1章 出会い

五月の風が吹く頃、季節外れの転校生として私は宮野ヶ原高校に転校した。


転校はめんどくさい。


皆が興味津々で話しかけてくるから。誰とも関わりたくないのに。


ああ、めんどくさい。



「おーい、席つけー」


担任の声で皆が着席する。


「──連絡は以上。じゃあ、入って」


担任に声をかけられて教室のドアを開ける。


好奇の視線が突き刺さり、息を呑む音が聞こえる。まだ顔はあげない。


「今日からこのクラスに転入してくる月詠(つくよみ)だ。簡単に自己紹介をどうぞ」


担任に促され口を開く。


「月詠紅羽です。よろしく」


余計なことは一切言わない。顔をあげると、三十人弱のクラスメートの顔がすべて見渡せる。その瞬間、感嘆の声が聞こえた。この反応には馴れている。


私の母は日本人、父親はイギリス人。いわゆるハーフ。


髪は明るいブラウン。更に、目の色が微かに青みがかかっている。


ただでさえ誰とも関わりたくないのに、イケメンの父と、美女の母の血を確実に受け継ぎ、世間一般的に美人と言われている。


だからクラスメートのこの反応には馴れている。


「席はあの後ろな」


そう言われて、席につく。チャイムが鳴り、ホームルームが終わる。


「ねえねえ、めっちゃかわいいね!家どこなの?」


やっぱり。チャイムが鳴れば質問攻め。もう、うんざりだ。


その間にも、わらわらと人が集まってくる。


「ちょっとごめん」


そう言って、囲みから抜け出した。


「はあ、疲れたー」


休み時間の度に囲まれる始末。なんとかやり過ごし、昼休みを迎えた。屋上へと向かう。


「うわぁ、空キレー」


ラッキーなことに屋上への扉の鍵は錆びて壊れていて、簡単に開けることができた。


暖かい陽気のなか、一人で昼食を済ます。やっぱり一人が落ち着く。


「なんか......疲れたー」


そう言って目を閉じると、風の匂いがした。


放課後になり、すぐに家に帰る。誰かに声をかけられた気がしたが、気にしなかった。


転校してきてから、一週間がたった。さすがにクラスメートも気づいたのか、あまり話しかけてこなくなった。


クラスの中でも派手なグループの人に睨まれているが、スルーしている。これも馴れているから。



いつもの通り、弁当をもって屋上に向かう。いつもは開いていない扉が、今日は少しだけ開いている。


「......が......そう......」


声が漏れているが、お構いなしに扉を開ける。


そこには二人の男子生徒がいた。二人とも綺麗な顔立ちをしている。


「誰?何で入ってきたの?」


ニコニコしながら尋ねているが、目が全く笑っていない。


「1-3月詠紅羽。あなたこそ、誰?」


「わぉ!僕らを知らないんだ」


当たり前のように放った言葉に唖然とする。


「そんなに有名なの?」


「一応ね、ああ、僕は1-5の桐ケ谷湊(きりがやみなと)。で、こっちは東雲鐔貴(しののめつばき)。これでも分からない?」


「うん。全く」


「そっか、......あ、君もしかして噂の転校生?」


「噂か分からないけど、転校生」


「ふーん。まあいいや、とりあえず......」


そう言って、近付いてくる。


「あの、あまり近付かないで......」


聞こえていないのか、どんどん近付いてくる。とうとう、壁まで追い込まれた。


私の顔の横の壁に手をつき、体重をかける。


最悪


とうとう、私の目の前にどアップで彼の顔がある状態になった。


つまり、壁ドン


「何?どい......」


「ここから出ていって」


「はぁ」


ココカラデテイッテ


彼の言葉をなかなか変換できない。


「二度とこの屋上に近寄らないって約束したら解放してあげる」


「嫌だ」


自分でも驚くほど即答していた。


「はぁ?」


彼の声が一気に低くなる。


「いいから出ていけよ。迷惑なんだよ」


「あたしだって困るのよ」


「何で?友達いないとか」


「まあ、あってる。でもいないんじゃなくて作らないの。面倒なだけだし、自分の時間がなくなる」


そう言うと、彼は驚いた顔をした。


「そんなこと言う女もいたんだ」


「何その偏見」


「いやー、そうか」


そう言いながら手を緩めた彼から、即座に距離をとる。


「あはは、そんな警戒しなくても、襲ったりしないよ」


また、最初の口調に戻った彼に質問する。


「何であたしが出ていかなくちゃいけないわけ?」


「ばれたら困る」


「?」


「つまり、僕らがここにいることがばれたら困るんだよ。女が追いかけてくるから」


「そう。でも私は誰にも言ったりしてないし、誰にもバレてないから」


「万が一ってことがあるだろ?」


「嫌だ。だったら教室で女の子に囲まれて食べればいいじゃん」


「それが嫌なんだよ」


「だったら私も一緒。明日も来るから」


「は?」


まだ何か言いたそうだったが、聞いていないふりをして、教室へと向かった。



「ねえねえ、桐ケ谷湊って知ってる?」


教室に戻って、隣の席の子に聞いてみた。


「知ってるもなにも......」


「キャー!」


彼女の言葉は、黄色い悲鳴で書き消されてしまった。


「桐ケ谷くーん!」


「カッコいい~!」


ああ、そういうことね。


あれは、大変だ。


すると、当の本人、桐ケ谷湊はこっちに向かってくる。


大勢の好奇の視線も一緒に。


何でこっちに来るのよ!


「見ーつけた。まだ話は終わってないよ」


爽やか笑顔で話しかけてくる。さっきとは違う雰囲気に、鳥肌がたった。皆の視線は、嫉妬と好奇。そして少しの驚きが入り交じったもの。


「私は話すことないから。っていうか、何で来たのよ!」


最後の方は小声で訴えたが、この人は、人の話を聞かないらしい。


「いいから、来て」


そう言って私を引っ張る。


「早くこい」


あんた、二重人格者ね。さっきの爽やかフェイスのときとは違い、私にだけ聞こえるように声を低くする。


皆の視線に晒され、限界だった私は、


「だから、話すことはないから!」


と、振りほどいて逃げた。



昨日の一件もあり、昼食場所に迷ったが、教室よりましだと思って屋上へ向かった。


「お・ま・え・なー!」


屋上へのドアを開けてそうそう、桐ケ谷湊の怒声が聞こえてきた。


「あー、ごめん。でも話すことほんとになかったし......」


「はぁ、もーいーや。めんどくさいし、お前はべらべら話しそうにないし」


なにかを諦めたようだ。


「まー、一件落着ってことで、昼御飯の邪魔しないでね」


「こっちのセリフだ!もとあと言えば、お前のせいだぞ」


聞き流そう。


そう決めて、お弁当に集中する。


「そういえばあんた、二重人格だね」


ごほっ、ごほっ


さっき思ったことをそのまま口に出すと、桐ケ谷湊が咳き込んだ。


「き、急に、何言い出すんだよ!」


「だってさ、教室に来たときはニコニコしてたのに、私に話しかけていたとき『早くこい』だよ?」


「俺だってずっとあんな顔してたら、疲れるんだよ!......もしかして、なんか期待してた?理想の王子様だって」


ニヤニヤしながら問いかけてくる。


「そんなわけないじゃん。あんたがずっと表の顔だったら、一番嫌いな人種だったかも」


「あっそ」


「っていうか、ずっと裏の顔でいればいいのに」


「あ?何で」


「そしたら、女が近寄ってこなくなるよ」


「俺にも理由があるんだよ」


「ふーん。ま、私には関係ないし。じゃあね」


「あ、おい!誰にも言うんじゃねーよ」


「さあ、余計なことしたら言うかも」


そう言い捨てて、教室へと向かった



次の日、屋上に行くと、東雲鐔貴がフェンスに寄りかかって、下を覗いていた。


「何してんの?」


話しかけると、驚いたようにこっちを見たが、また視線をしたに戻す。


「誰かいるの?」


そう言って近づくと、逃げられた。かなり離れたところから、また、下を見下ろしている。


気になって私も覗いてみると、桐ケ谷湊がいた。


どうやら、告白されている最中らしい。


女の子が、三人ぐらいいる。一人が進み出てなにかを渡した。しかし、あいつは受け取らず何かを言って去っていった。残された女の子が泣き出して、あとの二人が慰めている。


「ねえ、あいついつもあんな感じなの?」


東雲鐔貴に尋ねるが、返事はない。


「おーい、聞いてる?」


そう言って、近づいていくと


「近づくな!」


怒鳴られて、さすがに諦めた。


「ごめん」


「いや......」


バン!


「あーめんどくせー」


そう言いながら、桐ケ谷湊が登場する。


「うわ、出た」


「出たって何だよ!あーもー、めんどくさ」


「ああ、あの子泣いてたもんね」


「見てたのか!」


「うん。だって、あいつも見てたからいいかなって」


あいつと言いながら、東雲鐔貴を指す。


「鐔貴~!」


「別にいいじゃん」


二人が言い合いを始める。


「あんたもそんなに話すんだね」


私が言うと、二人が振り返った。


「あんたって、俺?」


東雲鐔貴が自分を指して言う。


「そう。いっつも喋んないし、今日は逃げるし」


「お前、鐔貴になんかしたのか?」


「何もしてないよ。っていうか、あんたあいつの彼女?まさか告白した女を全員振るって、そういうこと?」


「んな!なわけないだろ!アホか!」


「何本気にしてんの?」



今度は私たちが言い合いを始めると、


東雲鐔貴が肩を震わせている。


「鐔貴?」


顔をあげた東雲鐔貴は真っ赤だった。


「お前ら、マジ、夫婦漫才みてー。うける」


私たちは固まってしまった。


「あいつも笑うんだ......」


「笑うよ。俺だって人間だ」


その言い方がおかしくて、私たちもつられて笑ってしまう。


「あんた、笑ってた方がいいよ」


「うるさい」


あ、いつものポーカーフェイスに戻った。


でも、一緒に笑えたから、少しだけ近付いた気がした。




そうして、時は過ぎ、私たちは挨拶をする仲になった。


今まで人を避けてきた私にとっては大きな一歩だった。


しかしその事が、不幸を招く結果となった。




「ねえ、ちょっと良い?」


昼休み、クラスのリーダー格の子に話しかけられた。屋上へ向かおうとしていた私は、少し迷ったが、このまま向かうとバレる恐れがあったので、付いていくことにした。


「何?」


連れていかれた先は女子更衣室。誰もいなかったため、私たち四人だけになる。


「あんたさ、転校生のクセに生意気なのよ」


「そうそう、何か桐ケ谷くんに話しかけられてるし......どんな手使ったのよ」


どんな手と言われても、昼休みに言い合っているだけなんですけど......


「それに、あんたが来てから告白オーケーしなくなったしさ」


「え?何それ」


「あんたが来る前は桐ケ谷くん、告白オーケーも多かったのに、あんたが来てからみんな断られてるんだけど」


「だからどんな手使ったのかって聞いてんの。......もしかして体で誘ったとか?」


「はぁ?あいつ相手にそんなことしないし」


「桐ケ谷くんをあいつ呼ばわりしてんじゃねーよ!......まぁいいや、その体見せてよ。桐ケ谷くんを落とした体、見てみたいな~」


ニヤニヤしながら迫ってくる三人。


「そんなことしてないってば!馬鹿じゃないの?」


そう言って、更衣室から立ち去ろうとしたが、外には数人の男子がいた。


「あんたたち!絞めちゃって良いよ」


「ラッキー!月詠さんじゃん」


女子三人が外にいる男子に声をかける。


「嘘!ちょっ、止めて!」


外からも中からも挟まれて、捕まってしまった。そのまま更衣室に連れ込まれる。


「莉実、外で見張っててよ。誰も来ないように」


「りょーかーい!」


そう言って一人が出ていく。


ヤバい


しかし、男子との圧倒的な力の差で全く動けない。


「悪く思わないでね?月詠さん」


「止めてって!私、あいつとはなにも...、ん...」


手で口を塞がれ、一人の男子の手がブラウスのボタンをはずしていく。


抵抗するまもなく、ほとんど下着姿にされる。


「ん......」


「へへっ、綺麗だな」


叫ぼうとしても口を塞がれているし、抵抗しようにも、動けない。


助けて──


「うわっ!」


一人の男が声を上げる。


「何だよこれ......」


ああ、見られた。終わったな......


口を塞がれ、息苦しく、もうろうとした頭で思う。


「キャッ、......え?......ちょっ」


外から声が聞こえる。


バン!


「おい!月詠!」


えっ?桐ケ谷湊?


「おい、お前らなにしてんだよ!」


違う声。東雲鐔貴?でも......


「お前らまたこんなことしてんのか!」


「桐ケ谷くん!?えっと、これは、その......」


「うるせー、お前らこんなことして、ただですむと思ってんの?」


私の口を塞いでいた男子がふっ飛んだ。


一気に酸素が流れ込んできて、苦しくなる。


その隙に桐ケ谷湊が近づいてくる。


「おい、お前大丈夫か?」


「来ないで!」


あいつは、狼狽していたが、近づかせるわけにはいかなかった。


その間に、男子は全員床に伸びており、女子は怯えていた。


「はっ。こんな実力で、俺に勝てるとでも思ったの?」


全て東雲鐔貴がやったようだ。伸びてるやつらに向かって吐き捨てる。


「下らねーことばっかやってんなよ」


東雲鐔貴が怯えている女子に向かって吐き捨てると、慌てて逃げていった。


「はぁ、......月詠、大丈夫か?」


東雲鐔貴が声をかけてくる。


こいつこんなやつだったっけ?


そこで私の意識は途切れた。



「......い......おい、月詠!」


目を開けると、日差しが目の中に飛び込んでくる。と同時に、桐ケ谷湊と東雲鐔貴の顔も見えた。


「何であんたらが......っつ」


頭が痛い。下着の上に制服のブラウスしか着ておらず、足元にはタオルケットがかけらけている。


「やっと起きたか、ここ屋上。俺らが運んできたの」


そこでやっと状況を理解する。


見られた?!......かな


「......見た?」


「......わりい」


体に残っている、痣。


あーあ、高校では絶対誰にも知られないつもりだったのに。


「......そっか」


「聞いていい?何があったのか......とか」


「楽しい話じゃないよ」


そう前置きして、私は話し出した。


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