第5話 仁義③

 ▽


 極東連盟第3支部。

 中四強国へ睨みを利かせ、上海連盟との橋渡しとなるこの支部の重要度は大きい。第3支部が攻め込まれることになれば、動き方次第では本部にまで影響を及ぼしかねない。

 しかし、第3支部の拠点は小ぢんまりとしたものだった。本部の意向を考えると、単なる捨て石にすら感じるこの区画は、機能しているのも奇跡に思えるほどに設備としては不充分なものだった。


「「お疲れ様です」」

「ご苦労様」


 背後にいるマコトを連れて、悠々と歩く紅が入った先は管制室と思しき部屋だった。デスクが整然と並び、専用の機器が置かれている。相当使い込まれているのがわかるくらいに、機器はところどころのペンキが剥がれ、色褪せ、つけられた傷も年季を思わせるように残されている。

 この空間はもっと古く感じさせる。本部からの手当ては少なく、修繕もままならない様が見て取れる。けれど、部屋自体は清潔に保たれている。毎日、時間を確保してはコトネを筆頭に、細部に至るまで掃除が行われるのだ。


 そんな空間に入れば、扉の開閉音に反応する者たちがいる。

 紅の姿に挨拶の声が交わされた。

 そして、後ろに控えるマコトへ自然と視線が向いている。


「状況はどうだい?」

「ちょっと難しいかもしれませんねえ。こちらとしても無理がありますので、本部からは様子見を通達されています。Cの態勢から見ても、できることは少ないです。今は、J機を動かしてはいますが、時間がかかりますし……」


 紅の問いに答えたのは、桐延きりのべというエンジニアの男だ。小難しい顔をして、モニター画面と格闘している。口には葉巻型の糖分補給剤がくわえられている。既に使用済みの残骸がゴミ箱に山程見られた。

 彼が話す内容は、今がホットの話題である、中四強国についてだ。桐延が使った「C」とは正にその隠語だ。普段から、情報を漏らさない為の会話になるよう注意しているのだ。


「ああ、そう言えば、コトネちゃんが怒っていましたよ。何でも、セキュリティコード弄ったでしょって。一応、支部長の管理権限使って、書き換えは自分がやったんですけど、何処から察知したのか。面白いものですね」

「えぇ……」


 桐延の情報漏洩事項に、紅は頭を悩ませる。千崎コトネという少女は15歳ながら支部で働く程度には技量を持ち合わせている。故に、そういった要素への勘は鋭い。「ちょっと出てくる」とは言ったが、今回の仕業が紅によるものだと断定してしまうのは難しいはずなので、紅は苦笑いしかできなくなった。そもそも、常人ならセキュリティコードの書き換えに即座に気づかない。


「……話して、ないよ、ね?」

「そのはずですけどね。指示は端末で受け取っているので、ハッキングでもされない限りはそう簡単にいかないんですけどねえ」

「というか、そもそも今、コトネちゃんって何処にいるか知ってるかい?」


 彼女の挙動に恐ろしさを覚えて、紅は無意識に周囲を見渡す。何処かで見られているのではと、悪いことをしている自覚のある紅は更なる罪悪感にも苛まれていた。

 だが、紅の行動は簡単に先読みされていたのだった。


「私が、何ですか?」

「コトネちゃん……!」


 彼女の姿が目の前にあった。背後を取られたならまだしも、前にぬっと現れたのは、噂の渦中にあった千崎コトネだ。

 紅はそこそこの実力は持っていると自負しているのだが、このときはそうは行かなかった。


「言っておきますけど、見逃していますからね」

「うっ」


 すべてを知っているような口ぶりに、紅はたじろぐ。支部に迷惑をかけるつもりはなかったはずだが、規定はあっさり超えていたのを自覚する。前以ての指示がなかっただけに、コトネの方が正論だ。


「予定があるのは仕方がありませんが、まさかシステムに侵入してくるとは思いませんでしたよ」

「……すみません」

「まあ、でも。本来なら、本部にまで情報が行ってしまうところを、私が鶴城つるぎさんに頼んで内部で処理してもらいましたから、何も問題はないことにはしていますけどね?」

「…………ありがとうございます」


 どちらが子供で、どちらが大人か、わからなかった。

 年齢以上にしっかりしている少女に、紅は苦笑しながら目を逸らした。その間に、コトネの視線は紅の後ろにいるマコトを捉える。


「で、そちらにいる方が、問題の人なんですね?」

「あ、ああ。そうだy──」

「嘘ですよね?」


 紅が言い切る前に、コトネは訊ねる。彼女の笑顔は、もはや脅迫だ。


「わざわざ後でわかるような嘘をつかなくても良いのに。確かに、そこにいる人は一緒にいた人でしょうが、残念ながら、よ?」

「……」


 そう言えば、そうだ。

 紅がシステムをいじってなかったことにしたのは真雪の存在だけだ。だったら、既に認証されているマコトが一番の問題になるとは考えにくい。


 なんとも頭の回る少女に、紅の打つ手は降参しかなかった。


「……どうしてわかったの?」

「支部長が誰かに会うことはわかっていましたから。念のため、どんな方なのか確認したんですよね。そしたら、ここにはいない姫野ユウヤさんの入国情報が確認できました。しかし、不自然なように時間を置いて、そこにいる白峰マコトって人の確認もできました。同じ軍の方なら問題はありませんが、どうして支部への入館が遅くなったのでしょう? 姫野さんがいないところを見ると、恐らく、もう一人、誰かがいたのでは? 他の方が。まあ、思ったよりも遅いと感じたので支部長は支部長で遊んでいたようですが」


 コトネがここぞとばかりに早口で捲し立てる。ぷりぷりと怒った表情も可愛いと思ってしまうが、そんな紅の心情も知らずに彼女はジト目で見つめてくる。

 何もかもがお見通しだった。これならば、はじめから堂々と支部に赴かせるべきであったとすら反省する。


「いやあ、君には勝てないねえ」

「勝ち負けの問題ではありません。話をすり替えようとしないでください」

「面目ないなあ」


 何を言おうとも、返り討ちに遭う紅を他所に、コトネは漸くマコトのもとにとてとてと向かい、正面に立つ。


「こんにちは。ご挨拶が遅れましたね。千崎コトネです。この人が大変ご迷惑をおかけしたようですみません」


 キリッと、そして爽やかに自己紹介をして、折り目正しくお辞儀をする。

 その佇まいに見惚れたせいか、マコトが起動したのは少し間が空いてからだ。


「……あ、はい。こんにちは。白峰マコト第3階位です」

「その若さで第3階位って、すごいよn──」

「支部長は黙っていてください」

「──はい」


 口を開くことも許されていなかった。支部長という役職に、威厳などなかった。マコトからすれば、ユウヤを圧倒していた姿が見る影もないのに驚いていることだろう。


「さて、マコトさん」

「はい」


 紅の姿を見ていたお陰で、マコトも畏まる。


「率直にもうしますと、私たちは貴女方を歓迎することが、残念ながらできません。ですが、この支部に滞在することは支部長の許可も出たことですし、今から覆すことはしません。それに、同僚ですから、そんな真似があってはなりません」


 どうやらマコトたちは追い出されなくて済むらしい。このまま本部に帰還せよと言われた暁には、マコトは軍を辞めるだろう。紅でさえそうする。無茶な遠征とユウヤから訊いていたこともあり、無理なものは無理だと判断できる。

 マコトは分かりやすく安堵していた。この少女のどこにそのような権限があるかはマコトは知らないだろうが、つい言葉に従ってしまうのだ。


 だが、彼女の言葉はそれで終わりではなかった。


「──勿論、軍の規定により匿っている人を紹介していただけるのでしたらね」

「いや、それはちょっと……」

「え?」

「……はい」


 紅が無理を主張しようとしていたが、たった1文字の問いかけに捩じ伏せられていた。

 不敵に笑う彼女の風格には、もはや逃げ道などなかった。



 ◇


「もう、急にいなくなったかと思ったら。帰るなら帰るって言いなさいよ!」

「だって、つまんねえんだもん」


 第一声は、コトネがリュウトを叱っているものだった。仁王立ちして小さくなる少年を見下ろしながら、コトネの説教は続く。


「どんな理由でも、どこに行くかは私かに連絡しなさいよ。ここは危険なの。わかる? これでリュウトにもしものことがあれば、ただじゃ済まないんだからね!」

「うぅ……」

「ちゃんと反省しなさい! わかったら、部屋に先に戻ってて。あとで話はちゃんと聞いてあげるから」


 ユウヤにしてみれば、リュウトという少年は快活で、思ったことをすぐに実行するタイプである。その少年が肩を落としてコトネに従う姿は、姉と弟のようだ。

 そして、何故か脇にいる仁義紅も肩を落としていた。


 リュウトがこの場から出ていくのを確認すると、コトネはユウヤへと振り向いた。リュウトに向けていた怒気は取り除かれて、満面な笑みが見られる。


「お久しぶりです。ユウヤさん」

「コトネちゃんも。大きくなったね。俺のこと憶えてる?」

「当然です。昔のおとうさんのところにいた人たちは、会ったことのある方全員、憶えています!」


 コトネはくすぐったそうに笑う。

 最後に見たのはもう5、6年の月日が経っていたので、立派に育つ彼女の風貌は昔の幼さがほとんどなくなっていた。

 ツインテールを揺らしてふわりとお辞儀する様に、懐かしさがあった。


「寧ろ、私のことを忘れてしまっているんじゃないかと、不安でした。えへへ」

「そんなことはないさ。君は……、いや。忘れることなんてないよ」


 途中、話せる言葉が見つからなくて、誤魔化しながら答える。しかし、ユウヤが何を言いたいか察したのだろう。コトネは穏やかに、寂しそうに微笑む。


「気を遣っていただかなくても大丈夫ですよ」

「わかっているさ。でも、君も、そんなに畏まらなくて大丈夫だから。昔のように話してくれて構わないよ」

「そんな! ……恥ずかしいですよぅ」


 懐かしさに、昔の思い出に花を咲かせることになった。ユウヤとしても、彼女の成長は見ているだけで楽しい。まだ初めて会った頃は小さくて凄く内気な少女であっただけに、子どもがどんどん大きくなっていく様を体感するのは、少しの感動があった。

 そして、それ故に悲しさもあった。彼女の顔を見る度に、遣る瀬ない日々が蘇ってくるからだ。


 感傷に浸る中で、こほんと紅が喉を鳴らした。


「まあ、懐かしい人との再会もその辺にして──」

「うるさいですよ、


 ドスの利いた低い声が、コトネから漏れた。表情に変化はないが、それだけで紅を黙らせる。どこからそのような声が出てくるのだろうか。また、一体、支部で何があったのか聞いてみたいレベルであるが、なかったようにしてコトネがユウヤへと笑みを向けた。


「じゃあ、時間も惜しいですし。その方を紹介していただいて良いですか?」


 恐らく、紅が進めたかったことだろうが、であるコトネに発言を許されていないらしい。ただ、ユウヤはそこを掘り下げるのは別の機会に譲り、向けられた疑問に答えることにした。


「彼女の名前はプリシラ。遠征中に拾ってね。見捨てるわけにもいかなかったから、ここまで帯同させてきた」

「プリシラさんですね! 私は千崎コトネと言います。以後、お見知りおきを」

「プリシラです。よろしくね」


 ハキハキと話すコトネに対し、真雪プリシラは若干引き気味になっていた。紅への脅しが印象に残っているのだろう。笑ってはいるが、ユウヤの背に3割ほど隠れていた。


「いやあ、迷惑をかけたようでごめんね。本当なら正規の手続きを踏むべきだったんだけど。如何せん、それが難しかったものでね」

「いえいえ。それを隠そうとしたおとうさんは別ですが。ユウヤさんに久々に会えて私も嬉しいですし」

「コトネちゃんも、一層、可愛く見違えたのを見られたから、俺としては良かったよ」

「えへへ。ありがとうございます」


 内密に、とはいかなくなったが、コトネのはしゃぎように思わず頬が弛む。

 ユウヤがマコトの方をちらと見ると、唖然とした表情になっている。紅の様子も合わせると何か驚くことでもあったのか。不可解に思い首を傾げるが、ユウヤは予想がつかなかった。


「それで、このプリシラさんについて、紅さんと話をつけなきゃいけないから。申し訳ないけど、プリシラとお話しをしていてくれないかな?」

「わかりました! 大丈夫ですよ。私も事情はちょこっとだけ知っているので。おとうさん、あとはよろしくね!」

「……あ、ああ」

「では、プリシラさん。行きましょう!」

「う、うん?」


 そう言って、コトネはプリシラを引っ張っていく。

 なかなかオマセなところもあるが、リュウトの面倒を見る姉然とした姿に、しっかりしているとユウヤは感じる。少々、紅を圧倒するものもあったが、それ故に若干15歳には逞しさがユウヤの眼に映った。


 女子がいなくなり、男3人がこの場に残った。ユウヤは目を閉じ、完全に2人が部屋に消えたのを確認すると、目を開き直した。


「本当に大きくなりましたね。なかなか可愛いじゃあないですか」

「ははは。本当に、ね。自慢の娘さ」


 乾いた笑いに首を捻るが、紅から出た本題に耳を傾ける。


「取り敢えず、君たちの滞在は許可をしよう。規定上、本部にも報告は入れておく必要があるけど、彼女のことは支部長の名に誓い伏せておくさ。最悪、第3支部ウチで保護と銘打てば時間は稼げるはずだから、問題はないよ」

「ありがとうございます」

「けれど、君たちはだ。責任を負うのは君たちだけのスタンスだから、間違っても味方と思わないことだよ」

「お気遣い、痛み入ります」

プリシラあれのことも約束通り追及はなしにしよう。危険性指定がなければ処遇についても様子見だね」


 紅はユウヤの要望を制限もなく受け入れる。それがありがたいことてもあり、同時に厄介を招くのは当然の流れだった。

 ただ、紅の切り出す内容が予想できていただけに、ユウヤは他人事にはなれないのだが。


「結論から言おうか。中四強国付近で極東連盟隊員と思わしき者から救難信号を捉えた」

「思わしきじゃないんですよね? 救難信号を上げるならよっぽどでない限り行わない。つまり、極東連盟ウチの隊員──しかも、恐らく俺たち髙村隊の人間で間違いない」

「なっ!?」


 紅も予測はついていたのだろう。表情に変化はない。しかし、マコトは驚きの声を漏らしていた。


「ユウヤたちふたりの認識に齟齬があるね。理由はあるのかな?」

「俺たちはその救難信号とやらを確認できていない。だが、数日前に髙村隊がまるごと遭難した。可能性の話をしてしまえば十分あり得る。紅さんのその感じからして、緊急無線も感知されたんでしょう?」

「生憎ね。無線を逆探知されたのが原因となるならなかなかの馬鹿だけど、今回はそれが決定的になったと言ってもいい」


 目付きが自然と鋭くなる。十中八九、仲間の隊員の誰かが敵対する国家に捕縛されたのだ。流石に、冷静に取り繕おうとする頭にもブレが出る。

 あのとき、災害に巻き込まれなければ、と悔やむ気持ちもある。それが回避できたかもしれないなら尚更だ。けれど、事態を呑み込まずに理想を追いかけるだけの、過去を省みるだけの現実逃避はさせてはもらえない。


(……誰だ? マコトと俺以外の全員が捕まったのか? いや、マキノさんがいたなら無線なんていうリスクを取らないはずだ。最後の最後でそうしたのなら話は別だが、あの人がいる線は薄い気がするが。その意味で言うなら馬場ばばさんの方が判断能力は突き抜けているか。隊長と一緒にいるならわからないが)


 考えても仕方のないことだが、どうにも引っ掛かりを覚える。それも初めからだ。遠征計画からずっと、もやもやし続けているのだ。隊長の髙村ショウゴの強行もあったせいかその印象は強いが、その陰に隠れた何かが存在する気がユウヤはしたのだ。


本部からの連絡は?」

「問い合わせ中さ。指示が出るまでは待ちになる。当然だけど、いくら自分の部隊だからと言って、ユウヤたちの安易な行動は厳禁だよ。ここにいる以上は従ってもらう」

「承知していますよ。そんな無謀なことはしない。いや、出来ないのが正確か?」


 ユウヤは言わなくても良いことを敢えて口に出す。これは戒めと同じだ。感情的になって動くことに、一縷のメリットも存在しない。

 意外なことに、ユウヤは助けられる人は例外なく全員助けたいと思う性分だ。だが、今回はそうはいかない。例えば、ユウヤが単身で中四強国に乗り込んだところで、人質が増えるのがオチだ。

 ひとりが持つ感情だけですべてが解決できるほど、この世界は甘くはない。

 それに、真雪がここでは足枷になってしまう。別に、それを理由にする気はユウヤにはないが、無責任に放っておくことはしたくはない。


 だから、既にユウヤには諦念がひっそり漂っていた。極東連盟が人質に軍を動かすことはないだろう。

 最初に平和的解決を望んでも、交渉決定権は中四強国が有している。いずれ相手の要望の積み上げにより交渉は決裂し、均衡していた世界は一気に不安定に陥ることになる。


 相手は人種国家のトップ5だ。極東連盟とてそこに入らずとも、至るまでの力は有している。ならば、下手な開戦になるのは、こちらの存在を鬱陶しく思っているであろう中四強国が望むところになる。


(故に、人質として捕らえられたのならすぐに殺されはしないはず。けれど、長期的に国力を上げたい極東連盟と、短期的にこちらを潰したい中四強国と、その認知の乖離性を見謝れば、戦争になった場合には確実にこちらが負ける。上海連盟が同盟としてこちらに付いているのがうまい具合に足枷になっているからか、それとも上位5国トップも一筋縄ではないのか、どちらにせよ時間の問題か)


 楽観視できる問題ではないが、決めるのは国のトップ達である。凄惨な結果に巻き込まれないことを祈ることしかできない。


「ユウヤたちはこれからの方針はあるのかな? 現状を踏まえた上で、選択肢が複数あるのが良い」


 冷静に事を進めようとするのは紅だ。

 彼のスタンスで考えれば、ざっくりとすれば第3支部の平穏と最前線の維持が主だ。一番危険な地帯なだけに、揉め事に関わりたくないのはよくわかる。

 支部長として、紅はユウヤに訊ねているのだ。目を伏せ、感情は押し殺す。


「まずは、プリシラを優先にしますよ。何のために助けたのか、その意味をなかったことにはしたくはない。その上で、基本的には軍の指示に従います」

「それが、どんな指令であっても?」

「はい」


 何を見ての質問か、ユウヤにはわからなかった。紅が暗示していることを考えると、軍が理不尽な指令を強いる、ということを簡単に察してしまえるが、果たして現実的なものかは判断つかない。

 だが、紅は百戦錬磨の男だ。その経験則はユウヤには理解し得ないものだ。


 紅の提供してくる情報は、このように分かりにくいものもある。もしかすると、それが単なる疑問として投げ掛けられたものかもしれないが、仮にそうだとしても、一旦立ち止まる指標としては意味を持たせてくれる。警戒するに越したことはない。

 いつも命を落とすのは、想定外を想定していない者だ。甘く見積もれば、それは道理としてリスクが返ってくる。運は重要かもしれないが、それでも運頼みではこの先生き残るのは不可能だ。常に、8割以上の想定したリターンとなるように考え、行動する。紅の教えだ。


 ただ、そんな合理的思考とは裏腹に、頭は熱を持っていた。それを顔に出さないまま、ユウヤは視線を上げる。


「俺は、俺ができることをただ愚直にこなしていくだけですよ」


 悟った表情として、ユウヤは演じて見せた。

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氷上のトラッパー 鍵谷 朝霞 @ice-road

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