第39話「奪還作戦③」

 

 ルエットはリリアの肌を舐め回すように見つめ、撫でる。

 その時、ガシャ、ガシャンと近くで音が鳴った。


「……ん?」


 ルエットの注意はリリアからリビング全体を見渡す。


「は?」


 明らかにおかしな事が起きている事に気が付いた。

 暖炉の火が付いている、いや燃えている。

 しかも激しく燃え上がり灰色の煙はモクモクと部屋全体に溢れ出している事に。


「な、な、なにぃいい??」


 ルエットの焦った言動に目を瞑っていたリリアも何事かと目を開けた。

 先よりも部屋中が明るくなっていて、目の前のルエットの表情は固まっている。


「なんか焦げ臭い……。何これ……?」


 ルエットは黙ったままだった。

 部屋中に煙が充満していく。


「やばい、やばい、やばい……火事だ。誰かがこの家に火を放った」

「えっ!?」

「とにかく私は逃げる。君も無事を祈るよリリア」

「えっ!? ちょっと待って、どういう……」


 ルエット急いでシルクハット被り直し、ステッキを手に取り、すぐさま玄関の方に向かって行った。

 拘束され、イスを倒されたままのリリアは動く事も出来ない。

 おまけにシャツは胸の下までボタンが開けられ、スカートもめくれ上がったままだった。

 地面には血だらけで気を失っているローズヴェルトが転がっている。


 残されたリリアはパチパチと音が聞こえる暖炉の方に横眼を向ける。

 燃え盛る炎の渦が、リリアの心を不安にさせると同時に、何故か安心感ももたらせた。


「もしかして……タケルなの?」


 小さな希望を胸に秘めて。



 ーーー


「降りられないってどういうことですかタケルさん!?」


 メルは屋根の上で棒のように立ち尽くしているタケルに向かって問いかける。


「だから、ここからどうやって降りればいいんだよ俺!」

「ローグさん、あぁ言ってますけど……」

「知るか、さっさと飛び降りてこい!」


 ローグは地面に刺さっていた剣を抜き、玄関の方に向かっていく。


「メル、お前は作戦通り裏庭で隠れてろ。

 俺が敵を引きつけるのを確認したら、そのまま家の中に入ってリリア達を救え、出来るな?」

「は、はいっ!! 頑張ります!」


 メルは緊張した面持ちでローグとは真逆の方に向かって行った。


 ローグは玄関から少し離れた所で、敵を待つ。


 __作戦はほぼ上手くやれた。あの馬鹿はほっといてもメルがいれば最悪なんとかなる、想定内だ。後は敵を倒すだけ……。


 ふと林間合宿の時に出会ったオーク達との出来事がフラッシュバックする。


 __ちっ、今は余計な事考えるな。目の前の敵に集中しろ……。


 剣を両手で握り、息をすぅーっと吐き、視線を玄関の扉へと集中させる。

 雨は今だに止む気配すらないどころか、風が少し強くなったような気がした。


 少しして、元から半開きだった玄関の扉が動いた。


「なんなんだ、これは一体……」


 少し高めの声を裏返りそうになりながら、焦って出て来たルエットはまさに貴族、そうローグの目には見えた。


 真っ赤なコートを身に纏い、シルクハットを浅めに被ってそこからはみ出る様にサラサラの金髪が一本に束ねられ、背中にまで伸びている。

 革製の黒手袋を手にはめ、右手には、全体は黒色で手元は銀の装飾が施されたステッキを握っている。


「おや、なるほど……フッ……」


 ルエットは目の前にいたローグを見つめ、普段から見せる余裕のある笑みをこぼした。

 次の瞬間、ローグは剣を地面に刺した。


氷の棘道アイスローズ!!」


 刀身から瞬時に凍っていき、メキメキと音を立てながらルエットに向かって地面を凍らせていく。


「君、挨拶も無しにとは……紳士の欠片もないのかなッ!」


 ルエットはコンとステッキを地面に打ち付け、ステッキ全体に風が纏い出す。

 そして襲ってくるローグの攻撃氷の棘をギリギリ寸前まで引きつけ、一振りでそれを薙ぎ払った。


 キラキラと粉砕された氷の粉が空中に舞うも、雨がそれをかき消す様に、その美しい光景はすぐに無くなった。


 ローグはすぐさま剣を地面から抜き、刀身に魔気を込める。

 瞬時に白い冷気を放つアイスソードを作り出し、雨で緩んだ地面を蹴ってルエットに斬りかかる。


「ハハァァア!!」

「君は獣なのか?」


 ギャインン!!


 ローグは両手上段斬りから、水平斬りの連続攻撃を行う。

 その攻撃を涼しい顔をしながらステッキで受け流すルエット。


「まだ、だ!」


 ローグは剣をルエットに突き向け。


氷の槍撃フリーズスピア!!」


 剣先から槍の様に先の尖った鋭利な氷がメキメキと伸びていく。

 ルエットはすぐさま身体をひねらせて、躱したものの左脇辺りの氷の槍が掠った。

 綺麗に使われていたであろう、傷一つ無い真っ赤なコートの一部が破けた。


「き、貴様……私の……私の大事なコートが破けるだと……」


 ブルブルと怒りを沸騰させている隙に、ローグは玄関の方に視線を向けた。

 桜色の髪に三つ編みお下げを二つ左右に揺らしながら一生懸命に玄関の方に走っていく、メルの姿が見えていた。


 一瞬だが、メルとローグの目が合ったような気がした次の時。


風の弾丸バレット


 ローグの左腕に薄緑色の高速弾丸が貫通し、その場に血飛沫が飛び散った。


「ヴァァッァア、腕が……」


 ローグは何が起こったのか分からず、激痛が走る左腕を右手で抑えた。

 生温い血液が雨と共に地面に流れ落ちていく。


「フハハハハハッ!! いいぞ貴様、悶えろよ、もっと悶えろ!!」

「ローグさんっ!!」


 玄関の扉を開けようとしていたはずのメルがローグの心配をして、こっちに駆けつけてくる。


「来るなッ!!」

「えっ……!?」


 メルは途中で足を止め、荒い呼吸を繰り返しているローグを見つめた。


「おや、獣の少年以外にもこんな可愛いらしい子猫ちゃんが紛れ込んでるとは。これはこれは……」


 ルエットは舐め回すような目つきで少女の全身を見つめ、ゆっくりとメルの方に向かって歩き出した。


「何をしてる!! 早く行けッ!!」

「えっ……でもローグさん……」

「リリア達を死なせたいのかッ!?」

「そんな事……」

「じゃあお前が救え!! それが今出来るのはお前しかいないんだよ!!」

「私が救う……」


 メルは深く一度頷いてから玄関の扉に向かって走って行った。


「それでいい……」

「おいおい、この私に背を向けるなんてあまりにも失礼ではないか、子猫ちゃん!!」


 ルエットはステッキを両足の踵に素早く二回、コンコンと打ち付けた瞬間、薄緑色の風が両足に纏った。

 そして風を利用するようにして勢い良く地面を蹴る。


風圧ブースト!!」


 弾んだような高めの声と共にベロを出し、歪んだ笑みをこぼしながらメルに向かって加速する。

 メルもそのあまりにも不快なオーラを感じ取ってか、一瞬後ろを振り向く。


「キャ!!」


 自分に向かって凄い勢いで飛んでくるルエットの姿は、まさに狂気のピエロとでもいうのか、メルはその場で足が竦む。


「クソッ!!」


 ローグは急いでメルに襲いかかるルエットを止めに行こうとしたが、「風圧ブースト」を利用したルエットには当然追いつけない。


 __どうするればあいつを止められる……「氷の棘道アイスローズ」を使おうにも流血が激しくて魔気のコントロールが上手く出来ない。クソッ。どうすれば、あっ。


子猫こーねこちゃーん☆」

「ヒッ」


「メルーーッ!!!」


 メルはとっさに声が聞こえてきた空を見上げた。



「どけけけええええええええええ!!!」



 叫び声と共に上から降ってくるのは、たぎほのおを剣に纏わせたタケルの姿だった。

 その声に気が付いたルエットも上空を見上げる。


「なにぃいいいいいい!?」


 急いで数歩後ろに下がったメル。

 その目の前に近づいていたルエットは、慌ててステッキに風を纏わせた。

 そして空から降ってきたタケルの炎の剣が激突する。


 バチィンンンンン!!!


 激しい魔気の衝突音が夜の田舎町に響き渡った。


「キャアア!!」


 メルはあまりの衝撃に目を瞑る。

 そして、片目をそっと開いた。

 先まで暗かった視界に、暖炉のような明かりがその場を照らす。


 地上で受け止めるようにステッキを両手で横持ちにするルエットに対して、タケルは剣を叩きつけるように振り斬って下半身は空中のまま。


 炎は風と接触したことにより、メルの辺り一帯には、花火を思わせる様に火花が飛び散る。

 ルエットの風は炎を弾くように、風の回転を上げる。


「大丈夫か!! メル!!!」

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