第42話「マグマ・モード」
リリアは魔気を整えたのを確認して、軸足を前に踏み込み、腰に力を入れ、剣を引きつける。
そして、刀身に黄金の煌めきが溜まった瞬間、上段斬りのモーションに入る。
「
いつもよりも力強い声を腹から出すように叫び、剣を振り下ろす。
スパッと放たれた光の斬撃は、地面を削りながら、ルエットに襲いかかる。
少し離れた場所にいるルエットは、そのリリアの一連の流れを恍惚に見つめ続けていた。
「いっけぇリリア!!」
タケルはリリアの初めて魔気を使った攻撃に興奮気味な様子で歓声を上げる。
そして光の斬撃は容赦なくルエットに襲いかかる。
「ルエット様!!」
ドガァアアアン!!
一つの強い呼び声に対し、激しい衝撃波が光の斬撃を遮る。
光に対して、その衝撃波は闇。
その闇は光をルエットに直撃寸前で受け止め、薙ぎ払った。
「なっ!?」
リリアは斬撃は完全にルエットを捉えていた。
技を放ったリリアにもその手応えみたいなものは感じていた。
なのに、その斬撃はルエットに届かなかった。
もう一つの衝撃波によって。
「大丈夫ですか、ルエット様!?」
ルエットの目の前に現れたのは銀の甲冑を身に纏った“一人”、違う。
それを人と呼ぶには少しふさわしくない。
その者の全身は緑色をしており、甲冑を纏っているその腕や足は確かに人間と同じで二本ずつ存在する。
背丈は二メートルを遥かに超え、頭から小さめのツノが生えている。
図太い右手にはしっかりと棍棒を握っている。
そう、その者の正体は“一匹”の
オークは反撃もせずに突っ立っているルエットに再び強く呼び掛ける。
「ルエット様!!」
しかしルエットはそんな呼び掛けにも反応せず、目を一点にしてリリアを見つめ続けていた。
「お気は確かですか!?」
オークはルエットの身体を言動とは真逆に優しく揺すった。
「噓、でしょ……」
「おいあれって……」
タケルとリリアは啞然とするしかなかった。
「……オーク、なのか……」
ローグの口からポツリと零れ落ちた言葉に、メルやローズヴェルトも息を呑んだ。
それはつい二か月前、林間合宿の時に出会ったオークそのものだったのだから。
入学して間もないタケル達に、恐怖を植え付けた鬼の魔物。
目の前にいるオークは、林間合宿の時にいたオークとは違うというのは間違いない。
だってあの時いた二匹のオークはニーナ先生が確かに仕留めた。
だが、このオークは明らかに林間合宿の時に出会ったオーク達とは少し雰囲気が違う。
今目の前にいるオークが持つ雰囲気は、
“絶対的な強者”そのものだった。
それは甲冑を身に纏っているせいなのか、言動からそれを感じさせるのか、はたまたリリアの渾身の斬撃を軽く薙ぎ払った事なのかは分からない。
しかしこの場に居た全員の思考が重なった事が一つだけある。
それはオークがこの場に現れたせいで、今から全員が生きて帰る事は不可能だと悟った事だった。
「オークッ!!」
そんな不安が皆を襲うなか、叫びながらオークに斬りかかるタケルの姿がそこにあった。
ルエットの時には見せなかった決死の表情で、タケルは木剣に炎を宿し、その量を一気に膨れ上げていく。
それと同時にタケルの瞳孔もより濃いい赤色に染まっていく。
「ヴォオオオオ!!
オークはタケルの上段斬りを、棍棒で軽く弾き返すようにあしらった。
「まだまだ!!」
タケルは弾き返されるのを待っていたかのように、オークの胸元の甲冑を左手で握った。
「なっ!?」
オークの硬い表情が始めて少し歪んだ。
「オーーークッ!!」
タケルはそのまま剣をオークの顔面に刺そうとした。
しかしタケルは自分の胸元にも図太い手の感触を感じたその瞬間、地面叩きつけられた。
「ッッアア!!」
「タケルッ!!」
オークに片手だけで地面に背中から叩きつけられたタケルは、酸素が吸えないくらい苦しくなって、呼吸が止まりそうになる。
__やばい、息がっ!
そして、一気に視界がボヤけ始めた時。
ーーー
『で、未熟者のお前には、
むしろコントロール出来る方がおかしいって事になんで気付かなかったんだって』
『これはまだ絶対っていう確証が無いんだけどな……タケルの使う熔岩は多分精神性に強く感化されてるんだと思う』
『お前が過去にどんな経験や体験をしたのか分からないが精神の疲れや、強い怒りで限界を超えた時だけ、熔岩が使える、いやこの言い方は正しく無い。
使わされてると言った方が良いのかもしれないな」
ーーー
__俺は何回、同じ失敗すれば気が済むんだ……。
「ふざけんな……」
「なんか言ったかラタリアの子供?」
__ふざけんな! 来い!
「今ここで来なかったら皆殺されるんだよ……。
何が精神だ、何が使わされてるだ……ふざけんなッ……今皆を救えなくて何が剣聖だ!!!!」
次の瞬間、寝転びながらタケルの握っていた剣が赤白く光り輝いた。
その場に場違いな熱風が吹き荒れる。
タケルは剣を強く地面に刺す。
地面周辺に生えていた水気のある雑草たちが一気に燃え上がり、焦げていく。
「なん、だ?」
オークは戸惑ったようにゆっくりと立ち上がるタケルを見る。
タケルの服は傷や泥だらけで、口元から大量の血が漏れ出しているのにも関わらず、目だけは一直線にオークを睨みつけていた。
「俺が皆を救う……。絶対に死なせねぇ!!」
タケルはの剣はドロドロと赤白く、灼熱地獄のような熱さだった。
吹いた風は触れるだけ、炎に変わり、雨などでは最早どうにもならない。
「タケル……」
「あの馬鹿……」
「タケルさん……」
「ニーナ……何なんだあいつは……」
全員がタケルに視線を送る、ルエットを除いて。
オークはすぐさま今までとは違う何かを感じ取ったのか、後ろでボーっとしているルエットに振り向く。
「ルエット様、ルエット様!!」
今までよりも激しく強く叫ぶ。
「………何故、貴様がここにいる。何故、リリアの斬撃を止めた……オーク」
「ベート様のご命令でこっそりと見守ってましたが先程、小娘が放った光の斬撃をルエット様は反撃するどころか、突っ立って見てるだけではありませんか?
流石にそれは見過ごせません。それに、今はそんな事言っている場合ではありません!!」
「ベートの命令だと? チッ、あのハゲの仕業か。余計な事までしやがって」
「よそ見してんじゃねぇぞオーク!!」
「クッ!!」
タケルはオークに向かって、剣先を向けた。
「
一筋の閃光のような赤白いマグマがオークに向かって放出される。
それをオークはルエットを庇うように、横に避けた。
熔岩閃光に触れた空気は、一気に炎と化して燃え上がる。
それは銀の鎧であっても例外ではなかった。
「なっ、肩鎧が、燃え溶けただと……」
避ける瞬間、オークはルエットに気を取られ、少し動くのが遅れ、銀の鎧に熔岩閃光が僅かに掠っていた。
千二百度以上はあるであろうタケルのマグマは、そんな掠りすらも容赦なく溶かしてしまうくらい灼熱地獄の技だった。
「ルエット様。もし万が一にでもルエット様の身に何かあれば、それは私の責任にもなりますゆえ。ご理解を」
オークはガチャと金属音を立てながら片膝をつき、ルエットに軽くお辞儀した。
そのオークの一連の行いは、最早リリア達が知っているあの野蛮なオーク達とは真逆の行いだった。
「余裕だな、オークッ!!」
「全く、面倒な子供だ。
オークはタケルが斬りかかってくる前に、棍棒を軽く薙ぎ払うように半円を描いた。
描かれたその道筋に沿って闇のオーラが盾に変形していく。
そうして闇の盾はルエットとオークを覆った。
「
タケルの魔気量を最大にした上段斬りが闇の盾に斬りかかる。
剣と盾が触れた瞬間、爆発音と共に、物凄い量の白煙が巻き起こった。
「ヴォォオオオオ!!」
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