第43話「聖なる天の樹」
メルは震えていた。
確かに雨が降りびしょ濡れだからという理由からの寒さもあったが、今はそんな事がとても些細な事に感じられるくらいに震えていた。
目の前でタケルが戦っている
「じぃじ……何なのあれは……?」
「お前も話くらいは聞いた事があるじゃろ……」
「え?」
「あれはオークじゃ」
「あれが……オークなの?」
闇の盾の中でオークは急いで後ろを振り返る。
「ルエット様、この盾も時間の問題です、とにかく今は余計な戦闘は避けて頂きたい」
「ベートはなんて言ってたんだ」
「ルエット様が独断で変事を起こさない様に、監視しろと。もし何かあれば私の判断でルエット様を帝国まで引き戻す様にと……」
「そうか……」
オークは少し申し訳なさそうな表情でルエットの顔を伺っている。
「なんだ、言いたい事があるのなら話せ、オーク」
「ハッ、誠に申し訳ございませんが、ここでルエット様は私と一度帝国へお戻り下さい」
「そうか……ではその命令に、逆らうとしよう☆」
「っ!?」
ルエットはニヤッと不気味に頬を釣り上げた。
その表情を見て、オークの表情は一層硬く引き締まる。
「フハハハハハハ!!
冗談さ、オーク。分かった、今日は衣服も随分とボロくなった。これじゃあ私の気分も下がる一方だ」
「申し訳ございません」
「いいさ、子供の相手もそろそろ飽きてきた頃だったしな。それに、色々な
どこか嬉しそうな様子でルエットはリリア達に背を向ける。
そしてステッキを自分の両足の踵にコンコンと二回程軽く叩いた。
「
即座にルエットの両足を薄緑色の風が覆う。
「盾、破壊されます!!」
「オーク、お前はすぐさま私の後ろ下がれ」
「ハッ!」
闇の盾から赤白い剣先がじわじわと貫通し始めてくる。
「中々面白い能力を持っているじゃないか……子供よ。
だが、少々
いよいよ盾が崩壊する。
「イッケェェエエエエエ!!!」
「
「なっ!?」
「ニィッ☆」
ルエットはステッキに高出力の圧を溜め、
対面した瞬間に風爆発をもろにくらったタケルは、小麦畑に吹き飛ばされていった。
「タケルッ!!!!」
ルエットはそうして叫んでいたリリアに視線を送った。
「楽しかったよリリア。また、必ず君を奪いに来るから、じゃあね☆」
ピエロの様な狂相で舌を大きく出し、挨拶を終えた時。
「させるか!! リリア、離れろ!!」
「えっ!?」
急に後方にいたローグが叫んだ。
それと同時にルエットの隣にいたオークが凄まじい量の魔気を棍棒に溜める。
「
流血する左腕をだらんと垂らしながら、片方の右手で木剣を地面に刺し、今日使いに使いきった残り少ない魔気を振り絞る。
氷の棘道はリリアの真横を今日一番かもしれないスピードで駆け抜けて行く。
「
ルエットの隣で魔気を溜めていたオークは、棍棒を叫びながら地面に叩きつけた。
瞬間、地面に何十もの亀裂が入り、そこから湧き上がるように闇が溢れ出てくる。
闇と闇が複雑に絡み合い、それは横に大きな竜巻状になっていく。
氷の棘道は闇に接触した瞬間、粉々に粉砕された。
「きゃああ!!」
その場に強風が吹き荒れる……だけならまだ良かった。
その闇の嵐はゆっくりと確実にメルとローズヴェルトにいる方向に進行していた。
「なっ!?」
「メル、しっかり掴んでるんじゃぞ、じゃないと吹き飛ばされる」
「うっ……じぃじ」
自分も吹き飛ばされないように踏ん張るリリアは、必死にローズヴェルトに掴みかかるメルを見つめる。
「皆頑張ってる……私だってまだ、やれる!!」
リリアは今使える最大量の魔気を剣に込める。
再び、その場に黄金の光がフラッシュする。
先よりも確実に濃く、光の粒子が集束していく。
刀身が眩しすぎるくらいに輝きを放っていた。
「リリアさん……」
「
強い叫び声と共に上段まで上げた剣を振り下ろす。
スパッと一閃が入った頃には、斬撃は既に地面を削りながら進んでいる。
既に五メートル以上の大きさになった光斬撃は、先より深く地面を削り、闇の嵐に直撃した。
凄まじい程の衝撃波が周囲を襲う。
ぶつかる光と闇。
互いが苦手としあう属性。
そんな殴り合いに勝てるのは純粋な魔気の量、そして質。
「きゃあああああああ!!」
メルは悲鳴をあげ、それをローズヴェルトは必死に弱った身体で踏ん張る。
それが今ローズヴェルトに出来る最大の仕事だった。
しかしその眩い光はゆっくりと、闇の嵐に蝕まれていく。
「っ……あれ、……」
リリアは目の前の視界が揺れ、ふらつくように片膝をつく。
残りの僅かな力で剣を地面に刺し、体重を預ける。
「リリア、逃げろォ!!」
ローグは魔気を使い切って、もうその場から動く事が出来ず、リリアに叫ぶのが精一杯だった。
光を飲み込んだ闇の嵐は、容赦なくリリアとその後ろにいるメルとローズヴェルトに進行していく。
「やばっ……もう、動けない、かも……」
リリアの瞼は重力が強くかかったかのように重く逆らえず、視界が閉じかけようとする。
満身創痍、身体精神疲労、魔気も恐らく残ってない、もう全てを出し切ってやれる事は全てやった。
そんな諦念が身体中を支配し、諦めかけた時。
“もう逃げない。自分にも。誰かを護れるように強くなりたい”
林間合宿の帰りに自分に誓ったその言葉が、脳内で反響した。
『今皆を救えなくて何が剣聖だ!!!!』
そして何故か、タケルの姿が脳裏に焼き付いて離れない。
「ま、だ……何も、護れてない………」
グサッと剣を抜き、足に力を入れて、立ち上がる。
何故立てるかなんて、リリア自身にも分からない。
「私だって……お父様みたいに……剣聖に………なるんだからぁぁあああああ!!」
刀身が強く発光する。
ゆっくりと剣を真上に持ってくる。
一体、どこにそんな力があるのか、凄まじいスピードで光の粒子が舞い踊り、魔気が集束し、刀身を包み込んだ。
すうっと息を吸い込み、前足を強く踏み出し、剣を真下に突き刺す。
グサっと土がひび割れ、光が地面に流れ込んでいく。
地面は光を養分とするかのように、ぐんぐんと吸い取っていく。
「
そして、リリアの目の前に一本の細い光が、天に向かって突き抜けた。
続いて一本、また一本と細い光が地面から無数に伸びていく。
その光はやがて一つの大きな巨大樹となり、暗闇の夜を目映いほどの光が煌めかせた。
「これが今の私の全力。絶対に負けない……気持ちで負けたら、誰も護れない!!」
ゆっくりと前進を進めていた闇の嵐は、勢いが収まる事なく、暴風を辺りに巻き起こしながらいよいよ聖なる天の樹へと衝突した。
「ハァァアアアアアアア!!!!」
リリアは地面に刺した剣に力を込め、喉が切り裂けそうな程叫ぶ。
「イッケェェエエエエエ!!!!」
………………。
「………」
タケルは暗い小麦畑の中で、一つの光を見たような気がした。
その光はタケルにとってとても暖かく、心が落ち着くものであった。
そうして再び、タケルは目を瞑った………
激しい衝突をした闇の嵐は、光の柱を突き破る事は出来なかった。
闇の嵐が過ぎ去った頃には、雨は去り、ルエットとオークもその場から去ってしまっていた。
天へと突き抜けた光は雲を尽きぬけ、一部だが雲一つない夜空が垣間見える。
光が消えた残滓のせいか、光の粒子がキラキラと空を舞い踊っている。
リリアはそんな幻想的で美しい夜空をしばらく見つめ続けていた。
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