親友
本当にこの世界に運命の女神というものが存在しているのであれば、きっとそいつはとんでもなく性格の悪い極悪非道な悪女だろう。
「もう恋なんてしない」
「・・・・・・なんていわないよ絶対」
「ッ!?」
つい口に含んだアイスコーヒーを吹き出しそうになる。
それもこれもくだらない返しをしてきた山田のせいだ、つまるところ今は某チェーンコーヒー屋にて山田と二人で人生相談の最中で。
「もういいって、面倒だから先に言うわ、あの女はやめておけ」
「なぁ、さすがにひどいと思うんだ、一応俺本気で悩んでいるんだが」
「お前は毎回本気で悩みすぎ、もうちょっと簡単に物事を考えるべき」
投げやりな様子でケーキを口に運ぶ山田、確かに相談したいのは恋愛についてなのだが今回はいつもと違う。
「そもそもお前一ノ瀬のことは吹っ切れたんじゃないのか?」
「吹っ切れてるっていうか・・・・・・」
そこで言いかけていた言葉を止める、以前山田が言った言葉。
今それを掘り返すタイミングではないだろう、とは思うがそれも気になっているといえばそうだ。
本当にここ最近人生の壁にぶち当たる回数が多い、俺が一体何をしたのかというのか。
落ち着くためにもう一度アイスコーヒーを口に運ぶ、心なしかいつもより苦みを感じない気がする、これが恋煩いというやつなのだろうか、いや違う。
今日山田を呼び出したのにはいつもと違う相談内容なのだ。
頭を整理するためにここ数日間で何があったのか簡単に思い返すことにした。
************
あの日、増井さんに襲われそうになった俺を助けてくれたのはどこからともなく現れた弟だった、俺を拘束したスムーズな手さばきだとか、凶器を持つ相手への対処だとか弟は何か武術でもかじっているのだろうかと考えもした。
その後駆け付けた警備員に増井さんは取り押さえられて連れていかれた、病室に残ったのは俺と鏑木と弟で、鏑木は急に動いたからだろう、刺された傷が開いてしまったのか腹部を抑えてうずくまっていた。
『兄さん! 看護師を呼んできて!!』
必死な顔をしている弟を見るのは初めてだったのもあるせいか、俺の体は勝手に動き出していた。
俺が看護師を連れてきて鏑木の手当をしている間、ようやく落ち着きを取り戻した俺と弟は病室前の廊下に設置されている長椅子に並んで腰かける、
『とりあえずありがと。助かった』
『気にしないで、ほんと兄さんと鏑木さんに何もなくて良かったよ』
『でも、なんでここがわかったんだ?』
浮かぶ当然の疑問、確かに行く先が鏑木の入院している病院だということは誰でもわかる、そもそも俺がそうしないように弟は俺を軟禁していたのだから。
だが鏑木の病室の場所だとか、マスコミに囲まれた病院にどうやって入ったのかなど考えれば考えるほど疑問が浮かんでくる。
『僕も病院に用があってさ、それでやけに騒がしいと思ったらさっきの現場だったんだよ』
『そう、なのか』
今まで一度も俺にくだらないウソをついたことがない弟だ、きっと本当に病院に用があって本当に偶然たまたま現場に遭遇したのだろう。
そう俺は考えることにした。
あの日から3週間ほど、鏑木が退院してきた際・・・・・・
端的に言って、それはもう地獄であった。
何が地獄なのかと問われたら返事に困ってしまう程動揺し、加えて今の俺はまるで停止魔法を掛けられたが如く硬直していた。
そう、デジャブだ。
『あ、兄さん。改めて紹介するね、こちら僕の彼女さんである所の鏑木ほのか』
と、弟は少し気味の悪い笑みを浮かべてそう言った。
只腹痛でトイレに駆け込んですっきりて出てきただけなのに、何なら朝から快便ですごくスッキリしてなんだか今日はいい一日になりそうだなとかのんきに考えていただけなのに、
只弟に彼女を紹介されただけなのに
何故だろう、冷や汗が止まらない。
************
山田に一部始終を伝えた後、只山田は無言で俺の肩に手を置いて一言。
「ドンマイ」
「しにてぇぇえぇぇえええええ!!??」
気が付けば俺は某チェーンコーヒー屋で人目を気にせずに本当に目から血が出ているんじゃないかと思ってしまう程t強く、やるせない感情の塊を店内に響き渡らせていた。
後でしっかり店員に怒られた、何なら出入り禁止にされそうだった。
お釣りはいらないので、を人生で二回言うことになるとは思わなかった。
それから場所を移動して山田と二人でカラオケへと移動した。
「・・・・・・とりあえずなんか歌うわ」
おもむろに俺はデンモクを操作し、歌いたい歌を演奏予約した、筈なのだが
何故か数秒待っても音楽は流れない、あれ、もしかして壊れているのだろうか。
「ッ!?」
ふとテレビ下に視線をやると俺は言葉を失った。
そこには恐ろしいほどに真顔で演奏中止を連打する山田の姿があったからだ。
「なぁ、歌う前に話をしようじゃないか、それからでも遅くないはずだ!」
「とりあえずお前が俺の歌を死ぬほど聞きたくないことは分かった」
本当にこいつは俺の親友なんだよな、もしかして親友と思っているのは俺だけで実はそう思っていないとかそういう悲しい展開?
運命の女神は俺から想い人を奪った挙句親友まで奪おうというのか、本当に最低なくそビッチ女神だ。滅びろ。
きっと俺に歌わせる気なんか一ミリもない山田とドリンクバーへと向かっている際、隣の部屋から女性の奇声が聞こえた気がした、きっとやるせない気持ちを背負っているのは俺だけではないのだろう。そう考えると少し救われた気がした。
ドリンクバーでウーロン茶をゲットしてそのまま部屋へと戻る道中、奇声の聞こえた部屋の中を曇りガラス越しに横目で伺ってみた際、うっすら誰かが誰かを羽交い絞めにするシルエットが見えて怖くなったということは言わないでおこう。
「ともかくだな、俺はお前の弟、裕二君? だっけ、とは話したことないからどんな奴かは正直わからないけどやってることほんとやばいと思うぞ」
「いやわかってる、でも裕二の事だから何か考えていることが・・・・・・」
「兄の想い人を二回連続ですけこました奴がお前の何を考えているってんだ」
「・・・・・・俺の幸せ、とか?」
「わかった、お前の相談相手は俺じゃない、精神科だ」
「冗談です!!」
本当に今日の山田は怖い、真顔で俺の腕を引っ張っていこうとするものだから危うくちびってしまうところだった。
二人で座りなおし、しばしお互い無言でドリンクをすする。
冷静に考えると確かに弟のやっていることは褒められたことじゃない、だがそもそも一ノ瀬も鏑木も俺のものではない、只勝手に思いを寄せていただけなのだ。
だから俺が弟に対して何か言えることなどない、とは思うがそれでもやはり
「いや、悔しいよ。俺がしっかりしてないのもあるけど正直ムカついているし見返してやりたいって思うよ」
「そりゃそうだ、俺だって同じ事されたら何するかわかんね」
「でも今の状況でできることなんかないだろ?」
「んー・・・・・・」
山田は目を閉じて思案顔を浮かべていた、いつになく真面目な顔なのもあって緊張してしまう。それから少したって
「大親友の俺にまかせろ」
胸にとんと手を置き得意げな顔をしてそう言った。
そんな頼もしい顔を見たせいかパスタを作ってやりたくなった。
それから山田は誰かに電話をかけてニヤニヤしながらただ待ってろの一言、これから何が始まろうとしているのか。
やけにいやな予感がして落ち着きがなくなり喉が渇く、
「ちょっとドリンクバーでウーロン茶補充してくる」
「ん? 了解」
そういって扉を開けると丁度隣の部屋のドアも同時に空いていて、本当に興味本位で誰か見てやろうと横目で気づかれないように通り過ぎ、ることができなかった。
というか呼び止められた。
「あれ! 太一君隣の部屋だったんだ!?」
「さ、佐藤さん!? と、一ノ瀬、さん・・・・・・」
そこにいたのはニヤニヤした顔の一ノ瀬の友人、佐藤さん、そして気まずそうな顔をしてうつむいている一ノ瀬がいた。
俺の弟の彼女は……。 田城潤 @ainex
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