別れの思い出

「今日が最後の思い出の部屋だね……。」


夕焼けに照らされた美穂がそんなことを呟いた。


「うん……そうだね……。その次が未練の部屋……、最後の部屋だね」


次の黄色い扉を開けば、きっと後には戻れなくなる。そんな気がする……。はじめから感じていた嫌な予感……、美穂から感じられるなにかの虚無感……。


「じゃあ、行こっか……。」


美穂の笑顔がいつもよりぎこちなかった。


「うん……。」


僕らはゆっくりと階段を降りた。



「あれ?」


たどり着いたのはあるはずのない2階……。噂とはかなり違っていたけれど、それはきっと美穂の大切な思い出が1つだけじゃなかったから……。


「黄色い扉が……ない……。」


黄色い扉があったはずの場所には黒い扉が現れていた……。


「なんだか、嫌な予感がする……。」


「でも、もう帰れないよ……。」


美穂の言う通りだ。ここに来たらもう、引き返せない。


「……わかったよ。」


僕は拳を握りしめて心を決める。


「じゃあ……行くね?」


美穂も決まったようで、思い切って扉に手をかけた。体の吸い込まれていく感覚が……。


――――――――――――――――――――


なんで行っちゃうの?


ごめんね、一太くん……。


ごめんねじゃ……分からないよ……。


2人の男女は涙を流していた。


ねぇ、一太くん……また、いつか会える?


うん。きっと会える。だから美穂ちゃん、泣かないで。


本当?約束だよ――――――。


離れてゆく指先の間を、光の刃が斬りいる。


車が去ってゆく……。あなたが離れてゆく……。いくら手を伸ばしても、届きそうもない、私の知らない場所へ行ってしまった。


私はあなたがいないと―――――――。


あなた以外の誰のために私は息をするの?


なんのために私は生きるの?


気がつくと私はあなたとよく一緒に遊んだ高台にやって来ていた。


あ、私の家がみえる!


美穂ちゃんの家?どこどこ?


そんな記憶が蘇る……。


あれ?私はあなた以外の誰を好きになればいいの?心を、体を、私の全てを支えてくれていたあなたがいないなら、私はただただ、崩れ落ちるだけ……。支柱を失くした人体模型のように……。


あ――――――――――。


その瞬間、私の視界がぐるぐると回転した。体に痛みが走り、止まると同時に私の視界は真っ暗になった……。


あ……私、本当に1人じゃ立てないや……。


――――――――――――――――――――


「え……どういうこと?」


美穂の思い出が終わっても辺りは明るくならなかった。視界は真っ暗なままで前も後ろも分からない。


「ねぇ……一太くん?」


背後から美穂の声が聞こえる。


「私、実はね……、」


両腕を掴まれて引っ張られる……。その瞬間、周囲が明るくなる。さっきの2階の風景……ではなく、血塗られた2階だった……


目の前にはあの、未練の部屋の扉がある。それはゆっくりと開き……僕を引きずり込もうとする。


「いやだ……いやだ……。」


逃げ出そうとしても体が動かない。僕は抵抗虚しく闇に引きずり込まれてしまった……。



「…………ん?あれ……?」


目が覚めるとだだっ広い部屋にいた。体は縛られて動けない。


「な、なんなんだ……これ……。」


コツ……コツ……


暗闇の中から足音が聞こえる。


「……美穂!?」


それは美穂……。だが、美穂ではない。


「もう気づいてるんじゃない?」


美穂の姿をしたそれは顔を歪ませながら近づいてくる。手にはナイフを持っている。


「私は美穂じゃないって……。」


「………………。」


「そんな顔で睨まないでよ〜!怖いなぁ。」


「お前……美穂をどうしたんだよ!」


「え?美穂ちゃんは自分で死んだんだよ?高台から転がり落ちて……ね?まぁ、言ってしまえば一太くんが引っ越したから悪いんだよ?あなたに頼りっきりだった美穂ちゃんがあなたを無くせば……こうなることくらい分かってたよね?」


「…………なら……お前は誰だ?」


「私?私はねぇ……。」


美穂の形をしたそれはニヤッと笑うとナイフを舐めながら言う。


「ただの亡霊……だよ?」


「亡霊……?」


「美穂ちゃんと同じ場所で死んじゃった私が美穂ちゃんの体に乗り移ったってわけ……。つまり、抜け殻を利用しただけだよ……。」


「お前……そんなことしていいと……」


「誰にも許可なんか必要ないよね?たって私、死んでるんだから。」


「美穂ちゃんは今でも捜索願が取り下げられないまま、両親はいつまでも探し回ってる……馬鹿だよね、死んでるってのにさ。」


「お前にバカにする権利はない!」


「はぁ〜、うるさい。まぁ、いいや……一太くんも死ぬんだし……。」


「は?なんで僕が……」


「私さ、成仏したいんだよね。飽きちゃったんだよ、この世界に……。でもさ、成仏するにはこの体の『未練』が邪魔なんだよね。」


「未練……ってまさか……。」


「うん、一太くん……君だよ?」


美穂の形をしたそれは一太の目玉にナイフを向けて笑う。


「だ〜か〜ら〜、ね?私のために死んでよ。あなたの大好きな〜、美穂ちゃんのために〜ね?」


「お前は美穂じゃない!お前は美穂なんかじゃない!」


「まぁ、抵抗しても殺すけど……。」


「ぐ、うぁぁぁ!」


その瞬間、左目に感じたことのない激痛が走った。


「あ、あぁ……あが……。」


「あれ?もう限界?私なんて両目が潰れと左足が千切れても死ねずに苦しんだのに……」


「あ、あが……ああぁぁぁ!」


右目にもナイフを刺され、何も見えなくなる。


「ほら……怖いでしょ?死ぬのって怖いよね?でもね……私は楽しいよ?殺すのって楽しい……。」


もう、何も感じられない、何も感じたくない


「あれ?反応がないなぁ?ほら!」


「ああぁぁぁぁぁぁぁ!」


左腕を切られて悶える。


「ふふっ、いい反応だね!怖いでしょ?怖いんでしょ?でもね……ここまで来たら生きる方が怖いよ?」


急に声が暗くなる。


「この傷を負って生きていく方がよっぽど苦しい……。だから、私のために死んでよ。これで苦しみは終わらせてあげるから……。」


その瞬間、胸に何かが差し込まれる感覚を感じ、一太は意識を失った……。


「ふふっ、未練の処理は完了かな……。最後に教えてあげる。私の名前はね……」


美穂の形をしたそれは一太の亡骸の耳元に口を寄せて言った……。


「ミホミ……だよ?ふふ……。偶然かな?美穂ちゃんの体に入っちゃうなんてさ……。運命感じちゃうよね……。」


ミホミは体に力が入らなくなるのを感じた。


「やっと成仏できる……。ありがとう、一太くん……。」



――――――――――――――――――――


「おはよう、一太!」


「ああ、おはよう、夏樹。」


「残念だったな……美穂ちゃん、引っ越しちゃったんだって?いい感じだったのにな?」


「うっせー!だまれ!」


今日もいつもと同じ日常が始まる……。そう、いつもと同じ……ね。



(まさか……今度は一太くんの体に入っちゃうなんてね……。びっくりだよ……。まぁ、今度の体は大切にするからさ……。安心してね、私の大好きな一太くん……ふふ……。)


END

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ミホミ・セカンドフロア プル・メープル @PURUMEPURU

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