第3話

 それからの私は忙しかった。

晴れた日には光をいっぱい浴びなきゃならないし、ハウスの皆との親睦会とか目白押しで、

赤に磨きはかかったけれど、やっぱり『お前は甘いだけだ!』とレモン上司に怒られて、

それでも時間があれば、たまごチャンとたまご君の事を考えた。しつこいけど。

彼らは私の大事な友達だから。でも、それは取り越し苦労でした。


「私達、付き合う事になったの!」


 たまごチャンからの報告。

突然の事に私は面食らった。ちょっとだけ、青褪めた。


「……えっとぉ、たまご君と?」

「ええ!」


 他に誰もいないのだけど。聞くまでもないのだけど。

暫くの激務で折角良い具合に赤く染まったと云うのに、天辺の部分が少しだけ黄色に戻ってしまった。

たまごチャンはそれに気づいてない様子だから良いけど……

ただ、すごく驚いたんだ。だって、


「たまご君とは会って間も無いけど、告白された時は驚いたけど、

 きっと仲良くなれると思ったから、付き合う事にしたの。

 これも全部、プチトマトちゃんのお陰! 本当にアリガトウ!」

「ぃ、いえ……それは、何よりです……」


 驚き冷めやらず、上っ面だけの私。


 恋愛に時間は関係ないとは思うけど、たまごチャンとたまご君は出会って2週間で、

2人きりで会ったのはたったの2回程。だから、何と云うか…


 浅はかだな。と。


 勿論、たまごチャンとたまご君は良い人だ。とっても良い人だ。

私みたいなプチとも仲良くしてくれる、美しいたまご達だ。

だから、直ぐに魅かれ合うのは分かる。解かるんだ。


 だけどね、



『やっぱり、私の中身を分かって貰いたいわ』



 この言葉が、私の小さな胸に引っかかるんだ。


 たった2週間で中身を分かって貰えたのかな?

たまご業界の1日って、野菜業界より長いのかな?

いや、そんな事より……意外に、たまごは中身が無いのかも知れない。

いや、違くて……中身を解かって貰ってから付き合うのか、

中身を解かって貰う為に付き合うのか、その違いなんだろうな。


 私はね、出来るだけ解かって貰ってから付き合いたいかな。

だって、そうしないと、別れた時には『相手に自分解かって貰えなかったから』……何て、

自己中な事を思ってしまいそうだから。

まぁ、これはあくまで私の考えで、恋人として付き合いながらお互いを知るのも、

発見の多い楽しい交際の1つだと思ったりもする。


「これから、楽しい時間を過ごせると良いですね!」


 冴えない祝辞だけど『きっと上手くいきますよ』とまでは云えないから。


 たまごチャンとたまご君の事は、

 たまごチャンとたまご君よりも、

 友達として付き合いの長い私の方が知っているくらいなのだから。


 考える度、グジュグジュと音を立てて、緑色に変色して行く。急速に。

もしかしたら、私の中身は緑色の気持ち悪い物体が詰まっているのかも知れない。

そう考えたら気持ち悪くなった。


 だって、分かるから。


 知らない事が、

 知れて。

 見えて。

 感じて。

 解って。


 幸せと思う事もあるけれど、そればっかりじゃない。

中身を知らずに付き合うのは、中々の冒険なんだ。

でも、大人だから、もう分かってる。

大人の付き合いって、そうゆう事すら凌駕してる。

だから、私は彼らを見守るんだ。単なる傍観者として。


 何か、冷たいね。私。

でも大事な友達だから、幸せになって欲しいから、

目を瞑らなきゃいけない事ってあるって、最近 気づいたんだ。


 え?何かって?


 それはね、


 たまごチャンは、生卵で。たまご君は、ゆで卵で。

卵は卵でも、中身が違うから、


『茹でちゃえば、ちょっとやそっと傷ついたって平気だよ』何て、

悪気なく云っちゃう たまご君に、

『たまごが皆ゆで卵だと思わないでよ!』って、

表と中身のギャップを指摘されて、悲しく思う たまごチャン。

ブツかったら、アッサリ割れてしまう、繊細なたまごチャン。

そんな たまごチャンとたまご君のかけ合いを想像して、私は虚無になる。


「【皆で一緒に】なんて、結局ないんだよなぁ…」


 だから 私は物見知り。


 そして、新婚真っ只中の伊勢海老チャンが、式に遊びに来てくれたお礼と云って、

先日、私のハウスに遊びに来た事を思い出す。



『ねぇ、結婚して、何が1番 幸せ?』



 私の問いに、



『別にぃ?』



 アッサリと、冷めた口調で答えた幼馴染み。


 私は……



「やっぱり、解かって貰ってからにしよう」



 私の中身が緑色のグジュグジュだったとして『それでも良いよ』と云ってくれる方を見極めて。

当然 私も、彼の短所には『それでも良い』よ、と云えるだけの心をもって。

互いに、愛すべき短所と言えるよう。


 取り敢えず、明日は早速 上司に怒られよう。

『また黄色くなってるぞ!』と、怒られよう。

もう1度、赤く染めなおさなくちゃ。




End writing by Kimi Sakato

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食材世界。 坂戸樹水 @Kimi-Sakato

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