終末論とキンギョソウ
犬養ろそ
教室の一番後ろで。
午後の授業というものはまったくもって退屈である。
お昼ご飯の時間の後、満腹の胃袋はさっき食べた卵焼きだったりおにぎりを消化するのに忙しい。昼休みにはおしゃべりにも花が咲く。そりゃもう収集がつかなくなるくらいに。このクラスメイトと過ごすのも二年目になれば、どんな些細なことでも笑顔に変わる。そちらにエネルギーを使われてしまった後でノートを書き進めることなんて出来ないのである。休息も必要だ。ということで
机に倒れこむ前に、教室中を見回す。彼女の座席は教室の窓側から二番目の一番後ろ。何をしても先生には見えづらい場所だった。
周りはほとんど、突っ伏して眠っていたり頬杖をついて舟を漕いでいたり…
とにかくみんなが様々に、眠たい五限を過ごしていた。しっかりと顔を上げているのは数人しか見当たらない。もともと授業を真面目に受ける派閥でないもかも、ゆるゆると頭を下げようとしたときだった。
「もかちゃん、眠いの?」
「おああ!?びっ…くりしたぁ!」
左隣から突然声をかけられ、がばっと体を起こす。あまりの勢いに椅子が動き大きな音をたて、前の席の少女が肩を跳ねさせた。
「いきなり話しかけんなよー、恋」
「だってもかちゃん寝そうだったし。居眠りは駄目だよー」
そう、これから眠るところだったのに。驚きすぎて眠気も覚めたわ。恨めしく隣に座り呑気に落書きをする幼馴染み、
当の本人はその視線を全く気にせず、もかのノートに歪な宇宙人のイラストを増やしていく。
「やめてやめて。提出の時どうすんの」
かわいいから許されるよ、なんて的外れな返事が返ってきたのでもかは仕返しに恋のノートに手を伸ばす。
「やだもかちゃんやめてよ!」
落書きの手を止め恋はノートを取り返そうとバタバタもがく。だが身長の低い恋と高いもかはどうやっても腕の長さが違うので、抵抗むなしくノートはもかの手に渡った。そのまま、どこに落書きをしてやろうかとページを捲る。一番新しいと思われる見開きには。
『あした地球が滅ぶとしたら』
という文字。その先は真っ白なページ。
「……恋、そんなこと考えてるの」
「ちょっと!勝手に見ておいて引くのやめてよ!」
あー恥ずかしい、と恋はノートを取り返す。恋だって、眠たかったのだ。でも評定とか、先生からの信頼は落としたくないから眠ってしまわないように、ずっととりとめの無いことを考えていただけなのに。つい書いた恥ずかしいメモを誰かに見られてしまった。羞恥から赤くなった頬を手で扇いでいると、さっきから何も言わないもかに気が付いた。
「どしたの、もかちゃん」
もかはずっと、ぼうっと恋のほうを見たっきり動かない。
「恋はさ、あした地球が滅ぶとしたら、どうする」
急に真面目な顔をするものだから、恋も固まってしまった。
実はずっと、そのことを考えていたのだ。地球が滅ぶだけでなく、自分たちの日常が突然壊れてしまうことなんて挙げればきりがない。災害、戦争、病気…
わりと普通に生きてきたもかも、もしかしたら明日大きなトラックに轢かれているかもしれない。
これはある春の午後、教室の一番後ろの、突飛な終末論。
この日常が突然終わってしまうのが怖くて、そんな恐怖を春のまどろみにごまかして。
でも
「わたしは、恋と一緒にいたいな、それでも」
「恋はきっと怖がるだろうから、一緒に死んであげる。いいでしょ?」
そう言ってもかは恋に笑ってみせた。その笑顔は昔から変わらない。
人より体が小さくて臆病な恋をずっと守ってくれていた、幼馴染み。
彼女に向ける想いがただの信頼だけではないことに気づいたのはいつだろう。その気持ちは胸の奥に仕舞いこんでおこうと決めていたのに。
「もかちゃんはいつもやさしいね」
だから、せめて許される精いっぱいの言葉をあなたに贈ろう。何も知らないあなたからの言葉で生きていこう。
「…やっぱさ、うちの学校の桜って綺麗だよね」
「関係なくない?いまそれ」
「いや、だってわたしからずっと見えてるんだもん。恋の後ろに」
そう言われて恋も後ろを振り返る。四月の校庭には見事な桜が咲いていた。去年より一階分教室が上がった分、樹までの距離が近い。風が吹いたら花びらがこちらにも届きそうだ。
「恋はどうするの」
風が少しだけ強くなる。ひらひら、桜がすこしだけ青空を舞った。
「私はね、」
地球が滅んで、こなごなになったとしても。
あなたとずっと一緒にいられたらいいな、なんてね。
終末論とキンギョソウ 犬養ろそ @rossoinukai
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