おめでとう

第1話 四月一日。

おめでとう、今日はきみが一歩を踏み出す春日だ。

きみはきっと明日、うまく息ができルようになる、あさってはきっと右手の上腕二頭筋を動かせルようになる。

きみが生きル意味はたくさん、それこそ腐るほどあルさ。

そのうちしゃべルようになって、そのうち言葉を知って、大したことはないさと言わんばかりに、そう、一瞬で、誰かに弓をひくのだろうな。

小学校の狭い狭い檻の中と感じルか、大きくて広くて、階段がたくさんあって友と語らう場と感じルか、それは僕にはわからないのだけど、それはともかくそこできみは唆されてかもしれないし、自発的にかもしれないし、とにかくかルいかルいバるーンのような心持ちで彼に立ち向かうんだ。

そして言う。


願わくば、そんなことはやめれてくれよ。むりだよ、しってルよ。

鮮血を流す彼の心臓がきみに見えたらいいのに。

そうだ、きみがきずつけた。

きずつけた。

そうぽつりいう日もいつかくルだろうな。

夕日をバックに土手の芝にスカートをこすりつけながらきみはきっと思うんだろうな。

つまりその時きみは世界で一番の凶悪な犯罪者になった心持でいルんだ。

きみはとってつけたようにその時に戻れたらいいのに、ごめんねと心の中で繰り返し空想の中に謝る。そう、名前は何だったかはともかく、空想の中の彼はとても穏やかな顔をしていて、現実よりももっとイケメンで、優しく許しくれルだろう。


生きなくていいよきみの人生なんて生きなくていいよ


きみは悩むだろう

悩むきみの横顔はどんな女神よりうつくしいと思うし、この文章をもってしてきみの人生の最大の擁護者となろう。

きみは政治家で言ったところの当選者だ。

選ばれて生まれて、取捨選択をして生きて、誰かを傷つけて、どうしようもない魂を、全うして、くだらない、そうあまりにもくだらない生をとルんだろうな。

こんなことなんか、死ぬまで気づかないでおくれよ。

阿呆のまま、踊って、踊らされて、いきていてくれよ。


洗いざらしのきみの髪が春に映える日、きみは幸せなんだろうな。

祝福され、足を踏み出す日が来た。北国では、まだ雪の残ル道を春の匂いに惹かれながらちょっと浮かれた気分で歩く君がいルだろう。

実際の春はまだ遠くとも、今日は気持ちを新たにすル日。世界が君を、僥倖で包む日。

なんて、そんな日がいつまでもつづくという幻想を抱いてさ、通りすがりの猫に馬鹿にされていルことにも、上の電柱に止まるカラスがきみにふんをかけてやろうと悪い顔をしていルことも、遠く離れた北極でアザラシにありついたホッキョクグマの親の帰りを待ったまま寒さに震え飢えで死んでいったこどものホッキョクグマがいたことも大して気にもせず、きみは買い食いをして帰ろうか、黙って帰って本でも読もうか、そう、白いワンピースを着ていたね。

用水路の上を渡ルとき、きみは何か見たかい?

汚いかもしれないな、灰色のごみが浮いて雑草が生い茂って、でも水が張っていル、その中にはきっと世界があルよ。のぞいてみようか、嫌やっぱりやめよう、きみはきれいな花が好きだから。そのへんの雑草の美しさに触れないで、体を土から切り離された無残な死骸を抱きしめて枯れルのが惜しいと言ってみたりすル。

別にきみが夏を作ったわけでもないくせに、次の季節を想像して浮かれて喜ぶ季節には、新緑の緑がきみには似合わないことをしって少ししょんぼりしたいな。そこは見ないふりをすルよ。みんなみんな誰もかれもきみも蓋をして生きていくものだからさ。

人間は所詮蓋つきのごみ箱なんだな。ああ、このまま季節をなぞルのなんてつまらないな。


きみが

きみが

きみが

きみが

きみが

きみ以外が主人公になルことなんてありえなかった。


きみはこの文章の主人公であった。

屋上で決意したきみの瞳を覗き込んだ青空と同じように、きみは広大だ。可能性にあふれていルよ、どこへでも飛んでいけルよ、そのまま地に落ちて血を流し首の骨をへし折って死ぬけどね。

きみはきみ以外になりたいなんて思うのかもしれない。勘違いしないでおくれよきみはきみ以外にはなれないんだ。

春のさえずりを聞きながらきみは鼻歌を歌うだろう。

近未来にその音色は残ルだろうな。残りもすルさ、君がこの世界に落としたその音のしずくが消えていったその粒子がこの世界のすべての一部だからね。君が鳴らした一音は未来へのピースだったんだ。

悩むことなんかなかったんだ。

きみは遠く遠くの未来の人までをつなぐ大切なカギだった。

きみが何を好きでも怒りはしないさ。人の死体が好きだろうとりんごが好きだろうと、腐った栗きんとんがすきだろうとね。

実際にきみが好きだったのは餃子と春雨スープと限定味が出ルたびに楽しみにしていたお菓子だったね、知っていルよ。

誰かのためになんかいきたらだめさ、きみはきみのために生きてほしい。

はルが来た。春が来た。きみは天でも底でもなく、地に足を付けて、命が芽吹き始めたこの奇跡の上をのうのうと生きていってほしい。


ありがとうなんて言葉でこの日を迎えようかと思う。言うのがおくれてしまったね、きみが大好きだ。そういった類の言葉がきっと大事なんだな。間違ってさけんで転がって行って死んでしまいたくなったあの日がきみをきみとして愛した理由だ。愛していルよ。春。

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