第41話「世界を救う光」

「メル、リリア……」


 二人の名を弱々しくも呼びつけるローズヴェルト。

 肩を貫かれ上半身を血だらけになっているその様は実に痛々しい。

 真っ白な髭や頭に、所々赤黒い色が混じり、今もなお浅い呼吸を重ねている。

 背中をソファーにもたれさせて。


「じぃじ」

「大丈夫ですか、ローズヴェルトさん!?」

「今はワシの事など気にしとる場合じゃないだろう。それよりこの火をどうにかせんか」


 ローズヴェルトは嫌なもの見る様に暖炉の方へ指を指す。


「リリアさんキッチンってどこですか?」

「えっ!? 分からないよ、ここ私の家じゃないし……」

「そう、ですよね……。とにかく探しましょうか」

「そうだね」



 ーーー



「セヤッア!!」

「ハァアツ!!」


 タケルとローグはルエットに斬りかかる。

 お互い、自分の魔気を纏わせて。

 対するルエットは楽しそうに、その斬撃を子供扱いする。


 一人が斬ったらまた次、そして一人の剣がルエットのステッキで弾かれたらまた一人が斬る、という連携の“れ”すら感じさせ無い、単純シンプルな攻撃。


 お互いが足を引っ張りあって、“二対一”という利を活かせていない。

 もはや能力的に考えて一人で魔気を自由に使った方が戦術の幅が増えていいのではないかとローグは考えていた。


 しかし頭では分かっていても、タケルは絶対にこの戦いから黙って食い下がるはずかないのは承知の上で、というのはローグの建て前。


 本音を言うとルエットと戦って感じるその“戦力差”を肌で感じていた為、一対一のタイマン勝負に持ち込む事を無意識に避けているのが本音の事実だった。


「クソッ、こいつ強すぎねぇか?」

「チッ、そんな事口に出すな! さっさと攻撃しろ!」

「おや、もう終わりかな? 二人掛かりでも所詮そんなものか」


 ルエットはいかにもわざとらしく芝居がかったようにがっかりした表情を見せる。


「残念だ……リリアを助けに来たまでは良かった。でも、その後が実力不足とは……フハハハハハ。

 実に間抜け、間抜けにも程があるぞ。ラタリアの子供よ」

「てんめぇ……ていうかなんでリリアを攫ったんだよ!!」


 タケルは体を乗り出し気味に叫び問う。


「攫うとは人聞きの悪い……。最初から私はリリアを探していただけだ」

「はぁ? お前リリアの知り合いだったのか?」

「あぁもちろん。小さい頃から知っているとも……」

「そうだったのか……」


 タケルは妙に納得したようにその場で頷いた。


「なんでそんな簡単に納得できるんだよお前は!」

「え?」


 ローグは心底呆れた様子で、剣を握り直し、タケルより前に出てルエットと向き合った。


「どこまでホントの事かななんて本人に聞いてみなければ分からないし、そもそもそんな奴がわざわざ誘拐する訳ないだろ?

 仲の良い知り合いなら特にな!」

「あ~なるほど……流石委員長だな!」

「やれやれ、私の言ってる事が信じられないというのかな?」

「お前の言ってる事になんの根拠がある?」


 ルエットは正面で向かい合うローグに向かって、ステッキの矛先を向ける様に構えた。


「私がでも……かな?」

「っ!?」

「デッドロームの幹部……?」


 ローグは目の前にいるルエットの口から発せられた言葉に、驚きのあまり息を吞んだ。


「アハハハ、私の名前はルエット、以後お見知りおきを……」


 ルエットは頭に被っていたシルクハットを取り、軽く腰を曲げ、金髪の髪をサラリと揺らした。


「デットロームの幹部……だと」


 ローグの放心状態になったリアクションに満足したのか、ルエットは自然と頬を釣り上げる。


「そんなに驚く事でもないだろう。

 でもまぁこれで私がリリアを探していたという事も少しは信じてくれたかな?」

「お前がデットロームの幹部ってのは分かったけど、何でそれがリリアを攫う理由になるんだよ、全然わかんねー!!」


 タケルは釈然としない様子で、ルエットに問いかける。


「ちょっと黙ってろ」


 そんなタケルにローグは手で静止するような素振りを見せた。


「何でだよ!!」

「そうか……。お前がデットロームの……幹部の一人。理由は何となく理解した。

 でもなんで今になってリリアなんだ?」

「愛してるから」

『は!?』


 ルエットの発言に二人は目が点になる。


「おい、なに言ってんだよこいつ。委員長、もうよくわかんねーけどこいつ色々やべーよ!」

「失敬な奴だ、まぁ私のこの純粋な愛を理解するのはお前達にはまだ少々早いか……ハッハッハッハッ!」


 ルエットは上機嫌な様子で高笑いをしている時、メルが入っていった家の玄関の扉から三人の人が出て来た。

 そして一人、金髪の少女はずかずかと凄い勢いでこっちに向かってくる。


「何が純粋な愛だーーーーー!!!」

「ハハッ、リ〜リア☆」

「リリア?」

「っ?」


 ルエットは喜び、タケルとローグは戸惑いの表情でリリアを見つめる。


「リリア……会いたかったよ……。あぁ、我が妻よ……君なら必ず生きてると思っていたよ……」

「いい加減しなさい、この変態!!」


 リリアは強く叫び、右手に持っていた木剣に力を込めた。


「もう絶対に許さない、貴方は……ローズヴェルトさんにした事も私にした事も全部!」


 リリアは剣先を真上に上げ、左手を握りに添える。


「聖なる光よ、私に力を貸して!」


 目を瞑り、呼吸を整え、腹に力を溜め、右腕に魔気を流し込む。


 次の瞬間、フワっとリリアの前髪が浮き上がると共に、刀身に光の粒子が舞い踊り始めた。

 そして一気に光は刀身を包み込み、真夜中には相応しく無いであろうその場を黄金の輝きで照らした。


「おぉ……素晴らしい。なんと美しいんだ。フハ、フハハハハハ!

 これが見たかったんだ私は!

 あのハゲの情報もたまには役にたつじゃないか。

 リリア、リリア、やはり君はあの時から変わらない正真正銘、美しいリリアだったんだね」


 リリアの目は黄色く黄金のように色濃く鮮明に澄んでいた。



「じぃじ、リリアさんのあれ、なんなの?」

「…………あれは……アルバ様と同じ……光じゃ」

「アルバ、さま?」


 ローズヴェルトは目を奪われる様に目の前にいるリリアの光に釘付けになった。

 昔の記憶が脳の片隅から次々と蘇ってくる。


「じぃじ?」


 メルの声がどんどん遠くになって耳から逃げていく、それ程までにリリアの光はローズヴェルトのいや、人々の心に響くものなのかもしれない。


「メル、あれが世界を救う光という事を今のうちに目に焼き付けておくんじゃ」

「世界を救う光……」


 メルはローズヴェルトの言葉の真意を完璧に理解する事は出来なかった。

 今はじっと一筋の美しい光に見せられ、恍惚とするしかなかった。

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