第7話 この最高の死に方を見てほしい
あの夜、宇宙人が消えたのを確認した僕は、すぐに帰宅して眠った。
そのまま数日経つと、あの夜の出来事が全て夢だったと、そういうことで無理やり
落ち着いた。夢のような出来事は、そのまま夢に成り果てるようだ。
ちなみに、『不思議と科学』の授業に自称宇宙人の姿はなかった。なんとなくだけど、彼女はもう現れない気がした。
そういえば、つい数時間前にその授業で、教授が面白いことを言っていた。
UFOの正体は、第二次世界大戦時の人類の不安と、宇宙進出という新たな領域への知的渇望と、当時流行りのSF小説による誤認が複雑に絡んだ、ただの幻覚だと。
なるほどそうかもしれない、僕はそれを聞いて深く共感した。
僕がみたUFOだって、将来への不安とか、今までにみたことのない変わり者の存在とか、オカルト好きなとことか、色々な要素が心に影響を及ぼした結果なのかもしれない。入眠剤で意識が乱れていたとしたら、余計そう思える。
もしそうだとしても、あの夜の出来事全てに説明がつくわけではないが、僕の脳みその限界はここまでだ。
今の時刻は午後三時前。外はまだ日光を保っていた。
僕は大学からの帰路に就いていた。何か人身事故でもあったのか、電車が同じ駅から動かないため、暇で暇でなんとなくあの夜のことを考えていた。
あの夜というのは、UFOを見た日のことでもあれば、自殺未遂をした日のことでもある。とにかく色々あった日のことを一つ一つ思い返していた。
ピーポーピーポーと、どこか遠くから救急車のサイレンが響く。
その音を聴いて、ふと考える。
よく僕は今生きているな。死んでしまう機会は何度もあったはずなのに。そもそも僕が自殺未遂をした日、いったい誰が病院に連れていってくれたのだろうか。
近所の住人だとしたら、発見があまりにも早すぎる。僕は二日後には病院で目を覚ましていたんだ。
こう言ってはなんだが、少なくとも数日は発見されない方が自然に思える。そのまま誰にも見つからず孤独死する未来も十分に考えられたのではないか。
だって、僕の家の隣には誰も住んでいないし、わざわざ訪ねてきてくれる献身的な知り合いもいない。
僕はここまで考えて何か重大な見落としがあることに気がつく。
何か変だ……僕の命の恩人はいったい誰なんだろうか……。
普段はあまり物事を気にしないが、自分の命のこととなると、ただごとではない。
――ああ! どうして今まで気にしなかったんだ!
僕は一つの考えたくもない真実にたどり着き、心から叫びたくなる。
これじゃまるで、僕のことを「観察」していた「何か」が救急車を呼んだか、病院まで連れていってくれたみたいだ……!
そもそも、午前三時の訪問者だっておかしい。
いったい誰がインターホンを押して、いったい誰が僕の命を救ってくれたのか。その正体が、まさに、まさにあいつだったからこそ、僕の異変に気付いたんじゃないのか……?
僕のことを観察していたという宇宙人……彼女が命の恩人なのではないか?
あいつはこう言っていた、人間が好きだと。
社会的な生物だというあいつらからしたら、個人個人の心が揺らめく僕ら人間が魅力的に映ったのかもしれない。だからこそ、自殺しようとした僕のことを助けてくれたのかもしれない。
当然憶測に過ぎないが、どうも僕には間違った考えには感じられなかった。
急に僕の脳回路に強い電流が走り、全ての道が一斉に繋がりだした。呼吸は激しくなり、瞳孔が開く。
その器質変化に呼応するように、周囲の救急車の音は増大し、数自体もみるみる増える。車内のざわめきが耳障りになり、開きっぱなしの扉での出入りが激しくなる。
こんなときに周囲がうるさい。何なんだ。
スマホに目を奪われた周りの人間が、テロだなんやと騒ぎ立て、ヒステリックな女性の悲鳴が車外から耳に刺さり、僕が異常を察知した瞬間、
――突然、夜が訪れた。
外は光を失い、車窓からの景色が暗黒に包まれた。
まさに、晴天の霹靂だ。
僕は急いで駅のホームに出て、群衆パニックの中でもがきながらも、空の異変に目
を向けた。
そこに鎮座するのは黒い太陽。
日本の都心でみられる皆既日食なんて何百年に一度だと思ってやがる。そんなアナウンスは聞いてない。自然のものだとは思えない。
闇空を切り裂く戦闘機が頭上を駆け抜け、ミサイルを放つ。その軌道が示す先に、見覚えのある形の飛行物体が、自身が光放ちながら漂っていた。
ミサイルは見事に命中して爆発音を炸裂させるが、謎の飛行物体は輝きを失わなかった。
反撃と言わんばかりに、そいつは暗夜を破壊するほどの熱線を、瞬きする間に数発撃ち込む。刹那の世界は深紅に染まり、終末を告げる予感が世界を包んだと同時に、暗澹たる黒煙と爆風の嵐が地上を飲み込んだ。
僕は地面に伏せて、両腕で顔を隠しながら、その凄惨な空を唖然と眺めていた。
すると、同じく伏せていた目の前の女性に瓦礫が直撃し、頭から血を流しながら倒れてしまった。
僕は彼女のもとに這って駆け寄り、気絶してはいるが、幸いまだ息があるのを確認した。
そして、その人を介抱しながら考えた。
僕はあいつらを知っている。
やっぱり夢じゃなかったんだ。いや、これすらも夢なのかもしれない。
しかし、そんなのどっちだっていい。
あいつは確かに言っていた。侵略がもうすぐだと。紫外線が苦手だと。人間が好きだと。
どうしてわざわざ僕にそれを伝えたのか、詳しい事情はわからない。ただ、宇宙人にも色々あるんだろう。どうしても守らなくてはならない命令とか、どうしても終わらせなくてはならない仕事とか。
人間が好きだったあいつは、地球侵略で命を奪いたくなかったのかもしれない。僕はそう考える。だからあいつは、罪滅ぼしのつもりか、救世主誕生を願ってか、僕に最後に伝えたんだ。
なんだ、そういうことだったのか。
僕はそれで納得するさ。それ以外考えられない。
人間がどうなろうが宇宙人がどうなろうが正直僕の知ったことではない。僕はこの世にうんざりしていた。このまま世界が終わるのならそれでいい。
しかし、今あいつらの弱点を知っているのは僕しかいない。
このまま死んでいくのもいいが、このつまらない人生の最後くらい、英雄の真似事をしてもいいだろう?
そうすれば、もし世界が救われたとき、少しばかりいい人生になっているかもしれない。いや、たとえ救われなくたって、少しばかりはいい気分で死ねるだろう。
そう、宇宙人の弱点を伝えるだけでいい。政府や軍の人間が信じるかはわからないし、紫外線が苦手という事実が本当かも確信はない。
でも、信じてもらえなくたって、真実じゃなくたって、どうでもいいことだ。僕がしたいからする、それだけ。
戦闘の最前線に向かって走り続ければ、いずれ軍の人間がいるだろうから、そいつに熱弁する。僕にできるのはそれくらいだ。その先は、他の人間に任せる。
僕は気絶した女性を背負い、申し訳程度の避難をと、隅に下ろして寝かせた。
そして、鞄の中からボールペンとメモ帳を取り出し、『宇宙人の弱点は紫外線』と書き殴ると、メモを千切り彼女の服のポケットに突っ込んだ。
「もし僕が死んだときは頼んだよ。信じてくれるかはわからないけど」
そして、僕は空を見上げ、決意した。
逃げ惑う人々の流れに逆らい、線路に降りると、レールの上をひたすら走った。
その軌跡はUFOの真下に続いている。
僕はたぶん死ぬ。僕の物語はこれで終わりだ。でも、最後にやってやろうじゃないか。
この先世界がどうなったってかまわない。
ただ、やっと手に入れた僕の使命を心に刻んで、死ぬまで足掻き続けてから死んで
やろう。
世界で一番かっこいい死に方でな。
僕がUFOを見た理由 レインマン @tsukikawa
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