第29話 何のことだかさっぱりわからないな

 宿に逃げ帰った俺たちは、息を整えた後、何食わぬ顔でギルドに顔を出した。


「よぉ、フシミ。ミカミはもう依頼を受けて行っちまったぜ」

「そうですか。ところで、何でギルマスがここにいるんですか。僕まだ何もやってませんよ」


 なぜかギルマスが受付の窓口にいた。

 しかも、フシミを見てニヤニヤと笑っている。


「まぁいいだろ。俺がここにいちゃ悪いか?」

「別に、悪いとは思っていませんよ。冒険者ギルドのマスターなんですし」


 今日も頭頂部が照り輝いているギルマスは、フシミを手招きして呼んだ。

 一応一緒のパーティーなので、俺もフシミと一緒にギルマスの元へ行った。


「ギルドカードの更新、そろそろしたほうが良いんじゃないか?今ならタダでやってやるぞ」

「あー、そういえばフシミ。登録してから一度も更新してなかったな。やってもらえば?」


 俺はこの前やってもらったからな。でもお金なんて取られなかったぞ。ギルマス、何か企んでいるんじゃないか?


「タダより怖いものはない。そういう言葉が僕らの世界にはありまして……」

「ま、そんな堅いこと言わずに、よこせ」


 にっこりと笑うギルマス。その言葉には圧が込められており、フシミはその圧に気圧されてカードを渡してしまった。

 しかも「よこせ」とか……ジャイ○ンかよ。


「まいど〜」


 ギルマスはフシミからカードを受け取ると、受付の奥の方に消えていった。


 カードの更新が終わるまで、フシミにカード更新のお金のことを伝えてみた。


「フシミ、俺が更新してもらった時は、金を払え、なんて言われなかったぞ」

「だろうね。ギルマスのことだから何かしら含みのある言い方をしてくると思ったけど」

「けど、何だよ」


 誰もいなくなった受付窓口をぼーっと見ながら、フシミは『はぁ……』とため息をついて言った。


「今までギルマスが絡んできて、何か良いことあった?」

「無い」


 なぜか即答することができた。なぜだろうな。

 心当たりがあるとすれば、試験だったり、国外の貴族への依頼だったり、無茶ぶりだったり……心当たりがありすぎる。というか多すぎる。


「ほれ、終わったぞ。お前も晴れて緑ランクだ」

「おっと……」


 カードの更新が終わったのか、ギルマスがフシミのカードを投げて返してきた。俺より一つ上のランクだ。別に理由はわかるから、それについて文句は言わない。

 だが、一つだけ言わせて欲しい。なぜ投げて返した。

 そんなに距離が離れていないのだから、普通に手渡しで渡せば良いものを……どうして投げて返すのだろうか。

 もしかして、他の職員も投げて返すのか?


 そう思って、隣にいる暇そうな顔をした美人な受付嬢の顔を見た。


 俺の視線に気づいてこちらを見た受付嬢だったが、何かを察したのか首を横に振った。


 なるほど、ギルマスだけだったか。


「ただいまー」

「げ、ミカミ」

「『げ』、とは何さ。『げ』、とは」


 冒険者ギルドの入り口から、依頼を達成したのかミカミが入ってきた。

 彼女の姿を見たフシミは、ついうっかりといった様子で口元を押さえた。


「何かやましいことでもあったんじゃないの?」

「何もやましいことなんてないよ。ねぇレイヤ」

「そうだな。何もないな」


 彼女をストーカーしようなんて案を持ちかけたのは俺じゃない。フシミだ。

 だから何かあったとしても全責任はフシミにある。俺は関係ないぞ。たとえ面白そうだからといってついて行ったとしても、話を持ちかけたのはフシミだ。うん。


 別に友達を売ろうとなんてしてないぞ。ああ。していないったらしていない。


 そんな描写はなかった?

 何のことかさっぱりわからないなははははは。


「あ、そうだ。依頼の報告しなきゃ」


 散歩から帰ってきたかのような軽い足取りで受付へと歩いていくミカミ。その口からは、とんでもない言葉が発せられた。


「ゴブリン10匹の討伐、完了しました!これ、証拠の『ゴブリンの両耳』です!」

「「ブフッ!」」


 俺とフシミは同時に吹き出した。

 彼女の口から『ゴブリンの両耳』という何かグログロしい(グロい描写がありそうな物の意)言葉が出たのだ。どんな耳かは現物を見ている俺たちからしてみれば想像しやすい物だ。だが、こんな文字ばかり読んでいる諸君たちからは想像しがたいものだろうから、俺がしっかりと説明してやろう。


 全体的に深緑色で形は直角三角形に近い。鋭角の部分が耳の端っこで、直角の部分と鈍角の部分が顔についている方の部分だと思ってくれればいい。

 どちらの耳を想像したかはわからないが、それが対照的にもう一対いっついあって、それで一体分として数えられるらしい。


 俺たちかい?採取や討伐の依頼なんて受けてないし、そもそも国外貴族への依頼しか受けていないから、実物は彼女をストーキングした時しか見たことない。


「はい、しっかり10匹討伐しましたね。では、こちらが報酬になります。また機会がありましたら、よろしくお願い致します」

「ありがとうございます!」

「いえいえ、こちらこそ!」


 きっと、「ありがとうございます」とお礼を言ってしまうのは、日本にいた頃の癖なんだろうなぁ……俺も時々ポロッと言ってたし。わかるわかる。


「さて、ミカミも戻ってきたことだし、お前らのカードも無事更新できたことだし、本題に入ろうか」

「あれ?僕、何か唐突に嫌な予感がしてきたよ?」

「奇遇だな、俺も嫌な予感がしてきたところだ」


 ギルマスがにっこりと笑っている。そう、それはもう、『にっこり』と。


 そんな表情を見た時、こんな言葉が思い浮かんだ。


「神は言った。ここで死ぬと」

「その神はたぶん今、ものすごい量の酒を飲んで酔っ払っているに違いない」


 フシミ、冷静なボケをありがとう。でも、今はツッコミなんてできないと思う。だって、体が動かないのだもの。


「なになに?新しい依頼?」


 ミカミがのほほんと歩きながら近づいてくる。

 そんな彼女を横目で見ながら、ギルマスは言った。


「そうだ、お前たち『フリーダム』への個人的な依頼なんだがな」


 その内容は、さすがに無理だと思った。

 いや、さっきも言ったけどまともな討伐依頼を受けたことがないから、普通の人がどのくらいの難易度の依頼を受けているかさっぱりわからないのだけれども。

 それでも、直感的にこれは無理だと思った。


「えぇ……ねぇギルマスさん、フシミたちじゃあその依頼は無謀に等しいと思うんだけど」


 依頼内容を聞いたミカミが、文字通りドン引いている。その様子を見た俺は、素直に、率直な疑問を口に出した。


「ねぇギルマス、まさかとは思うけどさ。まだ『卵』って言われたこと、根に持っているのか?」


 うっかりと口に出してしまったが、ギルマスは笑顔のまま首を振った。


 だよねぇ、さすがにもう、根に持っているわけないか。


「何のことだかさっぱりわからないな」


 しかし、ギルマスの目はまったく笑っていなかった。


 やばい、もしかしたら、この依頼で俺らは死ぬかもしれない。

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モブ召喚 ひまとま @asanokiri884

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