有給戦隊ヨニンジャー
詩一
有給戦隊ヨニンジャー
地球滅亡を
天井、壁、床の全てがコンクリ打ち抜きで、見た目にはデザイナーズ物件のような建物だ。しかしその実全てが突貫工事による名残で、ダクト剥き出し、水道管剥き出しなのもデザインによるものではない。つまりデザイナーズ物件風アジトであった。
そんなアジトの中心で、椅子に腰かけ、ため息を吐く老人が一人。ドクロ教授である。
わざわざ遠い宇宙の果てからやってきて、地球の滅亡を目論む、
――バコンッ!
突如部屋の壁に穴が開き、中に重機が投げ入れられる。敵の侵入に驚き、ドクロ教授は穴の開いた壁から距離を取った。
「誰だ!」
穴が小さかった為、その中心から走る亀裂を足でバコバコと
「トウッ!」
威勢の良い掛け声とともに約一メートル跳躍してポーズを決める。
「とうが……、情熱レッド!」
「
「カレーイエロー!」
「
「吐息ピンク!」
「5人揃って、馴れ合い戦隊ゴニンジャー!」
それぞれ割り振られた色のヘルメットと全身スーツを身に
「終に、終にワシもおしまいか……!」
拳を握りしめ震えながら、
しかしレッドは一歩前に出ただけで、危害を加えるような素振りは見せない。
「いや、ドクロ教授。今回俺たちが来たのは別の目的だ。ちょっと話を聞いてほしい」
「は?」
「ドクロ教授は多いときには週3で街を襲っていたが、次第に減っていっている。最後に街を襲ったのはいつだったか覚えているか?」
「うーん……一か月くらい前かのう」
レッドはため息を短く吐き捨てる。
「困るんだよ! それじゃあ!」
レッドの剣幕にドクロ教授は一瞬息を飲み、それから聞き返す。
「え?」
「俺たちがいったいどうやって稼いでいると思っているんだ。ヒーローは副業じゃあないんだぞ。ドクロ教授が街を襲わなくなったせいで、来月から国からの予算が打ち切られるかもしれないんだ。悪の組織が活動していない今、ヒーローに払う金が税金の無駄遣いだとか言ってやがる。悪の組織が活動していないからと言って、またいつ動き出すかわからないから、ヒーローの維持費として給料は支払うべきだとうちの博士は抗議してくれたんだが、全く聞いてくれなかった。だからドクロ教授! 街を襲え! 俺たちの給料の為に」
「知るか! こんな悪党めいたヒーローみたことないわい。それにワシはもう無理じゃ」
「なぜ?」
「地球を征服しようと思ったのもお前らヒーローがいないと思ったからやり始めたことだったのに普通におるし強いし今の科学技術ならまだまだワシらの方が上だわと思っとったけどぐいぐい追いついてくるし地球の科学技術の発展スピードをなめとったわいそれにお前らめちゃくちゃ暴力振るってくるし毎回毎回1対5でリンチされるし巨大化してもそれよりデカめのロボットが出てきてやっぱり負けるしもう嫌だ帰ろうと思ったらお前らいつの間にかワシの宇宙船壊しとるし……そりゃ嫌にもなるわぁあい!」
「何を弱気なことを。情けないぞ!」
「ワシだって頑張って戦っとったけど、この前の戦いでアバラもろとも心も折れたんじゃ」
そう言って包帯を見せつける。
「そうか。それは本当にすまなかった」
レッドは深々と頭を下げ、パープルに視線を送る。
「お前だろう。パープル。お前はいつもやり過ぎな所がある。謝りなさい」
「サーセン! ドクロ教授。オレ、これからもヒーローやりたいんすよ。暴走族上がりで無職の俺を拾ってくれたレッドさんに恩返ししたいんす。皆からありがたがられながら金まで貰って人殴れる職業なんて他にないんすよ。あと巨大ロボに乗って街破壊してもとがめられないのも気分いいし。だからマジ
「お前さん、クズじゃな」
レッドはパープルに下がれと目で合図する。パープルは小さくお辞儀をして後退する。
「ブルーからもお願いしてくれないか」
言われて前に出るブルー。寂寥ブルーと言うだけあってどこか寂しげな雰囲気を纏っている。
「僕は、経営していたカレー屋が潰れて借金まみれになって、首が回らなくなったところをレッドに拾ってもらったんです。だからレッドの為にも、自分の借金返済の為にも、これからも高収入のこのヒーローを続けて行きたいと思っています。ドクロ教授。このままじゃあ僕は借金取りに殺される。助けてください」
涙ながらの
「いやいや。知らんよ。お前らのせいでワシは肋骨まで折って、自分の星に帰れなくなっとるのに、借金がどうとか小さすぎるわ」
「おいイエロー。カレーばっか食ってないでお前もお願いしろよ」
「いやー、おいらはカレーが食べられればそれでいいからなー。動くのもめんどうだし」
そういったイエローは確かに言う通り、動きにくそうな体型をしていた。彼に対してスーツが小さい為か、お腹が見えている。
「こいつはなんでヒーローになれたんじゃ。面接とかないのか?」
「面接は全て博士が行っているんだが、高学歴に弱くてね。こいつ東大卒だから」
「勉強ができるタイプの馬鹿か。一番面倒くさいタイプじゃな。それならパープルはなんで入れたんじゃ? 学歴低そうじゃが」
「博士は元なになにっていう肩書が好きだからな。元暴走族総長という肩書はビビッときたらしい」
「じゃあお前は元なんなんじゃ」
「俺はただのカレー屋の店長だ」
それを聞いてドクロ教授は首を傾げる。
「デジャヴェクかの。さっきも聞いたような」
「それはブルーの話じゃあないか?」
「チーム内で元の職業被っとるんかい」
聞いていたイエローがしゃしゃり出る。
「でもレッドのカレーの方が美味しいよ。ブルーのお店が向かいにあったけど、おいらはいつもレッドの店で食べてた」
「え、じゃあブルーの店が潰れたのって」
「僕が……僕がいけないんです。美味しいカレーを提供できなかった僕が。競争に負けたんです。負け犬です。それをレッドは拾ってくれたんです。レッドは恩人です」
レッドはブルーの肩をポンと叩く。
「恩の売り方がえげつないわい。しかし、元なになにとか学歴とか肩書重視で中身見ないって、お前さんとこの博士はアホじゃあないか?」
「そんなことはない。なぜならロボットも武器も全部博士が作ったんだからな。まあ、科学の力じゃなくてエスパー能力でだけど」
「エスパー?」
「そう。俺たちは普通の人間で、全部博士のエスパー能力でなんとかしているだけなんだ」
「じゃあもう博士単独で来いよ!」
「俺たち五人を雇うことで国から更に人件費が出るからな。博士一人だったら月収100万だが、プラス5人で600万になる。半分は博士がピンハネして、俺たちの元に来るのは50万だが、そもそも博士の能力で戦っているから、全然俺たちの負担にはならないし、ほぼニートやって50万貰っているようなものだから、まったく不満もない。だよな、ピンク」
「ええ。もちろんよ♡」
「ちなみにピンクは元地下アイドルだ」
「私、本当はヒーローを足がかりに元ヒーローとして華々しくアイドルデビューをしようとしてこのゴニンジャーに入ったんだけど、給料が馬鹿みたいに良くて、しかも顔をずっと隠しているでしょう? どんなに皆のアイドルになっても私生活は守られるっていう今の職が旨すぎて辞められなくなっちゃったの。だからお願い、ドクロ教授、街を破壊して♡」
ドクロ教授もいちいち断るのが面倒になったらしく、適当に手をプラプラさせている。
「お前らみたいなヒーロー見たことないわい」
「ふっ。どんな職業においても、アイデンティティが重要視される時代だからな」
「アイデンティティを都合よく履き違えとる! そんで普通家から出ても近所のコンビニくらいで履き違えとることに気付いて引き返すはずなのにあろうことか悪の組織のアジトにまで来とる!」
ドクロ教授は完全に
「くそう。このままじゃあドクロ教授が思い直してくれない」
「まあ、おいらはカレーが食べられればそれでいいからねー」
「ドクロ教授が引退してしまったら、俺たちは給料を貰えなくなってしまう。そうなったらお前もカレーが食えなくなるんだぞ。お金がなければカレーは買えない。わかるよな?」
それを聞いたイエローは血相を変えてドクロ教授に跳びかかる。
「そんなことさせるものかああ! ドクロ教授ぅぅう! 今すぐ街を襲えー! さもないとこのスプーンでお前の目玉をくり抜くからなぁあ!」
「ぎゃーやめろ! 旧
イエローは皆に取り押さえられ、ドクロ教授は街を襲う決断を
※ ※ ※ ※
次の日、ドクロ教授は約束通り街を襲った。
「やめろ! ドクロ教授! 我々が相手だ! 行くぞ皆! とうが……、情熱レッド!」
と言う一連のくだりを行い、1対5のリンチが始まる。とはいえ、ヒーローたちもドクロ教授の肋骨を気遣い、本気では戦わない。やさしい暴力である。
ここまでかと言うところで、ドクロ教授は巨大化をして見せる。久々のお決まりのパターンに一同感動する。
ゴニンジャー達も一体2兆円越えをするロボットを5体呼び出し、合体させる。合計10兆円越えのロボットである。
「いやー、久しぶりに街をぶっ壊せるなんてサイコーっすわー。ドクロ教授あざーす」
パープルの不謹慎な言葉にもドン引きをしないチームワークを見せつけ、見事巨大化したドクロ教授をぶちのめすゴニンジャー。
いつものパターンなら、このままドクロ教授は元のサイズに戻り、アジトにワープするのであるが、今回はいつもと違い、元のサイズに戻ったもののワープはしない。
そして走り出した。
向かった先は警視署であった。
「ぐああ。おのれゴニンジャーめー。
芝居がかった長尺の
それを見ていた警察官たちがわらわらと集まり、ドクロ教授は逮捕された。
本部に戻ったゴニンジャー達は博士に事の経緯を伝える。
「しまったな。ドクロ教授はそもそも今まで人を傷つけたことがない。傷つける前に君たちがボコボコにしていたから。あと、街を破壊していたが、それを言うなら我々もロボットで破壊しまくっていたからな。法的にドクロ教授を罰してしまっては、我々の立場も危うい。そこに目を付けた見事なファインプレー。敵ながらあっぱれ」
博士は目を伏してゆっくりと頷いた。
※ ※ ※ ※
その後、ドクロ教授は10年間の
本部のアラートが鳴り響く。
「あれ? ドクロ教授は服役中のはずでは?」
ブルーが
「とにかく出撃するしかないよね」
「いきましょ♡」
「あれ? レッドさんはどこいったんすかね」
皆は辺りを見回すがどこにもレッドの姿はない。博士はそんな4人を見て、街中で暴れ回る怪獣の動画を指さす。
「ん」
一言であった。だがその一言で、4人は理解し、現場に急行した。
そして1対4で怪獣を倒し、怪獣は逃げて行った。逃げ足は尋常ならざるものであった。それを見て4人は思った。あれは博士の能力によって強化された逃げ足だ。と。
戦闘が終わってやりきった感を放ち出している4人に、現場で中継をしていたリポーターがマイクを手に駆け寄る。
「今、ゴニンジャーたちの戦いが終わった模様です。これからゴニンジャーたちにインタビューをしていきたいと思いま——あれ?」
リポーターが人数を数え、首を傾げる。
「1人足りないようなのですが」
「あ、ああ。レッドですか?」
「そうです。レッドさんです。皆のリーダーの。彼はいったいどうしたのでしょうか?」
「あー、あー。えーと、彼は……有給です!」
「え、有給?」
「我々にも休息は必要ですからね」
「いやでも最近までずっ——」
「我々は命を懸けていますからね!」
語気荒く、
「でもそうするとゴニンジャーではなくなってしまうのでは?」
ブルーは掌をリポーターに向け、頷く。
「ご安心ください。これからは! トウッ!」
1メートル弱前方に飛出しポーズを決める。
「寂寥ブルー!」
「カレーイエロー!」
「痣パープル!」
「吐息ピンク!」
「4人揃って! 有給戦隊ヨニンジャー!」
これから怪獣が現れる度に誰かが都合よく有給を取る日々が始まるのであった。
有給戦隊ヨニンジャー 詩一 @serch
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