3 ほてび、コンクリートに落ちる

 前回に引き続き、「落ちる」話をしよう。今から試験で、不運を招くのが心配なそこのお宅。俺が代わりに不運を引き受けるから、遠慮なく笑い飛ばしてくれ。


 俺が中学2年だった頃の話だ。ちょうど夏休みで、いつも午前中3時間ほどをく○んで過ごしていた。昼夜逆転しているダチが多い中、俺は毎朝6時に起きて、22時には就寝という、規則正しい生活を送っていた。

「じゃあ、さようなら」

 数学のプリント5枚、英語のプリント10枚を100点にしてからくも○を出る。ここは、プリント全てを100点にするまでは家に帰れないからな。

 それはさておき、俺は当時、夏休みや冬休みなどの長期休みで昼ドラを見ることを楽しみとしていた。よくあるどろどろとしたヤツじゃない。その時期は制作側も配慮しているのか、けっこう爽やか青春系が多い。

 この日はいつもよりもディクテーションに時間がかかって、13時を回っていた。あと30分弱で昼ドラが始まる。焦りで知らず知らずのうちに、駆け出していた。真夏の太陽が、俺の肌を容赦なく刺す。嫌な感じの汗がじわりと滲み出た。

 ファミ○の前を通るとすぐ、この町で一番大きな交差点に差し掛かる。ここを渡れば、家まではほぼ一直線。信号無しのノンストップだ。

 歩行者用のボタンに手を伸ばし―しかし、その手は大きく空を切る。

「えっ……⁉」

 そのまま視界が沈み、地面が近づいた。気付くと俺は、どろどろとした黄土色の液体の中にいた。

赤信号で止まった車からの視線を一身に浴びる。笑い声も、スマホのシャッター音ももっと遠くからのように聞こえる。

 思わぬ悲劇に呆然としたが、それは10秒にも満たないだろう。ろくろを回す時のような、冷たくざらざらとした感触が、ここからの脱出を促した。

「あっつっ!」

 液体とは対照的に、アスファルトは焼きつくような熱さで、俺は顔をしかめながら、体育館のステージに上がるときの要領でその場を抜け出した。

「あ……」

この時俺は、ビーサンを履いていた。少しぶかぶかのサイズだったからか、するりと脱げて、あっという間に液体と同化してしまった。

家までは近い。ただ、延々と続くアスファルトを裸足で帰るには遠すぎる。

きょろきょろと辺りを見渡し、ほ〇弁を食べている作業着姿の3人組を発見した。

「すみません!」

2、3回呼びかけたところでやっと無精髭を生やしたおっちゃんが、俺の足が大変なことになってることに気づいた。

「おお坊主、コンクリに落ちちゃったのか」

おっちゃんは、近場の水道からホースを伸ばしてきて、俺の足に水をかけてくれた。短パンを履いていたから服に被害はなく、太ももから下はすぐに綺麗になった。

「坊主、靴はどうした?」

「それが、ビーサンがまだこの中に……」

今度は一番若い兄ちゃんが腕まくりをして、コンクリートの奥に手を突っ込んだ。ハイビスカスが描かれた赤色のビーサンは、すぐに救出された。

「ありがとうございました!!」

「おう! もう落ちないように気をつけろよ!」


翌日、〇もんへの道すがら、コンクリートの穴が囲われていることに気づいた。わざわざおっちゃんたちがやってくれたんだろう。

その後、コンクリートに落ちた、という話は聞かない。


ああそうそう、いろいろありながら、ギリギリ昼ドラには間に合った。

ただ、母親が笑いすぎて、全然ストーリーにはついていけなかった……


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ほてび伝説~Legend of HOTEl VIllage~ 遠山李衣 @Toyamarii

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