第44話「収束、そして別れ」
地面は雨による緩みと戦闘による影響で、もう原型を留めていないくらいぐちゃぐちゃになっていた。
「やっと、終わった……の?」
メルは力の入らない身体を抑えきれず、今更汚れなど気にする事も無く両膝を地面に付いた。
しばらく振り続けた雨は止み、暗黒色の雲から微かに月の明かりが漏れ出している。
光の粒子が舞い踊っている様は、メルの目に儚く、しかしとても美しく映った。
メルは重い瞼を閉じないように、その光景を目に焼き付けるようにしてから、辺りを見渡した。
ローズヴェルトは血が服に染み付いており、服もボロボロだ。
タケルは最後に風爆発に巻き込まれて、小麦畑に吹っ飛んでいって見つからない。
ローグは全身泥だらけになりながら、左腕から手にかけて血だらけになっていた。今は地面に刺した剣を頼りに両膝を付いている。
そしてリリアは……
「はっ……」
メルの頭にそっと優しい感触の手が。
「リリアさん……」
「大丈夫、メルちゃん……?」
リリアの声音はどこか優し気で、心から自分を心配してくれているのが伝わった。
それと同時に、メルの全身にどっと重たい重力がかかった。
もちろんリリアの服は誘拐された時からボロボロで、あちこち傷だらけで、腕には血を拭った様な後もあり、黒煙のせいか頬も黒く汚れている。
でもメルの目にはそんなリリアがとても眩しく見えた。
ついに重かった瞼がゆっくりと閉じいく。
「メルちゃん!?」
このまま顔面から地面に打ち付けられる事はメルでも安易に理解した。
それ以上に力の抜けた身体は心地よいものに感じた。
しかしメルの顔面は地面を打ち付ける事なく、柔らかく温かみのあるリリアの胸に収まった。
「大丈夫、メルちゃん……ルちゃん……ちゃん……ゃん」
リリアの声がどんどん遠くに感じる。
__あれ、口が開かないな。喉から声も出ないよ。
それにしてもリリアさんの身体あったかいな~、もう疲れた、眠たいよ。
リリアさんも皆も、ほんっとにかっこよかった。
ありがとう……お休みなさい。
メルは安らぎの表情を浮かべて眠りに落ちた。
ーーー
『お世話になりました!!』
タケル、リリア、ローグは一斉に頭を下げた。
場所は最初にこの家を尋ねた時に挨拶した玄関前の扉。
その様子をクレア叔母さんは微笑ましい表情で見つめ、メルとベルは寂しそうに見つめていた。
あれからローズヴェルトはすぐさま近くの医者に治療してもらう事になり、しばらくの間、身体を安静にする為、入院する事になった。
事件の翌日、ローズヴェルト家のお宅にすぐさまニーナ先生が訪ねてきた。
タケル達は出来るだけ詳細に、事件の事について話し、残りの数日間は怪我を治すように安静にしてろと指示が下った。
「うっ……リリアさん、ありがとうございました……っ……でも寂しいよ~」
「メルちゃん……私もありがとね、本当の妹が出来たみたいで本当に楽しかったよ」
「うぇええええええん、リリアさ~ん」
メルはリリアの胸の中で泣いた、最後の最後までその感触を忘れたくないかのように。
「タケル」
「おぉ、なんだベル」
「またあそぼ」
「あぁ! 当たり前だ、またな。姉ちゃんの言う事ちゃんと聞いて、そんで俺みたいに強くなって……」
タケルとベルは拳と拳を突き合わせるように互いの顔を見て、ニッと笑いあった。
「クレア叔母さん、ローズヴェルトさんの体調は大丈夫なんでしょうか?」
「心配ありがとね……でも、なんだかんだ言ってあの人も結構しぶといみたいでね。あと数日もしたら退院できるみたい」
「そうですか……」
ローグは安心と少し悔しさが入り混じったような苦い表情を地面に向けた。
「それじゃあ私達もそろそろ駅の出発時間があるので、この辺で。
ほら、何してるの、行くわよタケル!」
リリアは再びベルとじゃれ合いを始めたタケルの首根っこを引っ張り、引きずろうする。
「痛い痛い痛い! く、首閉まるから!」
「なら早く行くわよ、ほらローグなんかもう先行っちゃってるし」
ローグは一足先に頭を下げて、駅に向かっていた。
「分かってるよ! んじゃあな、みんな!!」
そうして三人は、行きと同じく仲良く横に並んで歩くわけでもなく、縦にローグ、リリア、タケルという順で駅を目指していく。
ここ二週間ですっかりと見慣れてしまった小麦畑を横目に歩き、三人は旅情をくすぐられた。
相変わらず六月とは思えない程の陽射しの強さで、リリアは麦わら帽子をぎゅっと深く被り直す。
ここ二週間の出来事を一つ一つ思い出していくようにして。
「ほんっと、色々あったなぁ……」
旅の出発からクレア叔母さんに出迎えてもらい、メル達に出会い、タケルとローグに呆れて、楽しい夜を過ごし、仕事をして、危険な目にもあって……
そして三人がローズヴェルト家を離れて、少しした所で。
「あ、あのっ!!!」
三人に向けて聞こえてきたその声は、少し興奮しているせいか語尾で裏返りかけていた。
そんな聞き覚えのある声に三人は何事かと振り返る、縦一列で。
その者は急いで走って追いついてきたせいか、息を切らして両手を両膝に突きながら呼吸を整える少女・メルだった。
「メ、メルちゃん? どうしたの!?」
「あ、なんだメル、忘れ物か?」
リリアとタケルはびっくりした表情でメルを見つめていた。
ローグは相変わらず
そんな三人の視線を受けて余計に恥ずかしくなったのか、メルは桜色の髪を三つ編みしたお下げを詰り始める。
「ち、違います!! あ、でも忘れ物というか、忘れ物じゃないというか……」
うじうじするメルは頬を紅潮させ。
「皆さんに最後に言い忘れた事があって……」
「最後に言い忘れた、事?」
メルはぐっと唾を呑みこむと両手を強く握るようにして、一番先頭を歩いていたメルにとって一番遠い場所にいるローグに向かって強く叫んだ。
「ま、まずローグさん!!
ほ、本当にあの時、私を庇うように守って下さってありがとうございました。そして私に勇気をくれてありがとうございました。
ず、ず、ずっとかっこよくて、いつもクールで、でも時々優しくしてくれるローグさんが好きです!!」
リリアはメルの渾身の告白に目玉が飛び出そうになったが、恐らくタケルとローグはメルの
だから。
「あぁ」
と一言、ローグにしては珍しく少しだけ頬を釣り上げ、イケメンが更に清々しいイケメンになった。
「次はタケルさん!
タケルさんとはこの二週間より先に出会って、私達の恩人で、すっごい毎日元気で、うるさくて、人の話聞かなくて、それでも戦ってる時のタケルさんは本当にかっこよくて……いつまでも私達の
「あぁ、褒められてのか貶されてるのか分かんねぇけど、メル、お前の気持ちはよーく分かった!! 要するにありがとうって事だろ?」
ニッシッシッとタケルはいつもの笑顔を見せた。
「最後はリリアさん!!
リリアさんは最初に出会ったその日からずっと私に優しくしてくれて、美人で、可愛いくて、髪も金髪サラサラで、胸も大きくて……そんな私が心から尊敬するお姉さんです!」
「メ、メルちゃん!?」
「でも最後、妹みたいって言ってくれて本当に嬉しかった。
私にお姉ちゃんはいないから……いつもはベルのお世話するばかりで、姉としてしっかりしてなくちゃいけなくて、それが当たり前で……だからリリアさんに甘えてる時、本当のお姉ちゃんが出来たみたいで毎日が凄い楽しくて、夜が楽しみで……うっ……っ」
メルの目尻に大粒の涙が溜まっていく。
だからメルはそれを我慢するように、懸命に零さないように、口元を震えさせながら少し上を向く。
「だ……だめ、今度はちゃんと言いたい事……言うまで……泣かないって……」
一粒、大きな雫が地面を打った。
「メルちゃん……」
「わ、私……今回の事件で分かったんです……私も人を助ける人になりたいって!
リリアさんみたいにはなれないかも知れないけど、それでもリリアさんみたいな誰かを護る女性になりたいです!!」
そしてメルのぎゅっと強く握っていた両手をリリアは優しく自分の両手で包み込んだ。
「また、来るから。一緒に過ごした時間は確かに姉妹と言うのには少し短すぎるのかも知れないけど、そんなの私は関係ないと思ってる」
「うっ、うわぁぁあああああん、リリアさ~ん」
メルの瞳に溜まったギリギリ決壊寸前の雫はとうとう許容範囲を超えて大洪水を起こした、リリアの胸の中で。
そしてリリアはメルの耳元でそっと呟いた。
「私はね、メルちゃんが思ってる程、凄い人でもないんだよ……いつも皆に助けられて、今ここにいる。
最初はそれが凄い嫌だった。守られるだけの自分が嫌だった。
でもね、今はそんな事気にしなくなったの。
それはね、仲間だから当たり前なんだって、助けるのも、助けられるのも。
それを仲間から教えて貰ったの。
だからメルちゃんも大切な仲間を見つけて、そしてまた、私達と一緒に何か出来たらいいね」
小麦の広がる金世界に挟まれた三人の影がどんどんと小さくなって行く。
そんな三人の背中をその場でいつまでも見つめ、
腕が痛くなるまで手を振り続け、
いつまでも涙を流しながら
メルは最高の笑顔で笑った。
「ありがとうございました!!」
ーーー
第二章 インターンシップ編 終
剣聖のフラグメント 文鷹 散宝 @ayataka_sanpo
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