day2-2 指の隙間から見える世界


「あれはな、爆弾だよ」


 マスターが何を言っていた理解できなかった。一体何を言っているのだろうか、言葉の中に、頭の中にノイズが混ざる。

 「いまなんて言ったの」と聞き返しても、マスターはその言葉を二度と話してくれなかった。

 疑問を解決できないまま、もやもやとする気持ちを体の中に押し込めるように昼食を食べることにする。


「ねえマスター。もう昼だけど今日は何か手伝うことはないか」

「あるぞ、この手紙を15地区の南東端まで届けて欲しい。15地区内のお使いだから二カ所あるお墓の場所を確認できるし、お前の目的も少しは果たせるはずだ。ただ、今回は先にこの手紙を届けてくれよ」

「えっと、誰に届ければ」

「誰って言うか、まあ、バスに乗って終点まで行けば分かるから気にするな」

「そんな感じで大丈夫かな」


 食事をとりながらマスターと話していると、時計の針は一時を指していた。

 いつの間にか午後になってしまっているのを確認し、急いで手紙の入った封筒を受け取り席を立つ。封筒には手紙以外に何か挟まれているようで、硬く、軽く指に力を込めても曲がらない。


「じゃあ行ってくる」

「おう、気を付けてな。そうだ、夜は食べに来いよ、好きなの食わせてやるから」

「ありがとう、楽しみにしてる」


 声を聞きながら扉を開き空を見上げた。今日の空も昨日と変わらず、どこまでも青が広がっている。夢の中のどんよりと雲った空とは全然異なっていることに、ほっと一息つきながら歩き出す。

 今は遠い明日のことではなく、目の前の今に集中しなければ……。




 

 ジリジリと肌を焦がす様な日差しの中、バス停まで歩いた僕は昨日とは逆方向へと向かうバスに乗り込む。行き先を終点へと指定し、入り口付近の一人用の席に座る。

 昨日今日で、すっかりバスに乗ることに慣れ、IDチェックや目的地の指定などを戸惑うことなく行えるようになっていた。こんな下らないことで、昨日より一歩前に進んでいるような気がした。

 揺れる鋼鉄の箱は、日差しを遮りながら僕らを乗せて進む。この箱や、頭の中に直接話しかけてくるAIたちは、自分が今、何をしているのか分かっているのだろうか。ふと思い浮かんだ考えを、溜息と共に外へ吐き捨てる。意思などあるわけがない、誰かにプログラムされたアルゴリズムに沿って動いているだけではないか。

 僕は反射する窓に映る自分の顔を見ながら、「お前はどうなんだ」と呟く。

 夢を見てからの行動を振り返ると、まるで誰かに導かれているように歩いてきたように感じる。今朝の様に頭の中や言葉に混ざるノイズと、必ず現実になる正夢……。

 いや今回だけではない、もっと昔からだ。僕の記憶が始まるところ。そう、自分の名前しか覚えていなかった僕が、『オアシス』のマスターと出会った頃からずっと。

 あれからずっと僕は何を見て、何を決めてきたのだろうか。

 

 



 いまこの瞬間にも湧き上がってくるこの感情や、夢で見た彼女を助けたいという気持ちは本物だと信じたかった。

 この一歩がすでに誰かに決められた一歩であっても――。

 心だけは自分のものでありたかった。

 そっと触れた窓は冷たく、外との差が指先から伝わってくる。窓に触れた指の隙間から眺める世界は、見えるものと見えないものが共存する不完全な世界だ。

 僕の考えを遮るように頭の中で声が響く。静かにバスが止まった。

 ここが終点だ。




 ……ねぇ。


「未来で待つ君は誰」



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ユートピアとディストピアの境界で すぐり @cassis_shino

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