2章 それぞれの過去

私の父は、優しくて、大きくて、暖かくて。


私の中で一番の存在だった。


そんな父が亡くなった。


私が小学五年のとき。


原因は交通事故。


しかし、母の切り替えは驚くほど早く、これが母親の強さなんだと思い込んでいた。


数ヵ月後、母は男をつれてきた。


「誰、その人」


「紅羽の新しいパパよ」


えっ、ちょっと待って


「お母さんは、お父さんのこと、忘れたの?」


「あー、あの人?めんどくさかったのよね、おもいっていうか。とにかく私はこの人のことが好きなの」


「嘘でしょ?」


「ごちゃごちゃうるさいわね。自分の部屋に行っときなさい。ごめんね~、今あの子反抗期で~」


母が男に甘えたように撓垂れかかる。


その瞬間、父がこの家から消えた気がして、悲しくなった。


ある時、母が出掛けていて、男と二人きりになった。


「ねえ、紅羽ちゃん。お昼、どうしようか?」


返事はしない。この家に来てから、男は私にやたらと話しかけてくる。


「ねえ、紅羽ちゃん。入るよ」


「だめ」


いつもならここで諦めてくれるのだが、今日は違った。


ガチャ


「えっ!駄目って言ったじゃん!」


「あーもー、うるせーんだよ。俺が下手に出てりゃいい気になって。ちょっとはこっちの身にもなってほしいね」


口調が変わった瞬間、恐怖を覚えた。


「ごめんなさ......キャッ」


ベットでゴロゴロしていた私に覆い被さってくる。


「止めて!離して!」


「男の前でベットで寝てるとか、誘ってるようなもんじゃん」


「やだ!警察呼ぶよ!」


「呼べるもんなら、呼んでみろよ!」


男の言う通り、全く動けない。


「た、助けてー!誰かー!助け......」


目の前が真っ白になる。何が起きたかわからなかったが、頬が熱い。


「うるっせーんだよ!」


今度は、腹部に激痛がはしる。


殴られた?蹴られた?


ピーンポーン


ちょうどいいところに母が帰ってくる。


「お母さん!助けて!」


「なーにー、紅羽」


母が部屋までやって来る。やって来た母に、必死で説明した。


聞き終えた母は一言。


「それで?」


えっ?


「あなたがいつまでも反抗するからでしょ?さっ、ご飯にしましょう。祐介さん、お昼食べた?」


二人は話ながら何事もなかったかのように去っていく。


嘘でしょ?


私はその場で茫然とするしかなかった。


その日から、あの男の暴力が始まった。


胸、腹、肩、背中


基本的に服で隠れるところを狙ってくる。


母も見て見ぬ振りをする。


私の体は、痣だらけになった。



ある日、小学校の水泳の授業のときに、事件は起こった。


痣を隠すため、いつも水泳の授業を休んでいた私に、担任が声を掛けてきた。


「月詠さん、どうしていつも水泳の授業をお休みするの?何か理由があるの?」


どうしよう。


「月詠さん?」


どうしよう、どうしよう。


「......あら、あなた首のところどうしたの?」


ヤバい。


見学のため、体育服に着替えていた私は、制服と違って、体育服は首もとが開いていることを忘れていた。


「ちょっと、見せて。月詠さん!?」


ダッシュで逃げる。どこへ逃げよう。


結局その日は、用具入れに隠れていて、みんながいなくなった頃に教室に戻り、帰宅した。


帰宅すると、担任の先生が玄関先で、母とあの男と話していた。


とっさに近くの植え込みに隠れ、先生が帰るのを待った。


しばらくして先生がいなくなると、家に向かった。


家にはいると、あの男が待っていた。


「お前、俺らに恥をかかせやがって!」


鈍い音と共に腕に痛みがはしる。


痛みをこらえて見上げると、あの男が怒りを露にして睨んでくる。


「お前のその目、あいつに似ていて気味が悪いんだよ!」


私の中で何かが弾けた。


「父をバカにしないで!あんたなんか......あんたなんか死んじゃえ!あんたが死んで、父が生きていれば良かったんだ!」


「紅羽!何てこと言うの!謝んなさい!」


そんな母の言葉に、怒りが頂点に達する。


「今頃母親の顔しないでよ。助けてくれなかったくせに!あんたなんか、もう二度と顔も見たくない!」


家を飛び出そうとした。だが、あの男が行く手を阻む。


「俺をバカにするな!」


胸に強い衝撃を受けて、私は意識を失った。



目が覚めると、周りに色々な機械があり、人工呼吸機がはめられていた。


誰かを呼ぼうとするが、声がでない。ナースコールに触れる。


一人のナースが、やって来た。


「紅羽ちゃん?目が覚めたのね。もう大丈夫よ」


久しぶりに聞く、人の優しい声に涙が止まらなかった。


たくさん泣いた。今までの分まで泣いた気がする。泣きすぎて、過呼吸になって、看護師さんが慌てていた。


落ち着いてから、全てを聞いた。


あの後も私は殴られ、蹴られていたらしい。そこを通りかかったどこかの社長さんが止めに入って、警察に連絡したらしい。


─その社長さんの名前は?


聞きたくても声が出ない。


すると、何か言いたそうにしていたのに気がついたのか、ペンと紙を渡してくれた。


「筆談、出来る?」


軽く頷いて、震える手で文字を書く。


─社長さんのお名前は?


「桐ケ谷さんよ」


桐ケ谷、さん


「言い難いんだけど、あなたのお母さん方は逮捕されたわ。だから、桐ケ谷さんがあなたを引き取ってくださるって言われているんだけど、どう?」


桐ヶ谷さんの家に......


─考えます



それから、何ヵ月か入院し、リハビリやカウンセラーを受け、声は出るようになった。


しかし、殴られ、殴られた痕は消えなかった。


心の傷も消えなかった。


入院中、桐ケ谷さんは何度かお見舞いに来てくれた。


「こんにちは、紅羽ちゃん。桐ケ谷誠です」


そう言って、病室に入って来たのは30代ぐらいの男の人で、優しそうな笑顔を浮かべていた。


しかし私には、男の人、というだけでとても恐怖だった。


少し近づいてくるだけでも恐くて呼吸が荒くなる。


その日は、看護師さんがやって来て、面会は中止となった。


次の週は、奥さんとともにやって来た。


とても綺麗な人で、優妃(ゆうひ)さんと言った。


「こんにちは、紅羽ちゃん」


「......こ、こんにちわ」


とても優しそうな人で、かろうじて挨拶はできた。


そんな事が一ヶ月以上も続き、ようやく落ち着いてきた頃、これからのことについて、話す事になった。


「紅羽はどうしたい?」


私は......


「まだ、恐くて、不安だらけだけど、一緒に、いたいです」


途切れ途切れの言葉でも、二人はしっかりと聞いてくれた。


「分かった。ありがとう、紅羽。私は絶対に暴力は振るわない。約束する」


誠さんの強い言葉を信じて、私は桐ケ谷邸へ行くことを決めた。


退院した後、優妃さんがお世話をしてくれた。


誠さんは怯える私に対して優しかった。


男がいたら落ち着かないだろうと言って、別館に部屋をくれた。


優妃さんも優しくて、安心して暮らせた。


中学校に上がり、少しずつ気持ちも落ち着いてきた頃。


あの男と母は私を呪い足りないようだった。


クラスメートにばれた。


苛めが始まる。


「お前の体、汚ねー!」


「汚ねーやつが学校来んなよ!」


集団は怖いもので、何かしら自分と違うものがいれば、排除しようとする。


自分を守るために。


結束する。


叩かれたり、無視されたり、ものを取られたり隠されたり。


学校に行く前に玄関で吐きそうになって。でも言えなくて。歯を食いしばって学校に行く。


誠さんたちに迷惑はかけられない。


それに、泣いたり休んだりしたら、いじめに負けたことになると思って、絶対に泣かず、休まなかった。


こんな奴らに負けるもんか。


結局、苛めは卒業まで続いた。


あの男は、どこまで私を傷つければすむのだろう。


もう誰も信じられない。


高校は、近くの高校にしていたが、今までの全てを明かし、知らない人ばかりの学校の編入試験を受けた。


誠さんと優妃さんは涙ながらに聞いていた。


「ごめんね、紅羽ちゃん。気がついてあげられなくてごめんね」


合格した私は、学校の近くで一人暮らしを始めた。


誠さんも優妃さんも心配してくれたが、これ以上迷惑はかけられないし、何より、心配してくれることが嬉しかった。

────────────────────



沈黙。


二人とも黙っている。


「......気持ちがいい話じゃなかったでしょ?」


「......辛かったんだな」


不意に、桐ケ谷湊の手が近づいてくる。


「ちょっ、やめ......」


優しく頭を撫でられる。


「頑張ったんだな......」


「......っつ」


涙が溢れてくる。


泣き顔を見られたくなくて、歯を食い縛る。


「泣けよ」


頭を引き寄せられて、桐ケ谷湊の胸に顔を埋めるかたちになった。


「その......泣いたらだめだと思って我慢してるのかも知れないけど、俺らしかいないから。......俺らは受け止めるから。......泣けよ。我慢なんかすんな」


あいつの言葉が嬉しくて、安心して、とうとう止められなくなった。


「......っつ......」


東雲鐔貴の手が、背中に触れる。


優しく撫ででくれる。


泣きすぎて、いつかのように過呼吸になった。


でも、私のとなりで慌てていたのは、桐ケ谷湊と東雲鐔貴だった。



泣き疲れて眠ってしまったようで、チャイムの音で目が覚めた。


「お、起きた」


「っあ、ありがとう」


「良かったじゃん。スッキリしたみたいで」


そう言って、笑ってくれた二人は、最高の笑顔だった。



次の日、少し気恥ずかしかった。


あいつの胸の中で泣いたと思うと。


「よう!」


「よ......よう」


屋上に上がると、二人が待っていた。


「飯、食べるぞ」


「うん」


気まずくて、何も話せない。


「あっ」


東雲鐔貴の方へ、箸が転がっていく。


「ごめん」


「いや......」


受け取ろうとすると、手が震えているのがわかる。


「......どうしたの?」


「......」


「鐔貴にあんま近寄んないで」


なぜここまで、避けられるのか気になった。


「どうして?って訊いてもいい?」


「......俺もお前と一緒」


「?」


「過去に、色々あったんだ」


そう言って、あいつは話し出した。



中学生のとき、俺は今より10kg以上太っていた。


弄られキャラで、人にはっきりとものを言えない自分が、嫌いだった。


クラスにはカーストがあり、僕は底辺。


カーストの上層部にいる人たちは、いつもキラキラして見えた。


そんなある日の出来事が、僕を変えた。


「ねえ、東雲鐔貴君だよね?よろしく」


席替えで隣になった彼女は、クラスの上層部にいる。僕にとっては遠い存在だった。


だから、なるべく話しかけないようにしていたのだ。しかし彼女は、屈託のない笑顔で話しかけてくる。


「夏海~!帰ろーぜってお前、こんなデブと話してんの?」


彼女と同じグループの男子が、俺を蔑んだ目で見てくる。


「デブって言わないの!東雲くん、いい人だよ」


「あっそ、まあ良いや。早く行こーぜ!大樹も麗奈も待ってるって」


「じゃあね、東雲くん。もー!待ってよ!」


挨拶をして去っていく彼女に、何も言葉を返せなかった。



「おい、お前さ、何で夏海と話してんの?マジでうざいんだけど。夏海のこと好きなわけ?」


彼女が話しかけてくるから、勘違いしている人もいた。


「......別に、好きじゃないし......僕から話しかけてる訳じゃ」


「ちょっと!尚哉!東雲くん怖がってんじゃん!もー!ごめんね」


いつも助けてくれる彼女に、聞いたことがある。


「ねぇ、どうして僕に話しかけるの?その......高峰くんに色々言われてるし......君が嫌な思いするだけだよ」


「何言ってるの?私が君といたいから、話したいからに決まってるよ!」


彼女の笑顔に、ドキッとした


それから数ヵ月がたち、僕は彼女にどんどん惹かれていった。席替えもあり、隣になることはなかったが、それでもつい、彼女を目でおっていた。


席が離れても、話しかけてくれる彼女。僕は、告白しようと、決心した。


くつ箱に手紙を入れる。


指定した場所に行き、彼女を待った。


「東雲くん!」


彼女が小走りで近づいてくる。


「どうしたの?話って」


頑張れ、僕!


「あの、僕、有沢夏海さんのことがす......好きです!......つ......付き合ってください!」


言い切って顔をあげると、彼女は俯いて、肩を震わせている。


「え......っと......有沢さん?」


「あっははは!ねー聞いた?私の勝ちだよ!」


え?


「ちっ、なんだよー」


「面白くなーい!」


物陰から、高峰尚哉たち三人が出てくる。


「えっ、あの、有沢さん......?」


「ん?何?......ああ、私達ね賭けをしてたの」


うまく状況が飲み込めない。


「賭けっていうのは、地味男子をおとせるかっていう賭け。なかなかおちないから、焦っちゃた」


「そーゆーことだから、もう夏海には近づくなよ」


「あんなに、話しかけてたのも......」


「ぜーんぶ賭けのために決まってんじゃん」


「でも......」


「あんたみたいなデブ、夏海が相手にするわけないじゃん」


「ちょっと麗奈~!でもまあ麗奈のいう通りだし。もう近づかないでね」


「......けんな」


「ああ?聞こえねーんだけど」


「ふざけんな!」


こけにされ、怒りが爆発した。


「ちょっ、夏海!」


男らしく無いと思いながらも、有沢夏海への怒りが大きく、彼女に殴りかかってしまった。



結局、周りの男子にやられた僕は、次の日から、笑い者になった。


「あいつさー、夏海に殴りかかるんだぜ、酷くね?」


「うわっ、マジかよ!夏海ちゃん、大丈夫だった?」


「うん......でも......」


「うわー!夏海ちゃん泣かせた!土下座しろよ!」


クラスの雰囲気に耐えられなくなった僕は、学校に行かなくなった。


学年が上がり、ずっと引きこもっていた僕のもとに、あいつがやって来た。


「こんにちはー!桐ケ谷湊です。同じクラスの、委員長だからよろしく」


イケメンで背が高く、頭も良いそいつに、苛立った。


「何?帰って」


「まーまー、そういわずに」


「だから帰れって......」


「復讐、したくない?」


そうささやいた彼を、思わず二度見してしまう。


「お邪魔しまーす!」


僕の部屋には言った彼は、開口一番こう言った。


「あいつらに復讐しようよ」


何を言ってるのかと思ったが、彼はあの事を知っていた。


「有沢夏海だっけ?あいつさー、俺に最近言い寄ってきてるからさ。あと、高峰尚哉?あいつもいるよ」


「何でそんなこと......」


「刺激が欲しいんだよね。だからさ、俺と手を組んで復讐しようぜ」


「お前もそう言って、俺を笑い者にする気だろ!」


「んな訳ねーだろ。とりあえず、運動しようぜ。痩せたら絶対イケメンになるよ、お前」


一度は拒んだものの、何度も何度も来るあいつにとうとう負けてしまった。


「分かったよ」


それからランニングやサッカー等をしはじめ、あいつにアドバイスをもらったりして、みるみるうちに痩せていった。


もともと成長期で身長が伸びたこともあって、あいつと同じようなスタイルになった。


「おー!やっぱな。よし、明日から学校行こうぜ」


少しためらったが、やはりあいつに負けてしまった。



「おはよー!」


「桐ケ谷くん!おはよう」


やっぱりこいつは人気者で、俺は肩身が狭かった。


「えっ、この人誰?」


「東雲だよ。東雲鐔貴」


「嘘!」


みんなが驚いた顔をしている。まあ、仕方ない。俺だって驚いたもんな。


「湊~!」


あ、有沢夏海。


「おはよう湊!って、この人誰?」


「俺の友達」


「へー。あっ、有沢夏海です。よろしくね」


あのときとは違う視線に、戸惑う。


「ほらな。こういうやつなんだよ」


桐ケ谷が囁く。


ああ、そうだな。この程度なんだな、こいつは。


それから、有沢は俺に話しかけてくるようになった。 あのときと違って甘えてくる。


あの一件依頼関わりたくもなかったのだが、復讐のために我慢した。


そしてそのときはやって来た。


「鐔貴くん。いい?」


呼び出された俺は、あのときと同じ場所に行った。


「何?」


「あのさ、あたしと付き合わない?鐔貴くんイケメンだしさ。湊は脈なしだし。あーあ、せっかく、玉の輿だったのに」


「......何言ってんの?」


「え?」


「俺も湊も、お前みたいなやつ興味ねーし」


有沢が呆気にとられている。


「それに、俺らゲームしてただけだから」


「ゲーム?」


「なあ、湊!」


そう言うと、物陰から湊が出てきた。


「ああ、そうだよ。いっつも付きまとってくるから丁度良いと思って。どっちが先におとせるかっていうゲーム。」


「何それ!酷い!」


「酷い?お前もやっただろ?今さら何言ってんだよ」


「そういうことで、もう二度と近づかないでね。それと、名前も呼ばないで。それじゃ」


二人して立ち去り、人目のないところまで行く。


「あっははは!面白すぎ!」


「最高だな」


「あースッキリした。ありがとな、湊!」


「俺も楽しかったからおあいこだぜ」



それから僕らは、学校の王子と呼ばれた。


ただ俺は、いまだに女に近づけない。その代わりに、湊という最高の友達を手に入れた。

────────────────────



「あんた、意外といい奴だったのね」


「そうか?」


「うん。復讐はさすがだと思ったけど……ごめん」


「何が?」


「あんたじゃなくて、東雲。知らなかったとはいえ、怖がらせてたんだったら、ごめん」


「いや、正直驚いた。俺に話しかける女がいるんだって。俺、話しかけるなオーラ全開だったから」


「そう?」


「ああ」


なんだか安心したように、寝転がっている。


「……お前らみたいに深刻じゃないけどさ、俺も愚痴っていい?」


「いいよ」


促すと今度は桐ケ谷湊が、話し出した。




俺の親父は桐ケ谷グループの総帥である桐ケ谷誠。


そのせいで、小さい頃から、出世欲と、金目当ての大人が近づいてくることも多かった。


それに2つ年上の兄、響。


響は天才と言われてきた。


なんでもできる兄に劣等感を抱いたのは、一度や二度ではない。



中学時代、俺はいつもいつも響と比べられてきた。


テストの点数、疾走の順位、合唱コンクールのピアノ伴奏、クラス委員。


何もかも必死に頑張った。それでも響は涼しい顔をして、軽々と俺を超えていく。


ただ一つだけ勝てたのは、ルックスだ。


先輩から後輩まで、いろんな人が告白してくる。それを拒むことはあまり無かった。


数え切れないほどの女と付き合った。


短い人は1週間ほどで終わったし、二ヶ月持てば、長い方だった。



「湊、お前女とばっか遊んでないで、もっと勉強しろよ」


響は一度も彼女がいたことはない。それなりにモテてはいるようだが。


「響だって飽きねーの?勉強ばっか。どーせ親父の会社を継ぐのは響だし。俺はいーの」


そう言っていつも笑っていた。


本当は、誰も本気で好きになった事なんて無い。


お金目当ての女もいた。


俺が桐ケ谷グループの総帥の息子と知り、態度が変わる奴。媚びてくる奴。色々見てきた。


それに馴れてしまい、何も感じず、ただ女とつき合っては捨てることを繰り返していた。


遊びだった。


しかし、中学卒業を目前にした春、俺は女を妊娠させた。


親父に殴られた。


そのことは揉み消されたが、親父には家を追い出された。


高校の春から独り暮らしになり、女にも飽きてきた頃、またクラス委員を押し付けられた。


その時東雲鐔貴の存在を知った。


最初は興味本意で近づいた。


しかし、有沢夏海がしたことに怒りを覚え、復讐を提案した。


終えたときは爽快だった。と、同時に、有沢がやって来たことを自分もしていたのだと気がついた。


有沢に復讐して、気づくなんてどんなバカだと思った。


ただ、自分がしたことは、取り返しのつかないことだったのだと気がついた。


「そう、か」


東雲鐔貴にすべてを話した。


「お前がやったことは許されることではないけど、反省したんだったら、前を向くしかないよな」


鐔貴の言葉が、胸に染みた。

────────────────────



「......なっ、くだらねーだろ?」


「悩みにくだらない事なんてないと思う」


「えっ?」


「悩むってことは、本気で気にしてるんでしょ?辛いんでしょ?だったらくだらなくなんか無い」


なんだか勢いで言ってしまった。桐ケ谷湊の様子を窺う。


「そう、だな。くだらなくないのか」


「うん」


「......ありがとな。くだらなくない、って言ったの、お前が初めてだよ」


なんか素直すぎてビックリしたけど、みんな色々抱えてんだな。


「あーあ、みんな大変だなー」


「そうだね」


東雲鐔貴も頷く。



私達は、色々抱えて、荒波の中を進んでいる。


でもいつか、輝かしい未来に出会えると信じて。


迷って、悩んで、挫けて。


笑って、泣いて、怒って。


成長するんだ。きっと。

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青瞬 夜桜アイリス @airis4097

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