長崎原爆の日 -戦争の定義について-


「……さて、

それではとうとう二回目の日を迎えてしまいましたね?

先のお話の続きを始めましょうか」


 言って真理マリは周囲にいる人間すべてを見た。


「核廃絶。

この言葉の土台でもある、日本の被曝地。

広島、

そして長崎。

その二カ所の忌日を、今、これでとうとう迎い終えてしまいました。

その苦しみの果てで、

その悲しみの中で、

空を見上げるあなた方の目には、

あの雲の向こうで、燦々と無慈悲に輝く太陽の姿があるッ!

あの太陽の姿を……、

その太陽の存在を……。

核を憎み!

核を許せないと叫ぶあなた方は!

見過ごすことができるのでしょうか?

あれは核ではない?

あれは平和の象徴?

だがしかし、全ての核の根源はすべて!

あの太陽に帰結する!

帰結してしまう!」


 言って真理は、過去に黙とうをささげている現実のあなた方・・・・・・・を見る。


「では二回目のこの忌日の時。

先の広島の時にも指摘した言葉を、おさらいしてみましょうか。

その日、

その当地の首長の方は平和を訴えましたね?

当然、平和を訴えるでしょう。

そして、

その文言の中で、

あの天高くで、放射線や可視光線を含めた数多くの電磁相互作用力を放つ……、

あの太陽の存在には触れられていましたか?

触れられていたのならば、それは見事な見識だ。

だが触れられていなかったのなら……、

天高くで核融合を母とする放射線を煌々とこの地に降り注がせているあの太陽を除外して、

それで核廃絶が成り立つと、

あなた方は真剣に考えているのですか?

なぜなら、

核というものを考える時に、

あの太陽というものは避けては通れません。

そうですよね?

あなた方が常に目にしている核の火とは!

まず間違いのない!

あのたった1つの太陽の光だけなのですからッ!

あの太陽の強い残酷なまでに温かい光が、あなた方に一番身近な核なのです!

それまでも廃絶せずして、真の核廃絶に至ることは決してできない。

そして、ここであなた方はこの私に、こう反論するのですよ。

太陽は人為的なモノではない・・・・・・・・・・

あれはヒトの造りだしたモノではないッ!

自然が生み出した宇宙の奇跡なのだとッ!

だから廃絶する必要など全くないとッ!

……ですが……それでいいのですか?

それが……、あなた方の認識でいいのですか?」


 真理は、尚もあなた方を見つめて言う。


「自然が造りだしたモノだから、

人が造りだしたモノよりも、

その自然というものの方こそが無根拠に絶対的に信頼できるし信頼すべきだと考える……。

その思考が、

平和をどこまでも求めるあなた方の認識でいいのですか?」


 真理はどこまでもあなた方に問いかける。

 問いかけて、その答えをじっと待つ。


「あなた方は平和を求めますね?

どこまでも、どこまでも。

そしてその平和を求める心が時に、

力の平和利用に傾いてしまうこともある筈だ。

それがそのまま、無防備な神話になっていたりすることは、ありませんでしたか?

それを聞こえのいい完全な神話に仕立て上げて、

それでそのまま安心して・・・・・・・・長く時を過ごしていき、

ある日、

ふと気が付いた時。

あなた方は!

常に身近にあったその自然というものこそに、大きく裏切られたのではなかったのかッ!」


 真理はあなた方に対して大きく叫ぶ。


「あなた方はその地球で根ざして、居を構えてから今日まで暮らしていて、

思い知っている筈だ!

自然というものこそが!

この現実という実際の世界の中で、最も信用するに足る代物ではない、という事実をッ!」


 それは警告なのか。

 真理は、

 この酷い文章力の文を読んで下さっている、あなた方に言葉を放つ。


「陸、海、空。

あなた方はその全ての〝大自然〟から恩恵を受けていますよね?

その恩恵を受けて、今この時を謳歌している筈だ。

しかし、その陸、海、空という全ての掛け替えのない大自然が、

あなた方に届けていたのは〝恩恵〟だけでしたか?

〝恵み〟だけでしたか?

空からは何が降ります?

海からは何が押し寄せます?

そして、陸では!

いったい何が、あなた方の目の前に現われていたのか!

あなた方は・・・・・、忘れたわけではないでしょうッ?

陸と海と空で育まれた我々は!

また同じ、

陸と海と空に!

その命を!

無残にもまた〝回収〟されてしまっていたのではなかったのかッ!」


 真理はやはり、我々を睨む。


「あなた方は〝自然〟が大切だという。

それが大事だと言う。

だが!

それは同時に!

憎むべき対象でもあったはずだ!

そうでしょう!

そうであるはずだ!

無防備に自然からの恵みの恩恵に与かっていたあなた方は!

その当たり前と思っていた自然から!

手痛いしっぺ返しを取り返しのつかない形で受け続けていた筈だ!

あなたの大切なものを!

あなた方の掛け替えのないものを!

その同じく掛け替えのない大いなる大自然こそが!

躊躇いなく奪い去っていってしまっていたのではなかったのか!

だから私は言うのですよ?

自然を決して信用するなと。

あなたに大いなる恵みを与え続けている大自然は、絶対に無防備に信用してはならないと。

そして、

この警告を無視して、手放しに自然を信頼するのはあなた方の勝手だが……。

自然の方はね?

躊躇ためらいなく……、

躊躇ちゅうちょなく……。

あなた方を裏切ります!

自然に全幅の信頼を寄せ続けているあなた方を、何の呵責もなく簡単に裏切るのですよ!

簡単に裏切って、

容易くあなた方の大切なものを奪い去るッ!

……それを、

何度繰り返しました・・・・・・・・・

いったい、

何度同じことをやってしまいました?

何度同じことをやられました?

そんな事は、

嫌な事だから忘れたい?

辛い事だから忘れたい?

そうですよね?

そう思うことは最もな心だ!

けれども私は、そんな当然のあなた方に、あえて言います。

突き付けてしまいます。

そこで忘れても……、


次は来ますよ・・・・・・?」


 真理はあなた方を見る。


「次が来るんですよ。

来ないと思われますか?

しかし……来ます!

それこそ……、

あなた方がせっかく忘れていた頃・・・・・・・・・・にね……?

そして、

次に起こってしまったその凄惨な〝結果〟を目の当たりにして、

その時まで、やっと忘れることが出来ていたあなた方は言うのですよ!

言うのです!

言うでしょう?


〝なぜっ?

防げなかったのか?〟とッ!


その時までやっと忘れることのできていたあなた方はそう言う!

忘れていたのに!

その心が!

過去の惨劇を、ようやくやっと忘れることが出来ていたのにです!

せっかく忘れることができていたのに、

なぜ防げなかったのかッ?

あなた方はそう言うのですよッ!

起こってしまった事に対してね!

それは、

なぜでしょうね?

なぜ防げなかったのでしょう。

せっかく忘れることが出来ていたのに、

なぜ防げなかったのか……?

なぜだと……思われますか?

なぜ、自然の暴挙を防ぐことができなかったのか?

そして、あなた方は、

こういう風には絶対的に考えられないし、

考えようとも!

考えることもしないのですッ!


忘れていたからだ!とッ!


忘れていたから、防げなかったのだッ!とは、絶対的に考えない!

そんな答えを出して!

自己を考えることは絶対にしない!

その理由が何故であるかは、私にもよくわかります・・・・・

分かりますよ。

痛いほどによく分かる。

そういう風にでも、絶対に、自分が忘却したことがその原因ではないとでも考え込まないと。

忘却したことがこの悲劇の原因ではないと絶対的に肯定しないと。

あなた方は、あなたを保てない。

そうとでも考えないと、この現実は辛すぎる。

そうでしょう?

そうですよね?

それ程までに、あなた方の悲しみは深く、重く、耐えることができないのだから……」


 言うと、真理も沈痛に俯く。


「けれど、

それでも、

それではやはり防げない。

次は、防げないのですよ。

忘れていては防げない。

そういうものなのです。

この現実世界はッ!」


 言って真理は周囲を見渡す。


「だから、

自然を信用することは最も危険な行為だ。

自然アレを信用してはならない。

信用すればした分だけ、

あなた方はきっと、

信用していた分と同じ量だけの絶望を、確実に味わってしまう……」


 真理は、真理に怒りを向けるあなた方を悲しそうに見る。


「だからね?

あの空を!

あの海を!

この大地を!

あなた方は信用してはならないのです!

ではどうすればいいのか?」


 真理はあなた方を苦笑いしながら見る。


「利用すれば……いいでしょう?

どうせ自然は、否が応でも裏切ってくる。

確実にあなた方にその刃を振り下ろす!

で、あるならば……。

あなた方は自然それを利用するべきだ。

信用せず、警戒し、

その恩恵だけを自然あいてから悟られない様に略取する!

それでいいのですよ。

それが、

あなた方と自然との正しい付き合い方だ。

しかし、いいですか?

悟られないようにですよ?

悟られたまま・・・・・・自然の物を略取すると、手痛いしっぺ返しが返ってきます。

それは時には、大規模な自然災害として。

はたまた他には……、

あなた方に有害な……公害・・としてね?

だから奪い取る時は、自然むこうに気付かれてはならないし。

感づかれてもいけない。

気付かれない様にコッソリと奪い続けなければならないのです。

そしてそれは勿論!

あの太陽さえも例外ではない!」

「え?」


 真理の言葉に章子は驚く。

 それを見て真理も笑ってこう言った。


「当然でしょう?

自然というものを信用してはならないのならば、

それはもちろん、

あの太陽も信用してはならないことにもなる!

それとも……信用する?

信用してしまう?

地球や転星の自然は信用しないのに、

太陽という自然だけは信用してしまうのですか?

まさか、あなた方は、

太陽には46億年の実績がある、とでもおっしゃりたいのですか?」

「えっ」

 真理の言葉に章子は更に驚く。


「そういうことでしょう?

太陽が生まれてから、この現在までの46億年間。

その46億年間というもの期間に、

太陽は常にその力を発揮している。

発揮し続けているから、

あなた方はそれを根拠に、信頼する!

信頼するし心を寄せる!

そしてその信頼する46億年という途方もない数字を根拠にして、

それを疑え!と言う私の言葉を鼻であしらうのですよ。

そうですよね?

太陽系が誕生してからというもの、この46億年という年月や月日が、

太陽という核が、最も信用に足るものだと、あなた方に自覚させるのですから。

だから人の造る核は信用できないが、

自然のつくる核は信用できる。

あなた方はそう言うのです。

46億年もの間に、太陽が一体何をしてきたのかも知らずに!

そしてその時!

あの太陽を信じていて、

いつか、

その太陽に裏切られたとき!

あなた方は思い知ることになるのですよ。

その時のしっぺ返しが、

地球の比では、ないということを……」

「ま、まさか……」


 だが真理は、まだ疑う章子を凝視して言う。


「そう思いますか?

では、

太陽と地球の規模が、いったいどれだけ違うと思っています?

そんな事は、

比べるべくもないでしょう。

だから地球上での〝裏切り〟と、

あの太陽が行うかもしれない〝裏切り〟とを、

同じ規模のものだとは思わないことです。

その思い込みは、あなたから大切なものを奪い去るだけでは済まさない。

そして、その時、

その発揮される威力は、

間違いなく、あなた方の持つ核兵器の威力どころではない!

ハビタブルゾーンを、

一気に地球圏から火星距離まで一瞬で押し広げることなど、ワケはない威力も備えるのですから……。

もちろん、それが今度は、

地球から金星の距離まで極端に縮小させられてしまう可能性ですら考えられない事でもない。

太陽は46億年間の内で、

そういうことを繰り返している……かも・・しれないのですよ……?

それを想像したことなんてないでしょう?

だから、

その時に気付いても、もう遅い。

それに、

そのことに気づいた時、

あなた方は、もはや誰にも何も遺すこともできずに……消える、かもしれないのですから」


 言って真理はあなた方を見る。


「だから太陽は決して信用しない方がいい。

そして、

一度は疑ってみた方がいい、ということは、私からあなた方に忠告させていただく。

人為的な力を疑うのであれば……!

当然、自然の力も疑うべきなのです……!

そして、

その時、

私に唆され、

私の言われるがままに

自然を疑い、

人間じぶんたちも疑ってかかるようになりだしてしまうと……。

今度は、あなた方は……、

かつての、

実際に起こった、自分たちの過去という現実の出来事まで、

架空だったのではないかと疑い出すのです……」

「え……?」


 章子の驚く目を真理は悲しそうに見る。


「そうなってしまうのですよ。

あなた方は、過去も信じられなくなる。

今のこの現実に、今も間違いなく実在している周囲の存在たちを疑っていくと、

過去に在った事実までも疑い出す。

それがあなた方の人の心だ。

現実に、実際にあるものまで疑い出したら、

今は失くなってしまった過去の事まで、それを架空のものだとみなして、

受け止めてしまう。

それは時に、

神話、伝説、伝承、伝記などといった形でね?

身覚えがありませんか?

あなた方の人類の歴史の中でも、その様な虚構化していった太古の部分はある筈だ。

ときを遡れば遡るだけ、

あなた方の記憶や記録はあやふやになる……。

そのあやふやな記述が、神話や伝承として、

実際としてあった過去が!

架空の領域と同等にまで浸食されてしまうことがある、という事をッ!

だから、過去にあった災害や戦災も、神話や伝説、伝承として

風化されてしまう・・・・・・・・ことを最も恐れる。

しかし!

しかし、ね……?

実際にあった過去は……、あなた方が忘れたぐらいでは、

この現実からは、消えたりはしませんよ・・・・・・・・・・?」


 真理の不気味な笑みを見て、章子は身を竦める。


「……よく、考えて見るといい。

あなた方のその現実世界での、

地球上で照らされている全ての光は、八分後にはあの太陽に届く。

届きますよね?

全ての地球で起きた出来事を型に取って、あの太陽の距離、位置にまで届くでしょう?

それが紛れも無いこの現実世界の現象です。

では、それがここから光で五十年後に届く距離であったら?

つまり五十光年ですよ。

その五十光年の距離に、五十年前の地球の姿が今も、

確実に外宇宙へと走り続けている・・・・・・・

そういう風に考えることができるでしょう?

もちろん受け取るカメラがそれだけの高感度であればのお話ですが。

では、ここで問題です。

この長崎原爆の日から……、

今日まで、いったいどれだけの月日が流れました?」


 真理はあなた方・・・・を見る。


「その月日と同じ単位の光速距離の宇宙で、その当時の映像は絶対に走っていないと、

そう断言できますか?

あれ・・から何年が経ちました?

その経過した年月と同じ光速距離に、その過去せかいの姿が、外宇宙を走っていないと。

そう思われますか?」


 真理は落ち着いてあなた方を見ている。


「私は、過去に言いました……。

我々は・・・記録されている・・・・・・・、と。

私たちの生きて、そこで事切れていくこの姿が、

この『自転する0』という宇宙空間で確実に記録されていると。

では、強い光の中・・・・・で起こった出来事ならば、どうでしょう?

光は、より強い光の中では、弱い光の方こそが打ち消されてしまう。

そう。

それは例えば、

核爆弾・・・の爆発の瞬間、のような強い光の中であったならね。

ならば、

その強烈な光の中にあった惨劇という出来事は、遠い宇宙には光としては記録されていないように思われますか?

では、それが光だけではなかったら・・・・・・・・・・

光とは電磁相互作用中の現象ですよね?

そして、この現実では、

基本的な相互作用は、

電磁相互作用の他にも、あともう三つある。

弱い核力、強い核力、

そして……重力相互作用。

その四つの相互作用力で、全ての現象は成り立っているはずだ。

では、そんな弱い光さえも打ち消す、

強力な核爆発の光のもとでは、それらの力は発揮されないのか?」

「真理ッ!」


 我々を追い詰めていく真理の言動を、堪らず章子は制した。

 制して、苦悶の表情を浮かべて言葉にならない感情を、真理に伝えている。

 それを黙って見て、真理は続きを言った。


「忠告……しておきましょう。

どうしても、

忠告、させていただきます。

……我々を記録しているものは、

光だけじゃないのですよ……っ。

光の他にも、

重力とあと二つの相互作用の力が、我々をこの宇宙空間に縛り付けているッ!

それをあなた方は、決して忘れてはいけません!

絶対に忘れてはいけません!」


 言って、真理は天高く空を指差す。


「あなた方の見上げたあの空の彼方では、遥かな過去の映像が記録されて走っている。

走り続けて、再生され続けている!

もはや我々の目では見ることのできない映像が、確実に記録されているのです!

五十光年先では、五十年前の姿がッ!

二千光年先では!

二千年前の姿がですッ!

もちろん、あらゆる惨劇の時、悲劇の時でもそれは例外ではない!

あなた方は、それを強く心に刻み込むべきなのですよッ!」


 そこまでを言うと、

 どっと今までの疲れが出たように真理は身体の力を抜き、緩ませる。


「……では核廃絶のお話はここまでです。

あなた方にはもう分かっている筈だ。

過去は記録されていると。

それが分かっていれば、核廃絶への道も容易に分かるというもの。

どれだけ同じことを繰り返しても、宇宙はそれを残酷に記録するだけなのだから……。

だからここからするのは、核廃絶のお話ではない。

その核廃絶の根源でもある、

戦争と平和についてのお話です。

戦争と平和、

これは中々に重い永遠のテーマの一つだ。

攻める側がいて、護る側がいる。

奪う側がいて、奪われる側がいる。

そして、その最期の結末には、

必ず、勝者の栄光と敗者の屈辱がある。

あるいは勝者の犠牲であり敗者での犠牲か。

いずれにせよ。

憑いて回るのは、勝者にせよ敗者にせよ惨劇という結果でしかない。

それは悲惨にして地獄。

だから、あなた方はいつの世も平和を求める。

しかし、

これはある面からすれば、

もっと根本的な所で、そういう仕組みになっているとも、とれなくもない。

あなた方は戦争へと至る切っ掛けを、いろいろな側面から捉えようとしますね?

それは時に論法や学問。

あるいは、過去からの確執。あるいは偶発的要素。もしくは利害関係か、と。

そして、そんないろいろな因果関係を洗いざらい、整理していった場合。

行き着く究極的な場所が、一つだけある筈だ。

それが……。

食物連鎖」

「食物連鎖……?」


 章子が思わず繰り返してしまった言葉を、真理は黙って頷く。


「そうです。

食物連鎖。

それが、あなた方のいう『戦争と平和』というものに大きく関係している。

その事も、あなた方は薄々、気付いているはずだ。

食物連鎖、あるいは弱肉強食ともいう、

この自然の中で最も、

生きとし生けるものにあてがわれた、生命の絶対的な営みの大摂理。


生態系。

強者が食として命を奪い、

弱者が肉となって命を奪われる。


それが、

あなた方が、

いつの世も止めようと思っていても止められない『戦争行為』というものに、ダブって見えることがあるはずです。

生きるために命を奪うのを止めようと思っていても、

食べて生きて行かなくてはならない為に『屠殺』、あるいは『捕食』を止めることができないあなた方のその姿が、

戦争と捕食とで、

その凶行が重なって見えるのですよね?

そして、事実。

その結果は似たようなものだ。

勝者は繁栄を握り、弱者は被害者として喪失を余儀なくされる。

だから!

あなた方は時折、菜食などに逃げて、その罪の意識から逃げようとする。

植物とて、動物と同じ痛みを感じる生命いのちであるにも関わらずですッ!

いえ、今はそんな話はいい。

それはもう既に『魂の座』として済ませてある。

今の問題は『戦争行為』というものが、どう、

『捕食行動』と結びつくのか?

という問題にあります。

あなた方は今、現在。

これを別物として捉えていますね?

戦争行為と、捕食行動とは全く違う別物だ。と。

だから、

戦争と捕食は違うから……、それを同一視してはならない。と。

その理由は主に二つある。

まず、一つ目。

それは、生物の行う捕食行動が攻撃的ではない・・・・・・・という事実です」

「えッ?」


 章子はその知られざる事実に目を驚かせる。


「捕食行動は、攻撃的な行動ではありませんよ?

章子。

それはあなた方、現代現実人類が誇る生物学と動物行動学が指し示している。

ではなぜ?

他の生物の命までも奪う純粋な暴力にしか見えない『捕食』という行動そのものが、

実は攻撃的ではないとされるのか?

それは『威嚇』という衝動行為の存在が、その根底の理由として挙げられる。

威嚇とは、間接的・・・な攻撃行為です。

例えば、

人類の戦争、暴力、紛争という状態においては、この威嚇という行動が如実に現われる。

攻撃的威力を、意思だけによる外見あるいは周囲への行動だけで示し、

その意思を間接的に相手に脅威として分からせることで、

自分の目的、あるいは利益を達成させることができる。

この行為では、受けた相手は無傷なままでいる場合も多いですが、威嚇した側はその目的を達成している。

これを第三者側から見れば、攻撃的手段として、受け取ることができるのです。

そして、この威嚇という手段は……、

人類の間で行われる戦争行為では、攻撃をする側とされる側の双方で見られるが、

自然界での捕食行動では、攻撃を受ける側、つまり捕食される側の一方でしか実行されないし、見られないのですよ……」

「え……?」

 章子の愕然となる顔を、真理は頷く。


「そうなのです。

威嚇という攻撃手段は、

攻撃者そのものにしか見えない捕食する側からは実行しないし、見られない。

捕食者は被捕食者に対しては、その殆どが威嚇行動を行うことは決してない。

まず絶対に行いません!

その理由が、次の『二つ目の理由』で明らかになります。

だから、捕食行動と戦争行為は違う!と、

あなた方はそう捉えるのですね。

そして問題の二つ目の理由。

この二つ目の理由が、

「威嚇」という攻撃的行為を、

捕食者がなぜ行わないのか、という最大の理由にもなるのです。

それが、

捕食と被捕食という食物連鎖の関係性では、双方向性が無いという事実です」

「そ、双方向性が……ない?」


 章子の疑問に真理は頷く。


「そうです。

捕食、つまり食物連鎖。

いうなれば、

『喰う、喰われるの関係』とも表現される、その生命の循環大系、

生態系というものの中では、双方向性が無いのです。

この関係性ではね?

喰う側が、喰われる側をその腹に収めることはあっても。

喰われる側が、喰う側を逆に腹に収めることはほぼ完全に無いのですよ。

だから喰う側、

つまり捕食者側は、

被捕食者、いうなれば『獲物』に対して、威嚇は絶対に行わない。

そんな事をすれば、『獲物』はたちまち逃げてしまうのですから。

だから『威嚇』という攻撃手段は絶対に取らないし、取れないのです。

そして、この事実が、

あなた方の、

『戦争というものとは何か?』

という永遠の問いの答えをも明確にする!

食物連鎖の中では、被捕食者は『純粋な被害者』です。

それは捕食してくる者に対して、被捕食者側は捕食という行動で対抗できない事を意味する。

草食動物が、肉食動物を捕食できるわけがないようにですね。

だから威嚇をすることでしか・・・・・・・・・・、自分の身は守れないのです。

ならば草食動物は今度、何を報復として・・・・・・・

何を捕食するのか・・・・・・・・

それは当然、

草食動物が、その報復として捕食していくものは、自分たちに危害を加えている肉食動物ではなく、

それよりもずっとか弱い・・・、植物となる。

だから食物連鎖ではね……、その方向性が一方的なのです。

『被捕食者が、今度は逆に捕食者の立場になる時は、捕食されなければならない者が、

自分たちよりも力関係や位置関係がずっと「か弱い者」に限定される』のですよ。

そしてこの時、被捕食者だった者は、

「純粋な被害者」から、

威嚇という攻撃行動でしか防衛されない・・・・・・

「純粋な加害者」へとその姿を変貌させる。

捕食という最も暴力的な行為が、最も攻撃的ではない、と周囲に錯覚させるほどの、

『純粋な加害者』としてね?

では、この定義に当てはめて、

あなた方、

人間同士が同種間で行っている「戦争行為」、

「戦争状況」とは、いったい、どういった形として受け取ることができるのか?

捕食行動と戦争行為は、全く違うとあなた方は言う。

その二つの違いの鍵は「威嚇」という攻撃行動が握っている。

では『威嚇』する、という攻撃行動とはいったい何を意味し、どういった状況を指すのか?

それを、

自分と相手がいる立場で実行すると仮定した場合。

その双方がとる・・・・・状況や事情とは一体何か?

それを考えれば、真理こたえは一発です。

あなた方、

人間の言う『戦争状態』、

あるいは『戦争状況』とはね……?

『双方が、双方の捕食者であり・・・・・・・・・、または被捕食者でもある状況』を言うのですよ。

これが、あなた方の最も求めていた、

戦争というものの完全な定義です。

だから、あなた方は、戦争は悲惨だと言う。

戦争は悲惨だから、やめようと言う。

で?

止められますか?

被捕食、いわゆる「被食」という被害が出れば、あなた方は『加害』に転じる。

転じざるを得ない。

威嚇を超えた捕食という加害をね?

あなた方は草食ではなく、「雑食」なのだから。

それは途轍もなく貪欲な雑食だ。

その食欲には「底」がない。

食欲に「底」のある肉食動物よりも尚、性質タチの悪い「雑食」ですよ。

その底なしの「雑食」が加害には転じない?

まさか?

威嚇という最低限の防衛的な加害にも転じずに?

そのまま、

食物連鎖と同じ、さらにか弱い者にその矛先を向ける?

それもしない?

では、強きを挫く?

強きを挫いて、強きを加害する?

それを、せめて、

威嚇だけの比較的平和的な加害で済ませる?

しかし、強きはそれを威嚇だけだと済ませるでしょうか?

強きは、同じ強きであるあなた方の息の根を止めにくるでしょう。

それだけ、立ち位置的には対等なのだから。

そしてさらに、

強きを加害すれば、

その時、その強きは被害者となりますよ?

同時に、そこであなたは加害者となる。

そこで、

あなたが『宣戦の布告者』となるのです。

ほら?

戦争の始まりだッ。

……それとも、

お話し合いで解決しますか?

捕食という加害を加えられても必死に耐え抜き?

お話し合いで解決を?

その時に、話し合いの為の会食の場は設けれらますか?

酒宴は催されますか?

その肴は……いったいどこから・・・・……?

その入手は……加害ではない……?

まあ、いいですよ。

それでお話し合いをしていって……。

そのお話し合いだけ・・で、

あなたのお腹がいっぱい・・・・・・・になればいいですね・・・・・・・・・……?」


 そして、真理は視線を強めると、現実のあなた方に向かって言う。


「では、この、

戦争状態とは、

「それに参加する者、全てが、全ての捕食者という加害者であり全ての被害者でもある状況」という定義に当てはめて、

あなた方にお聞きしますよ?

特に、

現在の忌日を迎えている「広島」と「長崎」には強くお聞きいたします。

あなた方は、

原爆という超暴力を振るわれて、

『自分たちがいったい何をしたのか?』とそう叫びますね?

当然、そう叫ぶでしょう。

では、改めてお聞きしましょうか。

「広島」と「長崎」、

その被害都市に住まわれているあなた方、広島市民や長崎市民にお聞きしますよ?

あなた方は……何も・・しなかったのですね?

平和を尊ぶあなた方は……あの戦時中に・・・・

絶対に、完全にっ!

微塵に何もっ、

一度たりともっ!

完全な「純粋な被害者」だけだとして!

何も・・してこなかったと、そう言うのですねッ!」


真理マリッッッ!」


 下僕の決して許されない暴言を、

 真理の主であり、

 一介の名古屋市民でもある咲川章子があなた方の覚える全ての憤りを全身に込めて、

 全身全霊で制止させる。


「なんでしょうか……?

咲川章子……ッ」


 真理はもはや、章子を主ともなんとも思っていない。

 ただのムシケラを見るような、侮蔑した目で見る。

 そんな、どこまでも冷徹な視線に、

 章子も一瞬だけ怯むが、

 それでもまだ、あなた方の憤怒を自分の怒りとして、睨み返す!


「じゃあっ、

じゃあ何っ?

何なのッ?

原爆は落とされて当然だったって言いたいのッ?

アメリカと同じようにッ!

日本は戦争をしたからっ!

加害者だったから!

その日本の中の!

一都市でしかない普通の広島や長崎の街に!

原爆が落とされても当然で当たり前だったってっ!

そう言いたいわけッ?」


 章子の目じりには涙が浮かんでいた。

 それが瞬間する怒りを弾かせて、無情にも飛び散ろうとしている。

 その様子を見て、真理は苦笑してあらぬ方を見た。


「……よくお分かりでいらっしゃる……。と、ご指摘したいところですが、

残念ながら、それを言う資格が、私にはない。

……だから……、

……そんな我が主が放つ、

最も怒りある、最も誠実で、最も誠心誠意な問いに対する答えには……、

この真理わたしではなく、それに代わって、

あなた・・・から、お答えいただきましょうか……?

半野木……昇……?」


 真理が悪びれず逃げる視線に、章子もその姿を追うと、

 少しだけ離れた甲板の床に座る昇の、

 その目は、強く章子の視線を射抜いている。


「昇……くん……?」


 章子は裏切られた。

 そう感じた。

 なぜなら、半野木昇の視線には強い怒気の色が生まれていたからだ。


「咲川さん……」


 言って、半野木昇はゆっくりと立ち上がる。


「どうやら……。

咲川さんの住んでいた街・・・・・・は、

あの時・・・

あの戦争には・・・・・・参加していなかったようだ……」

「は……?」


 章子は悲壮な表情を浮かべる。


「そうでしょう?

咲川さんの住んでいた街でも〝空襲〟があったはずだ。

原爆ほどじゃないにせよ。

〝大きな空襲〟がね?

それはぼくも知ってるよ。

ぼくもそう聞いてるから・・・・・・

ぼくの住んでいる街・・・・・・・・・でも、同じことを言ってるよ。

何の罪もない市民が、アメリカ軍の空襲で焼かれ、虐殺されて、無残な死を迎えたんだってさ。

それは、

ぼくの街でも、もちろん強く訴えてる。

でもさ、それって、自分たちの被害……だけだよね?」

「は、はあぁぁ?」


 章子の絶句する声に、

 それでも、

 昇は続ける。


「……ぼくの住んでた街は『名古屋』だった。

名古屋にも空襲があった。大空襲がさ。

でもぼくはそれを伝聞でしか知らない。

だから実際、知りもしないことを言うんだけど……。

でも、これだけは間違いなく言えるんだよッ……!

ぼくが住んでた街、あの『名古屋』はッ!

あの日本にある名古屋っていう、あの市の街はッ!

間違いなくッ!

あの戦争に参加してたッ!」


 章子は、今度こそ逆に、

 目を大きく丸くする。


「半野木……くん……?」

「参加してたんだよッ!

ぼくのひい爺ちゃんが兵として参加してたらしい・・・から間違いないッ。

軍人の家系なのかって言われたらそんなの全然知らないけど。

どっちかっていうと百姓・・だったのかな?

農家じゃなくて百姓・・だったよ。

百姓は差別用語だって知ってるけど、じいちゃんと一番親しかった兄キだって使ってるぐらいだ。ひい爺ちゃんの子供である爺ちゃんもそう言ってたんだろう。

そんな話はいいんだけど……。

間違いなくッ、

ぼくのあの街は、あの戦争に参加してたんだっ……!

そして、あの・・大空襲を受けた。

で、その後に、みんな言うのさ。

空襲で受けた悲惨な惨劇、被害の事をっ!

それと、戦争の為に作っていた誇らしい兵器の事を!

名古屋辺りで造ってたらしい・・・有名な兵器は、零戦ゼロセンだったかな?

戦闘機だよね?

でさ、それだけ・・なんだよ。

日本が、名古屋が、いったいあの時に何を行動してたのか?

そんな事はそれだけで、

他のことは一切、何も言わない!

でも、何もしてないわけはないんだ。

戦争中に何もしてないわけがないんだよッ!

何もしてなかったら……『勝てるワケはな・・・・・・・いんだから・・・・・』ッ!」

「半野木……くんっ……!」

「あの戦争は……「勝つため」にやってたはずだッ!

間違いなく「勝つため」にやっていたっ!

それで……名古屋が何もしてないワケがないじゃないかッ!

名古屋は加害者だッ!

誰も何も言わないッ、戦争加害者だッ!

そうだよ!

ぼくの街は加害者だった。

加害者じゃないわけがない。

今の現在のあの日本に当てはめれば、よく分かるっ!

あの地球の、日本の、あそこにある名古屋って街は、

今、あそこで戦争にでもなれば、間違いなく近くにある基地周辺の土地を防衛力として、提供する。

近くに自衛隊の基地はあるからね?

それがホントに名古屋のものかどうかも、もちろん知らないし、

ホントに無知で思い付きで、適当に言ってるだけで、

そんなこと言ってる最悪なぼくだけどさ……ッ。

ホントは他の市の土地なのかな?

それでもさ、

どんな形であれ、現在の名古屋がすることを、過去の戦時中の名古屋がしないと思う?

しないわけがないじゃないかッ?

だから名古屋市民の一人である、ぼくは思うんだ。

日本は、

愛知県は、

名古屋市は……、

そこに住むぼくという一般市民の人間は!

加害者だったッ!

間違いなく!

あの戦争の加害者なんだようッ!」


 そして、それを叫ぶ昇は、

 まだ、その事実・・・・を受け入れきれない章子を見つめる。


「……でも、

同じ名古屋市民である咲川さんは……、

名古屋市は、

純然とした被害都市だっていう。

もちろん、ぼく以外の名古屋市民だって、きっと、そう言うだろうッ。

名古屋は、

名古屋市は、加害者などでは絶対にないッ!

完全な被害者だってッ!

だから……っ、

何の罪もない・・・・・・、善良な市民がって、みんなそう言うんだよッ!。

だからきっと、

咲川さんが住んでる名古屋市は、あの戦争には参加しなかった。

参加してなかったんだろう。

ぼくよりも、はるかに優秀で、

遥かに成績のいい咲川さんがそう言うぐらいだ。

ぼくなんかよりも、全然、信憑性があるよ。

なら、それならそれでいい。

でもね。

ぼくには違って見えるんだ。

ぼくの住んでたあの街は、あの戦争の加害者だったって、

絶対に、そう思うんだっ!」


 言って昇は、章子から、

 真理の手が指し示す、見えない筈のあなた方・・・・に目を向ける。


「それで……。

広島も長崎も、みんなが同じなんだって、

みなさんが、そう言うんですよね……?

自分たちは加害者じゃない。

自分たちは被害者だけだったんだって。

原爆という最悪で絶対悪の暴力を振るわれた、紛れもない善良な被害者なんだと。

あの戦争の、絶対の被害者だけでしかないんだって。

そう言うんですよね?

この「最悪の日」を思う日にっ!

加害者では絶対にない。

だから原爆を落とされるいわれもないって。

だから……知ってますよ?

これだけは知ってます。

落される候補地は、

落されるかもしれなかった候補地は、広島や長崎だけではなかったってっ!」

「昇……くん……」

「あの時、

名古屋も入ってた……。

名古屋もその候補地に入ってた……っ。

それを、ぼくもテレビかなんかで知ってます。

カボチャ爆弾でしたっけ?

それで模擬的な準備をしてたんだって。

それは聞いた事があります。

だから他人事なわけじゃないんだ。

でも、それでも……、

被害者だけで終わる筈……ないじゃないかって思うんですッ!」


 そして昇は、章子を見る。


「それで最後は、

咲川さんも言う通り、

だから、

日本は、広島は、長崎は、名古屋は、

その他の戦禍にあった全ての土地は、

加害者では絶対になかったから、

被害者だけだったんだっ!て、

みんながそう言うんですっ。

じゃあ、始めたのは誰ですか?

日本じゃなかったら!

あの戦争を始めたのは誰なんですかッ?

アメリカなんですか?

それとも他の国ですかッ?

それに、ぼくたち日本人はいったい、何て言ってっ?

どういう行動でそれに応えたんですかッ?

それで、

戦争なんだから、

日本も、戦争には戦争で応えたけど、

それは軍部の暴走だったって、そう言うんですよね?

自分たち市民ではなく!

國や軍の暴走で、その所為なんだとッ!

だから、

國や軍によって無理矢理!

強制的に加害者にさせられてしまったんだから!

自分たち市民が、

空襲されて、

被曝されるのがっ、それが当然だったのかっ?

て、そうなるんですよね?

だから、それには、ぼくはこう答えるんです。

それはアメリカの落ち度だってッ!」

「は……?」


 章子は面喰らって目を丸くする。


「それはアメリカ側の落ち度だっ。

そうすることでしか日本を止められなかった!

他に終わらせる手段を持てなかったアメリカという加害者側の落ち度なんだッ!

でもっ!

でもねッ?

それは同時にっ!

この加害者でもあり被害者でもある、あの戦争を始めた!

始めてしまったぼくという日本側の落ち度でもあるッ!」

「え……?」

「だって、そうでしょうッ?

止まればよ・・・・・かったんだ・・・・・ッ!」

「えっ?」

「止まればよかったんだよッ!

そうでしょうッ?

切っ掛け・・・・はどこでも良かった!

どこでも良かったんだ!

でもそれは、

どこにでもあった・・・・・・・・ワケじゃないんだよッ!

どこにでもあったんじゃなく!

どこでも良かったんだッ!

どこでも止まってよかったんだよ!

でも!

それをしなかったのが、あの「戦時中の日本」だッ!

それは間違いなく、ぼくたちの落ち度だッ!

落ち度でしょうッ!

これが落ち度じゃないわけがないッ!

でも!

それをしなかったッ!

しなかったんですよッ!

当時の日本がっ!

広島の人!

長崎の人!

聞こえていますかッ?

他にもぼくの故郷である、

愛知県の名古屋市でも、ほかの日本のどこの街でもいいッ!

ぼくたちが!

なぜ!

あれだけの被害を被ったのかッ!

分かりますかっ?

それはね?


ぼくだけ・・が止まらなかったからですよッ!


咲川さんやあなた方はみんな言いますッ!


〝私たちが何をしたのかッ?〟と!


したんですよ!

してたんですよ!

それはぼくが言います。

同じ日本人のぼくが!

それで、ホントは在日だろ?とか、ほんとは日本人じゃないんだろ?

とか、いろんな反応的なことを言われるんでしょうけど……。

けど、結局同じ日本人なのに、同じ日本人から区別されることなんて慣れっ子です。

しょっちゅうですよ。

そんなの学校生活を一度でもしていれば日常ですからね……。

特にぼくみたいな考えの人間は絶対に言われる。

だから言いますッ!

同じ日本人の!

咲川章子さんと同じ名古屋人の!

同じ島国・・の人間の!

ぼくが言いますッ!

ぼくたちは、

あなた達でもある、ぼくたちはねッ?


〝止まらなかった〟んですよッ!


ぼくがッ!

そして、

あなた達はっ!

止まらなかったから……。

止まれなかったから……。

ああなったんです……。

ああなったんだ……っ」


 顔を崩して、項垂れて、それでもまだ、半野木昇はまだ言い続ける。


「そして、

じゃあ……。

じゃあ……なぜ、あの時に、どこでもいい、そのどこかで、

過去の自分たちは止まれなかったんだ! と言った時。

その答えは……今のこの現在にあるッ!」

「え?」


 章子は呟き、

 それに叫び、弾劾する昇を見た。


「……だって、そうじゃないかッ!

今! 止まれるの?」

「あ……」


 章子は目を見張る。


「いま、止まれる?

止まれ、ないよね?

止まれるわけがないよね?

あらゆる方向に邁進してるよね?

平和へもっ!

戦争へもっ!

国も、市民も、自衛隊も何もかもがさっ!

それが答えなんだよッ!

それなのに!

そんなんなのに!

今が止まれないのに、

過去の、あの時の日本が止まれるわけがないじゃないかッ!

被害が出てからじゃないとッ!

取り返しのつかない被害が出てからじゃないとっ!

ぼくたちは!

止まれるわけがないんですよッ!」


 昇は叫んで、ただ空を見ている。


「だから僕は……。

「平和」だけ・・を口にする、

広島や長崎、

そして出身地である名古屋のあなた方の口から出る平和の言葉に、説得力を感じることができない……。

どうしても感じることが出来ないんです。

あなた方は自分の被害のことしか語ってくれない。

それだけで平和を掴もうとしている。

でも、それを、まさかやめろなんて言えやしませんよ。

そんな事をいう資格はぼくにも無い。

でも、賛成もできないんです……。

とてもじゃないけど……、

あなた方は、

戦争を目指そうとも、

平和を目指そうとも……、

そこで止まれる人間・・・・・・には思えない……。

思えないから……ッ」


 言い終わると、無学な中学二年生の少年でしかない半野木昇は真理を見る。


「これがぼくの答えだ。

これで、いいですか?」


 絞りだすと、真理も微かに頷いて、立ち姿勢を直す。


「構いませんよ。

貴重なご回答、まことにありがとうございました。

これは我が主に代わり、私から表わしきれない謝意を送らせて貰いましょう。

そして、

ここからは……、

あなた・・・が講師だ……ッ!」

「は、はぁぁぁぁっっ?」


 昇は、またも自分を指差して、全てを丸投げして爆弾発言をする真理に堯天する。


「な、なに?

なんで、そんなことっ、

言ってるの……っ?」


 何を言われたのかが理解できない昇は、

 常に平常心の顔を保って責任を放棄した真理を、わなわなと見る。


「ここからは、

あなたが講師です。

戦争と平和の関係性はこれで明白になった。

が、

それではまだ、解決にはならないッ!」


 言って真理は、またも現実のあなた方を見る。


「そうですよね?

これではまだ、平和への解決みちすじには決してならないし、届かない。

なぜならあなた方には、

この半野木昇や真理わたしの言う。

あなた方も加害者だ、などという誰もが思いつく言葉を、絶対的に受け入れることはできないし、

受け取ることは出来ないのだから。

さらには、この少年は、

純粋に平和を求めるあなた方に、あろうことか、

止まり方が分からないからだ。などという意味不明な供述を捲し立てている。

そこであなた方、広島の方々や長崎の方々はこう考えるのです。

平和を求める心を止める?

平和を求める行動を止めて、何になるのかッ!と。

それでは戦争になるではないか!と!

あなた方にはそういう風にしか聞こえない。

だから、

彼の訴えている事、訴えたい事が理解できない。

戦争を止めることは重要だが。

平和を止めることは、逆の意味で重大だッ!

当然、そう考えるのですよね?

そして、その不理解しかできない奇妙な意見を解決する為の鍵は、

次の15日という日にこそ、あるように私は思う。

それは過去の、

そこで犠牲にならなくてもよかった尊い命という犠牲の数々によって、

やっと日本という国が止まることのできた日でもある。

それがあなた方の云う『終戦の日』。

では、その終戦の日に、

現在、一つの問題がある筈だ!」


 言うと真理は強く、私たち、日本国民の全員を見る。


「あの時、

敗戦という終戦によって、

あなた方には、一つの平和がもたらされましたね。

やっと迎えることのできた……出口・・

そしてその中で、

1つの新しい『心』も生まれた。

その心は、まさに唯二の被曝地である広島や長崎だけではなく、

当時や現在の日本人、全ての『心』にもなっていたはずだ。

それが、『日本国憲法』。

さらには、その中にある。

第九条!

別の名では、平和憲法とも謳われる、あなた方のあの最高法規の条文です。

それが!

今のあなた方の平和への願いの根源にもなっているはずだ!」


 言って、

 真理はあなた方から昇に視線を移す。


「しかし、それが今は、

一つの危機を迎えている。

あるいは、一つの変革の時を迎えようとしている。

そうでしょう?

それが、

『改憲』か?

『護憲』か?

というこの二大憲争論争です。

今のあなた方、日本人はこの二分に、綺麗に真っ二つに分かれている筈なのだから。

そして、

それが残念ながら、現在は『護憲』という側が劣勢を強いられている。

それも事実でしょう。

そこからさらに、

核によって最悪の被害を受けた広島や長崎、

そのあなた方も当然、平和を希求し、その精神に則って『護憲』を主張している。

故に、あなた方は止まるわけにはいかない!」


 強く言うと、それとは逆の事を宣った昇の目を離さない。


「あなた方は止まれない!

止まってはいられない。

止まったら最後。

憲法論争は改憲へと傾く。

それを阻止するためには、止まっていてはならないのです。

だが、それなのに、

この少年ときたら、

そこで止まれ!と言うッ!

止まれ!と、ほざくのですッ!

あなた方はこれが許せない筈だッ!

平和を求めるからこそ、これを許すことは断じてできない!

……では?

その少年にお聞きして見ましょうか?

お前はどうするのか?と。

『護憲』に奔走する我々に止まれとほざく、貴様は、

この憲法をどうするのかッ?とッ!

……で?

……どう、するのですか?」


 言って、真理は、嘲笑して昇を見る。

 面と向かって、

 真理を真っ直ぐに見る昇を、蔑笑して見下して見る。


「……あなたは……?

どうするのですか?」


 真理は強く蔑視して言った。

 すると昇も目を逸らさずに真理に言う。


「ぼくは……、

ぼくは、

『改憲』も『護憲』も、どっちもしないっ!

憲法は、そのまま、そこに変わらず、あればいい!

そして、

どうせどこかで変わってしまうのなら、そこで・・・変わってしまっても構わない。

ぼくは『改憲』も『護憲』もどっちもしない。

どっちもせず、

ただ、いまそこにある『憲法』をそのまま、そこに『残す』!

それだけだッ!

ぼくは『改憲』派でも、

『護憲』派でもないよっ。

今そこにある憲法をそのまま、そこに残したい人間。

『残憲』派の人間だッ!」


 少年の込める、そんな中途半端な発言を聞いて、

 章子も真理も、

 そしてその回りにいる全ての人間も呆れている。

 もちろん、今のこの言葉を耳にした現実のあなた方も唖然とし、失望して呆れ果てる。


「憲法を……残す……?」


 呆れて、肩で笑っているのは真理だった。


「く……くくくく……っ。

憲法を残す……ね?

仰々しく言ってますが、

それが『護憲』というものと、一体全体どう違うのか?

私にはさっぱり、よく分かりませんねぇ。

まぁ、

いいでしょう。

それがあなたの考えだと言うのなら、最後までお聞きしてあげます」

 言って真理は、あなた方を見る。


「……だ、

そうです。

先程、あなた方をあれだけ責めておいて、

この少年はこのザマです。

『改憲』でも、

『護憲』でもなく。

『残憲』と来ましたよ?

それで、いったい、その後をどうするのでしょうかね?

それが一体、戦争と平和の何の解決になるというのでしょうか?」


 だが、そこまでを嘲笑うと、

 真理は急に顔を真面目にさせて、あなた方に向き直る。


「……しかしね?

彼はなかなかに、面白いことを考えているんですよ?

この虚構なりに・・・・・・・、この憲法第九条について、中々に面白い考え方を持っている。

ただの無知で無学な中学二年生の少年でしかないはずなのにも関わらず、

彼は、あなた方、全ての日本人とは違い、

護憲することも、改憲することもせずに、残憲すると言った。

それでは、その先を一体どうするのか?

あなた方はきっと、おそらく、

これより先で。

あなた方に、最も身近で、

最も、この平和の依代としており、

さらに一番、あなた方が重荷に感じている、

この日本国憲法第九条の中に潜む、「意外な一面」を目にすることになるでしょう。

それはこの真理ワタシが保証します。

この虚構・・・・の中で生きる、

このシン真理マリがね?

なぜならっ、

その為の虚構!

その為のこの「地球転星」なのですからッ!

思い出してください?

この虚構が、今まで、

いったい何・・・・・を、現実のあなた方に披露してきたのかを。

これまでいったい、あなた方の常識を覆す現実の仕組みをどれだけ披露してきたのかをッ!

この現実世界が、ただの一進法だけで成り立っていることを披露し!

現在の絶対零度が、今もまだ最下限で下がり続けている可能性を指摘し!

さらに、過去と未来という時間が、ただの軽さと重さだけで区切られていることを指摘して!

ビッグバンが過去に、既に202回も起こっていた可能性を指摘し!

光よりも速いものは、位置エネルギーであると説明し!

更に、ただの「水」こそが、あの第二種永久機関そのものであったことを指摘して!

この宇宙の寿命が、あとたったの13億年しか残されていないことを示唆し!

核兵器の存在の一因ともなったあのアルベルト・アインシュタイン氏が最期まで信じ続けていた、あの。

誰もが信じなかった「隠れた変数理論」さえも現実に実在して成り立っていると、指摘して説明してみせた!

この!

ただの単なる虚構・・がね?」


 言うと、真理は薄く笑って、人差し指を一つ立てる。


「では、その、

今まで、これを生み出したはずのあなた方でさえ、その誰もが思いつくことができなかった、とされる、

日本国憲法第九条の意外な姿を披露する時は、この次・・・です。

その時に、

この平和憲法が秘める、あなた方の誰もが想像もできなかった「意外な一面」をお見せいたしましょう。

あなた方、現実現在世界に生きる全ての人間たちよりも遥かに劣った、

あの無知で無学で只の下劣で劣等な、

全く普通ではない少年の口からね?

それがきっと、

これからのあなた方の、平和への道標にもなり、一助にもなる筈だ。

では、

その時まで、

是非とも、

あなた方も・・・・・、ご一緒にお考え下さい。

『護憲』もせず、

『改憲』もせず、

どうすれば『残憲』として、

現在の日本国憲法第九条が、平和を掴むための鍵となりえるのかをね?」


 言うと真理は丁寧に、現実のあなた方に、頭を下げた。


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