる保護者が必要となる。


 当然警察は親戚の中から、フィアーの引き取り手を探そうとした。


 だが、そうそう引き取り手など現れるものではない。

 15歳という多感な少年を家に置くことを、誰もが拒否した。


 理由は様々。


 これから高校に通おうという歳故、「金がかかる」と拒否したパターンや、夫妻自体は引き取ることに意欲的だったものの、息子や娘から猛烈な反対を受けてしまったパターンなど、バリエーションに富んでいた。


 だがそんな中、一組の夫妻がフィアーの引き受けを積極的に志願してくれた。


 なんでも両親の古くからの知人らしく、以前に受けた恩義を返したいということだった。

 このご時世に、なんと義理堅いことか。しかも何の関わりあいもなかった自分にまでそれを抱いてくれるなんて、有難いことこの上ない。


 ―――だからこそ、自分を引き取ってくれた「弓野夫妻」には感謝をしてもしきれない。


 対面した機会こそ数度しかなかったが、その人間性の善良さ、暖かさは肌身に十二分に感じられた。

 彼らのもとでなら、家族を亡くした自身のこのココロの空白を少し、埋められるような。


 そんな感覚を感じることができたのだ。


 ―――だから、懸案事項はただひとつ。


 ついぞ顔を合わせる機会がなかった、夫妻の「娘」。


 つまりは自身の「義理の姉」にあたる女性が、どのような人物で自身にどんな印象を抱いているか、それだけだった。


「そうだ、学校の保健室まで連れてくよ!……まだ場所わからないけど」


 リアはフィアーの手を引き、学校へと歩みだす。


「いや、そんなに痛みもないし一先ず大丈夫だから。真っ直ぐ入学式に向かおう、遅れちゃうだろうし」


 フィアーもそれに伴い、足を進める。


 身体にじわじわと広がるような痛みこそあるが、特に行動に支障があるほどではない。


 ―――そうして二人は、高校への道を連れだって歩んでいったのだった。



 ◇◇◇



 学校についてからはあっという間だった。

 少し時間を過ぎてからの到着となったのだが、校門にいた教師に事情を説明すると、特段説教などもなく通してくれた。


 入学式においても、特に滞りなく式は進められた。

 そのなかでめぼしいものといえば、如何にも優等生然とした生徒会長の場馴れした演説と、払い下げの元戦闘用マギアメイルを使用した演舞くらいか。


 画して特筆すべきこともなく式は終わり、生徒たちはクラス毎に集められて教室へと向かうこととなった。


「あっ、同じクラスだね!」


 朝出会った少女、リアも同じクラスらしい。

 一人きりで心細いなか、事故がきっかけの出会いとはいえ面識のある人物がいることは大変心強い。


 そうして少し談笑をしていると、教師が一つの教室へと入っていく。


 ―――ここが、自分達1年M組が共に過ごす教室だ。


「一旦は席は自由で大丈夫よぉ」


 教師である翠髪の女性は色気のある声でそう指示する。

 ―――いくらなんでも、胸元を開けすぎではないだろうか。


 彼女の服装を見て、クラスの誰もが同じ感想を抱く。

 だがそんな視線を知ってか知らずか、女教師は話を続けた。


「皆、席についたわね?」


「私が今年貴方達の担任を勤める、エメラダよぉ。一年間よろしくねぇ」


 そういいながら教師、エメラダは黒板へと名前をかく。

 どうでも良いのだが、この国はカタカナの名前の人が多すぎではないだろうか。

 自分の名前であるフィアーといいエメラダといい、キラキラネームというレベルではないだろう。


「さぁてそれじゃあ、まずは皆に自己紹介して貰おうかしら……」


 そんなフィアーの述懐の最中、エメラダはクラス全員での挨拶を始める。

 新年度の恒例行事、人見知りには辛い通過儀礼だ。


「それじゃあ、そちらの……リアちゃんからね」


「はい!」


 教室右側、最前列の机に座っていたリアはその声に起立する。

 そしてエメラダがいた教壇まで歩き、全員の前で自己紹介をした。


「えぇと、○○中学から来ました、弓野リアです!趣味は料理とかです!」


 ―――え?


「―――弓野……!?」


 フィアーの血の気が引く。

 冷や汗が止まらない。頭の痛みなど、もはや問題ではなかった。


 ―――まずい。大変まずい。


「三年間、よろしく!」


 自分はリアの後ろの席に座ってる。となれば次は―――


「はぁい、それでは次の人」


 ―――やはり、とフィアーは頭を抱える。

 だが、教師の指示を無視するわけにはいかない。


 重い腰を上げ、席をたつ。


 そんな様子をリアは心配そうに見つめてくる。

 恐らくは体調の心配をしてくれているのだろう。


 ―――違う、違うのだ。


「……えぇと」


 口を開くのが大変億劫だ。

 出来ることならば、偽名でも名乗りたいくらいだ。


 ―――そんなことをしても教師は名簿を持っているから無駄だろう、とすぐにその考えは捨てたが。


 少しの沈黙にクラスの皆も違和感を覚え始めてきた様子であるし、もう限界だ。


 ええぃ、ままよ。


「……◇◇中学から来ました」



 ―――観念して、己が真名を口にする。



「―――、フィアーです」


「ほうほう、弓野……」



「―――って、えぇっ!!?」


 リアのすっとんきょうな声が、教室中に響き渡る。


「……よろしく、お願いします……色々」




 ―――こうして、クラスメイトであり義理の姉弟でもある二人の波瀾万丈な学園生活が、幕を開けたのであった。


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