第38話「奪還作戦②」

「いい作戦を思いついた」

「いい作戦ってなんなんだよ?」


 ローグはしゃがみ込みながらもっと近くに来いと、タケルとメル手招きする。

 三人は円を作る様に集まり、リリアを奪還する為の作戦を説明を始めた。


「まず今の状況はこうだ。家の中に変な貴族っぽい奴にリリアが拘束されている。

 で、多分メルが俺達を呼びに行ってる間にローズヴェルトさんがこの家を見つけて、リリアを助けに入ったがその変な貴族にやられた」


 うんうん、とタケルとメルはテンポよく相槌を入れる。


「もし俺達が玄関から正面突破して入ったら、まず間違いなくリリアを人質に取られて、何も出来ないのがオチだろう。

 だから、まずそいつとリリアを引き離すしかないんだ」

「だから最初からそれが出来たら苦労しねぇよ」


 すかさず文句を言うタケル。


「馬鹿は黙って最後まで話を聞け!」

「そうですよタケルさん、ローグさんがせっかく話してるんですから!」


 ローグに言い返されるのはまだしも、メルがやたらと強気で乗っかってきたので、取り付く島も無いタケルはしゅんとなって、大人しくするしかなかった。


「はい、続けて下さい……」

「そこでだ、どうやってリリアを引き離すのかなんだが……ついて来い」


 そう言ってローグは庭の反対側に向かって行った。

 そこで三人が目にしたのは、小さな屋根がある小屋だった。

 小屋と言っても、人間が入る大きさは無く、三角に割られたまきが大量に積まれてあるだけだった。


「おい、委員長いきなりこんな裏庭に来て何する気なんだ?」

「持て」

「は?」

「このまきを背中に抱えて二階の屋根から飛び出てる煙突まで登れ」

「はぁぁぁぁああああ!?」


 タケルはローグの言ってる無茶ぶりに、驚きのあまり大声を上げる。


「タケルさん声大きいですっ!!」


 メルは慌ててタケルの口元を塞ごうとする。


「いいかよく聞け、この家の暖炉は使われていない。

 六月だから時期的にあまり使わないのかも知れないが、外に大量の薪が置かれてあるのは最大のなんだ!!」


『チャンス!?』


「この薪をお前の魔気で燃やすんだ。それを煙突から投げろ、よじ登るだけの間なら薪も雨に耐えられる。

 燃えた薪を煙突に入れたら、俺が煙突ごと凍らせて蓋をする」

「なるほど~流石ローグさんです!」


 メルはどうやって煙突を凍らせるんだろうと思ったが、ローグ自身が自分で言っている事なので、あまり深く考えずに尊敬の眼差しで見上げていた。

 しかしタケルの方はいまいちピンと来ていなかった。


「そんな事してどうなるんだよ?」


 ローグはため息をついてから再び説明する。


「これだから馬鹿は……。つまりな、お前の為に分かりやすく言うと部屋中に煙だらけにして外に出させるんだよ」

「ふむふむ……分かった。何と無く凄い事なんだろ!」


 絶対こいつあんまり理解してないだろ、と呆れた様子のローグだったが、突然メルが心配そうに「あの……」と声をかけてきた。


「どうした」

「その……ローグさんには悪いのですが、この奪還作戦でリリアさんとじぃじの安全は大丈夫なんでしょうか? 

 それにもしかしたら二階とかにこの住居人がいる可能性もありますし……」

「敵を外に引き出してからはメル、お前の出番だ」

「え?」


 メルは驚いた様子で自然と三つ編みお下げをぎゅと握りしめた。


「このタケル馬鹿と共に、急いで中にいる拘束されたリリアとローズヴェルトさんを助けるんだ。

 最悪、部屋中の窓を叩き割ってもらえればいい。

 煙自体は換気すれば何とかなる、というよりそれくらいのリスクを気にしていたら本当に打つ手が無くなる、もう時間がない、行けるか!?」


「はい!!」

「あぁ!!」


 こうして三人の“奪還作戦”は開始された。


 ーーー


 時刻は夜の二十二時を回ろうとしていた。

 今も強めの小雨は降り続けている。

 暗灰色の雲は、夜中と思わせない程明るく感じさせ、今すぐ雷でも落ちるんじゃないかと常にゴロゴロと音を立てている。


「よいしょ、っと!」


 タケルは何とか屋根まで登る事に成功し、飛び出る煙突の前に移動した。

 屋根の上は三角というには程遠く、ゆっくりと傾斜が傾いているだけだったので移動にはさほど困らなかった。


 しかし雨が降っているのと、背中に大量の薪を背負っているタケルはバランスを崩さないよう慎重に移動していく。


「よし、準備オッケー」


 一度煙突の中を除いて見るも中は真っ暗で何も見えなかったので、声が聞こえてくるかもしれないと、耳を澄ましてみても外の雨音が邪魔をして全く聞こえてこなかった。


 そしてタケルは一度、下にいる二人に左手を上げ作戦開始の合図を出す。

 タケルの合図を見た二人は真剣な眼差しでこくりと一度、頷いた。


 タケルは背中に背負っていた木剣を右手に握り、左手で何本かの薪を手に取った。

 そして一度お腹に力を入れ、右手に意識を集中させる。

 数秒後、木剣からボワっと赤い炎が現れた。


 炎を纏った剣を薪の上部に近づけ、炎の加減を強めにしていく。

 タケルもこの数か月間で、魔気量を調整する事くらいは感覚的に出来るようになったいた。


 雨が降っているのと湿りかけている薪は少し燃えにくかったが、タケルの炎はそんなのお構いなしに燃やしていく。

 タケルは燃えた薪を四角い煙突の端に並べていく。

 薪はパチパチと音を立て、灰色の煙を上げて出す。


 もし今、遠くからこの家を見た人がいれば火事が起きているのかと勘違いされてもおかしくはなかったが、幸いこの辺りには小麦畑以外何もない。

万が一見られたとしても、そうは言ってられない状況なので仕方ない。


 タケルはとりあえず煙突の端に置けるだけの薪を燃やし、下に再び合図を送った。

 その合図を見たローグは持っていた木剣を地面に刺す。


「よっしゃ、行ってこいお前ら! 燃えろぉぉお!!」


 タケルは数十本の薪を一斉に煙突の中に放った。

 一気に煙突の中は明るくなり、すぐさまタケルは背中に残っていた薪を燃やさず煙突の中に投げた。


 そこでタケルは追い打ちをかけるように、まだ絶賛お試し中の使い慣れなれていない放出系の技を煙突の中に撃ち込んだ。


龍の炎ドラゴンファイヤー!!」


 剣先から放たれる炎の波は龍とは程遠いイメージで威力は弱かったが、十分に薪の燃えるあがるスピードを加速させた。

 一気に灰色の煙は熱によって軽くなり、上昇スピードを上げて煙突の外に出ようと登りあがってくる。


「委員長、今だ!」


 タケルは下で準備していたローグに大声で呼びかけた。


 薪を煙突に放ってからは、敵がその異常に気が付くのも時間の問題。

 いかに早く敵を外におびき出すか、そして部屋中が一酸化炭素まみれになるリリア達の安全を素早く確保する事。


 そう、この“奪還作戦”の肝は主に時間との勝負だった。


「あぁ。メル、俺から離れてろ!」

「は、はいっ!!」


 ローグの真横にいたメルは、慌てて後ろに回り込む。

 後ろに回り込んだメルはローグの背中越しから、強い冷気が伝わってきた。

 事前に地面へと差し込んでいた剣の鍔先から刀身まで、メキメキと音を立てながら白い氷が覆っていく。


氷の棘道アイスローズ!!」


 ローグの鋭い呼び声と共に、刀身にとどまっていた氷が一気に地面を凍らせ、煉瓦の壁をよじ昇っていく。

 かなりのスピードで氷の棘道は屋根に到着し、そのまま四角い煙突に向かっていった。


「あわ、わわわ!!」


 煙突にいたタケルは自分にも氷が襲いかかってきた事に慌てて、横に逃げた。

 間一髪、足元から凍らされそうになったが、何とかそうならずにすんだ。


 いよいよ第一陣の煙が今にも外に漏れだそうとする時、メキメキメキと棘だらけの氷が素早く四角い煙突を覆った。

 ローグが放った地面から煙突までの氷の棘道には、しばらくの間、白い冷気を醸し出していた。


「あっぶね~。おいコラッ、委員長! 俺を巻き込んでじゃねぇ!!」


 屋根の上で地団駄を踏みながら文句を言っているタケルの事など無視して、メルはただただローグのたくましい後ろ姿に見惚れていた。

 技を放ってからの数秒間はローグの口元辺りから白い吐息が漏れ出していた。


「お前が邪魔だっただけだろ馬鹿! いいからさっさと降りてこい、敵がいよいよ動くぞ」

「うっせえーー!! こっちは命の危機がかかってんだよ……って、あれ……」


 タケルの表情から元気が無くなっていく。


「どうした、早くしねぇとリリア達が死んでしまうぞ」

「あぁ……分かってる……分かってるんだけど……俺この後どうやって

 ここから降りたらいいんだ?」

「は?」


 タケルはブルブルと足を震わせていた。

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