敗戦の日 -日本国憲法第9条の取扱説明書-


「……それでは、

教えて貰いましょうか?

半野木昇。

この終戦日という日に。

この日本国憲法第9条を、

『改憲』するのでも、

『護憲』するのでもなく。

残す!

『残憲』すると言った。

あなたの、その発言の『真意』と『目的』をね……?」


 神秘の少女、

 真理マリは深い笑みを浮かべた。

 その意地悪な笑みは、

 大海原を行く、白い大帆船の中央の船橋と後部の船橋に挟まれた、甲板の広場。

 その広場の中央でたった一人だけで立つ日本人の少年、

 半野木昇に向けられている。


「……どうしました?

なぜ、黙っています。

さっきまでの威勢はどうしました?」


 そこまで言うと、真理はあることに気付いた。


「……!……。

ああ、そうですかっ!

そう言えば、あなたは無知で無学な少年でしたね。

だから、あなたが『残憲』する、と偉そうに豪語した、

日本国憲法第九条についての内容もよく憶えていないのでしょう?

だから、何もしゃべることができないっ!

そうか、そうか。

そうですかっ。

ならばいいでしょう。

今からここで、その条文をご覧に入れて差し上げます。

それを目にしても、まだっ!

『残憲』できる!と宣えるのなら、大人しく我々は聞こうではありませんか……。

行きますよ?

半野木昇?」


 試すように昇を見て、

 真理は自分の正面に、光学線で大きな画面を浮かび上がらせた。

 浮かび上がった画面は、

 縁を、ただの光学線だけで四角に区切られ具現されて、

 何も無い空中の中で表示され投影されている。

 その光学の画面の中では、

 やはり電光掲示板のような光の文字が、

 長い条文となって連なっていき一行、二行と、上から下へ伸びていき、いくつかの文を表示させていく。


「……これが、あなたが覚えきれていない。

日本国憲法第九条の全文です。

さて、それでは実際にこれを目にしても、まだ?

そんな『残憲』などとは、言っていられるのでしょうかね?」


 美しく首を傾げて真理が見ると、

 彼女の目の前には、既にその条文がはっきりと表示されていた。

 その文は、

 昇と入れ替わる様にその席に着いた真理の近くで腰を下ろしている、

 昇と同じ日本人で、

 同じ歳の少女でもある、咲川章子にも読むことができる。

 章子の読む、そんな光の文は、丁度、この様に書かれてあった。




 日本国憲法 第九条


 1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動た

   る戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段とし

   ては、永久にこれを放棄する。


 2.前項の目的を達する為、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。

   国の交戦権は、これを認めない。




 章子は、自分でもあまり覚えていなかった、この条文を改めて目にする。

 こういう、内容だったのか……。

 我ながら改めて見るその文は、どこか誇らしく、

 また、どこかこそばゆい物があった。


「ふふふ……、」

「あれ見て、誠実にだって……」

「へぇ……ッ、保持しない?」

「……ははは……すごいな……」


 だが、広い甲板の広場の片隅で、こそこそと囁き合い、クスクスと忍び笑いを漏らす声が、

 劣等感を思い出す章子の純心な心を、急激な羞恥心で染め上げる。

 いわれのない恥ずかしさの余り、肌の全てを紅潮させる章子の傍らで、

 真理とオリルが見たのは、それらの声の大元だった。

 そこには暇を持て余した、

 太古の地球上で最初に栄えた古代世界の住人、リ・クァミス人の乗組員の青年たちや、その青年たちと同じ歳ほどの女性たち数人が寄り合い集まって、座っていた。

 そのリ・クァミス人の若人たちは目ざとくも、丁度、真理の出現させた条文を読んでいたのだ。

 気づくと、

 甲板広場の周辺にはもはや、そんな忍び笑いを続けている若人たちだけではなく、

 老若男女を問わない、

 非番のリ・クァミス人たちが集まり始めていた。

 彼らは、この世界で最高の科学技術を持つ古代世界の自分たちが、

 それよりも遥かに劣るはずの、

 ただ一人の現代世界の少年の言葉や動きを聞き逃さない為にと、集まってきていたのだ。

 だが、その中にはやはり様々な思考をもつ人種もいるようで……。


「……っ!」


 オリルがたまらず、まだ日本の最高法規を笑っている同胞のリ・クァミス人に対して立ち上がろうとするのを、

 文を表示させていた真理自身がそれを手で制した。


「構いません。

オワシマス・オリル」

「……でもっ!」

「……構いませんよ。

あなたも同じでしょう?

この条文を読んでいる最中に、一度、吹き出したことを私は見逃しませんでした」


 言うと、どうやらそれは図星だったようだ。

 勢いよく立ち上がろうとしていたオリルはまた、しおしおと電気猫を抱きかかえたまま居ずまいを崩れ落させていく。


「それに、いいではありませんか。

誰が何と言おうと、彼だけは、自分の国の法を笑ったりなどはしていないのですから……」


 その言葉で、劣等感から羞恥心に顔を背けていた章子と、

 正気の戻ったオリル、

 それどころか、

 周囲にいるリ・クァミス人や、いままで冷笑や嘲笑をやめなかったリ・クァミスの若者たちまでもが、黙って、

 ただ一人、まったく覚えていなかった自分の国の法規を左から右まで、隅々と読み込んで確かめている・・・・・・半野木昇に目を向けていた。


「……で?

どうですか?

半野木昇?

そのあなたの国の最高法規の一条分を全文読んで改めてみても、まだ?

『残憲』という考えに変わりはありませんか?」


 真理が訊ねると、昇もまだ条文から目を離していないが、

 それでも幾分、確信に満ちた眼差しで頷き返した。


「……うん。

大丈夫。

問題ないよ。

十分……使える・・・……っ!」


 つぶさに、

 出現した光の文字、文を上から下まで順に隅々まで目を通していく作業をようやく終えた昇を見て、

 章子は訝しんだ。


使える・・・……?」


 しかし、疑問に抱く主の声とは裏腹に、

 真理も頷いて昇を見た。


「では、お答えしてもらいましょうか?

あなたはこれを『残す』と言った。

『改憲』もせず。

『護憲』もせずに、

『残す』とっ!

では残してどうするのか?

「戦争を放棄する」「戦力を保持しない」。

あまつさえ、「戦争行動の権利も認めない」とまで言い切る、この鎖ばかりの憲法を残し、

加害者として攻めこんでこようとする者を、一体どうやってあしらうというのか?

お聞きしようじゃありませんか?

半野木昇っ?」


 真理が言うと、

 当の昇はあらぬ方を見て、ずっとそこを眺めている。


「半野木昇?」


 真理が伺い見ると、昇もやっと彼女の方を向いた。


「いきなり……攻めてくるの?」

「ほう」

「いきなり……攻めてくるんだ……?」

「では、攻めてこないとでも?」


 真理が小首を傾げて言うと、昇もうさん臭く言う。


「いきなり攻めてきたら、次は核だよ?

この時代……?」


 昇の反論に、真理は堪らず大声を上げて笑う。


「核? 核とは核兵器のことですか?

おかしいですね?

あなたの国は世界で唯一の戦災被曝地でしょう?

そんな被曝国が? 核兵器で反撃を?」

「違うよ。

今の・・日本は核の傘に守られてるはずだから、

撃つならアメリカだ。

前例はある。

それはぼくの国だからね。

そして、ぼくの国が唯一の被曝国だというのなら、

あっちのアメリカは、世界で唯一の戦争起曝国だ。

すでに一つの国は、その力で血祭りに上げた。

公式の戦争でだよ。

だからあの人たちは、全世界の核保有国の国々の中で唯一、遠慮はしないだろう。

その力の行使にためらいはない。

一度、交戦したことのあるぼくという日本人には、それがよく分かってる。

あの人たちの精神こころと体は本当に頑強タフだ。

しかも実戦で実際に使用した例まで、ちゃっかりすでに持っている。

実戦で使用した前例があるのと、ないのとじゃ大違いでしょ。

それはただ単に、二国目でしかないんだから……」

「昇くん……」


 平然と、聞いたこともない表現を言う昇に、章子は唖然とする。


「では?

彼らがあなた方の為・・・・・・に、そんな重大なことをしてくれるとでも?」


 だが、そんな確信を突く真理の言葉を昇は軽くあしらう。


「さあ?

それは向こうの勝手だ。

撃つ価値があるのなら撃つし。

撃つ価値がなかったら撃たない。

それだけだろう。

ただ、ぼくたちからはその時、こう云うだろうね?

核を撃ちたくはないですか?

正当な理由で・・・・・・核を撃ちたくはないですか?ってね。

もちろん、口や手紙・・でじゃないよ?

要請はダメだ。状況を作るだけでいい。

か弱くいたぶられる日本を演出し、

行動や仕草でなんとなく伝えるだけでも、

伝わるだけでもいいんだよ。

すると、あの人たちが飛びつく確率は半々かな?

核を撃ちたくて撃ちたくてウズウズしてるヤツと、

それを絶対に止めたい人とが確実に半々でいるだろうからね。

でも、正当な理由があれば・・・・・・・・・

あの人らは最終的に九割方、撃つだろう。

あの人たちは正義の味方だ。

違うな。

正義の味方なんじゃなくて、正義そのものなんだ。

だから、世界の誰もが認める正義の理由さえあれば、

あの人たちは悪魔的な所業も神罰として、嬉々として実行してくれる。

実際そう言って、昔はやったからね。

今も言ってるでしょ?

ぼくたちがその日に・・・・痛みを感じてる時なんかは、特に。

だから結構、頼りにしてるんだよ?

まあ、それで撃たなかったら撃たなかったで、臆病者カバーのレッテルが張られるだけだ。

限界者チキンじゃなくて、臆病者カバーだよ

かつての好敵手ライバルだった日本としては……そんなアメリカは見たくないなぁ」


 笑って言う昇に、章子は嫌悪感を感じる。


「……では、

それでもアメリカは動かないとなったら?

自分の身も自分で守れないものなど、護る価値もないと判断したら?

日本に代わって、日本を攻める敵を撃ち返す価値など無いと判断したら?」


 そこまで言う真理を、今度はうんざりといった様子で見返す。


「……また、ありもしない想定の話ばかりだけど。

いいよ。答えるよ。

……その時はしょうがない……。

しょうがないから。

コイツを使って・・・撃退するとしよう」


 言って、指で指し示したのは、

 いつの間にか真理の隣へと移動した、あの光の文字で浮かび上がっている条文だった。

 その条文を指差して、広場の中央に一人だけ立つ少年はそう言ったのだ。


「……ただし、時は遡らせてもらうよ?

遡る時点は、日本が攻め込まれる前までだ。

それが何故か?

まで言った方がいいの?」


 その言葉に真理が頷くと、昇もため息を吐きたい気持ちになる。


「……じゃあ、言うけど。

現在の日本はまだ、どこからも攻められてはいない。

いないよね?

それが事実・・だ。

だから当然。

ぼくがこれから話す憲法の事も、

現在のこの、

まだどこの国からも攻められていない日本の状態からを前提に話をさせてもらう。

まさか、それに不服だなんて言わないよね?

事実、まだ攻められて・・・・・・・はいない・・・・んだから。

それで、攻め込まれたらどうするか?なんて考えるのはその後だよ。

それは切り札・・・だ。

切り札ジョーカードを、どしょっぱなに、ぶっぱなす人間はいない。

それは最期・・まで取って置かせてもらう。

異存は……ないよね?」


 昇が試すように見ると、真理もそれには頷いた。


「わかりました……。

もちろんそれで構いません。

いいでしょう。

それでは、

時は遡りました。

あなた方、日本の日常はそのままです・・・・・・

まだ、どこの国もあなた方、日本という国には攻め込んではいない。

あなた方の日常は平和そのまま。

だが、周囲には火種がくすぶり続けている。

もちろんあなた方、日本国内や国外にも問題がそのまま残っている。

憲法は残っているが、それは同時に現在の日本の状況そのままであることも意味する。

あなたは、憲法を残すと言ったのだから。

だから今の状態はもちろん、憲法がそのまま現在に残っているだけです。

その他の状況は一切何も、変わってはいない。

そんなひどく不安定に閉塞した状態で、あなたはこれからをどうするというのか?」


 真理の睨む視線に、昇はやはり視線をそらしている。


「どうするも、こうするも……。

コイツ・・・を使うしかないよね?」

「……え?……」


 呆れて光の条文を見る昇を、

 章子も、意味も分からずに茫然と見る。


コイツを使う・・・・・・しかないよ。

だって、コイツしか使えるものがないんだから。

だからぼくはコイツを使う・・・・・・

使って、使って、使い倒してッ!

最後には、

コイツをキレイに・・・・使い切って・・・・・破り棄てる・・・・・……ッ!」

「使い切って……棄てる……?」


 章子は、この少年がいったい何を言い出したのかが分からなかった。

 同じ日本人であるはずなのにも関わらず、

 同じ愛知県民でもあるはずなのにも関わらず、

 同じ名古屋市民であるはずなのにも関わらずッ、

 この目の前の少年が、いったい何を言い出したのかが分からなかった。

 だから章子はそれを信じたくなくて少年を見る。


「ご、ごめん。

なに、……言ってるの?」


 章子は離れた前面に立つ少年に問いかける。

 だが少年も、章子を強い視線で見返して言った。


「……だから、

日本国憲法コイツを使い切って、棄てるんだよ。

用済みになったら棄てるに決まってるじゃないか?

こんな中身のすり減った役立たずを、後生大事にいつまでも持っていてもしょうがないでしょ?

だから、使えなくなったら棄てるんだ。

改憲する必要さえもない。

改憲したって、ゴミはゴミだ。

だから棄てるんだよっ。

破って・・・、千切り棄てるんだ……」

「あ……あぁ……っ?」

 章子は開いた口が塞がらない……。


 なんでだ……。

 なんでそんなことを言うのだ……?

 この少年は、今まで、あらゆる〝痛み〟に寄り添って来たのではないのか?

 不器用でも、理不尽な仕打ちに怒りを点しても、

 それでも、あらゆる痛みに寄り添って、例え悲しみに暮れる被害者を目の前にしても、

 事実を叫び、その痛みを分かち、

 それでもその先の道を模索していたのではなかったのか?

 章子は、そう感じていた。

 少なくとも章子はそう感じていた。

 たとえ世界の暴力を語ったとしても、

 被害者にそれを、さらに突き付けていたとしても、その中にあった痛みだけは、決して忘れていなかった筈だ。

 その痛みを意思に変えて、この少年は前に進もうとしていたのではなかったのか?

 章子はそう感じていたのだ。

 そう感じていたのに、

 そう信じていたのに……、

 それなのに、

 それなのに、

 今のこの目の前の少年は……。

 まるで人が変わったかのように……。


「……ひょっとして咲川さんって……、

コイツを一番、死を覚悟してでも遵守しなくちゃいけないとでも思ってんの……?」

「えッ……?」

 ケタケタと気味の悪い笑みを浮かべて問いかける昇を、

 章子は恐ろしく見る。


「違うよ……?

咲川さん……?

コイツは……最高法規じゃない・・・・・・・・ッ……!」

「は、はぁぁぁぁっっ?」

 まだ愕然となる章子を、

 それでも昇は平然と突き放す。


「違うよ?

こいつは最高法規じゃない!

みんな勘違いをしてるんだ。

この世にある・・・・・・最高法規は、日本国憲法じゃない。

日本国憲法じゃあないしッ!

ましてや、他の国の憲法や、

それこそ、

「国連憲章」でも何でもないッ!

この世界の最高法規・・・・・・・・・はね?

憲法解釈・・・・だよ……」

「は、はぁ?」

「憲法解釈だよ。

憲法解釈っていうのがね?

この世界の最高法規なんだ。

俗に言う「法解釈」ってヤツだよッ。

ソイツがッ、

全ての国にある、ありとあらゆる全ての最高法規とされる憲法という法律を「牛耳」ってるんだ!」


 昇は、全ての恨みを込めてその存在を見る。


「法解釈……。

こいつが全ての法律に対しての最高法規だ。

アイツが全ての政治的憲法、宗教的憲法というものの最高法規の実権を握り!

「ただの法」に成り下げているッ!

みんなそれに気付いてないんだ。

なんで気付いてないのか、不思議なくらいだ。

アイツには、本当に辛酸を舐めさせられてきた。

行政の法解釈、

司法の法解釈、

そして、

立法の法解釈。

それによって、全ての国家の総意である政治的意思が決定されてきたはずだよね?

あの全ての三権分立の中でさえ、その法解釈によって例外なく縛られているッ!

「法解釈」が全てを握ってるんだよ。

法の世界では、

法解釈アイツが頂点だ!

そんな絶対権力者の、この法解釈の前ではッ!

どんなに最高法とされる法であっても、赤子同然だ。

咲川さんたちが国の最高法規だと崇める、あの日本国憲法でさえ……「曲解」される……ッ!」

「昇……くん……っ」

「そうでしょう。

今まで法が関わってきたものは全て、法の限界を露呈していた筈だ。

それを、

省庁などの行政機関が法解釈し、

裁判所などの司法機関が法解釈し、

国会などの立法機関が法解釈して、

全ての法律行動が実行されてきた。

法律の中に在る文章を、

理解し!

曲解し!

正解してねッ?

それだけで、すべての法律的秩序は守られているッ!

だから、

憲法は、護るだけ無駄なんだ。

憲法は、法の中では最高法規じゃないからだよッ。

最高法規じゃない憲法は、護ってたって意味がない。

そう、意味は無いんだ。

憲法コイツは護るためのモノじゃない。

憲法コイツは、法解釈という法の最高法規に則って使うもの・・・・なんだから……ッ」


 昇は言うと、そんな事にも思い至らなかった章子を見る。


「咲川さん。

今まで、きみたちが後生大事に護っていた憲法の姿を見て、

いったい誰が?

それを一番、歯痒く思っていたと思う?

誰が一番、護られている憲法の姿を見て、心を痛めていたのか?

それはね?

日本国憲法コイツだよ。

他ならない日本国憲法コイツ自身が、一番、それを見ていて苦しんでいたんだッ!

今まで、

きみたちは、コイツを変えない様に、変わらないようにと後生大事に護ってきた。

でもコイツはいざ、見てくれの最高法規としての裁きの効果を発揮する時、

「法の解釈」によって、いいように捻じ曲げられる。

その光景は、どこかの過保護な核家族を見ているような光景だよ。

例えてみようか?

この三つを、核家族の役割にそれぞれ当てはめてみるとするよ?

子供役は「日本国憲法」だ。

母親が君たち「日本国民」。

そして、父親が「法解釈」だ。

この図が一番わかりやすい。

そうでしょう?

それじゃあ、

この家庭の役割に当てはめて、その先を動かしていくよ?

するとどうなるのか?

日本国憲法という子供は、護られながら甘やかされて育つよね。

だが、その甘やかされた子供の父親は「法解釈」だから厳格だ。

厳格に、

国民という母親の歪んだ愛を受けて、育っている自分の子供に、

さらに歪んだ父親じぶんの用意して敷いた、自分好みの人生の線路レールを強制的に押し付ける。

押し付けられた子供はどうなると思う?

誰にも文句も言えずに右往左往するだけだ。

あとは、自分の理想とはかけ離れた今のこの状態に葛藤して、

そこで溜め込んでいった鬱憤をいつか爆発させるだけ……。

そして、そんな癇癪を起こす子供を……。

今度は使えないからと言って、

いびつな愛で溺愛していた母親が、

自分の好みに改正しようと・・・・・・動きだすのさ……。

まったく、どこかの三流な家族ドラマだよ。

毒親とはまさにこの事だ!

すごく、うまくできている。

まるでそういう物語ストーリーを作りたいから、

わざわざ自分たちでそういう手間をかけてやってきたみたいな、精巧な作りじゃないかッ!

ねぇっ? そう思わないッ?」


 そして同意を求める昇は、茫然となっている章子という全ての同じ日本人を見る。


「だから、

君たちが今までやってきたことはそういうことだ。

日本国憲法が今も抱えている苦しみも分からず。

ただの自分の都合で、護り、変えようとしている。

日本国憲法の気持ちなんて、誰も考えたことが無いよねぇ?

あんなのはただの条文だ。ただの文章であり、ただの法律だ。

だから気持ちなんて考えたことも無い。

法律に気持ちがあることさえ想像できないッ!

そんな君たちに……日本国憲法コイツは到底、使えないッ!」


 言い捨てて、それでも昇は遠くを見ている。


「……でもね?

そんな日本国憲法コイツにも、喜んだときはあったんだ。

プレゼントを与えられて、すんごく喜んでた時があったんだよ。

それはいったい、いつだと思う……?」


 昇のもっともらしい笑みの汚らしさに怯み、

 怯える章子は答えることができない。


「わからないの?

咲川さん……?」


 まるで、そんなことは日本人としては絶対に許されないとでも言いたいような響きだった。

 しかし、それでも昇は見ている。

 昇には、

 この酷い文章力を読んで下さっている現実のあなた方・・・・・・・の姿は見えていない。

 見えていないから、真理とは違い。

 ここにいる昇以外でただ一人だけの日本人である咲川章子だけを、

 容赦ない眼差しで射抜いている。

 それでも章子は、首を振った。

 首を横に振って、どこまでもどこまでも振り続けて降参していた。

 降参していて、座る抱えた自分の両膝に自分の顔を押し付けて逃げていた。

 それを見て、昇もやはりどこまでも拭いきれない、やりきれなさを感じ俯く。


「自衛隊の時だよ……」

「え……」


 昇が呟くと章子は顔を上げた。


「自衛隊の時なんだよ。

たしか発足当初の、前身的な組織の名前は違っていたよね?

ダメだ、その名前は思い出せない。

でも、あの自衛隊はたしか、憲法の解釈によって生まれたはずだ。

その時の憲法の解釈が、曲解でも、正解でもそれはどっちでもよかったんだよ。

あいつにはね?

やっと自分を上手く・・・使ってくれたっていう希望だけがあったんだ。

母親が父親を嗜めて、やっと自分の才能を認めてくれたっていう希望がね?

あいつは、護られることが苦痛だったんだ。

しかも変えられることさえも苦痛だった。

あいつは使って欲しいんだよ。

ただ純粋に使って欲しいだけなんだ。

自分の存在を、産みの母親の為に使ってほしいんだ。

ほんと犬みたいなヤツだよ。

散歩に連れていくことを一番欲しがる無邪気なヤツだ。

でも、今のぼくたちはそれを禁止している。

禁止して、

護られること、そして変えられる事だけを望んでアイツに押し付けている。

それだけをアイツに求めて架している。

あいつはいま、それに必死で抵抗して叫び声を上げて、訴えているんだ……」


 言った昇は、

 どこか父親、いや、どちらかというと、

 危なっかしい弟を見守る兄のような複雑な眼差しを向けて、条文を見ている。


「そして、

その喜んでいた時の結果として生まれた自衛隊が……、

今度は、憲法という自分が変えられる根拠にもなろうとしている……」


 章子は、昇の指摘を聞いて、意識を現実に戻す。


「自衛隊の存在……。

あれは今、亡霊だ……。

亡霊となって、日本国憲法と同じ〝叫び声〟を上げている。

自衛隊は、日本国憲法の〝弟〟のようなものだ。

〝兄〟のあとに生まれたからね?

そして、今、その弟は……。

この現実世界の先を生きている、あの〝兄〟の存在が憎い……ッ!」

「え……っ?」


 昇は苦笑する。


「そりゃそうでしょ?

兄の所為で、自分があやふやな存在になってたら、誰だって怒るよ。

怒って親に訴えて、兄を憎んで、その兄をどうにかしたいと思うもんだよ。

それが今の自衛隊だ。

けっこうぼくに似てるところがある。

一生懸命、兄を憎んで自己を肯定しようとしている。

でもその肝心の兄の出来がいいモンだから、

自分を否定しちゃうんだよ。

出来の悪い弟は、

出来のいい兄の隣で、

自信を持てずに自分を否定する。

否定するし、他所からも否定される。

それでそんな否定されたままの状態で……放り込まれるのさッ!」


 昇は口元を釣り上げて章子に言う。


「国際貢献という……出口のない坩堝・・・・・・・にね?」

「出口のない……坩堝るつぼ……?」


 章子が不可解に言うと、昇も当然と頷く。


「そうだよ?

出口のない坩堝だ。

国際貢献という場所は、そういう場所だ。

どこかの新興国に派遣されて、そこでさまざまな・・・・・貢献をするっていうあの人道的支援活動のことだよ。

それが国際貢献だ。

咲川さんはたぶん生徒会の方にもいたかもしれないと思うから、分かると思うんだけど。

生徒会の活動でもあるでしょ?

ぼくはよく知らないけど、地域の福祉活動にも力を入れるっていうアレだ。

ぼくたち一般の生徒が知らないところで、周辺の福祉施設を訪ねて高齢者を労うとかのあの活動だよ。

これは一見すると聞こえがいい。

困っている人を助け、

そこで助けることができた現地の人は笑顔になり、

支援をした自分にもやりがいが出る。素晴らしい行為だ。

だけど、問題はここからだ。

いま、日本では憲法を改正するって言ってる。

言ってるよね?

ぼくたち日本の国の『改憲』派の人たちは、そう言ってる。

だけど、それは絶対に『戦争』をする為にじゃない。

戦争をする為に憲法を改正するわけじゃないんだ。

国際貢献・・・・をする為だけに改正をするんだって、そう言ってる。

もちろんそうだ。

あの人たちは、本当に戦争がしたいから憲法を改正したいワケじゃない。

本当に、純粋に国際貢献にだけ協力したいから憲法を改正したいだけなんだよ。

それだけなんだ・・・・・・・

護憲派が言って指摘する、国防力の強化なんてオマケみたいなモンだよ。

本命は国際貢献だ。

それだけの為に、あの憲法を改正したいっ!

特に、あの憲法第9条をねっ!

じゃあ、なぜそうなるのか?って言った時に、

問題になるのが、その貢献をしたい場所なんだ……」

「あ……?」


 章子は驚きに目を開く。


「分かる?

普通の場所じゃないんだよ。

そこは普通の場所じゃない・・・・・・・・・

普通の場所だったら、憲法を改正する必要はない。

だけど、その憲法を改正する必要があるほどのその場所、

そんな場所で貢献がしたいんだ。

あの改憲派の人たちはね。

それでね……、

その普通じゃない場所に、

憲法を改正した後で、改めて送られるのが、あの自衛隊なんだよ……」


 言う昇は、冷徹に章子を見る。


「憲法の条文を改正したい箇所をみる限り、多分、外国で武器を使いたいんだろうね。

武器を使って貢献したい。

じゃあ、武器を使う貢献って言ったらなんだ?って、いったら、

それはもう答えは一つしかない。

軍事的協力。

武器と武器を持ち寄って、要人警護、あるいは現地の自国民や他国の国民の救助か護衛。

国際貢献の中でも、世界的に最も重要とされる部類だよ。

それらの最終的な目的は……、現地での敵対勢力の排除だ。

で、これが問題なんだ!」


「え?」

「これが問題なんだよ。

これが、そこ・・を坩堝にしている。

実質、最終的な問題はそこ・・にあるんだ。

武力による国際貢献では、最終的な目標はそこにある。

『敵対勢力』の排除。

ある新興国の中で、政府や軍などの中心組織と抵抗勢力が武力衝突をして、内戦や紛争が勃発する。

それは時に、その国の中心組織が抵抗勢力に対して、

あるいはその国の抵抗勢力が中心組織に対して行われる。

そして、そういう武力衝突の真っ最中で、貢献をする。

これが今の日本が目指している目標だ。

でも。たぶん、その危険な国際貢献の任務の中でも、

絶対に「敵対勢力の排除」という最終的な任務の命令は、いつまでたっても与えられない・・・・・・

「ええ……っ?」

「与えられないよ。これは絶対に断言できる。

まず与えられないね。

憲法を改正しても与えられないだろう。

敵対勢力から身を守る警護みたいな任務は簡単に与えられるだろうけど、

実質、その敵対勢力そのものを壊滅させるための任務は与えられない。

それは別に日本の軍事力が信用できないからだとか、日本に経験がないからだ。とか、

そんな問題じゃないんだ。

それ以前の、

もっと根本的な問題なんだよ。

これは日本だけじゃなく、他に参加しているどの国の軍隊についても言える。

どこの国でもまず、国際貢献の中でこの命令は下されないし与えられない。

敵対勢力との戦闘は許可されるけど、深追いしての殲滅作戦は絶対にどこの国も実行しない。

それは絶対に・・・・・・許されない・・・・・からッ!」

「な、なんで……?」


 言い切る昇を、章子は茫然と見る。


「一番上が、許さないからだよ。

武器が売れないからだとか、兵器を売る死の商人が潤わないからだとか、

そんな中間的な話じゃないんだよ。

それよりもっと大きい力が許さない。

その大きくて、巨大な力が……そこを坩堝にしている……」


 言って、空を見上げる昇は呟く。


安保理アンポリだよ。

国際連合安全保障理事会。

あそこが坩堝にしてるんだ。

世界各地にある紛争地や内戦地を、

国連の安全保障理事会というものが坩堝にしているのさ。

あそこが頂点なんだ。

法の頂点が「法解釈」であるように。

ぼくたち現実世界の組織的な頂点は「国連安保理あそこ」なんだよ。

じゃあ、なぜ、その最高組織である安保理が、

新興国の中にある敵対勢力の排除に乗り出さないのか?

その答えは簡単だ、

その敵対勢力が、安保理の中にある一部の国にとっては敵対勢力じゃないからさ」

「それは……」

「そうだよ。

そういうことだ。そいうことでしか絶対にない!

詳しく名前を上げてみようか。

国連の安保理の内訳は、常任理事国と非常任理事国とに分けられる。

非常任理事国は、在任期間があるからコロコロ変わる。

だからここでは常任理事国の名前だけを上げてみよう。

それは現在5つだ。

アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国。

そしてこの五大国家は大体二つのグループに分けられる。

1つは、アメリカ、イギリス、フランスの三カ国の西洋組。

二つ目はロシアと中国の二カ国、ユーラシア組だ。

ちょうど常任理事国はこの二つに分けることができる。

そして、この二つの組のうちの一つがね、

その新興国の中にある敵対勢力の、時に味方であり、時には敵でもあるんだよ」

「……う、うん」


 ……章子にもだんだんと分かってくる。

 そこまできて章子にもうっすらとだが話しの輪郭が見えてきた。

 半野木昇が何を恐れているのかが。


「じゃあ、ここまでくればもっと簡単だ。

ある新興国の中では政府側や正規の軍側をアメリカやイギリスが支援し、

またある国では政府側や軍側をロシアや中国が支援する。

これは抵抗勢力側でも同様だ。アメリカなどが支援する時もあるだろうし、ロシアなどが支援する時もあるだろう。

でもね。

この状態では、まだ善悪の問題じゃない。

ロシアが支援するから悪いとか、アメリカが支援をするから善いとか、そういう問題じゃないんだよ。

問題は、一般市民に死という犠牲者が出ているかどうか、それだけでしかないんだから。

それさえなかったら、アメリカが善で、ロシアが悪なんていう構図すら必要ない。

本当の問題は、

そこで、一般の市民に死者が出ても、どっちの勢力も止まらない事にあるッ!」

「う……」

「そうだよ。

両方とも、国連の常任理事国に守られているんだ。

そして、

今の日本が武力的にも参加しようとしている、その国際貢献というものは、

現地の一般市民から、死、苦、悲を防ぎ、遠ざけ、跳ねのけ。

喜び、

つまり喜に貢献する為に行われるものだ。

だけど、ここで最悪の事実は、

一つの舞台を二つに分けてしまう安保理が同時に、

その唯一の救いである国際貢献の最高意思決定機関でもあるッ!っていう事だよね?」

「う、うぁぁ……っ」


 章子は呻き、口元を押さえた。

 半野木昇の言ってる意味がよく分かった。

 よく分かったから、なおさらに口元に手を当てて押える

 こんな事があっていいのか。そう思ったのだ。

 こんな構図をどうやって解決するのだ。

 口元を覆うだけの章子は、それが全く分からない。


「だから、出口はないんだ。

その貢献の場に出口はないんだよ!

あるとしたら派遣された軍にそれぞれある任期だけだ。

任期という期間だけ。

それだけしか出口はない!

それで、その出口のない国際貢献の坩堝に、首を突っ込もうとしているのが、

今のこの日本だ。

憲法を改正してまでっ!

それで、わざわざその出口のない坩堝に突っ込もうとしてるんだよッ!

ワケが分からないよね?

でも、ぼくたち日本人はその事を真剣に考えなくちゃいけない。

ちがう! 考えざるを得ないんだ。

なぜなら、他の外国は、既にそれを大昔からやっているからだっ!」

「えっ……?」


 章子は茫然となって昇を見る。


「知らなかったの?

とっくの昔に、他の外国はそれをやってるよ?

日本以外のほとんどの外国は既にそれに、全て参加してる。

出口の無い国際貢献に、既に・・参加してるんだ。

しかもね?

あの人たちは信じられないことに……。

それを分かっていて・・・・・・、あえてやってるんだよ」

「え、ええっ?」

「分かっていて、やっているよ?きっと。

出口が無いことを分かっていてやっている。

わかってないわけがない。国際情勢に敏感じゃないと、こんなことなんてやってられない。

だからそれを当然だ・・・、と思ってやっているんだ。

出口は無くて当然だ、って。

普通の人間に出来る思考じゃないよ。

そして、その当然だと思っている事を、当の日本だけがやっていない。

そりゃ侮蔑の一つもしたくなるよね。いや一つだけじゃまだ満足できない。

もっと完璧に責め立てたい気分だろうね?

でも、それはあまり表にも出したくはない。

それが本音だ。

あの人たちにだって、理解の心が無いわけじゃない。

日本が過去に何をし、何をされたのかなんてことぐらいは分かっている。

だけど、いざ国際貢献の場になったら、嫌味の一つも言いたくなるんだよっ。

だから言うのさ。

旗を見せろと。

大地に足を付けて見せろと!

そして、それを真に受ける日本人の政治や行政の人たちは、

あわてて自衛隊を本当の軍にしようと安直に考える。

そんな囃し立てる事を言ってる外国の軍人たちでさえ、真の解決策を見つけることなんて出来ていないことも知らずにだッ!」

「えっ?」


 章子の思いがけない顔に、昇は顔を酷く顰める。


「まさかっ?

あの人たちが好き好んで、そんなことをしてるとでも思ってるの?

逆だよッ!

あの人たちだって抜け出したいんだ!

抜け出したくて他の方法をもちろんいろいろと模索してるっ!

一生懸命、模索して考えてるのさっ!

でも見つけることが出来ていないッ!

見つけることができなくてイライラしてるところに、

さらに何も考えていない。

後方支援しかできませんっていう、遠足気分の自衛隊が来るんだよっ?

しかもそれの面倒まで見ろっ!と押し付けられる。

冗談じゃないよ。

自分たちの命でさえスレスレなのに、これ以上、子供のお守りなんてしていられない。

だからあの人たちの堪忍袋の緒は切れる。

切れて、

自分たちと同じ、出口のないこの国際貢献に参加しろってぼくたちに迫るのさっ!」


 昇は、身を仰け反らす章子を更に追い詰める。


「あの人たちの言ってることは、そういう事だ。

世界を平和にさせたいのなら、国際貢献に参加をしてみろ。

この出口のない・・・・・国際貢献に参加してもまだ、世界を平和にできるとぬかせるのか?

それでもぬかせるものなら、信用しよう。

だが、

それが出来ないのだったら信用しない。

信用せず、同じ気持ちを味わってもらう。

だからこっちに来い!

こっちに来て、出口のないこの坩堝で一緒に踊れ・・

そう言ってるんだよ、あの人たちは。

でも、それは強制じゃない・・・・・・っ!」

「え……?」

 章子は顔を上げる。


「強制じゃないよ?

これは強制じゃない・・・・・・・・・

強制じゃないし、するもしないも選ぶのは、ぼくたち日本人の自由だ。

それは自由だけど……」


「……だけど?」


 昇は怖く章子を見る。


あとの事は・・・・・……保障しない・・・・・っ」

「……っぅっ……」


 それでも昇は章子を見ている。


「だから、後のことは自己責任だ。

日本は外国からそう言われている。

自分で判断しろ、と。

圧力はかけるが、それにどう応えるかは強制ではない。

堪えることも拒むことも勿論自由だ。

でもその後のことは知らない、と。

そう言われてるんだよ。

他の国々でもある国際社会という世界との窓口をやっている、

日本うちの政治の人や行政の人はね?

ぼくたち日本国民の代わりに、全世界の各国からそう言われてるんだ。

だから、ぼくたち国民にも似たようなことを言ってるでしょ?

自己責任だと言ってる割には、肝心な所には誘導している。

強制ではないと言ってる割には、肝心な事はさせようとしている。

この一連の所業がね?

政治や行政の人たちが、外国から言われている事を、

そっくりそのまま国民ぼくたちに向けてることに等しいんだ。

あの政治家や官僚たちがぼくたちに向ける言葉は、そっくりそのまま外国からの声だ!

そんな外国からの声を、別にぼくたちが真に受ける必要もないけど……。

それでも……今、ちょっとマズイことが起きている……」

「まずいこと……?」


 章子が訊ねると昇も頷く。


「言ったよね?

自衛隊が放り込まれようとしているって。

出口のない坩堝に放り込まれようとしているってさ。

それで、今、

一番、慌てふためいてるのが、この「平和憲法」だ。

自衛隊の兄貴である「日本国憲法」だよ。

今、この日本国憲法は、

自分の弟が、終わりのない戦場に赴こうとしていることが分かっている。

分かっているけど、それを止めることができない。

なぜなら弟自身がその手を振り払っているからだ。

弟は、自分の意思で、自ら進んでその国際貢献の場に参加しようとしている。

自分の存在を確立したいために。

ハッキリさせたいためにだっ!

だから兄は止められない。

自分という憲法の形が変えられて、それで弟が、地獄だと分かっている所にわざわざ自分から飛び込もうとしている。

それを止めたいのに止められないんだ。

だからコイツはいま……探している……っ!」

「……えっ……?」


「探しているんだよ。

必死に……。

国際貢献に今も参加している他国の外国の軍人の人たちと一緒だ。

一生懸命、探している。

自分の存在をハッキリさせたいから、出口のない国際貢献の道に突き進もうとする弟を、

兄は止められない。

でも止めないと、弟は地獄の中でさらに地獄を見ることになる。

それを、平和を根本とする兄にはよく分かっている。

出口は、任期という期間しかないんだ。

過ぎていく時間しかないんだよッ!

それで

そこから精神をすり減らして帰ってくる弟を想像すると、兄は居ても立っても居られない。

だから探しているんだッ。

自分の意思で地獄に向かおうとしている弟を止められないなら、

せめて、そこに時間以外の出口・・・・・・・を作ってやれるようにとっ……」

「昇くん……」


 章子は昇を見る。


「でも、それでもまだ、出口は閉ざされている。

国際貢献のっ。

特に武力の方の国際貢献には出口が無いんだ。

それは常に閉ざされている。

国連の安保理というあそこが出口を閉ざすんだ。

その安保理の中にある五つの国がッ!

常に、国際貢献にある出口を閉ざすんだよっ!

彼らにはそれだけの力がある。

それだけの力が、あの国々には与えられている……ッ」


「……拒否権」

 言ったのは真理だった。

 真理はただその単語を呟いて甲板の床を見ている。


「そうだよ。

拒否権だ。

それが出口を閉ざすんだ。

国連の常任理事国だけに与えられた特権中の特権。

その拒否権が、全ての国際貢献にある出口を閉ざしている。

出口を閉ざして、閉め切って、真っ暗闇にしている。

そしてその出口のない、

閉ざされた国際貢献という坩堝の、片道しかない入り口を前にして、

日本国憲法でもある兄は途方に暮れているんだ。

どうにかして開けたいのに、

……その開け方が・・・・・・わからない・・・・・……ってッ」

 言って、半野木昇は近づいた。

 顔を俯け、そのままてくてくと歩き、それ・・がある場所へと近づいて行く。


「だけどっ! コイツは本当にわかっちゃいないッ!」

「え?」


 章子が見ると、

 昇は、章子の近くで座る真理、

 その真理の隣で、光の画面の中に表示される日本国憲法の条文の前で立ち止まる。


「そのは目の前にあるのにっ!

コイツはそれに気付いてないんだッ!

とんだおマヌケさんだよっ!

コイツはっ!

それに気づかず、

半ベソをかきながら、

一生懸命、弟を救うために目の前にある物を・・・・・・・・懸命に探し続けているんだからッ!」


 言うと、

 昇はその光の画面に手を突っ込んだ。

 手を突っ込み、その画面の向こうで・・・・何かを掴むと、

 それを一気に引き抜いて、この現実世界に引きずり出すッ!


「お前だよッ!

日本国憲法ッ!

お前自身がその『鍵』なんだッ!

とくに『日本国憲法第9条』ッ!

お前が『鍵』なんだよっ。

お前がッ!

あの国連の!

常任理事国の!

あの拒否権という絶対的な『鍵』とは、まったく正反対の性質をもつ『鍵』なんだッ!」

 そんな事を叫ぶ昇の手には、やはり何も無かった。

 その手には、なんの姿も持ってはいなかった。

 だが、章子には見える。

 章子以外にも、真理にも、オリルにも、その他の周囲の人間にも……、

 その姿は、確実に見えていた。


「……剣……?」


 章子は呟く。

 そうだった。

 それは剣だった。

 その見えない剣を、いま、あの少年は確かに握っている。


「拒否権はね……?

咲川さん……。

『鍵』なんだよ。

でも開けるための鍵・・・・・・・じゃない。

閉じるための鍵・・・・・・・だ。

拒否権は、閉じるためだけ・・の鍵なんだ。

だから国際貢献の場には「出口が無い」って言われる。

そりゃそうだよ。

拒否権が、その出口に鍵を掛けてるんだから。

みんなの言う「安保理の縮図」ってヤツだ。

そいつが、国際貢献というその場あそこに、真っ先に鍵を掛けるんだ。

そして、一度でも掛けられて閉じられてしまった扉は、もう二度と開くことはない・・・・・・・

もう、開かないよ?

二度と開かない。

なぜなら「開けるための鍵」はない・・からね。

そんなものは、

あの地球上の、

現実世界の最高意思決定機関である安保理の、どこのどこを探しても見つからないし、存在しない。

安保理には、「閉じるための鍵」しかないからね?

そして、現実世界の安保理という最高意思決定機関に「開けるための鍵」がないのなら……。

当然、それより下の国際社会の世界の中じゃあ尚更、そんなものなどある筈がないっ!

安保理になかったら、世界の各地のどこにもあるわけがないんだよ!

「開けるための鍵」は一つたりとも存在しないっ!

この現実世界には一つも存在しないんだ!

これが、今の国連が抱えている問題だ。

そして、この根本的な問題を、みんなが分かっていないから、

常任理事国以外の他の国々はね。

その非常任理事国という他の国々は、「拒否権」を欲しがるんだ。

常任理事国と同等で対等の、「拒否権」を欲しがるんだよ。

もちろん、日本もその一つだ」

 言うと、昇はカン・・で、この酷い文章力の文を読んで下さっている、

 現実世界のあなた方・・・・・・・・・を見る。


「憲法を改正し、

国連が主導する国際貢献の場に自衛隊を派遣したら、

次のぼくたちはそこを目標に走りだすだろう。

それが日本の最終的な目標だからね?

常任理事国と同じ、「拒否権」を保有すること。

それが叶えられれば、やっと敗戦国の日本も、念願の戦勝国の仲間入りだ。

これでついにかつての戦勝者と同じだって、胸を張って他の国々と堂々と渡り合えることができる、ってさ」


 しかし、昇はそんな我々を睨む。


「だけど、違うよっ?

それは、根本的な問題の解決にはならない。

日本が拒否権を握ったって、鍵が一つ増えるだけだ・・・・・・・・・・

閉じるための鍵が一つ増えるだけ。

それで、なんの利益が出ると思う?

何の利益もでやしない!

むしろ、こんがらがるだけだっ!

閉じる鍵が増えて!

さらに出口のない坩堝が増えて、混乱するだけッ!

そこで踊るのは自分たちの軍隊だよ?

自衛隊という軍隊だっ!

それを見かけに騙されて、みんなで突っ込もうとしているのさ!」


 だから昇は、

 自分の持つ、他者には見えないそれ・・を見つめる。


「だから、「拒否権」を増やすことは合理的じゃない。

閉じる鍵は五つもあれば十分だ。

それ以上あったって意味はない。

問題は、

「開けるための鍵」がないってことだ。

じゃあ、

その問題をどうするのかって言ったら、

そんな問題の解決こたえは簡単だ。

その今も探している、

『開けるための鍵』を見つけて、

ぼくたち日本人が手に入れればいいッ!」


 言うと、昇は掴むその手の力を強くする。


「……で、それを世界中で見て探して回った時、

唯一、目に留まるのがコレなんだよ。

世界でたった一つの唯一剣。

唯一剣にして、唯一憲であり、たった一つの唯一鍵だ。

それがコイツだ。

日本国憲法第9条。

コイツが、その出口のない坩堝の『開けるための鍵』になる。

あの拒否権に匹敵するだけの……『鍵』にッ!

……でも、そんなことを言ったって、

こんな事、絵空事にしか聞こえないよね……?」


 しかし、昇は下卑た笑いを浮かべる。


「……だけどね?

それを絵空事にしているのは、ぼくたち今の日本人だ。

ぼくたち今の日本人が、今のこの憲法をその錆びついた絵空事ナマクラにしているんだよッ!」

「……え?」


 呟く章子を、昇は親を殺した敵の様に見て睨む。


「だってそうだろうッ!

キミたちは、コイツを使うこともせずに「護る」と言ったっ!

さらには使えないから、「変える」ともッ!

この憲法を、

一度も使ったことが無いクセに、護るだけだと言いッ!

一度も使ったことが無いクセに、変えるだけだと言ってるんだよッ!

きみたちはッ!

だから改憲派も護憲派も「能なし」だ。

コイツは、安保理あそこを開けるための鍵にもなるのにっ、

それを護るだけだの。

それを変えるだけだのと、叫ぶだけだッ!

だから、ぼくはコイツを『残す』のさ。

綺麗に残して、

綺麗に使って、

綺麗に使い切って、破り捨てるッ!

コイツはその為にあるモノだ」


 そこまで言って、昇は今更あることに気付く。


「……おっと、

いままで言い忘れていた、真実を言うよ。

さっき、

ぼくは『残憲』派の人間だと言ったよね?

……でもただの残憲派じゃない。

ぼくは『残憲』派であり!

『使憲』派であり!

『破憲』派の人間だっ!

憲法を残して、

使って、

使い切って、

最期には「戦う為」に破り捨てる人間。

それがこのぼく、半野木昇だっ!」


 言って昇は、

 この一振りの平和憲法を携え、見据えて、全世界の全てを敵に回す。


「いま、ぼくは世界中の全ての人間を敵に回したよね?

ぼくのこの発言で、

日本中の護憲派の人たちも、改憲派の人たちも、

さらには、

あの拒否権を持ち、あるいは狙い、その利権までも守りたい全世界の人たちまで……。

そんな人たちが全て・・

敵に回って、このぼくの目の前に立ち塞がっている。

いいよ。

試し斬りに・・・・・は丁度いい・・・・・

コイツの使い方を教えてあげるよ。

咲川さん……」


 言って、昇は章子を流し見る。


「まずは基本的なことから教えるから、よく聞いていてよ?

こいつの使い方である。

最初の一つ目、

それは世界が、実は、

戦争がしたいワケじゃなくて、交渉がしたいっていう事実だ……」

「は?……」


 意表をつかれた章子の顔を、昇は見下ろす。


「そうだよ?

気が付かなかったの? 咲川さん。

世界の国々はね?

戦争がしたいわけじゃないんだ。


そうですよね?

世界?

あなた方は戦争がしたいワケじゃない。

だからまだ、ぼくを攻めてこない。

いまの僕をどうにかしたいけど、様子を伺っている。

そういう状態だ。

なぜなら、

ぼくが、これから何をしたいのかが分からないから……。

でも……、

それを知るための、

話し合いがしたいわけでもない・・・・・・・・・んだよね……?」

「は、はぁぁぁっ?」


 驚く章子を、さらに昇は侮蔑して見る。


「そうだよ?

世界は、戦争がしたいわけじゃない。

でも、

かといって、話し合いがしたいわけでもない。

あの人たちはね?

交渉がしたい・・・・・・んだ。

交渉がしたいから、さまざまな威力を見せてくる。

見せつけて威嚇をしようとしているし、実際に威嚇をするんだよ。

それは咲川さんも、地球の日本でイヤってほどに見てきたはずだ。


常任理事国以外の、その他の国々が、持てる技術を全て駆使して威嚇して、

常任理事国に位置する敵対する大国を名指しして、


同じ交渉のテーブルに・・・・・・・・・・就かせようとしている。


そういうフレーズを嫌というほど聞いてきたでしょ?

だから、どんな国でも戦争はしたくないんだよ。

でも話し合いがしたいわけでもないっ!


交渉・・がしたいんだっ!


だから、

いいよ?

交渉をしよう。


でもその前には国内の声が、今は邪魔だ。

国内の改憲派と護憲派の声が、

今のぼくを邪魔している。

だからまずはそっちを片付けよう。

いいよね?

改憲派と護憲派の人たち?

あなた方、二つの勢力はいま、共通の敵である、

ぼくを目の前にして一致して団結している。

それはそれでとてもいいことだ。

でも僕が言いたいことはそうじゃない。


ここで、平和憲法コイツの二つ目の使い方を教えるよ。


それはね、

平和主義者は、絶対に理想主義者じゃない。ってことだっ!」

「は?」


平和主義者ピースメーカー理想主義者ドリーマーじゃない。

平和主義者は、実際は理想主義者なんかじゃ微塵もない。

あの人たちは平和という気高い理想を追い求めてるんじゃない。

みんなそこを勘違いしている。

平和主義者は理想主義者じゃなくて、

平和主義者ピースメーカーは、

実際はただの実利主義者リアリストでしかないってことなのさっ!」

「え、ええ……?」


 章子は単語にも意味にも呆れているが、昇はいたって真面目だった。


「だったら試しに見てみようか?

平和主義者は、実利の前ではどうなるのかを。

いま、ぼくがここで言っている平和主義者とは、

この目の前にいる日本国内の護憲派と改憲派の人たちのことだ。

彼らは改憲だろうが護憲だろうが、結局の所は、全て同じ平和主義者だ。

改憲派の人たちは、

相手の主張である護憲に対して、

『それで確実に平和が手・・・・・・・に入るのか・・・・・ッ!』て、叫び。

護憲派の人たちは、

相手が主張する改憲を前にして、

『それで確実に・・・平和が手に入るのかっ!』と叫んでいる。

だから、結局、言ってることはみんな一緒だ。

確実に・・・平和を手に入れることだけを望んでいる。

つまり、その求めている確実な平和・・・・・という実利さえ手に入れば、

後はどうなったっていいんだよ。

じゃあ……、交渉をしよう・・・・・・じゃないか?」


 昇は、悪魔のような笑みで、あなた方に『悪魔の交渉』を持ちかける。


「ぼくはこれから、あの外の世界、国際社会に向かって、交渉をし、

あなた方に今までとまったく同じ・・・・・・・・・・『確実な平和』を提供しよう。

だから今は、このぼくの主張を見逃して欲しい。

このぼくの今の主張さえ、そのままここで見逃してくれれば、それでいいんだ。

それさえ見逃してくれれば……、今までの平和は……。

それらが許す限りであれば、

これからもあなた方に無謬に届けられるし、届けて見せよう……。

どうだい?

それほど悪い話じゃないはずだ……」


 昇のこの怖い笑いの提案に、

 章子は一度だけ唾を飲み込むと、

 あなた方の代わりに、交渉の成立である頷きを一つだけ見せる。


「……ほらね?

平和主義者は結局、実利さえあれば他はどうでもいいんだ。

『確実な平和』という実利さえ手に入れば、

キミたちは、このぼくの「悪魔の提案」でさえ受け入れる」


 言うと、昇は深々とお辞儀をする。


「では、ありがとうございます。

国内のお墨付きはこれで頂いた。

あとはこれを根拠に、世界と交渉をするだけだッ」


 言うと、昇は平和憲法を剣として持って、構え直す。


「さて、お待ちかねです。

世界の皆さん。

いえ国際社会のみなさん。

ぼくはこれからあなた方と交渉がしたい。

平和憲法こいつを使って、交渉がしたいんです。

ではその内容ですけど……。

ぼくはね?

この日本ぼくが今、持っているこの平和と、

あなた方の国が今、もっているその平和を、

そっくりそのまま交換する交渉・・がしたいんですよ?」

「はっ……?」


 意表を突かれて声を上げる章子を、昇は見つめ返す。


「そうだよ?

ぼくはそういう交渉がしたいんだ。

ぼくは世界とそういう交渉がしたい。

もちろん、この平和憲法・・・・を使ってだ……っ!」

「ど、どういうこと……?」


 章子が言うと、昇もやれやれと見る。


「咲川さん。

咲川さんも見て読んだでしょう?

あの憲法の条文を。

あの平和憲法の条文を。

日本国憲法、第九条のあの条文だよ。

あれはパッと見、無茶振りにも等しいことを言ってる。

戦争を放棄し、戦力の保持もせず、

自国が、相手の国と戦う事までも認めないとも言い切ってる。

でもね。

こいつはよくよく読むと『定規』にもなるんだ」

「定規……?」


「そうだよ?

コイツは定規スケールにもなる。

コイツは日本国内の憲法なのに、国際紛争のことまで、ご丁寧に言及して謳ってる。

国内でしか通用しない最高法規のはずなのに、世界の紛争の事まで余計なお世話で追及してるんだよ。

それを今は、日本のみんなもおかしいと指摘している。

そうだよね?

でも、これは裏を返せば、

日本以外の、

言葉の違う通じない国際社会の人々、

世界の国々

「平和」というものは、実はこういう明確な形をした姿なんだ。っていうことを同じく捉えることができるようにもなる!

という事でもあるっ!」

「えっ?」


「え? じゃないよ。

日本国以外の世界の国々も、

「平和」というものは、日本国憲法第九条と同じ、

武力を行使せず、

戦力も持たない、

戦い合わないのが「平和」なんだ。

って、そういう「平和についての共通の認識」がもてるんだ。

それを持てるし、すでにもう持ってもいる!

これはね? 紛れもない事実なんだッ!


その言及される平和自体が、現実で実現できるかどうかなんてのは今は問題じゃない。

そんなのは、今は全然問題じゃないッ!


いま一番の強調したい成果・・はッ!

この日本国憲法第九条の明文化された条文という認識が!

全世界すべての「平和」というものの明確な姿であり!

定義なんだ・・・・・ッ!

ていう事実が一番、重要なんだ。

これは定規でしょ?

全ての世界にある全ての国家、国々の状態に当てはまる定規だッ!

誰もが、ある時、

『戦争というものとは何か』ということを考える時があるはずだ!

でも、その時、

『平和というものも何か』という事も同時に考える!

考えてしまう!

でも、そんなのは人によってバラバラだ。バラバラで当たり前だっ!

戦争というものが、人によってバラバラであるのと同じようにッ!

平和というものの姿も、人によって全然違うんだよ!


でもさ!

コイツだけは違うんだよね!

みんなコイツのこの文を見て、読んで、一目見て、一瞬で「平和」だと言うッ!

「平和」そのものの事を言っているんだとッ!

みんな、そう言って言い当てる・・・・・んだッ。

それは日本だけじゃない。

日本以外の全ての国も、この条文は「平和」のことを言っているとそう認識しているッ!

この文の意味が「平和」を指している事だと、簡単に・・・分かるからッ!

分かっているから、嗤うんだ・・・・ッ!

そんな事は実現できないとッ!

それは間違いなく「平和」の事を言ってるから、実現できないんだとッ!

……て、いうことはだよ?


全世界の国々は、その状態・・・・が「平和」だってことは分かってるんだ。


この文は平和だ・・・・・・・

平和な事を・・・・・言っている・・・・・


それだけは全ての世界が分かっている!

なら……、

コイツはその全ての世界の「平和」の為の、道具にできる・・・・・・……ッ!」

「え……、ええ……?」


 章子は、半野木昇の言ってることが分からなかった。

 これから何を言うのかも、まったく何も分からなかった。


「もう少し、詳しく言うよ?

この全世界のバラバラだった「平和」の概念や認識を、

一つの共通した定義に統一してしまう力は、強力なんだッ!

それがこの憲法の力だから。

この力の意味するところはこうだ。

全て世界の人々が持つ「平和」というものの姿、形の定義、

その概念!

その価値を!

この憲法は均一化できるし、画一化できるッ!


みんなの言う平和というものの意味が、

この条文ひとつだけで明文化できるし、平均化できるんだよ。


この力は一見すると、何の力もないように見えがちだけど、実はかなり強力だ。

世界の全ての人々が望む平和の形や姿を全て、「同じ」にできるんだから。

つまり、この憲法の文が指し示す状態でなら、

それが、全ての人々が待ち望んでいた「平和」の状態なんだと一瞬で理解させることができるようになる。ということでもある!

これは、全ての人がそうだと分かれば、それでいいんだ。

あとはこれを、全世界に広げるだけ・・・・・

「あ、ああ……」


 章子はいまや、不可解な呻き声しか出せない。


「でも、これは日本の国だけの法律だ。

これを他の国に、そのまま当てはめることは決して出来ない。

絶対に出来ないし、してはならないッ!

そんな事をすれば即!「侵略」だッ!」

「えっ?」


「そりゃそうだよ。

日本の国の法律を、他国の制度にそのまま押し付けて機能させたら、

それは紛れもない侵略だっ!

こいつは日本国内だけの法律であり、

「世界憲法」じゃないんだからっ。

第一、その人たちにだって文化はあるッ!

独自の文化がね?

だから、

第九条コイツのこの文を、

まるまるその国の最高法規に書き込むことなんて、もっと不可能だろう。

その人たちには、それだけの事をする「実利」が無いからだッ!」


 言うと昇は、自分の持つ見えない剣を見る。


「その人たちの国には、すでに軍隊がある。

軍隊の無い国は少数だからね。

軍隊のある国で、この文章を、高度に強力な法律として持つことはできない。

日本でも怪しいぐらいだ。

だって、九条の二項目目に自衛隊の名が明記されれば、

そこで、この剣の「神通力」はキレイに消えて失くなるんだからッ!」

「う、ううん?」


 呻き、首を傾げる章子に、昇は平然という。


「失くなるんだよ。

それで、この世界でたった一つしかない唯一の憲法は、

世界の何処にでもある、

普通の軍隊の存在を許す、ただの一般のどこの国にもある最高法規の憲法に成り下がって、早変わりする。

それを望んで改憲するんでしょ?

改憲派の人たちは?

別にそれならそれでいいんだ。

ぼくは「護憲派」じゃないからね?

ぼくは残憲派であり使憲派だよ。

変わったら、またその変わった憲法の解釈を考えて、

使う・・だけだ。

もちろん、ぼくなりにだよ?

ぼくには、最高法規が法解釈だと分かっているからね。

だから、変えたいなら好きにすればいい。

でも……、

それを捨てるだなんてとんでもないっ!とは思うんだよっ。

だって、

一度変えたら、もう同じもの・・・・は手に入らないッ」

「え?」


 驚く章子を昇は見る。


「もう手に入らないよ?

一度変えたら、もう変える前の憲法は二度と手に入らない。

忘れたわけじゃないよね?

あの憲法を、ぼくたちはいったいどうやって・・・・・手に入れたのかを……っ」


 真剣な目で見る昇に、章子は一歩下がる。


敗けた・・・からだよ?

日本が敗けたから、アレは手に入ったんだっ!

アレはね?

敗けないと・・・・・手に入らない。

戦争で敗けないと・・・・・・・・手に入らないッ!

そういうテレビゲームみたいな条件付きの代物アイテムなんだよッ!

この憲法はッ!

いや、違うねっ!

勝たなければ、貴重なアイテムが手に入らないテレビゲームやソーシャルゲームよりかは、

よっぽど難易度は優しいよ!

まったく、信じられないくらいに、

現実世界の優しさが垣間見えるね。

戦争で惨めに敗けても、世界でたった一つしかない、唯一の剣は手に入るんだからさッ!

でも、

だからこそ、一度、失くすと、もう手に入らないッ。

それでも変えたいなら好きにすればいいさっ!

でもね?

ただ、戦争に敗ければ手に入るって、簡単なものでもないんだよ?

コイツは……。

だって、……最初の二国は失敗したからね?」

「あ……、」


「そうだよ。

あの戦争・・・・で敗けたのは、ぼくたちだけじゃなかった筈だ。

ドイツにイタリア。

ぼくたちが敗ける前に、他の二つの国が先にあったはずだ!

で、同じ戦争に敗けたのに、あの人たちはどうだった?

ぼくたちと同じ、この最高法規が手に入ったかい?

ムリだったよね?

つまり、

今度、敗けても同じものが手に入るとは限らない。

次に敗けても、確実に同じものがきっと絶対に手に入るなんて幻想は棄てた方がいい。

そんな確率は、天文学的数字よりもずっと低い。

コイツは一度きり・・・・だ。

コイツの入手ドロップは、奇跡にも等しい一度きりだけ。

それでも、

これと同じものが、もう一度欲しいなら、

想像を絶する、世界を呪うほどの条件の厳しい現実を潜り抜けることになる。

しかも、かつてと同じか、それ以上の犠牲を払ってね?

それが出来ると言うなら止めやしないけど。

そんな事をするぐらいなら、

今ここにある憲法を「残した」方がずっと効率的だし、理に適ってるッ!」


 そう言って、

 昇は、今度は我々を見た・・・・・


「さて。

それじゃあ。

やっとここからが本題です。

ぼくはコイツを使って交渉をすると言いました。

この日本国憲法第九条を使って、

ぼくたちの平和と、

他の国の、

いえ、

例えば目の前のあなたでもいい、

そのあなた方が持つ今の平和を互いに交換するという、

交渉がしたい、と。

でも、これは「取り引きディール」という交換トレードじゃ全くないんです。

交換そのものである取り引きじゃなくて、

交渉・・がしたいんですよ。つまりトレードではなく、ネゴシエートです。

交渉ネゴシエートがしたいんです。

仕組みはこうです。

あなた方は、ぼくに交換させたい平和を用意します。

その平和はなんでも構いません。

自分たちに絶対になくてはならない、必要なものでもいいし。

まったく要らない、自分たちには不要なゴミみたいな廃棄物でも、なんでもね。

ぼくに渡したい平和なら何でもいい。

それが平和なら・・・・ですよ?

もちろん、ぼくからも平和をご用意します。

この手元にある・・・・・日本国憲法第九条という平和憲法になぞって従って、

戦争を放棄した。

戦力も保持しない。

交戦もしないという「平和」がパンパンに詰まった実利を、

あらゆる形でご用意しましょう。


この交渉は、

このぼくが用意した平和と、

そのあなた方が用意した何でもいい平和・・・・・・・を、

交換するという交渉・・です。


しかし、これは交渉・・なので……。

無防備に、すぐさま速効で平和同士の交換をすることは致しません・・・・・

それに妥協をすることなどは一切ありません!

絶対に!断固として!

それは決してしません。

これはただの単なる、物と物とを交換する取り引き・・・・ではない!

これは物々交換などの単純な取引ではなく!

あなたとぼくの利害を測る・・交渉・・」なんですから。

だから、

あなた方が!

このぼくの為に用意してくれた平和にはッ!

申し訳ありませんが、

この平和憲法!

日本国憲法第九条に則って、当てはめ!

照らし合わせて!

遠慮なく鑑定させて・・・・・いただきます!

戦争を放棄した!

戦力も無く!

交戦権も否認した!

絶対的に、


国際紛争を解決する・・・・・・・・・為の・・手段として・・・・・妥当・・な平和である・・・・・・。とッ!


この平和憲法に当てはめて!

完全に照合をさせてもらいます!

それで、

そこで間違いなく、あなたの差し出してきた平和が、まったく同じ「平和憲法が定める、ぼくの平和」でもあると完全に確定でき!

照合でき!

該当することができた時!

そこでまったく問題が無かったら、

その時に初めて、

そのまま、

そのあなた方がぼくに渡したい平和と、ぼくが渡す平和を!

そこでまさしくそのまま交換させて成立させましょう!

という。

これは、

そういう交渉です!」

「……あ、……ああっ?」


 そこで、章子は気付いた。

 そこで初めて、ようやくだが半野木昇の言ってることが、

 なんとなくだけでも、おぼろげに理解できていた。


「そうだよ。咲川さん。

これがこの平和憲法の使い方だ。

世界のみんなが望む平和が、この憲法で画一化できて、均一化できるというのなら……、

ぼくたちのこの今の何気ない日本の生活自体が、世界の平和の基準になるッ!

基準にできるし、

標準にできるっ。

でもそれは、

その交渉してくる人たちの国の状況にそのまま、

この日本国憲法で直接、当てはめて、

適用させてもいけない。

それは「侵略」だ。

だから交渉・・をするんだ。

あくまで「悪魔の交渉・・」をね?

彼らが渡してくる、

ぼくたちに渡したい平和が、

ぼくたち日本人の今の平和とで比較して、それが同等であるかを鑑定する。

鑑定することが出来る。

この日本国憲法を使えば、そういう交渉が可能になるんだ。


平和と平和の交換。

平和洗浄ピースロンダリングだよ。


これには両者に旨味がある。

「実利」という名の旨味がね?

まず日本人は、自分たちの今の平和で貢献できる。

世界的な貢献がだ。

それで実績を積んでいくと、世界という国際社会からも信頼されるようになり、

肯定されようになり、

日本の自信にもつながっていく。

ぼくたち日本の日常が、

世界の模範である「平和」だと主張できるのなら。

それだけで胸を張れるだろう。

そして、片や、

その日本と自国の平和を交換する、交渉国にも実利メリットがある。

それは……、

この交渉に入れば、日本とほぼ同等の「平和」が、そこで間違いなく手に入るという実利にもなるからだ。

比較的、自分という現政権を安定させた、治安もそうそう悪くない、

そんな理想的な日本の国家体制は、

現時点での自国の不安定な状態に比べれば非常に魅力的に映るだろう。

自分の現政権が日本の政治体制並みに安定的になれば、

そんな日本の平和と、自国の今の平和を交換しても利益は出るんだからね……っ?」

「……あ、……うん……っ」


 章子は徐々に、昇の発言に希望を見出していく。


「この交渉はべつに何度、失敗をしてもいい。

何度、失敗してもそれは許されるだろう。

失敗の許されない、一度きりの危機という戦争を回避するための交渉じゃないんだ。

現在の仮初の平和のうちで、

互いの平和と平和をすり合わせ、近づけていくための努力の交渉なんだから。

だからこれは、その失敗を恐れることはない。

むしろ失敗することの方がほとんどだろう。

それはそれでいいんだ。

重要なのは何度も交渉が出来ること。

そこに尽きる。

お互いが持つ「平和」と「平和」を、すべて同じ「平和」に近づけることが、一番の最終目的なんだから。

……だから、ぼくはこういう事をやっていく。

それを、やっていきたいから残憲派だと言ったんだ。

それにはっ!

絶対に・・・、交渉する国から受け取ろうとする「平和」の状態や品質には妥協しちゃいけない。

彼らが渡してくる平和の状態に妥協をしたら、

それはすぐさま同時に、今度は自分たちが渡す「平和」も妥協したことに間違いなく繋がってしまう。

だから、彼らの平和を思うなら、

彼らが交渉に出し、ぼくたちが受け取る、ぼくたちに押し付られる彼らの要らない平和の状態にも妥協してはいけない。

それが平和交渉の絶対ルールだ。

……でもね、

これだけじゃまだ、あそこ・・・には届かないんだよ……」

「え……?」


 章子の急に裏切られた表情に、昇は首を振った。


「これだけじゃダメだ。

これだけじゃ、

まだ、あそこには全然、届かない。

コイツを、

あそこに届かせる為には、

もっと、

平和というものを

いや、

平和じゃなく、

戦争というものこそを、もっと残酷に扱う・・・・・必要があるッ!」

「え?」


「言ったよね?

日本国憲法コイツは探しているって。

あの安保理の拒否権にまで届く、手段が欲しいって。

つまり、それは同時に……。

その使い手も探してるってことだ……」

「使い手……?」


 昇は頷く。


「そうだよ。

使い手だ。

コイツは今、ソイツを探している。

日本国憲法コイツという自分を上手く使って・・・・・・

使いこなして、

あの拒否権まで届かせることのできる、高度な使い手を探してるんだ。

でも、今のままじゃ、この日本国憲法はあそこまでは届かない。

他の国々には通用するけど。

あの五芒星にだけは届かないよ。

あの五芒星、

その星、そのものでもある、

あの五つの常任理事国は、

自分の持ってる軍事力の存在を「恒久平和の為に正当化できる」権限があるッ!

それがあの「拒否権」というものだッ!

拒否権は軍事力の保持を完全に正当化することができる。

拒否権とは、

他国の提案を拒否し!

自国の軍事力を影響させて、国際秩序を保つという「絶対的に必要で正当な役割」を備えるからだ。

あの拒否権はそれを保証する権利だ。

それを今は、常任理事国が自国の利益のためだけに使っている。

それだけだ。

そして、これはある側面も持つ!

それが軍事洗浄ミリタリーロンダリング!」

「軍事……洗浄?」


「軍事洗浄の、

その理屈は、

経済用語や犯罪用語で使われる「資金洗浄」や、

この日本国憲法が持つ力でもある「平和洗浄」とまったく一緒だ。

こいつの作用は、

拒否権をもつ常任理事国に代わって、

他の新興国や発展途上国の土地をその舞台にして、常任理事国の軍事力を展開させる状況をさす。

要するにあの「武力による国際貢献の場」。

その舞台だね。

出口のない坩堝。

安保理の縮図ってヤツだよ。

常任理事国の軍事力を軍事洗浄して、新興国の中で使わせるのさ。

これは本当に、うまくできてる。

常任理事国が保有する、まったく同規模の軍事力を、

新興国の国内で、紛争や内戦という形で隠れ蓑にして発揮できるんだから。

そして、この状態の時に、

無防備に日本国憲法こんなものを振り回して介入したって、ハチの巣にされるだけだよ。

まさに場違い、お門違いってヤツだ。

だからっ……その時にはある覚悟・・・・がいるッ!」


 言うと、

 昇は我々・・を見る。


「この時!

世界の平和は、戦争の為に消費されます。

せっかく守ってきたその国の平和や、ぼくたちの平和が、戦争の為に消費されるんです!

それは過去の日本や他の国々の姿でもある!

でもそんなのはもう、ウンザリでしょうッ?

ぼくは本当にウンザリしてますっ!

だからぼくは、あなた方・・・・に言いますッ!

今持っている平和を、

戦争と平和、

どっちに消費したいですか?」

「え……?」


 言われて驚く章子を、昇は見つめる。


「どっちがいい?

咲川さん。

今ある平和を、

戦争と、

次の平和・・・・

どっちに消費したい?」


 突然、問いかけられた章子は、ただ、答えられずに茫然となる。

 それは、交渉・・だった。

 半野木昇は、咲川章子に交渉を持ちかけていた。


「今ある平和を、次の平和に消費するって事は簡単な事だ。

今謳歌している平和を道具にして・・・・・

次の平和の為に行動する事!

戦争をする為じゃなく、

平和する為にだ!

これは平和する為の行動じゃない。

それは平和にするために戦争をするのと、一緒の意味になるからだ。

だから、

間違いなく平和する為に行動するんだ!」


 言うと、昇は、

 それでもまだ不可解な顔をしている章子と我々を見る。


「じゃあ、もっと分かりやすい交渉をします。

これは咲川さんにじゃありません。

あなた方、

いえ、もっとその根本的な存在である。

自衛隊!

あなた方に・・・・・持ちかける交渉です。

あなた方はいま、自衛隊という集団の存在をハッキリさせたいんですよね?

ハッキリさせて、

明確にさせて、

他の海外の国々と一緒に、他の軍事国家の軍隊と同じように貢献・・・・・・・がしたい・・・・

でも、ぼくはそれとは正反対のことを提案します。

あなた方には……、

あなた方にはですね……?

これからもずっと、中途半端な存在でいてもらうッ!」

「の、昇くんッ?」


 だが、昇に叫ぶ章子を、真理が手で制す。


「永久に、亡霊で幻のように不安定な組織のままでいてもらいます。

でも、もちろん、

なんの代償も対価もなしで、

あなた方、自衛隊の方々には亡霊で幻のような中途半端な存在でいてもらうわけではありません!

あなた方、自衛隊には……永遠に中途半端な存在でいてもらう代わりに、

あの「拒否権」に匹敵する力を授けたいと、そう考えていますからっ!」

「の、昇……くん……?」


「それが……コイツです」


 言って、昇は自分の持つ剣を見せる。


「現在のあなた方が、軍隊と同じようでいて、

それでも軍隊とはあまりにも言えない、そのかけ離れた状態が、

極限なまでに不安定なことはよく知っています。

そのことによって、他国の軍隊からも愚痴や陰口を、よく言われたりもするでしょうし言われることもあるでしょう。

それはこれからも続きます。

それはぼくが、あなた方に強制させます。

義務にさせてしまいます。

でも、この平和憲法を、

あの常任理事国まで、

あの拒否権にまで届かせる為には、

あなた方の、その「本気度・・・」が必要になる。

あなた方、自衛隊の!

「誇り」と「覚悟」と「魂」と「命」が、どうしても必要になるんですよっ。

あなた方、自衛隊員の、

掛け替えのないあなた方の魂と誇りと命を犠牲にして、

あなた方の存在を、惨たらしくもあやふやにさせたままで、

それでも今の、ここにあるこの平和の為に・・・・・・・

その命を使わせていただき!

その魂を削らせていただき!

その誇りを懸けさせていただき!

この平和憲法がいう「平和」に殉ずる!

殉じてやる!

と、そう覚悟をしてもらえることができたのならっ!

していただくことができたのならばっ!

ぼくは、

あなた方自衛隊という、その軍隊モドキが発揮する平和への純粋で強固で崇高な絶対意思を、

ダシに使って・・・・・・ッ!

あの常任理事国たちに、交渉を迫ります。

こう言って交渉を迫りますっ!

ぼくたちの国には、軍隊はないと!

軍隊はないが、それに似たようなものなら存在するとッ!

でも、その軍隊モドキの命は「平和」の為に使わせてもらうッ。

そして、

その「平和」とは、常任理事国の考えている「平和」では絶対にないと!

自衛隊が!

その命を懸けて!

その命を賭して!

守り! 

掴もうとする「平和」とはッ!

断じて!

常任理事国のいう「平和」ではないと!

この自衛隊がッ!

その中で所属する隊員たちがっ!

命を賭して掴む「平和」とはッ!

間違いなく、この日本国憲法第九条が定める!

世界中の誰もが一目で分かる、唯一無二の「この平和」だとッ!

その「平和」の為にしか、

この自衛隊の「命」は絶対に使わせないし、死なせないとねッ!

ぼくは、

彼らに、

そう「交渉」を持ちかけますっ。

常任理事国かれらにも、きっと、この言葉の意味は分かるはずだ。

なにせ、この平和憲法という、

日本国憲法第九条が定める「平和」ときたら、

世界中の誰もが一目でわかり笑ってしまう、あの・・平和・・」なんですからね?

……だからこれは、

その手始めの交渉・・です!」


 言って、昇は、

 あなた方、

 特に自己の存在を明確にしたい自衛隊の方々に交渉を迫る。


「どっちがいいですか?


永久に自分たちの存在はあやふやにされたままで、

その覚悟という犠牲によって、

あの常任理事国にふと泡を吹かせ、安保理のあのドテっ腹に大きな風穴を開けるのか?


それとも、


自分たちの存在をやっとハッキリと明確にしたあと、

その安保理が用意する「出口のない平和」の中で、地獄を見ながら「あなたのその平和」が残虐に使われていくのを味わうのか……」


 半野木昇は、冷徹にあなた方・・・・を見下し、「交渉の結果」という名の選択こたえを求める……。


「好きな方を……選べ・・


 突き放して言う昇を、

 章子は茫然と見ていた。

 だが、

 見られていた昇も苦悶の表情を浮かべていた。


「……でも、

でも、ですよ?

こんな、今はものすんごく偉そうなことを言ってる、ぼくですけど……。

これは、

ぼくもいつかは辿る・・・・・・道なんです。

道なんですよ。

だからいつか、直ぐに、あなた方、自衛隊の方たちがいるその場所を追いかけにいきます。

ぼくも日本国民ですから、いつかはその道を辿ります。

きっと辿るでしょう。

あなた方の姿を見て!

あなた方の遠い背中を追って!

だから、これって美談なんかじゃないんですよ

美談であってたまるかって話なんですよ。

すんごい胡散くさい話なんですよッ!

でも……、

でも、なんです。

でも、

どうせ、この命を使うなら、

使われてしまうぐらいなら、

自分の思っている、考えている「平和」にぼくは使いたいんですよっ。

絶対にそっちの方の「平和」の方に使う方が、値打ちはあるって思うんですっ。

常任理事国の勝手に用意した「平和」に、「ぼくの平和」が使われるのなんて、

まっぴらゴメンです。

だから、言いますよ?

日本国憲法が定める、あの「平和」にしか、ぼくの実利はないッ!

ぼくはそう言います!

だから、どうせ「ぼくの平和」が使われるのなら、ぼくは前者に一票だッ!

その平和に使われるのなら、

ぼくは喜んで、自分をあやふやにしてでも彼らに・・・立ち向かう!

立ち向かって、扉をこじ開けて見せますよ?

だからあなた・・・は……どうしますかっ?」


 言ってあなた方・・・・に、芯はありながら弱音を吐く昇に、

 章子は立ち上げりかけた。

 立ち上がりかけて、また腰を落ち着けて考え直した。

 自分ならどうするのかを考えていた。

 そして、やっぱり半野木昇を見上げて言うのだ。


「わ、わたしも……っ」


 だが、言いかけたその言葉の続きは出ないし、口にすることができない。

 章子は自衛隊の人間ではない。

 だから、そんなことを軽々しくは言えない。

 だが、

 それでも、

 自分が、

 自分のこの平和を考えた時に、心が逼ってくるのは「今の平和」だった。

 日本国憲法の言う、「この今の平和」だった。

 だから章子は、自分の目を瞑り、

 あなた方に代わって、

 自衛隊のそこのあなた方の窺い知れない思いを、

 考えを、

 思考を

 あなた方の計り知れない思いを勝手に介錯し、

 勝手に思い込み、

 勝手に代弁して、

 もしかしたら、正反対の選択を取るかもしれないあなた方・・・・に代わりッ。

 その純真な思いを昇に伝えるッ!


「わたしっ!

わたしもっ、

私もっ、

昇くんと同じ、

同じ選択肢に、一票を入れるッ!」


 章子が言うと、昇もその目に力を込める!


「……話は、決まったッ!」


 叫ぶと、

 手に携えていた見えない剣の柄を握り直し、

 勢いよく鍔を鳴らした。

 その鍔鳴りの音は、耳をつんざくすさまじい金属音を上げて、

 甲板の広場中に響き渡る。


「……っぅっ……っ!」


 誰もが、その大音響の鍔鳴りの音に耳を塞ぎ、しゃがみ込んでいた。

 その中では、

 オリルの細い腕の中で寝息を立てていた電気の子猫も、鮮烈に目を覚まし、

 元凶の音を出した本人である昇を鮮明に見つめている。


「これが……。

この剣の真の姿だよ。

平和憲法……。

日本国憲法第9条。

その真銘……。

『天琿无剣』アマノエクサムノツルギッ!

変じて、


戦薙いくさなぎの剣』!」


 言って、

 昇は、

 果てしない鍔鳴りの音と共に、その手に現われた剣を見る。

 その剣には、

 やはり姿がない、

 誰にも何も見えない無色透明の架空の剣だった。

 それでも、

 だがそれでも、


 昇が持つその手の中心からは、

 どこから湧いてくるのかも知れない風が止めどなく立ち上り、

 章子に波濤の風を感じさせている。


「こいつはね……。

文字通り、

いくさを薙ぐ剣だ。

戦だけを斬り飛ばす剣。

……だから、

常任理事国っ……」


 言うと、

 昇は、真理が指し示す、地球のある方角を望む。

 その方角とは、遥かな空の彼方では無く、地面。

 帆船の甲板の床。そのやや西側にある甲板の床の遥か彼方を指差す方角だった。


「……しっかり握って……、

持っていて・・・・・下さいよ?

常任理事国ッ!

拒否権それは絶対に失くしちゃいけないッ!

拒否権は必要です・・・・・・・・

それは『閉じるための鍵』だ。

閉じるための鍵はブレーキになる。

ブレーキは必要です!

止まるための鍵は絶対に必要だッ!

平和の為には必要なんです!

でも!

今はそれが効きすぎている。

効きすぎている状態だ。

ブレーキが利きすぎているから、

肝心の出口までもが閉ざされているッ!

だから……、「閉じるための鍵」は五つもあれば十分だっ!

それ以上、増えてもなんの効果もありはしないッ!

だから、今!

ぼくは、あなた方、

常任理事国に交渉を迫りますよ?

今から、自衛隊の人たちが「命」を懸けて守ってくれている平和憲法コイツを使って、

あなた方に、実利のある交渉を迫ります。

内容はこうです。

常任理事国あなたがたは、

これからも、

そのまま、その五つの鍵を一つずつ変わらず持っていればいい。

大切に、大切に保管をしていて下さい。

もちろん、それは好きな時に使ってもらってもかまわない。

しかも、今回はなんと漏れなく!

これ以上、拒否権の数が増えることも、ぼくは反対の立場をとるっ。

これはあなた方の求める「実利」にも適っている筈だ。

あなた方もこれ以上、拒否権が増えることは望んでいない。

そうでしょう?

だから、これは交渉・・です!」


 昇は悪魔の囁きで言う。


「あなた方は、今まで通り拒否権を持っていればいい。

もちろん、それを剥奪してくる勢力、

さらには増やそうと企む勢力には、

ぼくも、喜んでそれとは正反対の立場をとりますよ?

他ならぬ、あなた方の為にね……。

だから、その代わり。

その代わりに、

ぼくからは、

あなた方にこれの存在・・・・・を許して欲しいんです。

この平和憲法が定めるこの「平和の定義」を、

あなた方の国の「共通の平和の定義」にも当てはめて欲しいんですよ?

もちろん、常任理事国、全五か国の満場一致でね?

それさえしてくれれば、あなた方が一番守りたい「拒否権の利権」は安泰だ。

だれも何も文句を言うことはありません。

それはこのぼくが言わせない。

だから、この「平和の定義」をあなた方にも当てはめていただきたい。

そして当然!

その「平和の定義」を、

あなた方、常任理事国が遵守し厳守する必要も、完全にまったくありません・・・・・

これは「日本の国の法律」だけの定義なのですから……ッ。

そんなことをする権利はあなた方には、ないッ!

「拒否権」を保有するあなた方には、嫌でもその軍事力は持っていてもらう!

だが!

その代わりに、

この平和憲法が定める「平和の定義」だけは、絶対に共有して、認識していただく!

絶対に、

五か国全ての常任理事国の中で、寸分違わず「共通の定義」として共有してもらう!

それさえしてくれれば、

ぼくは、あなた方、常任理事国の「拒否権」を全て、

これからも絶対的に保護し、

その存在を、完全的に正当化させてみせてあげて保障するッ!」


 言って、昇は真理を見た。

 今までの一部始終を見ていた真理を見て、言う。


「……これで、

この交渉の内容を、まるまる・・・・常任理事国側が呑んでくれれば、

それで、今度は平和憲法コイツが、そっくりそのまま、

その出口を『開けるための鍵』に早変わりする。

コイツのこの「平和の定義」を、

国際貢献の場となっている世界各国の国連加盟国や非常任理事国が当てはめて達成させてみせれば、

常任理事国は拒否権を使えないからね?

それが「共通の認識」であり「共通の定義」だ。

そして問題の日本の自衛隊は、その「共通の定義」の中だけでしか、力は発揮できない。

戦わない、戦力のない、交戦のできない「平和」の中でだけ、

その中の為にしか、その「命」は使えない。

ぼくはそう交渉したはずだ。

だから、自衛隊は「他の場」では、戦力ではないっ!

そこで初めて、

常任理事国、

全五か国の国が全てで持つ「平和の定義」は全部、

常任理事国だけが守ることのできない・・・・・・・・・

この平和憲法にかかれた「平和」の定義になるんだから。


あとは常任理事国の間だけで、自分たちの軍事力を「拒否」っていればいい。


拒否権は、「閉じるためだけの鍵」だ……。

それさえ使われなかったら。

平和の扉は常に開いてるんだよ。

安保理って場所はそういう場所なんだ……。

そして、『閉じるための鍵』を持つ国は、

決して『開けるための鍵』も同時に持つことはできないっ。

『開けるための鍵』とは、

いわば「賛成権」だ。

「賛成権」とは、

「拒否権」とは全く正反対の力を持つ、新しい「権利」となる。

それを一つの国で、同時に二つとも保有することは絶対に許されない。

拒否権を持つなら賛成権は放棄。

賛成権を持つなら、拒否権は放棄、といった具合だよ。

でないと「鍵」というものは役に立たない。

「国」そのものが「鍵」にならなければいけないんだから。

これは優劣の問題では無く、

役割の問題だ。

「開けるための鍵」は誰もが持っていてもいい。

そっちは何個あってもいいんだ。

でも、

閉じるための鍵・・・・・・・」だけは、絶対に誰かが一つは持っていなくちゃいけない。

いけないし、いけないんだけどっ……!

それは一つだけであってもやっぱりダメだし、

たくさんあってもダメなんだ。

止まるための鍵は、絶対に少数だけが必要だ。

それは紛れもなく「正義」だ。

もちろん、それは何処で使われていても問題はない。

だけど、それには最低限の条件がいる。

止まるための鍵があるなら。

もちろん、

動き出すための鍵もいるんだよ。

そこで、

ちゃんと「開けるための鍵」どこかに確実に存在してくれていれば、

それで、これからのこの世の中は、

今よりかは、もうちょっとマシに動き出してくれるだろう。

ほら、

これでやっと……、平和への出口は見えてきた……」

「の、昇くん……っ」


 疲れ切って遠くを見つめる昇を、

 章子は信じられない目で見る。

 その光景を、誰もが唖然とした表情で見ていた。


「……お見事……っ」

 にこやかに微笑む神秘の少女からひとつ、不可能だったはずの偉業を称える賛辞が贈られる。

 それを証として、

 この虚構の中だけでは、出口という平和をやっともたらすことのできた、

 日本人の、

 ただの中学二年生でしかない少年は苦く笑う。


「でも……、

平和憲法コイツには、

今現在、三つの欠点がある……!」

「……えっ?……」


 突然聞かされた、章子の絶望の驚きに、昇は力なく笑った。


「申し訳ないけど、コイツには欠点があるよ?

どうしようもない欠点が。

それは、

まず一つ目。

コイツはね?

『復讐者』の望みは叶えられないってことだ」

「え?

復讐者……?」


 章子の声に昇は頷く。


「コイツは、復讐を遂げたい人間には、最悪の事実を突きつける。

なぜなら、過去で何かをしでかし、復讐されるような危害を加えてきた人間にも、

コイツの「平和の恩恵」は例外なく与えられるからだ」

「あ……、」

「そうなんだよ。

コイツは過去に戦争で悪さをした人間にも、分け隔てなく平和の交換を要求してくる。

それさえクリアできれば、その恩恵を受けるのは「加害者」でも例外じゃないんだ。

だから、それに満足できない「復讐者」は、この憲法の存在に我慢がならず、

常任理事国がもつ「拒否権」に惹かれるだろうね?」

「そ、それの対策とかないの?」


 章子が慌てて言うと、昇も首を竦める。


「あまりないよね。

その「復讐者」にまだ「守るべき者」があれば、その者の平和を願う事によって、

平和を人質に、踏みとどまらせることもできるだろうけど。

もしも残されたのが「復讐者」一人だけだったのなら、

それはもう「常任理事国」の領分だ。

軍事力を正当化する「拒否権」という力が、その「復讐する人」の心を魅了するだろう……」

「そ、そんなぁ……」

「あと これが肝心の二つ目っ!」

「えっ?」


 昇は強い視線で章子に言う。


「これが一番重要なんだ。

この平和憲法を使う時に、一番重要な心構え・・・が、これなんだよ!

それはね……咲川さん?」

「う、うん……」

「コイツは……、

ただの『理想論』でしかないって事なんだっ!」

「え、えええぇッ……?」


 あれだけ、現実でも可能であるかのように言って見せた張本人の、

 半野木昇が告白する突然の事実に、

 咲川章子は失望の驚愕を上げる。

 それでも、当の半野木昇は章子に厳重に言って聞かせてみせた。


「コイツはね……、

理想論だよ。

今まで僕が得意げに語ってきたことは、間違いのない、

現実でも実現性が極めて不可能に近い……

紛れもない完全な「理想論」だ。

この平和憲法の使い方は、間違いようのない、ただの単なる「理想論」なだけなんだよ。

きみたちのっ、

大っ嫌いな、

大っキライなっ!

あの・・理想論なんだッ!」

「そ、そんなこと……」


 ない、と言おうとした矢先に、

 昇の挙げた手が止める。


「いずれわかるよ。

こいつは完璧な「理想論」でしかないってことが、よくね。

コイツを、現実で実際に使おうとすれば、その意味がすぐにわかる。

だからこいつは忠告だ・・・

この平和憲法の使い方は、現実世界ではまず通用しない、

実現性の非常に低い、

完全無欠の「理想論」だってねッ!」


 そう断言する昇は、

 次に最後の三つ目を言おうとする。


「で、

最後の三つ目だ。

これは非常に簡単で当たり前のことだ。

見た目そのまんまなんだから。

それはね?


この平和憲法が、実はやっぱり「日本人」にしか使えないって事だ」


「あ……、」

「そうでしょ?

当然だよね?

コイツは日本の法律なんだから……。

あくまで日本の法律だ。

だから自衛隊まではその規範の中で行動できるけど、

他の国にはどだい、無理なんだ。


でもこれは同時に、もう一つの真実も浮き彫りにする……」


「え……?」

「コイツは……、日本人なら誰でも使えるって事だよ。

ぼく以外のだれでも使える。

きみでも、

きみやぼくの家族や、日本人なら誰でもだっ!

それこそ!

土地を奪われた人でも、

戦争を憎む人でも、

平和を求める人でも、

戦争を肯定する人でも、

貢献を強要する人でも、

外国になびく人でも、


ぼくたちの象徴の人でも、


今も、

そこで、

苦しんでいる人たちでも、だっ!


でも、

でもね?

でも、平和憲法コイツは残酷なんだ。

コイツは、

戦争や災害や、他の被害で、平和を失い、何もかもを失った人たちに!

さらに平和の元手を要求するっ!」


「え……」

「そうなんだよ。

コイツは、平和を失った人でも、平気で誰かと交換する為の「平和」をさらに要求してくるんだ。

そんなの死人にムチを打つような行為だ。

でも、それがこの平和憲法の「性質」だ。

コイツは万能の存在じゃない。

だから欠点があるんだよ。

それだけは……絶対に忘れちゃいけないっ!」


 力なく最後の言葉を叫び、

 真理に向くと、その顔は本当に疲労を表わしていた。


「これで、ぼくの憲法と戦争と平和に関する話は終わりだけど……。

まだやるの……?」


 ほとほと疲れ果てて声を絞り出す昇を、

 やはり真理は頷いて、

 を要求する。


「ええ。

もちろんですよ。

半野木昇。

これで日本国憲法第九条。

いうなれば「平和憲法」に対する、一つの答えは表現できた。

虚構という形でね?

しかし!

それでも、今もまだ。

戦争は続いている・・・・・・・・

戦争が続いているのですッ!

それは時に、一見すると平和的な日常にも潜んでいる。

例えば……いじめ・・・、とかね?」

「は、?

はあああぁぁぁっ?」


 昇は盛大なため息を吐いた。


「なにをウンザリとしているのですか?

これはあなた方、

中学生にも、実に重要な問題であるはずだッ!

特にこの問題は「生命」にもかかわる!

いえ、

それと同時に、尊厳にもねっ!

そして、この15日を過ぎれば「夏の終わり」はもうすぐそこまで迫っているっ。

ほら、危機はもう目の前だっ!

だから、お次はこれに答えてもらいましょう?

半野木昇、平和憲法に一つの答えを出したあなたには、

「いじめ」というものもどう考えているのか?

それを是非ともお聞きしましょうっ!」


 真理に聞かれると、

 身体を怠くさせていた昇はすぐに章子を見た。

 その目は疲れ切っていたが、

 事が事だけに、その意思はまだ尽きていない。


「ちょと聞きたいんだけど……、

咲川さんって、

ひょっとして、

「いじめを無くそう」とか考えてる人間?」

「えっ?」


 唐突に聞かれて章子は目を丸くした。


「じゃあ、もう一度、訊くよ。

咲川さん、

きみって「いじめは無くそう」とか言って、

そう考えるし、

そうやって行動する方の人間?」


 無造作に聞いてくる昇の顔が、

 章子はただただ怖い。

 だから、章子はただただ黙って、頷いた・・・

 それを見て、

 昇もふうん、と一人頷く。


「そう。

そうなんだ……。

でもそれってさ……」


 その次に言う、昇の言葉……。


いじめだよね・・・・・・?」


「え?」

 章子はこの時、まだ気づいていなかった。

 結局、この少年は……。


 章子の敵でしかない・・・・・・・・・。という事を……。



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