第4話 出会い3


「さて明日香様。朔夜様も行ったので、お話でもしましょうか」


 彼が家を出たらしい門の音が遠くで響いて数分後、彼の見送りに行っていた柚さんがやって来た。

 彼女は、にっこり笑ってベッドの側に椅子を置くと、優雅に腰掛けてそう言った。


「そうね。色々聞きたいことがあるの」


 私は提案にすぐさま乗った。理由はシンプルだ。

 昨日今日で私は何も思い出していなかった。だからこその疑問がいくつかあるのだ。


「何なりとどうぞ。私が知っている範囲であれば答えますから」


「ここは何処なの」


 始まりは、素朴な疑問だった。

 起きて、朔夜が行くまで聞こえた足音はかなりの数があった。普通、別荘にこんなに使用人を置くだろか。しかも、別荘にしては家の規模が大きい。まだ、見て回った訳では無いからはっきりとは言えないが、門の音があれだけ遠いということは、敷地自体が大きい可能性が高いということだ。


「朔夜様の別荘……正式には、満様の別荘でございます。」


「ミツル様?」


「はい、朔夜様のお父上で、ここの使用人の殆どが彼に雇われた身です」


「ほとんどということは、違う人も?」


「はい。私や明も、もともとは満様の使用人として仕えていましたが、今は朔夜様と契約を結んでおります」


「その結んだ時というのは、朔夜が何かの時に家を追い出された時だと」


「なぜそう思われるのですか?」


 表情一つ崩さずにそういう彼女は、流石メイド長だと言うことだけある。

 しかし、自分が言ったことは間違っていないと思う。そういうことなら納得が行くからだ。

 そこで、私はさっき考えた使用人についてやいの規模について彼女に告げた。


「流石でございますね。やはり、明日香様の洞察力には圧倒されます。そうです、朔夜様は追い出された身でございます」


 彼女は、ため息でもこぼしそうな顔で重々しくそう言った。その後に、『明には今のこと内緒ですよ』と付け加える。

 おそらく、私が彼によく思われていないからだろう。さっきの態度を見ていれば何となくわかる。


「分かった、ありがとう。朔夜が追い出さ……」


 好奇心は尽きることなどない。記憶のない私は今それが体の中を熱い血流に混じって巡っている。

 私が朔夜について更に聞こうとした刹那、柚さんが素早く立ち上がり、音も無く椅子を片付けた。


 突然の行動に驚く私に彼女は、小声で『明が来ます』とだけ告げて、近くの本棚をいつから持っていたのか、小さなモップで掃除し始めた。


 そして、私が呆然とその無駄のない動きに見とれていると、銀色の円柱ノブの向こうで足音が近づいてきた。それは、きっちりこの部屋の前で止まり、暫く動かない。

 おそらく、私たちの話し声に聞き耳を立てているのだ。


 その行動に、ゾッとする。なんて不気味な監視方法なんだ。

 そんな私に、柚さんは掃除をしながら世間話を振ってくる。声も顔も本当に楽しげだ。

 ただ、その顔の中に、必死に押し殺す動揺の類が垣間見えた。

 こんな方法に恐怖を覚えない人の方が、少数だと思う。


 時間にして10数秒。明さんは気がすんだのか、静かにドアを開けて入ってきた。


「無駄話をしている暇はないでしょう。貴方はメイド長なのです。しっかりしてください。明日香様も、柚を引き止め無いでいただきたい。では柚、行きますよ。明日香様はご無理をなさらないよう部屋の中にいてください」


 言葉では仲間を叱り、客である私を気遣っている。だが、彼の表情には気遣いなど存在しなかった。できるだけ私から全てを遠ざけたい。何故かは分からないがそんなものが感じられた。


 明さんは、柚さんに冷たくそう言い放つとさっさとドアから出ていった。

 反論は受け付けないと言う意思表示だ。


「では、明日香様すみません。また後で伺います」


 柚さんは、明さんにはきっと逆らえないのだろう。彼女は綺麗な一礼をして『失礼します』と言うと部屋を出ていった。

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