第40話「奪還作戦④」


「大丈夫か!! メル!!!」

「タケルさん……また……ありがとう……ございます」


 そう言ってメルは目尻の涙を拭う。


「礼なんかいいんだよ!! それよりリリアとじぃさん……」

「分かってます! 私が……二人を助ける!」


 タケルはメルの少し逞しくなった表情を見て、ルエットに向きなおった。


「頼むぜ!!」

「貴様ァァアアア! どこぞの猿が空から降って来ただとぉお? しかもせっかく私の可愛い子猫ちゃんを………許さないッ!」

「誰がお前の子猫ちゃんだよ、ふざけんなッ!」


 ルエットのステッキから溢れる魔気量が、みるみるうちに膨れ上がっていく。

 そして、タケルを風ごと吹き飛ばした。


 空中にいたタケルは雨で緩んだ地面に吹っ飛んでいった.


「クッ……」


 全身が泥まみれになりながらも、素早く剣を利用して立ち上がる。


「おい、委員長! 何ボーっとしてんだよ!」


 タケルが空から降ってくる一連の流れを、ただただ俯瞰して見ていたローグは、はっと我に返る。


「そもそもお前があの後、すぐさま降りてきたらこうはならなかった」

「うるせえ、あんな所から普通に飛び降りたら足折れるわ!」

「フッ、ビビりが」

「てんめぇ、じゃあお前今から二階まで登ってそのまま飛び降りてこい!!」

「お前やっぱり脳みそが猿なんだな、さっき敵にも言われてたしな。フッ」

「だ~か~らその馬鹿にしたような笑いをやめろって………」


「あぁぁもうお前達黙れ!! 五月蠅うるさい五月蠅い五月蠅い!!!」


 二人がさっそく口喧嘩を始めたので、置いてけぼりになったルエットは怒り叫んだ。


「だってこいつが」

「こいつのせいだ」


 二人はお互いを指さしながらルエットに言い訳した。



「シッーーーー!!」


 ルエットは奥歯を嚙み締めながらもどかしい表情をしてみせた。


「いい加減にしろ貴様達。私をここまで侮辱するとは……この罪は死罪に値する!」

「何が死罪だよ、自分のした事は棚に上げやがって、この変態野郎!!」

「き、貴様ッ……」


 ルエットはタケルに茶化された事により、頭に急速に血が上っていく。


「おい馬鹿、俺の邪魔するなよ、こいつは俺が倒す」

「ふざけんなクソ委員長、こいつは俺が倒すって決めたんだよ!」

「ふざけてるのはお前の方だ! 元々この作戦のお前の役割は中にいるリリア達の救出だろ」

「 あぁそうだよ、でもたった今変わったんだよ! 」


 ルエットは一度ゆっくりとステッキを地面に突き直し、怒りを鎮めるように、落ち着かせるように精神を整えた。


 そして再び口喧嘩しあうタケルとローグにステッキを向け、大きく目を開き、口元から舌を出し、とびっきりの歪んだ表情を見せ。


「良いだろう……二人纏めて死罪だ☆」


 ーーー


「うわっ!?」


 玄関の扉を開けた瞬間、灰色の煙がメルの全身をモクモクと包み込む。

 少し前まで灰色をしていた煙は少し濃いめの暗黒色が混じり出しており、より中の深刻な状況が伺える。


 メルはリリアが夜の鍛錬の時に使っていたミニタオルで口元を覆い、視界の悪い家の中に入っていく。

 とりあえず壁を触りながら感触を頼りにリビングと思われる方を目指して行く。


 __この煙まみれの中で、リリアさんとじぃじ大丈夫かな。


「いっ!?」


 煙の影響で目がチクチクと痛む。

 何度も瞬きをしなければ目をまともに開けていられない。


「早く行かなきゃ……」


 メルは自分に言い聞かせるようにして、足を前に進める。

 そしてもう一つの扉の前に辿り着いた。


「この先にリリアさんとじぃじが……」


 扉は半開きになっており、中から煙が漏れ出してきている。

 すぐさまドアノブに手をかけ、扉を引く。

 ギィイイと軋む音が鳴り、メルはリビングへと入っていく。


「リリアさん!! じぃじ!! ここにいるの? いたら返事して!? ゴホッゴホッ」


 タオル越しに声を出しても煙を吸い込んでしまうこの煙量は、視界さえ奪う。

 その上、二人からの返事が一向に返ってこない。

 仕方ないので、パチパチと音がする暖炉の方に歩いて行く。

 恐らくこの暖炉の上からタケルが火を放った場所だとメルは推測した。


「絶対ここにいるはず……」


 一歩一歩、足を前に踏み出したていたその時、ゴツっと何か重いものに引っかかった。


「あっ!?」


 メルはすぐさましゃがみ込んで、目を出来るだけ細めて、その対象を触る。

 ふさふさの毛髪の感触。


「じぃじ!? 大丈夫!? 起きて、ねぇ起きて、起きてってば!!」


 ローズヴェルトの身体を大きく揺する。

 それを何回か続けた時。


「……っ……う。 その声……」

「じぃじ!! 私だよ!!」

「………メルか……こんな所まで来おって……」


 ローズヴェルトの声にいつもの頑固さは薄れ、今にも弱っているのが目に見えた。


「そんな事今はいいから……ゴホッゴホッ。とにかく起きて、こんな所で寝てたらホントに死んじゃうからっ!!」


 メルはローズヴェルトの上半身を起こすようして、起き上がらせる。


「あと、リリアさんもここにいるんだよね?」

「ゴホッゴホッ。あぁ、それよりメル。とにかく先に窓を開けてくれんか? ゴホッゴホッ」

「う、うん!!」

「あっちじゃ」


 ローズヴェルトに指を刺された方に向かって行く。

 一メートル先の視界が見えないので、とにかく一歩一歩、手探り状態で前に進んでいく。


「あっ、あった!!」


 ひんやりとしたガラスの冷たい感触が手に感じた。

 急いで取っ手を探し、勢い良く窓を開く。


「これで!!」


 バンと開かれた窓から大量の煙が放出されていく。

 先程よりも視界が徐々に良くなっていく。

 それでも煙の量は凄まじく、気を抜けば次々と第二、第三の煙が襲いかかってくる。

 メルはすぐさまローズヴェルトの元に戻る。


「じぃじ、リリアさんは!?」

「そこじゃ」

「えっ!?」


 メルはローズヴェルトの言われた場所を目を細めて見つめる。

 まだ煙のせいで、完全にその姿は見えなかったが、確かにそこに人と思われる白く細い足が見えた。

 急いでその場に駆け寄る。


 メルは近くづくにつれて、その人の正体がリリアだと確信した。


「リリアさん、リリアさん!! ゴホッゴホッ。大丈夫ですか、リリアさん!!」


 まだ煙が残っている事など忘れ、息を大きく吸い込んでリリアの名を叫び続けるメル。

 そしてリリアの寝転ぶ姿勢が少し変な事に気付き、それがイスに拘束されたままだった事を確認した。

 とりあえず数秒間、身体を大きくゆすり続けた。


「………っ……メ……ルちゃん……?」

「リ、リリアさん!! はい、そうです、私です、メルですよ、助けに来ました!!」


 メルは嬉しさのあまり、無意識にリリアの両肩をガンガン揺らす。


「……うん……もう起きてるから……」

「あ、ごめんなさい! 私嬉しくってつい」

「うんん……ほんとにありがとう……メルちゃん。いきなりで悪いんだけどこの縄ほどいてくれないかな?」

「は、はい!!」


 そしてリリアを縛っていた縄の拘束をほどいた頃には、さらに視界は良くなっていった。


「もう一度お礼を言わせて、本当に助かった、ありがとうメルちゃん」


 数時間ぶりに拘束から解放されたリリアは、メルに向き合い、心からの感謝を述べた。


「いいえ、ここまで私が来られたのはローグさんとタケルさんのお陰だから……でも私……私なんか何の役にも立たなくて……ただ足引っ張ってばかりで……」


 メルは気恥ずかしそうに頬を赤らめながら、手慣れたように三つ編みお下げを指にからめて詰る。


「っ? ちょっと、リリアさん!?」


 リリアはそんなメルの細い身体を優しく抱きしめた。


「こんな私の為にびしょびしょになって……頑張ってくれたんだよね……だから役に立たないなんて言わないで。

 タケルもローグもメルちゃんには凄く感謝してると思うの」

「リリアさん……っ……怖かった……私ほんとに怖くて寒くて……」

「よく頑張ったね、メルちゃん」

「う、うっ、うううわぁぁぁぁぁぁぁん…………でも、ゔっ……良かった、ほんとに良かった」


 今まで気を強く張り続けていた十四歳の少女の一本の糸緊張が、解きほぐされた事により、全身の力が抜け、リリアの胸の中で子供のように泣きじゃくった。


「リリアさんもじぃじも死んじゃったらどうしよって私」

「大丈夫、メルちゃんのお陰で私、今生きてる」


 泣きじゃくるメルの濡れた頭をゆっくりと撫でながら、リリアは心の中で強く呟いた。


⦅次は私が守るから⦆

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