広島原爆の日 -まずは核廃絶について-

 大海原を往く白い大帆船の、甲板上。

 青い空からの眩しい日差しを受けて、頭上に連なる高い白帆が木目の甲板床に日陰をつくる。

 キシキシと海風に揺れる巨大なセイルの影は、

 その下を歩く咲川さきがわ章子あきこに、

 真っ白な洗濯物を干しているような爽やかな涼しい空気を鮮やかに届けていた。


「まだ、怒っているのですか?」


 隣を歩く章子の下僕、シン真理マリは、綺麗に清廉されたオカッパ頭で、

 主の神妙な顔色を窺っている。


「別に……」


 章子はそれを言うだけが精一杯だった。

 今日の午前中から、章子はムシの居所が悪い。

 過去の地球上で五番目に栄えた時代文明、第五紀世界サーモヘシアを発ってから、

 今日で三日目を迎えた。

 章子はその三日間に幾分、

 この新惑星「転星リビヒーン」の地表に出現させられた他の残り五世界の大まかな歴史、

 更には科学水準を学んでいた。

 その五つの文明とは、

 章子が今もここに乗船しているこの巨大な白い帆船を所有している世界でもある、

 太古の地球上で最初に栄えたという、始まりの文明世界。


 第一紀リ・クァミス。そして、そこから次の時代文明である、

 第二紀ヴァルディラ、とつづき、

 第三紀はルネサンセル。

 第四紀グローバリエン。そして

 さきの第五紀サーモヘシアを追い越して、

 最後の古代文明、

 第六紀ウルティハマニだった。


「……はぁ」

 章子はそこまでを考えてため息を吐く。

 現在、章子のいるこの広大で巨大な新惑星「転星リビヒーン」上には、過去の地球上で栄えた六つの古代文明世界が召喚され、集められて息づいている。

 その六つの古代世界とは、そのどれもが、現在の地球世界、

 章子が生まれて育った、七番目の地球文明・・・・・・・・

 すなわち、現代の地球人類文明よりも遥かに進んだ科学技術を持つ文明だった。

 それこそ、

 ある世界は魔法を、

 ある世界は魔術を、

 ある世界はエネルギーを、

 ある世界は機械工学を、

 ある世界は精霊にも等しい生命を、

 そしてある世界は、

 あらゆる形を持った生物を。

 それぞれがそれぞれの長所をもって、この現実世界で息づいている。

 その事を既に認識している章子は、隣を歩く少女を見た。

 その六つの世界を、

 章子が今、ここで大地として立っている謎の新惑星に出現させたのは、この少女の母だという。

 実を言えば、

 章子もその少女の母だという、件の人物には会ったことがあった。

 見てくれは完全な成人の男性である、その人物。

 その人物を前にして、この少女は母だと間違いなく呼んだのだ。

 章子には、にわかに信じられなかったが、

 当の本人が、その人物を母と呼ぶのだから間違いはない。

 父ではなく、母なのだと。

 そして、その新惑星を創った神にも等しい人物を母と呼ぶこの少女は、

 ただの一介の中学二年生の女子生徒にしか過ぎない章子を、唯一無二の主として認め、

 一身に仕える下僕だった。

 その証となるものを章子は今も持っている。

 光沢のある無地の真っ白な細長い一枚のもぎられた半券チケット

 そのチケットが、章子がこの真理と名乗る少女の主であることの証しだった。

 章子はもう一度、少女を見る。

 そんな少女が、まさかあんなことを言うなんて。


「そんなに気になりますか?

私が、

あなたに〝核廃絶など絶対に出来ない〟と言ったあの言葉が……」


 遠慮のない真理の物言いが、いつも章子の癇に障る。


「……そんなこと……、別にないけど……」


 章子はそう言うが、事実、機嫌は非常に損ねていた。

 真理の言う『核廃絶』という言葉。

 この単語は唐突に出てきた言葉ではない。

 章子たちは今、あらゆる古代世界を旅して回っている。

 回って巡っているが、

 実は、その月日はまだ一か月も経っていない。

 それはちょうど、

 この航海が終わった時に、

 やっと、章子たちがこの惑星に来てから一か月が過ぎようとしている程だった。

 そんな一か月も満たない時間の中で、

 章子がやっと巡り終わったのは一番目の文明である第一紀リ・クァミスと、

 五番目の文明世界、第五紀サーモヘシアのこの二つだけである。

 そして、これから目指している地が、

 過去の地球上で二番目に栄えた文明世界、

 第二紀、ヴァルディラ。

 ヴァルディラは、

 章子のついぞ、待ちに待っていた『魔術』を最新の科学技術としている世界であるという。

 そこでは空飛ぶ箒や空飛ぶ絨毯が日常的な乗り物となっており、

 杖や、肌身に身に着ける装飾品で、

 火を起こし、

 水を溢れさせ、

 雷を放ち、

 風を舞わせる、のだと。

 それらの力が庶民の暮らしを中心的に支えていると。

 街では騎士と魔法使いが往来し、

 僧侶が傷を癒し、錬金術師が秘薬を処方する。

 そんな古代的で幻想的な世界が、科学的に基づき現実として存在していると、

 隣の少女はそう言うのだ。

 それは今でも、章子が夢にまで魅る理想郷だった。

(そこに行けば、何でもできる……!

そこに行けば、きっと何でも手に入る!)


 伝聞から、その世界を言葉でしか知らない章子は、

 すでに幾つもの自分勝手な妄想を思考の中で繰り広げている。

 そんな独りよがりな現実逃避を続ける無遠慮な主を間近で目にしているものだから、

 隣の下僕、神真理は言うのだった。


「なにを手前勝手な妄想を、一人で自己満足に浸っているのか知りませんが、

現実的な問題にまで目を背けるのは、我が主として許されませんね」


 下僕の言葉に、現実に引き戻された章子は、真理を詰まらなさそうな目で見る。


「わかってる!

わかってるわよっ!

そんな魔法の世界にだって、

現実として色んな問題が潜んでる事ぐらいっ!」

「本当ですか?」

 真理は尚の事、自分の主を疑った目で見る。


「……ならば、お分かりになるはずですよね?

これからの新世界では、

六つの時期にそれぞれあった古代世界が、転星ここで一つになることへの弊害もっ……。

それは、最も分かりやすい問題として『軍事衝突』があげられる」


 真理の断言に、章子は思わず顔をしかめる。


「軍事衝突、あるいは軍事均衡。

それら武力による軍事バランスが、これから一つになる新世界の中でも、

最も明瞭で、最も重大な問題として立ちはだかるということを。

そして……、

現在ある六つの古代文明の内で、

純粋は武力、

要は物理的な破壊攻撃力を最も保有する世界は……「第二」です」


 その答えは、章子も知っている。

 これから訪れようとしている幻想的であるはずの第二世界が、

 六つの古代世界の中で、最も軍事的な攻撃力を最強に備えた文明であることを。


「私たちがこれから目指している土地。

第二世界こそが、

その六つある古代世界の中で、最も強力で強大な軍事攻撃力を備えているのですよ。

そして、そんな第二世界文明人かれらと渡り合う為には、

現在の常識は捨てなければならない。

あなた方、

章子たち七番目の地球人類がまことしやかに願ってやまない、

『核廃絶!』

それこそが、全ての外交上で、最期に立ちはだかる究極の壁なのだから!

しかし、そんな究極の壁も、

彼ら『第二』や、

この我らが乗る帆船の所有世界である『第一』では、

すでにそれを、究極の問題とはしていない」


 その言葉は、さらに章子の顔を背かせる。


「当然ですよね。

彼ら第一や第二世界は、すでに核エネルギーをゆうに超える永久機関技術を手に入れているのですから。

いえ、

正確に言えば、

第一は永久機関に類似した手段を、科学技術として確立し、

それを自由自在に行使できる。

第二は、まるまる永久機関の最大出力限界を、

ほぼ隕石衝突級メテオ・クラスまで半無限機関として容易く発揮できる。

故に彼らは、

既に、

核を敵とはしていない・・・・・・・・・・


 章子は唇を噛みしめた。

 その気持ちがいったい何処から来ているのか。

 それは真理にも分かっている。

 解っているから、

 真理は当然のように、

 章子の顔のさらに向こう側にいる別の誰かを見て捉える。


あなた方・・・・は……どう思いますか?」


 真理は言った。

 そう言葉を向けたのは、

 現実そちらで、この酷い文章力の文を読んで下さっている、

 現実のあなた・・・・・・を見つめて、そう言った。


あなた方・・・・にとって、

〝核廃絶〟とは何を意味していますか?

それはミサイル?

爆弾?

あるいはそれらを含めた全ての核兵器?

それともその根源である全ての放射性物質ですか?

ならば、兵器ではなかったら?

例えば、エネルギー源だけに・・・・・・・・・限定すれば・・・・・、ということでもいい。

核の平和利用なんて、よく耳にするフレーズですよね?

で?

それに頼っていて、どうなりました・・・・・・・

核兵器と同じように、憎むべき対象にはなりはしませんでしたか?

で、あれば、

いかに平和利用であれ、

核の使用には違いないのでしょう?

それで、

兵器・・廃絶という啓発活動スローガンは、

全ての核廃絶・・・・・・へと高く掲げられるのですよね?」


 思わせぶりな真理は、あなた方・・・・に話を続ける。


「……ならばお聞きましょう。

現在、この核を忌むべき日を迎えている、

あなた方・・・・にお聞きしますよ?

例外は……許されませんか?

そこに例外は許されないのですか?

いくら平和利用でも、

全ての核は許されませんか?

それとも許される?

許してしまう?

もし、

許されるのなら……、

許してしまうのなら……、

それを許してしまう、

あなた方・・・・では、

核廃絶という崇高な目的の真の達成・・・・は不可能だ。

これは最初にハッキリと断言しておきましょう。

もし、そこで例外を作ってしまうのならば、

あなた方の核廃絶という意思は、そこまでが〝限界〟だ。とね。

それは断言するし、断言できます。

限界ですよ。

それがあなた方、七番目の地球現代現実世界の限界です。

平和利用。

民間利用。

体裁の整った例外として、

核は確実に生き残る・・・・のですから!

それでも、

それをまだ核兵器廃絶だと主張したいのなら、それはとても簡単なことだ。

私もそれは否定しません。

だが!

そこには確実に、

『軍事転用』という恐怖が憑きまとう。

いつまでも、いつまでも憑き纏うのです。

憑き纏わないと思いますか?

民事に使用できる物は全て、

軍事に転用できることが可能であることを!

あなた方は忘れられるのですかッ?」


 言い及ぶと、真理は一つ息を継ぐ。


「では今度は、

逆に、

核廃絶とは、

全ての核を廃絶するものだ、と仮定してみましょうか?

では更に、ここで問題です……」


 言って、

 あなた方を見つめながら、

 真理は、

 天高く、真上を指差す。


「あの……、

太陽は、どうなるのですか……?」


 真理は、真剣に考えている我々を・・・強く嘲笑する嗤いを浮かべる。


「あの、

天高くで煌々と輝いている太陽はどうするのですか?

あれは〝核〟ではないのですか?

太陽が何で燃えているのか……、ご存知ですよね?

核エネルギーの究明を開始してからと、ほぼ同時に!

太陽が宇宙で燃える原理にさえも、やっとたどり着いたわけなのですからッ!

だから……ッ、

ここでもやはり、キッパリと断言しておきましょうか……。

アレは……〝核〟ですッ!

間違いなく〝核〟なのですよッ!

太陽は核です!

核エネルギーなのですよ!

それとも……?

核エネルギーではないとおっしゃいますか?

では何の炎だと思われる?

何の原理で、あの太陽は宇宙の中で輝いていると思っているのですかッ?」


 そこまで言い切り迫ると、

 真理は、歩みを止めて章子と共に、拓けた甲板の上で立ち止まっていた。

 そこは帆船後部にある広い甲板の広場だった。

 船の推進方向である前方側にある、乗組員の待機所、作業所などがある中央船橋棟と、

 後方では荷物の予備的な収納室、格納室などがある後部船橋棟で挟まれた甲板区画にある木目の甲板広場。

 その広場が、

 これから真理が講義を始め、

 章子たちが講義を受ける為に目指していた場所だった。

 そこに、

 これから来る残り二人・・・・も合流して、午後の議題は始まろうとしている。


「……だから、

どうしても核廃絶を訴えたいなら!

どうしても核廃絶を達成させたいのならば!

あなた方は間違いなく!

あの頭上で輝くあの太陽さえも例外なく・・・・否定しなければならない!」


 続きを言い切って真理は、あなたを見る。


「廃絶しなければならない核の分類に!

太陽が例外であってはならない!

それは、

全ての核を憎むあなた方の誇りの為に、私が忠告しておきましょう。

太陽アレは〝核〟です!

紛れもない〝核兵器〟ですッ!」

「えっ?」


 断言する真理に驚いて、章子は見上げる。


「核兵器・・ですよ?

太陽アレは……。

当然でしょう、章子。

太陽は〝核兵器〟です。

間違いなく!

あなた方に、もっとも身近で!

あなた方に、最も恩恵を与えている・・・・・・・〝核兵器〟なのですッ!

ならば……〝兵器〟ではないと思いますか?

ではお聞きしましょうか?

今まで、いったい何人の人命が奪われましたか?」

「え?」

「いったい、今まで、何人の命が奪われたのですかッ?

あの太陽の〝熱〟によって、いったい何人の尊い命が奪われましたっ?」


 その言葉を聞いて章子は悟る。

 熱中症のことを……言っているのか……。

 そこで、思わず身を引いた。

 だが真理は止まらない。


「他にも、いろいろありますよね?

まず、あなた方はあの太陽を直視できない。

直視すれば、間違いなくあなた方の両目肉眼は失明する。

では長時間、皮膚が太陽光に晒されていれば?

当然、灼けただれて手酷い火傷を負う。

ほぉら、

太陽の繰り出す全ての力は全て!

害をなす兵器の威力だ!

今は、それを全て!

ただの民事転用しているに過ぎないっ!」

「……は?」


 真理が繰り返し放つ、聞く価値もない屁理屈を真に受けて、章子は目を丸くする。


「そうでしょう?

これは核兵器の民事転用だ!

核エネルギーの軍事転用ではなく。

核兵器の民事転用であり民事利用です!

今のあの地球の状態は、そういう状況下にあるのですよ。

ハビタブルゾーンという、

ただの太陽という核兵器の威力の丁度いい所に、地球が存在しているだけ。

だから現在のあなた方の目には、あの太陽が核兵器には映らない。

見ることが!

捉えることが出来ない。

核兵器には見ることが出来ないから……核廃絶の対象にも含もうとはしない!

その認識の欠如が、

あなた方に核廃絶の達成を不可能にさせているのですよ!」


 言って真理はあなたを見る。


「あなた方にはこれが屁理屈にしか聞こえないですよね?

間違いなく絶対に、幼稚で稚拙で子供じみた屁理屈にしか聞こえていないでしょう?

もしくはタチの悪い嫌味か……ッ。

それは私にも分かっている。

あなた方にはこれが屁理屈にしか聞こえない。

なぜなら当然、

太陽を廃絶して否定して、それで何になるのか?

それで、どうするのか?

という疑問以前の現実問題が頭をもたげるのですから!

太陽までも廃絶して、その後のことがあなた方には考えられないのですよね?

だから太陽までも廃絶することに益はない。

益はないから。

太陽だけは絶対に廃絶しないし、廃絶する対象にもしない。

そう認識する。

だから私は言ったのですよ?

それこそが、あなた方が今に生きる現実世界の〝限界〟だと

核は廃絶だと言いながら、

最も身近な核である太陽だけは例外だとおっしゃる、あなた方。

もちろん、私はそれも否定しない。

否定せずに、

丁寧に、

分かりやすく、

あなた方に、それがあなた方の〝限界〟だと肯定する・・・・

肯定するし決定する!

では限界ではない?

限界ではないなら、あの太陽は否定できますよね?

しかし、それは屁理屈であり、否定もしないとあなた方は言う。

だけどね!

この帆船ふねの持ち主である第一世界リ・クァミスや、

第二世界ヴァルディラは、

太陽も含めた全ての核兵器を肯定する・・・・のですよっ!」


 真理は、この現実社会を酷く蔑視する。


「彼らは、核を廃絶することに意味を見出さない。

彼らは全ての核を管理できる・・・・・

管理できるし対応できる。

彼らは当然、あなた方の最も恐れる〝放射能汚染〟さえも無力化できるのですよ。

それはそうでしょう。

彼らが持つ永久機関技術・・・・・・は、

あらゆる放射線さえ遮断できるし、放射能を無害になるまで急速的に消費できる・・・・・

そういう虚構せかいなのですよ。

この物語せかいはね?

だから、これらに生きづく虚構世界は、

現実社会のあなた方とは違い!

〝核廃絶〟というものに、なぜ!

それだけ執着し、固執するのかが分からない!

核は人の手で管理するこ・・・・・・・・・とが出来るのに・・・・・・・

なぜ?

それをわざわざ廃絶に追い込むのかという意図が分からないのです。

彼らには最初から、太陽を否定する理由が無い。

その為、彼らは太陽を否定することはせずに、

〝核兵器〟いうものさえも肯定する。

彼らは放射能を無害化することができるのですから。

そんなものは、

彼らの技術からすれば、通常兵器でしかない只の発破物と何も変わりはしないのです。

あなた方だって、

通常の兵器を、わざわざ〝廃絶〟なんてしないでしょう?

それがあなた方の現実と、

この虚構世界の決定的な違い・・・・・・だ。

勘違いしてもらっては困るのが、

別にこれは、

この虚構とこの現実とを比しての優劣を決定させたいから言っているのではない。

優劣を決めたいのではなく、

差異を決定させたいから言っているだけなのです。

あなた方は、核を廃絶したい。

だが、あの太陽だけは正真正銘の最たる核であるにも関わらず、廃絶することだけはしようとはしない。

しかし、リ・クァミスやヴァルディラ紀は、

太陽は廃絶しないから、核兵器も廃絶しない。

核兵器も廃絶する必要がないから、太陽さえも廃絶しない。

そんな考えは浮かばないのです。

……そして、彼だけだ・・・・


 言って、

 真理はあなた方からを見る。


「え?」


 その声は章子ではなく、

 少年の声で驚きの声を上げる。


「彼だけが、

核を否定し、

太陽さえも否定する・・・・・・・・・ッ!」


 言って、真理が見据えていたのは少年だった。

 章子と同じ、共にこの転星に来た日本人の少年。

 半野木はんのきのぼる

 その半野木昇は、

 章子と真理と同じこの広場に合流した途端から、いきなり視線を向けられて困惑している。


「……な、なに?」


 昇はオドオドと章子と真理を見る。

 今がどういう状況なのかが、まるで分っていないのだ。


「あなただけ、ですよね?

核の存在を否定し!

核の廃絶を肯定し!

さらには、

核廃絶を肯定するのだから!

あの太陽までをも否定し、廃絶しようとする!

あなたは、そうでしょう?

半野木昇?」


 真理が強く迫り言うと、昇も得心がいったのか、

 ああ~、と顔を引きつらせながら、ぎこちなく笑って頷く。


「そういう話をしてたんだ?」


 昇は呆れた眼差しで章子を見た。

 章子はそれにただ頷いただけで、

 それ以上、半野木昇に何も言わないまま沈黙を続けている。

 章子が沈黙したままでいるのには理由があった。

 半野木昇の隣にはもう一人、少女がいた。

 章子や昇と同じ歳である少女。

 件の第一世界リ・クァミスの少女だった。

 章子の髪型よりも、

 もう少し短いショートカットの髪をして、昇の隣に並んでいる。

 そして腕の中には、優しく抱いているものが一つだけあった。

 それは猫だった。

 小さな愛くるしい子供の猫。

 だが、その生きる子猫は、ただの猫ではない。

 体が普通の生き物の体ではなかった。

 その子猫の体は全て、電気。

 迸る雷の光のみで成り立ち生きていた。

 そんな雷光を身体全身で迸らせている電気子猫は、

 少女の両腕の中に包まれて、すぅすぅと可愛く寝息を立てている。


「寝てるんだけど、連れてきちゃった」


 少女がバツ悪く言うと、真理も頷きを返す。


「構いませんよ。

オワシマス・オリル。

その仔にはちょうどいい子守歌になるでしょう。

つまらない講師の話ほど、

関係のない子供にとって睡魔の巣窟になるものはないのですから」


 言うと、

 これでメンバーが揃った講義の会場では、

 途端に議題を煮詰めていく授業の教室へと変貌していく。


「さて、

これでメンバーは揃いました。

当の、核廃絶など歯牙にもかけない、

第一世界リ・クァミスを代表とするのはオワシマス・オリル。

そして、七番目の現実世界からは、

我が主、咲川章子と、半野木昇。

そしてその咲川章子の下僕が、

この私、神真理。

私はどちらかというと、核廃絶などする必要は無いだろうと主張する側の人間です。

だから残念ながら、

我が主とはいえ、咲川章子とは主張する物の考え方が根本から相いれない。

そしてこれは当然、オワシマス・オリルも同様だ。

オワシマス・オリル。

あなたも、核廃絶など目指しても意味が無い。

だから太陽もあのまま、あそこにあればいいと考える方の人間でしょう。

さらにこれはこのリ・クァミスの総意でもある。

では我が主、咲川章子がどうかというと……?」


 真理は自分の主を伺い見る。


「私は……、

私は……核は……全部、無くなるべきだって……、

そう……、

そう思うっ!」


 やっと声を絞りだした章子を、

 真理は優しく見て頷く。


「そうですか……。

それはなかなか模範となるべき至極、優等生的な解答だ。

では、核が廃絶されるべきだと断言するあなたは……、

あの太陽はどう考えていますか……?」

「そ、それは……っ」


 章子は狼狽えた。

 ここで、あの太陽を否定することは簡単だ。

 だが、それで否定したところで、その後はどうなる?

 あの太陽を否定したら、その恩恵を受けている全ての物はどうなる?

 もちろん、それ以前に、

 こんなバカバカしい極論もいい所の、子供のケンカと同じでしかない、

 相手にするだけ時間の無駄な、言いがかりも同然の問答に付き合う必要さえ、もっとない。

 真に受けて、わざわざ最初から相手にする必要などさらさらない。

 だが、

 だが、だ。

 だが、やはりよくよく考えれば太陽は間違いなく核なのだ。

 核問題について考えれば、

 結局、現実問題、最終的に最後には太陽あそこに行き着く。

 行き着いてしまう。

 章子もそれは分かっている。

 分かっているから、同時にそこまでを考えてしまう。

 真理の言う事を鵜呑みにする必要は絶対にない。

 絶対に必要はないが。

 それでもやはり、

 章子の考える核問題の最後には、

 太陽というもっとも依存している存在が、間違いなく目の前に立ちはだかっていた。


「わたしっ、

わたしは、

太陽は、れ、例外だって、

核廃絶の例外だって!

そう、

そう思うっ!」


 章子は言った。

 自分の思う真理こたえを言った。

 そしてその答えを聞いて、

 真理も静かに頷く。


「そうですか。

そうですよね。

現代人あなたがたはそう考える。

廃絶されるべき核は、太陽以外だけ!

絶対に太陽だけは廃絶されるべきではない!

完全な例外だ!と。

同じ核であるにも関わらず、ですよ。

しかし!

その断言は特段、責められるべきでもない!

逆に、私はお褒めいたしましょう

咲川章子!

あなたはよくぞ、そこまで断言した。

他の只人であれば、こんな問いなど相手にもせずに、無意味で稚拙で幼稚なバカ話だと切り捨てる。

こんな話など最初から相手にせずに、核というものを深く考えようともしない!

核と太陽とが同じだと考える思考は、

それだけで核問題を真剣に取り組んでいるという事であるにも関わらずです!

そして、それは……、

現実にある被曝地・・・

あなた方も同様だ!」


 言って、真理は今も黙祷を捧げるあなた方を見る。


「あなた方は……。

廃絶されるべき核と、

今、もっとも恩恵を受けている太陽とは違うと思っていますか?

いい機会ですから、実名でご指名させていただきましょう。

広島に長崎。

その土地に住まう、あなた方の事ですよ。

七番目の現代世界に、ただ二つだけある戦災被曝地。

そのあなた方にお聞きしましょう。

太陽の光と、核兵器の光はいったい何が違うのですか?

太陽の光は生命を育むから違う?

ならば核兵器の光が弱く届くのならばどうです?

太陽の光を宇宙空間で直射されればどうですか?

そんな場所や状況は一般的でないから、考慮するに値しない?

それが、あなた方の言い分なのですか?

いいですよ?

そう主張したいなら、そう主張すればいい。

そう主張すればするだけ、

太陽という核だけ・・は例外として、まんまと生き残ってしまうわけなのだから!」


 言って今度は、ただ一人の少年、

 半野木昇を見る。


「しかし!

彼は違う!」

「ええ?」


 向けられた昇は、恐れおののく。


「違うでしょう?

半野木昇、

同じ日本人である「あなた」だけ・・は違うはずだっ。

人命を奪う核は許せず、廃絶されるべきなのだから!

生命を育む、あの太陽という核でさえも例外なく!

絶対的に廃絶されるべきなのだと強固に強く決意するっ!

そうでしょうっ?

半野木昇ッ!」

「……それは……、そうだけど……」


 その言葉に、章子もオリルも大きく目を開いた。


「……これが……彼の意思です。

章子を始めとした七番目の人類は、

軍事、民事を含めた全ての核は廃絶したいし、それを目指すが、

太陽という超自然的な核だけは例外として残す。

残すしかない。

それが総意です。

そして私や、オリルたち、

第一番目の古代世界は、核廃絶は必要ないし、

同時に太陽の廃絶も、意思として持つことはない。

だが、ここで、

だけ・・が違ってくる!

章子たち現代人類とも!

オリルたち古代人類とも、完全に違うのです!

だけ・・

だけ・・だ!

だけ・・がそれをする!

そんな誰もがバカげたことだと軽んじた粗末として始末し!

捉える、意思と思考を強固にもつ!

だけ・・がそれをやろうとするッ!

この現実世界で・・・・・・・ただ一人・・・・

『光よりも速いもの』を独力で看破した、彼だけ・・がですッ!」


 言って真理はあなた方を見る。


「しかし……、

しかし、ね。

彼は別に、

太陽という力の効果を軽んじているから廃絶しようとしている訳ではないのです。

逆ですよ。

逆なのです。

彼にはね、

同じに見えて・・・・・・しまうんですよ・・・・・・・

「え……?」


 章子は声を上げる。

 それを見て真理も言った。


「同じなんですよっ。

彼には同じに見えている!

あのサンサンと輝く太陽の光の力によって、

熱を感じながら肌が焼けてしまっていく自分の身体と!

核の光に直撃され、灼かれ、消され、弾かれ吹き飛ばされて、

想像しがたい無残な致命傷を負った、

その人々の苦しみとが!

彼には全て!

一緒に見えるのですッ!」


 言って真理は、

 真理の今までの発言で、強い憤りを感じているあなた・・・を見る。


「あなた方には……同じに見えていますか?

その日、

その時、

その場所で、

毎年、

平和への宣言の言葉が読まれますよね?

その当地の首長が、

その当時の惨劇、悲劇、苦しみ、悲しみ、痛み、喪失、

恐怖に思いを忍ばせて、絶句して!

尊い平和への思いを口にする。

しかし、その平和への宣言が読まれている時、

その日、

その時、

その場所で、

空は晴れていましたか?

太陽は輝いていましたか?

その日は暑い夏の日ですね?

涼しい午前中の風の中で、

平和への宣言を重く発し、

それを静聴し、

流れる汗を頬に伝えつつ、あなた方は過去に黙祷を捧げる。

しかし、

その時に無慈悲に注がれる太陽の陽射しがね?

その熱さが!

彼に、常に想像させてしまうのですよっ!

その単なる、肌を焼く日差しの痛みが、

そのまま、原爆の暴力で地獄と化した中で命や身体を奪われ、

救いを求めながら痛みを叫ぶっ、あの声をね!

この今にも、降り注ぐ夏の太陽の日射しが、

過去に在った、

灼けただれて被曝して捲れた肌が、そこに何も考えていない夏の日射しでさらに無情にも火傷を重ねていってしまうことを!

は否応なく想像してしまうのです!

青空から降り注ぐ太陽の光が、過去に苦しみを与え続けている核の光そのものだと!

日の光を自分が受ける度に、彼はそう自覚する!

それを過剰な反応だと、あなた方は受け止めますか?

核を最も憎むべきあなた方が、身近に核の怒りを感じている彼を嗤うのですか?

だから……彼はっ!

別に、

8月6日や、

8月9日に、特別な思いや特別な感情、特別ないたみはもっていない!

当然ですよ!

彼は、あなた方の云う原爆の無残さを!

常に空から受け続けている太陽の光で、常日ごろから自覚しつづけているのですから!

だから彼にとっては、

8月6日も、

8月9日も、

当然、

8月15日でさえも『特別な日』ではない!

彼にとってはその全ての無残さが日常だっ!

命が奪われていく命を、常日頃に感じている彼には、特別な日など存在しない!

彼は「生命」というものをより正確に誰よりも捉えているのだから!」


 言って真理はあなた方を見続ける。


「だからあなた方も、受ける陽射しから核を想像するべきだ、なんてことは、

私の口からはとても言えません。

だが、

だけ・・はそれをやっている。

ということだけは主張させていただく。

だから彼だけは、あなた方やリ・クァミスとは根本的に違い、

太陽さえも否定する!

現代地球人であり、

日本国民であり、

愛知県民であり!

我が主、咲川章子と同じ、

一介の名古屋市民・・・・・でしかない!

ただの中学二年生の少年、

半野木昇がっ!」


 言うと真理は悲しそうに空を見上げる。


「だからこそ、あなた方は、

太陽さえも否定する彼の〝敵〟となるでしょう。

全ての核に灼かれてしまった人々の!

その苦しみをすべて怒りとして!

太陽を否定する彼の!

その紛れもない敵となるのです!」


 言って真理はあなた方を見る。


「では、次は二回目・・・ですね……。

最初は広島、でした。

そうでしょう?

であれば、次は長崎だ。

その長崎の〝その日〟と同時刻に、またお目にかかることになるでしょう。

その時、

その首長の方々は、

果たしてあの太陽を否定することができる宣言が出来るでしょうか?

宣言の内容が書かれた用紙を携えながら、そこで降り注ぐ太陽からの日射しを浴びて、

その光が、

核の光と同等に感じるでしょうか?

そして、その時に、あの太陽も否定できるかどうかで……、

あなた方の核廃絶に対する『本気度』も伺える。

何処から何処までを、核を核として捉え、否定できるのかで、

これから実現される重い・・未来が決定されるのです。

では、また次回です。

その時には、

それこそ、

核廃絶の基礎ともなる、

平和と戦争についても考えることと致しましょう。

それはもう目の前です。

それではまた、お会いできる日を楽しみにしていますよ……?」


 真理の少女はあなた方にそう告げると、静かに目を閉じて小さく笑んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る