第5話 出会い 4
柚さんが行って数分後、私はベッドから降りてみた。
初めは立てるのかさえ不安だったが、記憶はなくとも体が覚えているようだ。フラフラとしながらも歩くことができた。
リハビリの代わりに部屋を歩き回ってみた。
全体的に、ヨーロッパ風の部屋だ。タイル張りの床、アンティーク調の本棚やクローゼット。西洋の城の中にいるみたいだ。
部屋の隅には、アンティーク調の木枠が付いた姿見があって、そこまで歩いてみた。
鏡と向き合って、やっと自分を認識できた気がした。
染めた感じのない艶やかな長い茶髪、意思の強そうなつり目がちの大きな目。体はガリガリだったが、元々の肩幅自体が小さそうだ。おそらく、事故に合う前から小柄なんだろう。
こう言ったら妙な感じだが、私はしばらく、自分の姿に見とれていた。
鏡の向こうには、私の知らない別の私がいるような感覚だったのだ。
そのタイミングで、扉が古めかしい音を立てた。私がその方向を驚いて見ると、柚さんが私と同じような顔をして立っている。
「明日香様、歩けるのですか」
余程予想外なことだったのだろう。声からそれが良くわかる。そして、正直私自身も驚いているのだ。半年も眠っていた人間が、杖もなしに歩けることなどないと思っていたから。
「どうやらその様ね」
そう言ってフラフラと柚さんのところまで歩こうとすると、柚さんの方が素早く駆け寄ってきて、私を支えた。
「明日香様、無理はなさらないでください。歩けるのはとても嬉しいですが、今の状態で倒れられては骨の1本や2本折りかねません」
「はい、すみません……」
暖かな人の体温が、掴まれた所から伝わってきた。そしてその言葉。全てに心配と優しさが溢れているように感じる。それだけで、自分でも気づかずに張っていた、心の奥の緊張の糸がぷつりと音を立てて切れた気がした。
そこからの記憶は無かった。
殺人鬼の見た幸せな夢 伊藤カナ @kanaito
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