「いじめをなくそう」とするのは「いじめ」をイジメるということ


「きみって、『いじめを無くそう』とか、そういうことを考える人間?」


 半野木はんのきのぼるは、咲川さきがわ章子あきこにそう聞いてきた。

 だから聞かれた章子は頷いたのだ。

 声こそ出さなかったが、頷いた。

 そうだ、と。

 ハッキリと確かに頷いて、昇に答えた。

 なぜなら、

 章子はそう考えていたからだ。

 章子は当然、そう考えていた。

 誰であれ、

 人間同士で行われる「いじめ」についての問題を考えれば、

 最終的な答えは、そこに行き着くだろう。

 いじめはなくすものだ、と。

 いじめはなくさなければ、また繰り返されるのだ。

 強者が弱者を虐げ、そのまま弱者が追い詰められて苦しんでいく、

 その負の連鎖が、放置しておくとどんどんと進行してしまうのだ。

 そして、最後には取り返しのつかないところまで行ってしまう。

 だからいじめはなくさなければならない。

 それが誰もが共通して持っている「正しい認識」のはずだった。

 だが、

 その答えを聞いて、

 半野木昇はふうん、とあからさまに白々しい目を向けて章子に言った。


「でも、それってさ……。

『いじめ』だよね?」

「は……?」


 章子は、

 その昇の指摘の言葉を聞いて、目を丸くした。

 一瞬、何を言われたのかが分からなかった。

 だから、目と口を大きく開けたまま、昇におずおずと聞く。


「い、いじめ……?

いじめって、

なんでっ?

なんで、これがいじめになるのッ……?

なんで、

いじめをなくそうって思う事がいじめと一緒になるのっ?」


 愕然となって聞く章子を、

 それでもやはり昇は呆れた眼差しで見ている。


「なんでか……って?

本当に分からないの……?

咲川さん……?

なんで、そういう、

いじめを無くそうって考える事や、

思う事、

そして、そう言って行動することが、

同じ「いじめ」になるのかって事がさ……?」


 だが、そこまで言われても章子には本当に分からない。

 だから、

「わからないッ!」と大声で叫んだ。


「わからないよッ、昇くんッ!

なんでそれが「いじめ」になるのよッ!

わたしにはそれが全然ッ、わからないッッ!」


 しかし、

 どこまでも強く断言しても、

 やはり昇は不思議そうに首を傾げて、白々しい目つきのまま章子を射抜いている。


「おかしいなぁ……。

ぼくは、「学校」に行ってた時、

イヤっていうほど、同じことを言われたことがあるよ……?」

「……え……っ……?」


 驚く章子を、

 昇は非常に冷たい目で見ている。


「言われたことがあるんだよ……ッ。

いなくなれっ!

キモチ悪いんだよッ!

教室に入ってくるなっ!

顔も見せるんじゃないッ!

こっちを向くなっ!

だいたい、

なんで学校に来たんだッ?

ジャマだッ!

みんなの授業のジャマでしかないッ!

誰もお前が来ることなんて望んでないッ!

お前と一緒の班なんて死んでもゴメンだッ、て。

それから次はなんだったかな?

あいつ、いらなくね?

いらないよな?あいつ。

ああ、ゴミだな。あいつは。

だったかな?そんで、

なあ、

みんなぁ、あいつ、このクラスにはいらないよなぁ?

だからさ、

これから、こいつをこのクラスから追い出して、

いなくなるようにしちまおうぜっ?みんなっ!

とか

まあ、話しだしたらキリがないけど……。

そんな事をイヤってほど、言われてきたよ?

ぼくは……。

で?

聞くよ、咲川さん……?

それで……?

ぼくが、今までの学校生活の中で、

クラスの皆から、

「コイツをこのクラスからいなくなるようにしよう!」と言われてぶつけられてきた言葉と、

今っ!

そこで、

きみが、そう言っている、

「いじめを無くそう・・・・」って言葉は……、

いったい、どこがッ!

いったい!

何がっ!

どう!

違うって言うんだいッ……ッ?」


 昇は章子を睨んで言った。

 その目を見つめて章子は茫然となっていた。


「そんな……。

昇くんといじめは、全然違う……」

「違うッ?

いったい何が違うっていうんだよッ?

同じ、「邪魔者」だったんじゃないのかいッ?

邪魔者で!

目障りで!

害しかなかったから、そう言ってたんじゃないのかいッ?

いじめっていうのはっ、

いじめがあるとみんなが嫌な思いをするから、

この世界から撲滅しようッ!

いじめを抹殺しようってさッ!

じゃあ、ぼくならどうだと思う?

ぼくがいると他のみんなの学校生活に嫌な気分や雰囲気が広がるし、与えないから、

ぼくを教室から抹消しようッ!

この二つの意味のッ!

いったいどこのどこが、どう違うって言うんだよッ!

言ってることは、みんな一緒だッ!

言いたいことは、みんな一緒だッ!


邪魔だからいなくなれ・・・・・っ!


そう言ってるんだよッ!

君もッ!

先生もッ!

ぼくの親もッ!

他の命を絶った誰かの、その親である大人たちでさえもッ、

その他の全ての人たちもッ!

教育の専門家もッ!

教育の評論家もッ!

子供もッ!

同級生もッ!

クラスメートもッ!

児童生徒もっ!

全員がだッ!

邪魔だから、消えていなくなれっ!

て、そう言ってるんだよッ!

そして、それ以外の、

あとの違いはッ!、

その言われている対象が、ぼくか、いじめかの違いでしかないッ!

ないじゃないかッ!

だからキミたちの言ってることは、


既に・・いじめだ・・・・ッ!」


 叫んだ昇は、

 責められ続けて茫然となっている章子を睨みきる。


「キミたちは、

既にっ!

いじめを・・・・イジメている・・・・・・のさッ!


いじめをイジメて、

苛め抜いてッ!

いじめを無くそうとしているッ!」


 そこまで言うと、

 昇は唐突に込み上げてきた嗤いをぶち撒ける。


「アハッ!

あははっはっはっははっははっはっはっ!

まったくっ!

コイツはとんだ傑作だッ!

で?

それで、

どうやって、

それでいじめを無くそうとしているのか、

是非ともお聞きしようじゃないかッ?

そのまま、

無くしたいいじめを、自分たちでイジメて・・・・・・・・・

それでどうやって……、

肝心の自分たちもやってしまっているイジメを、なくすつもりなんだい?

咲川さん……ッ?」


 意地悪く自分を見てくる昇を、

 章子はただ茫然と何も言う事ができずに見上げたままでいる。


「で……?

それで……?

知ってるよ……?

次に……、

君たちは、こう言うんだ・・・・・・……ッ!」


 そして昇は、

 反論しようと立ち上がりかけた章子に、

 誰もが一度は口にする・・・・・・・・・・

 とっておきの言葉を、謹んで贈る。



「……いじめている・・・・・・つもりはなかった・・・・・・・・……」



「……あ……っ……?」

 言おうとしていた矢先の反論を、

 先に正確に言い当てられて章子は絶句するが。

 それにも昇は、容赦なく絶え間ない嘲笑を浴びせる。


「やっぱり、そう・・言おうとしてたんだ……?

わかってるよ・・・・・・……?

ぼくにはちゃぁんと・・・・・、わかってる……。

きみたちには・・・・・・、「いじめをしているつもりはなかった」んだ……。

そうだよね?

きみたち、みんなは、

最後には・・・・そう言うもんね?

だから、安心してよ……。

ぼくにはちゃんとわかってる・・・・・・・・・……。

わかってるから……。


きみたちは、

いじめをイジメ・・・・・・・ているつもり・・・・・・なんてなかった・・・・・・・


完全に、いじめをイジメているつもりはなかったッ!

そうだよッ!

キミたちには、

いじめをイジメているつもりなんて最初から毛頭なかったんだッ……!

だってっ!

きみたちは、

純粋に、イジメをこの世からなくそうとしていただけ・・だったんだからッ!

だから、まさかそれが、

いじめをイジメていることにも繋がっている、なんて思いもよらなかったんだッ!

よらなかったんだよッ!

そうでしょッ?

そうだよねッ?

だから……、

きみたちは、最期に・・・そう言うんだよ……?

いじめは悪い事だから、

この世界から無くそう!

根絶しよう!

そう言ってッ!

みんなでよってたかって、

その存在を無くすために、

いじめにいじめ抜かれた、その「いじめ」が……、

遂に、

いじめを苦にして、自分から、自殺して迎えた・・・・・・・最期の時にねッ……!」

「……や、やめてぇよぉっ!」

 たまらず耳を塞ぎ、顔を地面に深く伏せる章子を、

 昇は執拗に見下げ果てる。


いじめているつ・・・・・・・もりはなかった・・・・・・・

まったく……ッ、

こんな言葉は、

いじめの加害者・・・・・・・の……「常套句」だよね?

みんな最期には、そう言ってる……ッ!

誰かの最期・・・・・には、そう言っている……ッ!

その、

今はいなくなってしまった・・・・・・・・・・誰かを、いじめているつもりはなかったんだッ!

……て、

あれはお遊びだった。

もしくは使命だったんだ。

学校生活の、

社会生活の一環、一部でしかなかったんだ、ってッ!

そう言ってるじゃないかッ!

みんな、そんな都合のいい台詞をよく聞いている筈だし、

聞いたことがある筈だッ!

で?

それが逆の立場になったら……、

今度は自分たちが不思議に思っていたセリフをっ!

自分たちの口から突いて出してしまうんだよッ!

するするスルスルとねっ!

笑っちゃうよねッ?

だけどっ!

そんな事実を、体感してもまだッ!

それでもまだッ!

この、「いじめ」というものがどういうものかッ、

まだッ!

わからないのッ?

まったく、

それで、

わからないままでいいのかい?

それがそのままわからないままだと、

キミたちはいつの間にか「いじめの加害者」だッ!

いじめの加害者として、気付かない内・・・・・・に「被害者」を追い詰めているッ!

そして追い詰めた被害者が、自分からいなくなっているッ!

それが「いじめ」の本質なんだよ……ッ?

で、

遂に「いじめの根絶」が果たされた、その時ッ!

キミたちは、

もしかしたら、こう言うのかもね?


いじめられてい・・・・・・・る奴にも問題が・・・・・・・あったから・・・・・、いじめは起きるんだ!』……てさッ?

だから……、

イジメはあっても仕方がないんだッ、……てさぁッ!」


「うあぁッ、

うあぁぁぁっ……」


 昇の指摘してはならない指摘を受けて、

 章子はせり上がってきた絶望感に耐え切れなくなり、最後には阿鼻叫喚する。

 ……だが、昇の指摘はここで留まるものではなかった。


「そんでさ?

その時のキミたちが言う、

『いじめらても仕方がないヤツ』っていうのは、いったい誰の事だと思う?

それはもちろん、

他ならぬ、


キミたち自身が、今も追い詰めている「いじめ」そのもののことだよ?

その無くしたい「いじめ」自体を指差して言ってッ!

キミたちは言うのさッ!


『こいつは無くされてもしょうがない!どうしようもないヤツだった!』とッ!

『みんなから一斉にいじめられて、

無くされる為に迫害されても仕方が無いほど酷いヤツだったんだ』とッ!


キミたちはそう言うんだッ!

そうだよね?

キミたちは最期に、そう言うんだッ!

そう言って、自分を正当化するッ!

本当につくづく一緒だよね?

キミたちが無くそうと、一生懸命、奔走していることがさ?

実は、その「イジメ」そのものであり、

それを自分たちで実行してッ!

正当化してッ!

押し広げている事にも繋がっているなんてねェッ?

「いじめ」の加害者は一体どっちなんだよッ?

もう一度訊いてみようかッ?

きみたちのソレ・・は、「いじめ」じゃないのかいッ?」


 言うと、昇は唐突に責め立てる口調を落ち着かせ、

 顔を歪ませる章子を上から目線で蔑視する。


「……もちろん……、

いいんだよ・・・・・……?

自分たちのやっていることと、

無くしたい「いじめ」というものは、まったく違うんだっ!

別物なんだッ!て、

そう言ってもいいんだよ?

どうぞ?

言いたければ、好きなだけ言えばいいよ。

もちろん、それは、

無くしたいイジメそのものに直接、面と向かって言うんだよね?

無くそうとしている「いじめ」に対して、好きなだけそう言えばいいじゃないかッ!

ぼくは別に、それを止めたりはしないよ……?

でもね……?

でもね?、だ……ッ!」


 叫んで、昇は章子を睨むッ!


「やっぱり、ぼくには……、

『同じ』にしか見えないんだよね……ッ!」


 吐き捨てる昇を、章子は恨みがましく、見上げて睨む。


「なんだい?

なんか、文句でもあるのかい?

別にいいじゃないか?

キミたちにとっては、

それ・・は「いじめ」じゃ、ないんでしょう?

だから、

いつまでもッ!

どこにでもいる・・・・・・・

『いじめの加害者』と同じ事を言っていればいいじゃないかッ?

いじめているつもりはなかった!

イジメられているヤツにも問題はあったッ!

それを自覚もせず・・・・・ッ!

自分たちも言い放っていればいいじゃないかッ!

『それと同じ言葉』を……ッ、

今までの、

自ら命を絶ってきた「いじめの被害者」が言われてきたことさえもッ、

想像ができずにねッ!」

「……っぁぁあっ……っ!」


 恐怖と驚愕に顔と心をともに歪める章子を、それでも昇は容赦をしない。


「結局キミたちは、言ってることが一緒なんだよッ!

いじめを無くそうと言って、頑張っている割には、

いじめを無くす為に、

いじめをイジメることに一心不乱に頑張っている……。

命を絶った自分の子供がッ!

回りから「いなくなれっ!」って言葉をぶつけられて苦しんでいたにも関わらずッ!

その被害者の遺族である両親や親族の人たちまでもがッ!

今度は、その後になって、やっぱりいじめの加害者と同じ言葉を、

「いじめ」そのものに対して放つんだッ!

「無くそう!」

「撲滅しよう」ってねッ!

だから「いじめられているヤツ」は嫌気がさすんだッ!

ああ、やっぱり自分を守ってくれるはずの「親」や、

担任の教師や、教育委員会の大人たちや、

教育評論家や、

教育の第一人者や、

教育の専門家までもがッ!

結局、全てッ!

ひっくるめてッ!

「同じ」だったんだッ!って!

いじめの加害者と「同じ考え方」しか持っていないんだッ!ってねッ!

だから選んだんだよッ?

最期にッ!

あの結果をッ!

……でッ?

それで、

これからどうやって、

キミたちがした「いじめ」で、やっと無くしたイジメでまた見つかってしまった、

新たないじめを、そこからまたさらに無くしていこうとするのか?

ぼくには、それがさっぱりわからないけどねェッ……ぇッ?」


 いい気味だという表情で言い放つ昇を、

 章子は涙を浮かべる目で見る。


「……じゃ、じゃあっ!」

「じゃあ?」

「……ッぅっ……!」


 章子は言い詰まった。

 それの解決方法を昇に聞くのは簡単だ。

 だが、それを聞いて、章子は本当に実践が出来るのか?

 章子にはそれが不安だった。

 きっと恐らく、

 昇も既に、この解決策を昇なりに見つけて、持っているだろう。

 だが、それはやはり、半野木昇でなければ達成できない手段のような気がする。

 しかし、それでも章子は聞かずにはいられなかった。


 なら、どうすればいいのか?

 じゃあ、どうすればよかったのかッ?


 章子にはそれがどうしてもわからないから……ッ。

 涙で顔をクシャクシャにしても、それでもまだ昇を睨んで、問い詰めるしかなかった。


「じゃあ、どうすればいいのよッ!

そんなヒドイことを言ってッ!

じゃあ、昇くんには何か解決策があるとでもいうのッ?」


 だが、それを昇は平然と言い放つ。


「あるけど……出来るの?」

「えっ?」


 昇は、冷徹に章子を睨み、

 さらには、その章子の背後にいるだろうと予測する、

 この酷い文章力の文を読んで、

 強い憤りを感じている現実のあなた方・・・・・・・さえも見下して、言い捨てる。


「出来るの?

言ってもいいけど……?

それが出来るのっ?

別にキミたちが、本当にそれ・・が出来るかどうかなんてのはどうでもいいんだけど……。

それでも、

いいなら言うよ?

それでも……、

本当に、できるの?」


 尚、無機質に聞いてくる昇に、

 章子はそれでも恐怖を感じながらも、頷いた。

 頷いて、

 半野木昇という、どこにでもいる普通の中学二年生の男子生徒の「意見」を、

 藪をつついて引き出した。


「じゃあ、言うけど……。

『いじめの存在を許すこと・・・・』ができるの……っ?」

「えっ?」


「だからっッ!

いじめはあってもいいかっ?って、そう聞いてるんだよッ!

いじめは起こるものだッ!

無くすものじゃないッ!

いじめはあってもいいんだ・・・・・・・・っ。て、

そう認めて!

考えることが出来るのかッ?て、

ぼくはそう聞いてるんだけど……ッ?

それが出来るの……?

咲川さん……ッ!」


 昇は容赦なく章子を問い詰める。

 だが、章子はやはり答えることが出来ない。

 そんな事など答えることが出来なかった。


「出来るワケ……ないよね……?

キミたちには、そんな事なんて出来るわけがないッ!

いじめは愛しい我が子を奪った憎き敵だッ!

だから許しちゃ置けないッ!

みんながそう言うよね?

もちろん、ぼくも、みんなはきっとそうなんだと思うよ?

だから言うんだ。


きみたちじゃ『ムリ』だッ!


いじめを許せないキミたちじゃ、いじめはなくせないッ!

だから、

いじめを無くそうと、

いじめをイジメて、いじめを無くそうとするんだッ!

だからぼくは別にそれを止めやしないよッ!

永遠に「同じ事」をやっていればいいじゃないかッ!

永遠にねッ!

まったくッ!

どんなことをしても・・・・・・・・・イジメを無くしたいっ?

よくそんなことが言えるよねッ?

どんなことをしてもっ、て言ってる割には、

「いじめの存在を許す事」は出来やしないッ!

いじめの存在・・・・・・を認めること・・・・・・も出来やしないんだよッ!

キミたちはッ!

それをしなくちゃ、

肝心のイジメを止めること・・・・・もできやしないって事にも、

気付かずにねッ!

だから……、

イジメを無くしたかったら……、

まずっ!

いじめの存在を認める事だ……ッ!

認めて……ッ!

その存在を許してッ!

いじめは起こってもいいんだッ!っていう考え方から持たないと……ッ!

いじめを止める・・・・・・・ことなんて、永遠にできやしないんだよ……?

それが……出来るの……ッ?

咲川さん……ッ?」


「いじめを……止める……?」


 昇が放った数々の暴言の中で、唯一耳に残った言葉を呟くと、

 昇はそれを大きく頷いて首肯してきた。


「そうだよ?

咲川さん……?

いじめは無くすものじゃないんだ……。

無くすものじゃなくて。

止めるものなんだよ……。

キレイに消すものじゃないんだ……。

いじめっていうのはねッ?

起こったらイチイチ止めて、相手をしなくちゃいけないッ!

そういう、くそメンド臭いヤツなんだよッ!

戦争と一緒だ……っ。

いじめと戦争は無くすものじゃない。

なぜなら、その「無くそう」という考え方、自体がもう「戦争」だし、

「いじめ」そのものなんだからだッ!

それはクラスのみんなから、

一部のクラスの子たちから「いじめられている」と言われてきた僕が一番、

よく分かっている。

ぼくはあんな「モノ」、自殺を考えるほどのレベルじゃなかったから、

ただの嫌がらせぐらいのレベルにしか思えなかったし、

まだ全然イジメでもなんでもない単純な学校生活のモノだと思ってたけど……、

どうやら、クラスの大半からは「いじめられている」と思われていたようだ。

でも、たしかに何回か「死のうか」ぐらいは考えたことがあったんだよね……。

それでも「思うか」どまりだったよ……。


ぼくにはとても、その先・・・に進むことができなかった……。


出来なかったんだよ……。

それほど、信じられないぐらいの「強迫」じゃなかった……ッ。

だから「ぼくのアレ」は「いじめ」じゃなかったんだろう……。

そんなことは、どうでもいいんだけど……。

それでも、

やっぱりキツイんだよッ。嫌がらせでもなんでもさ。

で、その中で何が一番ツラいかって言うと……。


『笑われる』ことなんだよね……?」

「笑われること……?」

 章子が訊ねると、昇も頷く。


「そうだよ。

みんなから・・・・・笑われること・・・・・・が一番ツラいんだ。

で、その次が『金銭面の要求』かな……。

でも、こっちは『学校内のいじめ』じゃなくて、

もはや完全な『一般社会の犯罪』の領域だから、教師や教育委員会じゃなくて、

間違いのようのない「警察」の領分だよね。

『お金』が絡んだら、それは学校内とはいえ『完全な刑事犯罪』だ。

それはもはや、「いじめ」じゃない。

金銭問題は「いじめの延長線上」で起きやすいけど、

そこまでいったら、もう「いじめ」じゃないよ。

これは今も、日常的な学校生活を送っている、どの学校の生徒についても言えるッ!」


 そう言って昇は、

 今もいじめに苦しんでいる「現実のあなた・・・」に向いて見る。


「だから、

こいつは『警告・・』だッ!


お金が絡んだら、それはもう「いじめ」じゃないッ!

そいつは既に「犯罪」だッ!


親という大人が、

被害者である自分の子供に与えた「お金」なんだからね?

それに手を出したら『犯罪』だよ?


だから学校生活の感覚で、『他人ひとのお金』に手を付けるのは止めた方がいい……。

それは学業の領分じゃないっ。

それは『社会』の領分だッ。

社会と学業ではレベルが違うよ?

もはや、それは「いじめ」というレベルでは済まされない。


それは犯罪であり「罪」だ。


だから、

大人の社会の中でもイジメは発生しているけど……、

子供特有の金銭的なイジメの問題までには、ほぼ完全に発展しないし、発生していないッ!。

なぜなら、金銭がかかわった時点で、大人の世界、

「大人の社会」では「犯罪」になるからだッ!

だから大人の世界にも「いじめ」があるだろう、だなんて思い込みで、

それを自分たち「子供のいじめ」と同じ物だと錯覚して、

自分たちのやっている「子供のいじめ」をエスカレートさせていくと、

痛い目を見るよ・・・・・・・

コイツは、

同じ子供同士の立場・・・・・・・・だからこその、『忠告』だッ!

「大人」が生活している領域と、

小人こども」が生活している領域では、質のレベルが全く違う・・・・・・・・


子供のイジメで……金銭にまで目を付け出したら……。

もう遅い……ッ。


そいつはもう……立派な「大人の犯罪」だ……ッ!」


 言って、

 昇は強くあなた・・・を睨む。


「だから『金銭面の問題』までいったらそれはもはや「いじめ」とは呼ばない。

それは「犯罪」だ。


じゃあ、これが怪我とか外傷ならどうだっていう話になると、またややこしくなる。

それは程度の問題・・・・・だ。

でッ、

この「程度の問題」ッ!

これも中々に、都合のいい言葉だけど、

それでも一つだけ、コイツにも忠告があるッ!

この「程度の問題」ってヤツは結構、やっぱりクセ者だ。

なぜならこの「程度の問題」の「程度」の判断基準となる目安は、


「イジメの加害者」が感じている感覚でもなければッ!

ましてやっ!

「いじめの被害者」の目線でもないからだッ!」


「えっ……?」


 驚く章子を、昇は白々しく見る。


「そうだよ?

こいつの判断基準となるものは、加害者側の感覚でも無ければ、

被害者側の被害的状況でもないッ!


コイツの、

この「程度の問題」の「程度」となる判断基準はね?

ヤジウマだよ……ッ!

いじめが起きてッ!

大事になってッ!

ワラワラと集まってきた「ヤジウマ」たちの判断基準で決められてしまうのさッ!

そして、その「ヤジウマ」っていうのは、

まったくその通り、

「第三者」の事だッ!

まさに「部外者」ッ!

その「いじめ」の部外者の判断基準で、全てのいじめの「程度」の基準が決められるんだよッ!

そんなのが、いったい何の参考になると思うッ?

何の参考にもなりゃしないッ!

だから!

イジメられているヤツは、絶対に自分から命を絶っちゃいけないんだッ!

悪いけどねッ?


人一人が死んだぐらいじゃ、

「イジメの深刻さ」なんてわかりゃしないよ?

特に他人に、なんて分かるわけがないッ!


その〝痛み〟はッ!

その〝苦しみ〟はッ!

その〝恐怖〟はッ!

そのどうしようもない〝つらさ〟はッ!

当の本人にしか・・・・・・・わからないんだッ!

でっ!

その本人がもういない・・・・・ッ!

それで一体、誰が分かってくれるって言うんだッ!

だから死んじゃいけないんだよッ!

でも、死ななきゃ死なないで……、


生きていたって・・・・・・・……、

誰もわかっ・・・・・ちゃくれな・・・・・いんだよね・・・・・……?」


「えっ……?」


 章子が見上げると、やはり昇もやつれて頷く。


「そうなんだよ。

生きていたって、

死んでしまったって、

誰も何もわかっちゃくれないんだッ!

親も、先生も、専門家も、

誰一人、本人の気持ちなんてわかっちゃくれないんだからね?

だから「いじめを無くそう」とするんでしょ?

でも、ぼくたち、

「いじめられている側」から見るとね?

その無くそうとされる「いじめ」そのものが、どうしても「自分たち」に見えるんだよッ。

無くされる為に、

みんなからよってたかってイジメられている「いじめ」の姿が、

「いなくなれっ!」とイジメられている自分の姿とまったく一緒に見えるんだよッ!

だから絶望するッ!

だから自分で自分のその先を決めちゃうんだッ!

親に言ったって、わかってくれないッ!

なぜならその「親」自身が「いじめを無くそう」と言ってるからだッ!

その言葉は、まるまる「いじめの加害者側」の言葉だ。

だからぼくたちは、自分の親たちでさえも「いじめる側」だと思い込む。

思い込んで信じられなくなるんだよッ!

それで「いじめる側」がそれに気付いて、

自分たちは絶対「いじめる側じゃない」と言ったって、

いったい誰がそんなことを信じると思う?

そんなの、

殴らないから・・・・・・こっちに来て、一緒に遊ぼうぜ』て、言ってるようなもんじゃないかッ!

完全に「いじめる側の目線」なんだよッ

ほらっ!

これで逃げ場はなくなったッ!


学校にもっ!、

家にもっ!

他のどこにもっ!

居場所はなくなったんだッ!


じゃあ、これから先はどうすればいいと思うッ?

そんなの……、


もう答えは一つしかない……ッ」


「やめてッ!」


 叫んでしゃがみ込む章子を、昇は優しく見下ろす。


「……でもね?

安心してよ、咲川さん……。

それは何も、キミたちだけじゃない……」

「え……?」


「キミたちだけじゃないよ。

「いじめの加害者」に見えてしまうのは、

キミたちだけ・・・・・・じゃない・・・・んだッ!


『ぼくたちも』なんだよ……ッ!」

「はっ?」


「ぼくたちも……。

ぼくたち自身もね……?

「いじめの加害者」に見えるんだよ。

そりゃ、ぼくたちだって「いじめを無くそう」と思う時はあるからね?

ないとでも思う?

でも、

あるんだよっ。

ぼくたち「いじめられている側」にだって、そう思う時があるんだッ!

思っちゃうんだよッ。

で、

その時に、初めて気付くんだッ!

ぼくたちも……「いじめる側」の人間なんだってッ!」

「あ……っ?」


 気づく章子を、昇も頷く。

 深く頷いてしっかりと見る。


「そうなんだよッ!

ぼくたち「いじめられる側」も、「いじめる側」なんだって自覚しちゃうんだ・・・・・・・・よ……ッ。

どうしてもッ!

いやでも、そう自覚しちゃうんだッ!

でッ!、

その時に、初めて本当の絶望・・・・・がやってくるんだ……ッ。


ああ、そうだ。

そうだったんだ……。

いじめられている「ぼくたち」には……っ。

いじめをしてしまう「ぼくたち」にも……ッ。

絶対に、このいじめは・・・・・・止められない・・・・・・んだって……っ!」


「う……ぁぁっ……」


「……んでさ、

その後はご想像の通りだ……。

手遅れの事態が待っている。

それで、その後はもう「地獄」だ。

被害者にとっても、

加害者にとっても「地獄」が待ってる。

……いじめって言うのはさ。

戦争とは逆なんだよ……。

戦争はいったん始まると出口がない・・・・・……。

でもイジメは……、

「出口」が「入り口」になるんだ……。

やっと出たと思ったら次の入り口になってるんだよ。

そして、その入り口は強制的にやってくるッ!

「休みの出口・・」として、

来なくてもいい・・・・・・・「出口」が、強制的にやってくるのさッ!

まったく戦争の時とはまったく逆だっ!

あれほど求めていた「平和への出口」が、

今度はまるっきり逆のっ、

確実に来る「恐怖の入り口」になってしまうんだからねッ!」


 言って昇は肩を落とす。


「……でも、

いい加減、こんな事も「やめたい」んだよ。

これ以上、

こんな惨劇を見るのもするのも、もうたくさんなんだっ。

だから、めなくちゃいけない。

いじめは止めなくちゃいけないんだ。


でも起こるのを・・・・・止めるんじゃない。

起きたのを・・・・・止めるんだよ。

そして、起きたいじめを止めるには、


二人の人間・・・・・がいる……」


「二人の人間……?」


 章子が訊ねると、昇も頷く。


「そう、二人の人間……。

二種類の人間がいるんだ。

一人は、「いじめている側を笑う人間」。

そして、

もう一人は……、

『いじめそのものが笑えない人間』」


「なに……それ……?」


 章子が聞くと、昇も自嘲して目を向ける。


「よく聞いていてよ?

咲川さん?

『いじめ』っていうのはね……?

『お笑い』から始まるんだよ……」


「え……?」


「常に「お笑い」から始まるんだよ。

『いじめ』っていうのはさ……。

いつも『いじめ』は『お笑い』から始まるんだッ!

そういうもんなんだよッ!

「いじめ」っていうのは……っ。


だって、

いじめは楽しい・・・んだからッ!」


「はぁっ?」


 想定外の言葉に章子は驚く。


「いじめは愉しんだよ?

いじめは愉快だッ!

いじめをするのは痛快だッ!

それはいじめられた・・・・・・事のある、僕が言うんだから間違いないッ!

いじめはやっていると痛快で楽しいッ!

だからやめられないッ!

そんで、

いじめられているヤツを見るのはもっと愉快だッ!

だって、

ぼくだって、

飼っている「猫」や、自分の「弟」をイジメているときは、

本当に楽しいからねッ?

イジメをしていて「楽しくない」と考えたり、

感じる人間は、

それは、

実際は「いじめ」をしているんじゃないッ!


いじめをさせ・・・・・・られている・・・・・から、愉しくないんだッ!


無理矢理させられる「いじめ」はね?

愉しくないんだよッ。

なぜならその時点で、その子は「いじめ」だと自覚しているからだッ!

いじめを自覚している人間が、いじめをしたって、苦痛でしかないッ!。


『いじめ』は自覚しないで・・・・・・やっている時が・・・・・・一番・・楽しい・・・んだから・・・・ッ!


だから「いじめを無くそう」と、行動している時は楽しいでしょ?

それが苦痛なワケがないッ!

苦痛だったら、それはいじめだと自覚しているッ!

自覚しているから苦しいんだッ!

だから、いじめは常に「お笑い」から始まるっ!

ぼくはそう言うんだ。

でも、

これを実際に、

それを職業としている「お笑い芸人」の人が聞いたら、

当然、激怒することだろう。

それはそうだ。

あの人たちはそれを「わかっていてやっている」んだからッ。

それでお金をもらってるんだから、当然の職業にしているんだと胸を張れるッ。

それはそれで、別にいい・・ッ。

でも、子供はそうはいかないよ。

むしろ子供の場合は逆だっ。


イジメられて笑われている方が、さらに「金」をむしり取られるッ!

笑われて、さらに「お金」を取られるんだッ!


だからそれは犯罪だと、ぼくは言ったッ!

あ、

でも、いいよ?

こういう話をすると、

子どもなら極論、

そんなら、お金を払えば「いじめ」はしてもいいのか?て話にもなるだろうねぇ。

もちろん、べつにそういう捉え方で「いじめ」をしたいなら、してもいいさッ!

だけどね?

『旬のお笑いネタ』がいったい、短期間でどれだけのおカネを生み出してしまうのかぐらいは想像がつくよね?

悪いけど……たったの一発芸で、一般のサラリーマンの生涯収入の四分の一は、一瞬で軽く消し飛ぶよ?

ほんの一瞬でね。

そしてその「一発芸」っていうのは、今まさにキミたちのしているその楽しい愉しい「いじめ」の事だッ!

だから、

流行はやりのネタ」のようにすんごく「面白い」し「愉しい」だろうッ?

でもちょっと待ってみてよ。

それって、ヘタすりゃ億単位はいくよね?

払えるの?

それが、ボクたち子供たちに?

それをイジメをする為だけに使っちゃう?

わざわざキミたちが、いじめてる相手に?

それを、いじめをする度する度に、そんな額を払い続けるのッ?」


 言った昇は、カハと自分の言葉にウケて、高らかに笑い上げる。


「あハぁッ

あハハハハぁッ、

そんなワケがないよねぇッ?

そんなことをするぐらいなら、

やっぱり「いじめられているヤツ」から金を巻き上げるよッ!

巻き上げるよね?

巻き上げて、奪い取るという「犯罪」に手を染めて、その「カネ」を用意するッ!

で?

その用意したおカネは、やっぱり自分たちで使っちゃうかなァ?

遊びたい盛りだもんねェ?

ボクたち子供はさァッ!」


 ケラケラと高らかに嗤う昇の笑顔は、その自分の放った言葉の面白さに酔いしれている。


「いじめをすんのもいいけどさぁ?

そのたのしい楽しい「流行りのいじめ」をするってのには、それだけの対価がいるってことは「自覚」したほうがいいよ。

まあ、いいさ。

それでカネで払えないなら、

別に「カラダで同じ事をされることで払ってもらおうか」なんてコクな事も言いやしないよ?

ただ、カラダでも払えないなら……、

「ココロ」で払ってもらおうかなぁ?

心で払うなんて……、カラダで払うことよりもよっぽど簡単なことだろう?

なんせ、

ただ単に、

億円単位分の「痛み」を、心に受ければいいんだからさッ!」


 言って、昇はあなたを侮蔑して見る。


「それが、いまのキミたちがしている「いじめ」ってヤツの対価だ……ッ。

簡単に、人の人生を左右できる「おカネの価値」がそこでは動いている……ッ!


だから……人がいなくなるだろう……ッ?

自殺という形でっ、勝手に簡単に人がいなっていくだろうッ……!

当たり前だよ……っ。

人一人が一生分で稼ぎだすおカネと同じ量の価値の「娯楽」を、「人の命」で手に入れてるんだからさぁッ!」


 だが、昇はそんな事実にも呆れ果てるだけで、

 今度は逆に、子供ではなく、

 今まで、それを見逃し、さらには許してきた我々・・大人側の人間・・・・・・を睨み据えて吐き捨てる。


「……でもさっ、

それを、

大人と同じで、「自覚しろ」なんて無理な話だッ!

それは同じ子供・・・・のぼくだから分かるッ!

それは紛れも無く!

子供が常に邪魔クサいとしか感じていない「大人の理屈」ってヤツなんだからね?

そんな、口うるさい大人の理屈なんて「子供」はイチイチ聞いてられないよッ!

だから「子供」なんだもんねッ?

そんな大人の自覚は、大人になってからだッ!

子供のままの今の状態じゃあ、

子供は子供同士、

子供にしか分からない「子供の理屈」!

金銭感覚もわからない「子供の理屈」で動くもんだよッ!

だから「いじめ」は楽しいんだっ!

いじめをして、いじめられているヤツを見るのは無条件で面白いッ!

その反応がオモシロイんだッ!


もちろん「無視シカト」も、お笑いに入る。

無視が成功すると、

最後には、みんなが笑って、楽しくなるからね?

だからやめないッ!


そして、それを見てやめろ!という大人を白々しく見るんだッ!

だって「大人」は、分かっていて・・・・・・・やっている・・・・・ッ!

それが、面白いことだから・・・・・・・・わかっていてやっているんだっ!

だから「お笑い」なんでしょ?

だから「お金」になるんでしょ?

別にそれを否定したいから言っている訳じゃないんですよッ?

むしろ肯定したい・・・・・んですッ!

笑いを取る時は、誰かをけなすのが手っ取り早い。

だから、

それを見て、「みんな」が笑うッ!

テレビやコントなんて、ほとんどがそういう構図ですッ!

でもっ!

ぼくはそれを「やめてくれっ!」って言ってるワケじゃないんですよッ!


いじめは楽しいッ!

いじめをするのは楽しいモノなんだッ!

って、「大人の世界」の方でも、それを認めてほしいんだッ!


でないと「子供」はいつまでも続けますよッ!

『いじめは楽しくない』と大人が言ってもッ!

実際、「いじめ」はすると楽しいんですからッ!

それを、子供は、ちゃんと分かってるッ!

ちゃんと「子供の純真無垢な心」でわかってるッ!

でも肝心の大人が、それを認めないッ!

認めないから「子供」はめやしないんですよッ!

それじゃあ『自覚』ができないからッ!


その「楽しさ」が!

同時に、

人を傷つけている事にもなっていることが分からないからッ!

その楽しいと感じている、とびっきりの「笑顔」がッ!

時にはッ!

人を殺す『凶器』にもなるってことが、全然まったく分かっていないからッ!」


「昇……くん……っ」


 たまらず自分の名を呟く章子を、

 叫ぶ昇は、どうしようもない視線で見る。


「咲川さん……。

ぼくたちのこの「笑顔」はね?

時には幸せにもそりゃあ、なるよ?

でもね?


この「笑顔」は、時には、

人を殺す凶器にもなるんだよッ!

この「笑顔」は人を殺すッ!

人を傷つけてッ!

人を殺してッ!

その人の心まで壊すッ!

そういう力も持ってるんだッ!

だからぼくは人の笑顔が怖い。

その「笑顔」の裏には絶対に犠牲になった何かがいるッ!

でないと人の顔は、「笑顔」になんてならないんだよッ!

例えば、

空いていたお腹が、満腹になったら笑顔になるでしょ?

じゃあその満腹になるためには何がいるんだッ?って言ったら、

そりゃ他の「命」しかないッ!

その「命」を食べて、

貰って。

奪って!

それで、

人は笑顔になるんだッ!

そういう「犠牲」がいるんだよッ!

人が笑顔になるにはねッ?

だから、

それを全部、否定なんてしやしないよ?

ぼくだってそれはやってるんだッ!

だから

そこまではしないッ!

しないけど……ッ。

少しは分かってくれって、思うんだッ!

その無邪気な感情で放つ「幸せの笑顔」が、

時には、人の「心」を殺せるんだッ!って!」


「昇くん……」


「だから……。

いじめを止めるには、

『いじめをしている側』の人間こそを、笑うしかないッ!

いじめの加害者・・・・・・の方こそを笑う・・・・・・・しかない・・・・んだッ!

だけど、この時っ!

絶対にッ!

「いじめられている側」だけは笑っちゃいけないっ!

笑っちゃいけないし、

さらに、他の対応・・・・もしちゃいけないッ。

でも、

さらにそこで無視をしてもダメなんだッ!

しかも、その子にも同調を求めてもいけないッ!

一緒に加害者を笑おうとさせちゃいけないよ?

それは絶対にやめた方がいいッ!

それは逆効果だっ!

なぜならそれは、

いじめの被害者が最も忌避する、「いじめの加害者」にもなることだからね?

だからこれを実行することは、

本当に難しいんだよッ!

これが上手く決行できる人間は、そうそういないッ!

学校の全学年に一人でもいれば良い方の「稀有な存在」だよッ。

でもそんな存在が一人でもいれば……。


『いじめられている側』を置いてけぼりに・・・・・・・したまま・・・・

『イジメている側』を悪意を持って・・・・・・嘲笑できる・・・・・状況ッ!

そういう一方的な状況・・・・・・を造りだせるッ!

造りだせるし、必要なんだッ!


だって、

この状況になれば、初めてッ!

『いじめている側』を『いじめられている側』に変化させることが、出来るんだからッ!

でも、この状況じゃ、

まだ「いじめ」は止まらないっ。

なぜなら、

これはただ単に、

『いじめをしている加害者』を、

『いじめられている被害者』に仕立て上げているだけなんだからね……?

でもここまでくれば、あとはもう一息だ……ッ。

あとは、

これを止めるための……、


仕上げ・・・をすればいい……ッ」


「……まさか……っ」


「そうだよ?

最後に『いじめが笑えない人間』が、いればいいんだ。

それは『いじめを無くしたい人間』じゃあ、決してないッ。


『いじめを無くしたい人間』じゃなく……、

『いじめ自体が笑えない人間』だ。


その人間は、いじめが笑えない。

じゃあ、

いじめが笑えない人間っていったら、いったい誰なんだ、っていうとね……?


『いじめをするのが苦痛な人間』なんだよ……」


「……あ……?」


 そこで章子は初めて気づく。


「そうだよ。

『いじめをするのが苦痛な人間』は、

『自分のしている行動が、「いじめ」だと自覚している人間』だ。

だから「愉しくない」ッ。

だから嗤えない・・・・ッ!

そんな人間は、嫌というほど作りだせるッ!

なぜなら、自分の行動が「いじめ」だとわかっていれば、

それでいいんだからッ!

あとはここで……。

「いじめの加害者」を、

クラスの全員が「いじめているッ!」と自覚すれば、

それで、全員がピタリと止まるッ!

だって「愉しくない」んだッ!

愉しくなかったら、誰もやらない・・・・・・ッ!

そういうモンでしょ?

『いじめ』っていうのは……?」


 だが、そこまでを言い切る昇を、

 章子は疑問に感じて問う。


「で、でも開き直ったらっ?

イジメている子が、

自分はイジメをしているけど、イジメは楽しいって、そう言ったら?」


 すると、それを聞いた昇は狂気に嗤う。


「だったら、それならそれでいいんじゃないの?

『イジメている奴』が楽しいんだったら……。

好きなだけ、

その「いじめ」が楽しいって言ってるヤツを、

キミたちが苦痛に感じたまま『いじめてやれば』いいだけさ……ッ!」

「……え?……」


 だが昇は平然と言う。


「だってそうでしょ?

そういう人間は「いじめられている側にも問題がある」と考えている人間だっ!

だったら同じ理由・・・・で、

自分がいじめられていても問題はない筈だッ!

それは「自分にも問題がある」だけ・・なんだからッ!

まさか、

『自分は例外だ』なんて考えてるヤツは、その発想自体が、もう『問題』だよッ!

『自分だけは例外だ』なんて、そんな考えを持ってるヤツがいたら、それがすでにもう『大問題』だッ!

だって、自分だけを例外にして、人の事を考えずに行動する人間は『問題』でしょ?

「他人の集まり」であるキミたちにとっては、重大な問題でしかないはずだッ!

そんな「問題のあるヤツ」の言う事なんて、イチイチ考えてやる必要なんてないッ!

問題のあるヤツはいじめられてもしょうがないッ!

ぼくはそうは思わないけど、

本人がそう思うんだったらしょうがないっ!

だったら、お望み通り、

その問題がある本人をイジメてやればいいじゃないか?

クラス全員で「いじめ」てやればいいんだよッ!

その「問題がある」ってヤツをさっ!

きっと「愉しい」筈だッ!

「いじめられているヤツ」も楽しい筈だッ!

問題のある自分がいじめられるのは、絶対に楽しい筈なんだからねッ!

ハハハッ!

……でも……、

そんなワケ……。


あるはずがないよね……ッ?」


 言って昇は見下げ果てる。


「だから、

「いじめ」を楽しいと、公言する奴は総じて「問題」だッ!

そんなヤツこそが、逆に「いじめ」られればいいッ!

そんなことを「公言」して、

ひけらかす人間は、

「自分に問題があるから、自分をいじめてもいい」と言いふらしているようなもんなんだッ!

どうしようもない「問題」じゃないかッ!

そして、

それは、

「いじめは楽しい」んだと、

同じように感じる・・・ぼくが言うんだから、間違いないッ!

イジメを愉しいと感じるのは誰でも同じだけどッ!

それを堂々と公言して推奨するようなヤツは、「確実な大問題」で、

周りにとっても重大な『大問題』でしかないんだよッ!

だから、

そんな問題しかない奴は「そいつが、いじめられるしかない」んだッ。

そうしなくちゃ、

愉しくて楽しくて止まろうとしないんだからっ!

でも、

決まって、そういうヤツだけは反発するッ!

自分が愉しくないから・・・・・・・、これは「いじめ」だってッ!

叫んでっ!

止まって・・・・そう反発するんだよッ!

だから「いじめ」は無くならないっ!

無くならないけど、

でもやっぱり、

止めなくちゃいけないッ!

じゃあ、止めるためにはどうすればいいんだッ、って言ったら。

イジメが楽しくて楽しくて、やめられないヤツを笑うしかないッ!


イジメているヤツを嗤ってイジメてっ!

イジメているヤツが、イジメられて止まったら、

その時こそ、

「いじめは楽しくない」んだと分かっている、

自分たちクラス全員が止まればいいんだッ!


イジメを止めることができるのはね……?


その自分のしている行動が、

愉しくない「いじめ」だと、苦痛に自覚している人間ヤツだけなんだよ……ッ?

そういう痛みで・・・自覚している人間・・・・・・・・だけにしか……、

自分のしている「いじめ」は止められない……っ。


それが「いじめ」っていうものなんだ……ッ!」


 言って昇は、章子を見る。


「だから、いじめは無くすもんじゃないっ!

いじめは当然、

どこでも、

いつでも、起こるものでっ!

それをイチイチ止めなくちゃいけないモノなんだよっ!


でも、みんながそれをめんどくさがって、

簡単にいじめをいじめて「いじめを無くそう」とするまで徹底的にやるから、

いじめは繰り返し、また起こる。

それを延々と繰り返していくんだよ……。

みんなが……っ」

「昇くん……」


「だから、いじめの根本的な解決の話はここまでだ……。

これ以上の手立てなんて、ぼくには思い浮かばない。


いじめは、無くすものじゃなくて、

止めるものだ。


起こったらイチイチ、止めるものだっ!

それが『ぼくの答え』だッ!


でもこれだけじゃ、

実際、

いま「いじめられている人間」の心までは救えないッ」


「え……?」


「救えないよ。

これは「いじめている側」の立場、

もしくは「第三者」の立場からしか実行できない対策だ。

だからこれは、

今も・・「いじめられている側」の立場からできる対抗策じゃないっ!

「いじめられている側」が、イジメに対抗できる対抗策は「二つに一つ」だ。


逃げるか、立ち向かうか。

この二つだけ。


ちなみに「ぼく」は、三つ目の「道」、

耐える方の人間だ。

耐えて、

嘲笑され、哂われて蹴られて、罠を仕掛けられて、邪魔者扱いされても、

六年間や、三年間の学校生活を凌ぎきる人間。

それしかできない人間が、ぼくだ。

だからそれを、

他の人にも真似しろとは、とても言えない。

置かれた状況や、迫っている状況も全然違うだろうしね。

でも、

こっちもこっちで、

やっぱり、それはそれで、かなりツラいんだよ。

ほんとに……っ。

みんなに恨まれながら登下校するってのはホントにつらい。

でも、まあ、それしかできないんだから、

しょうがないよね?


だから他の二択、

特に「逃げる」方の選択をした人には、二つの忠告がある。

これはよく聞いて欲しいんだけど……。

まず一つ目が……。


『いじめ』から逃げるためにだからって、

それでも絶対に、

自分の「死」は絶対に選んじゃいけない、って事だ」


「う、……うん」

 章子が頷くと、

 昇は、そうじゃない、

 違うんだと首を振って否定する。


「ちがう。

ちがうんだよ。咲川さん、

ぼくが言う、

死んじゃいけないって、言った意味は、

「死」そのものがいけない、ってことだからだけじゃないんだ。

いや、「死」そのものも、もちろんいけないんだけど……。


それ以外の、もっと合理的な理由・・・・・・があるんだよっ」


「合理的な理由……?」


「そうだ。

これには『合理的』な理由がある。

それは、現在の日本の法律では、

『死者には、生者と同じ人権は与えられていない』ってことなんだ!」


「はあっ?」


 だが、驚く章子に昇は頷く。


「そうなんだよ。

日本の現在の法律は、

生者だけを裁き!

生者だけを罰し!

生者だけの権利を保障し!

生者だけを保護し、更生させようとする!

そういう法律なんだよッ!

日本のこの今の、現在の法律はっ!

それは、日本国憲法でも、とうぜん同じだッ!

最後の砦である日本国憲法も、「生者の人権」しか守らないッ!

生者の為にしか作られていないッ!

いま生きている人間を守る為にしか作られていないッ!

だから『死者の人権』までは守られないッ!


現在の日本の法律上では、

『死者に人権はない』んだッ!


だから、「死」は絶対に選んじゃいけないんだよッ!

この現実世界にある、

日本の全法規、

もちろんそれ以外の、全ての世界の国家にある法律にも、それは当てはまるッ!

どこの国の法律も、

生者の為にしか「用意」されていないッ!

だから、死者の人権なんて考えてもいないッ!

そういう法律なんだよッ!

だから、

生き残った「生者」である「いじめの加害者」と「その家族」しか守られないでしょっ?

法の下ではッ!

そして、死者の遺族である「被害者家族」は、

被害者がすでに「死者」である為に、その家族たちの「人権」までもが保障されないッ!


「死者」っていう「事実」が、マズいんだッ!


「死者」の枠組みに入れられると、

すぐに日本国憲法が保証する「基本的人権」の保護の対象からも外されるッ!

なぜなら日本国憲法は、「いま生きている人間」の権利の為にしか作られていないからだッ!

「死んだ人間」の人権や、権利までもは微塵も守ってくれないし、保証もしないんだよッ!

あの法律はっ!

だから、

こういう「事件」のあとでは、いろいろな問題が起こるでしょ?

特に、法律的な問題がッ!

それは、日本の全ての法律が「生者の為」にしか、

「生きている人間」の為にしか、存在していない事にあるッ!

「死んでしまった人間」の為には存在していないんだッ!


だから「死」だけは絶対に選んじゃいけないッ!

「死」を選んだら最期だッ!

それで

もう二度と、「法」の庇護は受けられないッ!

だから生きていかなくちゃいけないんだッ!


この現実世界ではッ!

死者に人権は無いんだからッッ!」


「昇くん……」


「……だから、

『自殺』は、絶対にしちゃいけないんだよッ!


その結果は、

そのいじめを受けた人々の末の苦しみには「権利」が無いって事を意味するッ!

その人が受け続けた苦しみには「反抗する権利が無い」って事を意味してしまうんだよッ!

そんなこと……、

あっていいわけがないでしょッ!


だから「死」という結果は絶対にダメだッ!


その「死」は、絶対に自分で選んじゃいけないッ!

当然、自分で実行してもいけないッ!

その人が受けた苦しみには、絶対に「反抗する権利がある」んだからッ!


だから「自殺」は絶対にダメだッ!

これは断言するよッ!


そして、二つ目だ……。


二つ目は、

実は、

いじめられるのは、別に「誰でもいい」って事実だ」


「は?」


 章子は、昇の発言を聞いて、目を丸くする。


「誰でもいいんだよ。

いじめられるのは別に「誰でもいい」し「誰でもよかった」んだ。

それが「いじめる側」の本音だし理屈だッ!


愉しければ「誰だっていいッ!」

『誰だってかまわない!』

それが「いじめの本音」なんだよッ!


だからそんな事を、苦にして、「死」を選ぶなんて馬鹿げてるッ!

誰でもよかったことに!

わざわざ自分が苦しんだ末に「死」を選んだりする必要なんてどこにも無いッ!

だって「誰でも良かった」んだからッ!


なんでそんな、イジメられるのは「誰でもよかった」ことに、いちいち自分が負の感情を抱いて「死」を選ばなくちゃいけないんだよッ!

だから、そんなんことで「死」を選んじゃいけないんだっ。


……でも、そう言われると、

次はこう思うし、

こう考えちゃうんだよね。


ならなぜ?

自分は今、この時に「いじめられているのか?」ってさ?


で、その理由や原因を色々と考える。

考えるよね?

みんなどうしたって、

それを考える。

で、

その理由や原因は、嫌というほどよく出てくるッ!


それは自分が、自分を嫌っている嫌な部分ばかりだからだ。

考えれば考えた分だけ、キリがないぐらいによく出てくるッ!


しかも、

それを無くそうといくら努力して頑張っても、疲れるだけ……。


なぜなら、それはいくら無くそうと努力しても、次の原因が現われるからだっ!


だから途方にくれるんだよね……?


どうすれば、いじめられな・・・・・・いように・・・・済むんだろうってさ……。


でも、

そんな答えの出ないはずの、答えなんて簡単なんだッ!

だってっ!


いじめるのには『理由はない』んだからッ!」


「はぁっ?」


「ぼくは言ったはずだよ。咲川さん。

いじめは「愉しい」からするんだって。

だから、愉しければ

いじめをするのに、それ以上の『理由は必要ない』んだッ。


だから、

ある特定の人が、

いじめられる理由も『最初から無い』んだよッ!


はじめっから理由はないんだッ!


それはあとから取ってつけられるっ!

どこでも、目についたことを引っ張り出して、

ケチを付けることができれば、それが「口実」になるんだからっ!

で、

イジメられている側は、それが本当のいじめられている理由だと思い込むから、

それを必死に直そうとする。

でも、イジメている側は「愉しい」からやっているだけなんだ。

楽しいから、いじめをしているだけなんだよ。

だからそれを続ける為の「理由」なんて、何でもいいんだ。


手段の為なら、目的はなんだっていいんだよ。


取ってつけたように、人の欠点を次々に挙げて行けばいいんだからッ!

人の揚げ足取りなんて「日本人」の最も得意とする得意技だよねッ?


だから、イジメられる理由なんて真に受けちゃいけないッ!

それを直して出直したところで、また違うところを指摘されて、

いじめが、またはじまるだけだッ!


真剣に考えるだけ無駄なんだよ。

イジメられる理由なんてさ。


だって、

長所は短所だしっ!

短所は長所だッ!

それが『個性』ってもんなんでしょッ?

先生たちはみんなそう言うじゃないかっ!


だから、

長所を短所として攻撃してくる「いじめられる理由」なんて、

真面目に考えるだけ、損をするだけなんだッ!

そのいじめられる理由は「長所」にもなるんだからっ!


だから「いじめられること」に理由はないッ!

それはただ単に「一番楽しいから」だけなんだよッ。


それが、

いま、

現在、誰かがイジメられているたった一つの理由だッ!


じゃあ、それをどうするかって言ったら。


イジメているヤツが、愉しくなくなってしまえばいいじゃないかな?


それが一番手っ取り早い。

でもそんなのは人によってバラバラだ。

だから、ぼくはそれ以上具体的な事は言えない。

それはもう既に言ったはずだからッ!


イジメているヤツを笑えとっ!

笑っていじめて!

そして、それはやっぱり「いじめ」だと自覚して、

みんなが止まったら止まるんだとッ!


ぼくができるのは。

ぼくに言えるのは、ここまでだ。

だから、

これを聞いた、

どこかのいじめの被害者、当の本人の人が、


その今も、最も苦しんでいる『いじめ』から逃げるのに、

学校に行かないのも一つの手だろう。


でも、この時にもまた、一つの注意点があるっ」


「……また?」


「そうだよ。

その時にも、一つの注意点がある。


学校に行かないって事は、

学校で学ぶはずだったことを、自宅かどこかで「自習」して、

学習するって事だよね?


でもここにも、一つだけ注意点があるんだ……。

これは「いじめ」とはあまり直接関係が無い話になっちゃうんだけど。

それはね……、


学校の教科書は、つまずくように・・・・・・・出来ている・・・・・って事なんだっ」


「えっ?」


 だが、この意外と知られていない事実の説明には、

 昇ではなく、

 章子の隣に座っていた真理マリが代わって発言し、補足する。


「そうですね……。

そういうものです。

あなた方の、

特に義務教育課程で使用される教科書というものは、非常にその傾向が強い……」

「本当なの……。

真理……?」


 驚く章子に、だが真理はいたって冷静だった。


「本当ですよ?

しかし、それは特段、教科書を出版している出版会社や、

それを発注し、検定して、納入している大元である、

学校、教育機関、中央省庁などが責められるべきものでもない。

それは教育監督上、どうしても必要な措置なのです……」

「必要な措置……?」


「そうです。

大人が子供を見守って育てるという、

管理教育というシステム上、

つまづく箇所・・・・・・は、どうしても必要になるのですよ。

でないと、

それぞれの生徒児童の学習力の習熟度は測れないからです」

「習熟度が測れない……?」


「ええ。

教育側、つまり教師側が、

児童生徒のいま持っている学力を測ろうとする時。

文だけで得られる知識によって表現される学力結果だけでは、

その習得状況がはっきりとは分かりにくいのですよ。

教育とは、

子供が備える、

見る。聞く。考える。発言する。

という、大きく分けてこの四つの学習要領を測るための物です。

しかし、

教科書だけを見て学ばせるだけの学習方法、教育方法では、

この四つの内の「聞く」、「聞き取る」という能力が測れないのです。

だから教育者かれらは、を仕掛ける。

そこに、

授業を聞いてい・・・・・・・ないと分からない・・・・・・・・

「応用問題」という罠をしかけるのですよ」


「あ……」

「どうやら、あなたにも心当たりがあるようですね?

そうです。

『授業態度』

中等教育課程からでは、

高校などの進学にも大きく関わってくる、

あの内申書に、最も影響する項目が、それなのです。

その『授業態度』というものを、

教師というものが、

最も信頼する、自分だけの「生徒たちの成長を測る尺度」として用いているのです。

しかし、これは同時に、

授業を聞いていない、

あるいは聞き取るペースが遅い子供には、

学力低下の原因ともなる、致命的な「学力の遅れ」をも引き起こしてしまう。

これがいわゆる、

『つまづき』となるのです。


これの一番わかりやすい例は、

算数、

あるいは『数学』の教科書によくある、問題の出題例ですね。

数学などの数式構造をもつ教科書内で出題される問題群では、

だいたい六つほどの小さな問題式が、一塊となって出題されることが多いでしょう?

そして、

教科書の内容を見て学んでいる分には、最初の五問目までは比較的、簡単に解けますよね?

しかし、

だいたい最後の六問目で、その問題を解こうとする手は止まるっ。

止まって悩み、

音を上げてしまうのです。

なぜなら、

最後の六問目は「応用問題」だからです。

この「応用問題」の解き方は、


教科書には


教科書を見ているだけでは・・・・・・・・分からない・・・・・


授業を聞いていないと分からない。

そういう類の代物になるのですよ。

だから、そこで振るいにかけられることで、生徒たちの習熟度は測られるのです。

どの子と、どの子が、いったい、どれだけの学力、能力をもっているのか……。

それを、

教える側でもある、

教師側がもっとも信頼できる形で入手できるのが、

「応用問題」

『授業態度』というものなのです。

その為に、

さきほど、そこの少年、

半野木昇は言ったのですね。

学校の教科書は、

見ているだけでは、読んでいるだけでは分からないように出来ている。と。


学校の教科書は、

学校の授業の内容をしっかりと聞いていないと分からないようにできている、と。


……しかし、

この、一見すると絶望的にしか見えない、

教師たちによって仕掛けられた巧妙な『罠』の対処方法は、意外と簡単です……」


「え……?」


「簡単ですよ……?

別に学校のシステム、教育機関の仕組みを根本的にどうしろ、とか、

教育上の問題とか、

そういった大袈裟なことをしなくても、簡単に対処方法は作れるし、取れます。

なぜなら、

教育を受ける側、

つまり子供たち、

生徒側たちの方が、

その『つまずく』場所をあらかじめ知っていれば、それでいいのですから……。

それだけで、この問題の対処は簡単に解決できる。


その為に有効なツールの一つが、

『教科書ガイド』などと呼ばれて、一般に市販されている一部の参考書のことですね。

この類の参考書は実に効率がいい。

ある教師が、

授業で成長を測りたい為の「ひっかけ」を作りたいところが、

この参考書を参考にするだけで、把握することが出来る。

つまり授業を受けていなくとも、教科書の応用問題を解くのに必要な『要点』が分かるのです。


しかし、もちろん、それと同じだけの弊害も、

その時点で確実に、同時に発生する。

それは、

教師が、

授業で教えたい形とは違う形で、

生徒が「応用問題の対応の仕方」を学んでしまうという弊害です。

これは教える側からすると、非常にやりにくい。

教諭かれらには教諭かれらの、授業の気風というものがある。

それと同様に「問題の解き方」も千差万別に、独自に持っているものなのです。

それこそ、教師の数と同じだけの「やり方」がある。

しかし、この『教科書ガイド』などの参考書を使われてしまうと、

教師独自の考えとは、違う形で「応用問題への対応」が「均一化」されてしまうのですよ。

すると、教師自身が最も信頼していた「学力を測る尺度」が狂う。

この狂いは、

生徒の学力自体には直ぐに直結して影響する物ではありませんが、

それ以降に行われるだろう、

その先の授業の進行具合に、影響が出てくるのです。

なぜなら、その狂いによって、

教師自身が、どこまで授業を進めたのかが分からなくなってしまうのですから。

だから、

教師側は、この類の参考書を、あまり生徒には使って欲しくはない。

しかし、学校に行かない生徒にとっては、

そんなことを気にする必要もない。

「教科書ガイド」にはじまる参考書とはそういうものだ。と認識していれば、

学校生活に戻った後でも、対応はできるのですからね。

だから、もし、

いじめを苦に「学校に行かない」という選択肢をとるのであれば、

学校の教科書には、

そういった「つまずく特性もある」、ということを把握しておくことは非常に重要になってくるでしょう。

ですから、その点だけは、

是非とも、常に注意を払っておいたほうがいいところですね……」


 言うと、真理は、

 とうとう立ち上がって昇を見る。


「では半野木昇、

あなたの「いじめ」に対しての「見解」は非常に興味深い物があった。

しかし、それでもやはり、

いじめというものの対処には、常に困難が付きまとう。

そして、その時っ!

誰もが「差別」をし!

誰もが「差別」をされるという、

そんな極限の深刻な状況の中では、

誰もが、ある一つの事を考えるのですッ!


人の生きる権利とはッ!

人の生きている価値とはッ!

人の命とはッ!


常に平等ではないのか?とッ!


だから、

最後に……、

あなたにはお聞きいたしましょうか……。

この世界で……、

この現実世界で……、

全てに平等にあるのは……、

一体何だと思いますか……?」


 言って見る真理に、

 昇も疲れ切った視線で見返して言う。


「この現実世界で、

みんなに完全に平等にあるのは……。

たった1つしかないよ……」


「ほう……。

では、それは?」

 真理がさらに聞くと、昇もやれやれと頷く。


「命の……数だよ……」


「え……?」


 これは章子だけではない。

 その傍にいるオリルも、

 さらには、

 この甲板広場の周囲にいる、

 他の第一世界文明人、リ・クァミス人たちも、唖然とした表情で昇を見ていた。


「だから……、

『命の数』なんだよッ!

それだけだッ!

この世にある全ての生き物には全て、


まったく平等にあるのは、たった『1つ』しかない『命の数』なんだッ!


たった一度きりの「命」という数、それだけなんだよッ!

だから死んじゃダメなんだッ!

平等にあるのは、命という「1」だけだっ!

あとは「生まれ」も「死に方」も全部、不平等だっ!

そこには確実な差があるっ!

なぜならそれは「0」の形だからだッ!

ぼくたちという「生命」はね?

命という「1」を軸に、「0」という輪郭が被さってるんだッ!

だから、

生まれも身体も、能力もてんでバラバラだッ!

おまけに死に方にまで、格差があるッ!

でもそれは「0」の輪郭なんだからしょうがないッ!

ぼくたち「生命」は「1」という命と、

「0」という身体が合わさった「10」なんだからっ!

それで「10」という生命になるんだよっ!

だから、平等にあるのは「生」でも、ましてや「死」でもないんだッ。

たった一つの「1」という、命の数それだけしか平等には持ってないんだよッ!

だから「差別」がある!

だから「区別」があるッ!

でもね?


そこにはやっぱり、みんなと同じ平等な「命の数」もあるんだよッ!

それだけが、みんなに「平等」にあるッ!

みんなにはちゃんと「1つずつ」だけ「命の数」が用意されてるッ!


だから「大切に使う」しかないんだッ!

平等にあるのはッ!

みんなに均等にあるのはっ!


同じ・・「一つしかない命」なんだからっ!」


「お……あじ………?」


「そうだよ。

同じだっ

だからっ

だか……?……ら……?」


 そこまで言って、ふと昇は強い違和感を覚えた。

 つい先ほど、

 呟かれた言葉の声が、今まで聞いたことも無いような声だったからだ。

 その声は、

 章子のものでも、オリルのものでも、ましてや真理の声でも全くなかった。

 それは今までの中で、初めて聞いた

 まったく初めて耳にした聞いたこともない声だった。

 そんなまったく初めて聞いた声にやっと気付いて、

 昇は、はっと我に返って辺りを見回す。


「い、今の声って……」


 言うと、

 章子もオリルも、

 その他の周囲にいる誰も彼もが、茫然となって、発せられた声の場所を見ている。


「お、

あ、

じ……」


 やはりもう一度、聞こえてきた、

 その弱々しい声は、

 産声だった。

 その産声が、船の甲板の上で大きく跳ね上がったのだ。


「お、あ、じっ!

お、な、じぃぃぃぃいぃいぃぃぃぃぃっぃぃっぃぃっっっ!」

「しゃ、

喋ったァぁっっ?!!!?」


 抱いていたオリルも、

 間近に目にした章子も昇も、大きく声を張り上げて驚愕した。

 なぜなら、

 声を上げたのは、

 そこで産声を発したのは、

 紛れもない、

 オリルが優しく抱きかかえていた、


 一匹の、雷だけでできた子猫だったのだから。


「お、あ、じっ!

お、な、じぃっ!

みんぁあ、おなじぃぃっぃっ!」


 やっと憶えた最初の言葉を、

 自覚に目覚めた命が解き放つ。

 その光景こそが、


 いじめの問題など、

 ついぞ忘れてしまった章子も昇も、まだ気づいていない……。


 これから始まる……。

 新世界の扉への、入り口だった……。







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